No.183
No.183 【幕間】
『獣群諸国』ーーーとある町の屋敷にて。
豚の耳をした獣人族の三十代くらいの女性が、木張りの廊下を早足である人物に会いに行っていた。
「……失礼します、ミマです。御当主様宛に手紙が届いております」
軽く扉を叩き。ミマと名乗った女性は、部屋の中に居る人物に伺いを立てる。
「構いませんよ、お入りなさい」
中の人物が招き入れると、ミマは「失礼します」と言ってから扉を静かに開け。部屋の中へと入る。
入ると和風を思わせる造りとなっており。中には髪が白くなった老女と小さな子供が部屋の中にいた。
老女の方はヒビリーの祖母であった。
「ミマ普段から形式な挨拶は要りませんよ。疲れてしまいますでしょう?」
そう言うがミマは首を振り。「普段からきちんとしておかなければ」と言って聞かなかった。
それから木簡の手紙をヒビリーの祖母へと渡す。受け取り紐を解き中を確認するヒビリーの祖母。
読んでいる間ミマは子供の世話をする。
「御当主様に迷惑を掛けませんでしたか? サヤ」
「あーう、あー!」
サヤと呼ばれた子供は理解していないだろうが元気よく答える。その返事にミマ目を細目笑う。
「たー、たー」
サヤは手で床を叩く仕草をすると。
「太鼓ですか? サヤは立派な舞士になりそうですね」
そう言ってサヤの体に合った太鼓を置く。
そうするとサヤは楽しそうに太鼓を叩き始める。
「たぁー♪ たぁー♪」
太鼓を叩くリズムに合わせ歌うように声を出す。すると光が集まり、人の形になり始めた。
「きゃわぁー♪ ねーねー! ねーねー!」
サヤはその人形に近寄っていく。ミマはそれを黙って見守っていた。
「…………そうですか。あの子は自分のなりたいものに為れたのですね」
手紙を読み終わり。読んだ内容に目頭が熱くなりそっと手で押さえる。
そんなヒビリーの祖母の様子が気になり声をかける。
「何か御座いましたか?」
「ええあの子から、ヒビリーからの手紙でした」
「それは、よう御座いました」
ミマはヒビリーの祖母の言葉に喜びの声をあげるが。内心は自分のせいでこの家を出てってしまった人物への後ろめたい気持ちがあった。
そんなミマの心中を理解してか、ヒビリーの祖母は手紙の内容をミマにも読み聞かせた。
「独学で精霊を、しかも伝え途絶えた守護の精霊をですか!?」
「そのようですね。私が教えたのは式典用に舞う舞でしたから。きっとあの子は多くの悩み苦しみの果てに呼び出せたでしょう」
ヒビリーの祖母はサヤの方を見て。
「一族の女性であれば呼び応えはしてくれますからーーー」
そこにはサヤと同じ水色の髪を持つ、仕立ての良い着物を着た童女が、サヤと手遊びをしていた。
「ーーーただ契約してくれるかどうかはその者次第なのですが、サヤは受け入れられた様でほっとしています」
ミマも自分の娘が一族の役目を真っ当出来ると思い嬉しく思っていた。
それからヒビリーの祖母は手紙を見て可笑しそうに笑い。
「それにあの子は自分が呼び出せた精霊が私達一族が遥か昔に呼び出せなくなってしまった。対の精霊の一体とは梅雨ほどにも思っていないでしょうね」
自分の孫が娘が亡くなり、自分が後を継ぐと言い出した時は驚いたものだった。
当時は守護の精霊との繋がりも消え。ここで童女の、浄化の精霊との繋がりも消えてしまうのかと思い悩んだ時期でもあったからだ。
孫の申し出は嬉しくもあった。しかし浄化の精霊はやはり、男であるヒビリーの呼び応えには一切応じてはくれなかった。
そこで孫の子にその子供にと、ヒビリーが教え伝えられるよう。あの子が望んだ事とは違った方針で教えることにした。
その事を何度もヒビリーに教えようとしたが。あの子のひたむきな思いを踏みにじりたくないと言う気持ちが出て、ついには言えず。そこうしているとサヤが生まれた。
一族同士の話し合いで、サヤを一時的な当主とすることが決まり。結局はあの子の気持ちを踏みにじる行為をしてしまう。
サヤに家を継がせると言った時のあの子の失意の顔は、私は家の事など役目の事など考えず。あの子に継がせてやりたいと言う思いに駆り立てられた。
しかし一族同士で決まった以上は、サヤを当主とするために私は色々と動かなくてはいけなくなり。あの子との鍛練を取り止めなければならなかった。
さらにはその後あの子を構って上げることが出来ず。しばらくするとあの子は家に居ることがなくなっていたのに気がついた。
その事で私はあの子に対してどうすることも出来ず、ただ日々が過ぎていっていた。
そしてついにあの日。あの子がこの家を捨てたと思わさられた日。
私がミマとサヤの受け入れから帰ってくると、いつもはもう家に帰ってきてくる筈のあの子の姿はなかった。
日が暮れ、夜となり。どうかしたのかと心配してると、犬の獣頭人族の若者がヒビリーの手紙を持ってやってきた。
私はそれを受け取ったとき。ああこんな日が来てしまったのかと思ってしまった。
鍛練を止めると告げた日。あの子にはこれからの人生好きなように生きて構わないからと言った。
それはあの子に家の事で苦労をさせ、あの子がしたかった事を取り上げてしまったせめてもの贖罪のつもりだった。
それでもこうしたものが手元にくると物悲しい気持ちにもなったが、手紙の内容を読んだとき、あの子は家を捨てた訳ではなかった。
あの子は自分自身で自分のなりたいものになりに行くと書いてあったのだ。
その後もあの子は定期的に、自分の近状を知らせる手紙を送ってきた。
送られてきた手紙は全て取ってある。特にここ最近の手紙では書かれてはいなかったが、あの子自身神楽で思い悩むことがあったようだ。
しかしそれも今日の手紙には良き人と出会え。あの子が抱え思い悩んでいたものを取り払うことが出来たと言うようなことが書かれていた。
さらに手紙には私達一族が途絶え消えてしまった守護の精霊を、あの子が独自の方法で呼び出すことに成功したと記されていた。
ここまでの道のりあの子には辛かったと思う。苦しかったと思う。それでもあの子が投げ出さず最後まで歩んだ結果を聞くことが出来て。あの子の祖母として誇らしく嬉しく思い、思わず涙が出てきた。
「ではヒビリーさんを呼び戻すのですか?」
私が感傷に浸っているとミマからそんな事を言ってきたが、しかし私は首を振り。
「いいえ。あの子にはあの子の人生を歩みなさいと言い渡しました。あの子が守護の精霊を呼べるようになったからと言って。再び家の都合で呼び戻して、あの子の自由を縛るつもりはありません」
あの子はもう自分の手で自分がなりたかったものになれたのですから。
ですけど、あの子の夢が叶い嬉しく思うところではあるのですが。あの子の近くにいまだに女性の存在が見え隠れしないのが残念ですね。
まあそれも私と二人で長く暮らして、女性とのお付き合いの仕方が分からないのかも知れませんが、そうなると困る部分が出てきますね。
「サヤの花婿候補をヒビリーの子からと、思っていたのですけれど。この分では当分先になってしまいそうですね」
浄化の精霊と戯れているサヤを見て「この子が適齢期になる前にヒビリーが花嫁を見つけて、子を為してくれると良いのですけど」と、孫の結婚事情を気にかけていた。
~~~~~とある街道での出来事~~~~~
「ねぇねぇヒビリー。お姉さんと町に着いたらお出掛けしようよ~」
「あんな女より私にしときなさい。私の方が若いから、若いから」
「なんで二度も言うの!? なに私に喧嘩売ってる気! 買うわよ! 安値で買ってあげるわよ!」
「ヒビリーもう一回お胸ピクピクさせて。キャー❤ やっぱりすごいー❤」
「「あんた何抜け駆けしてんのよ!!」」
「ははは…………コルウェルさん助けてください……」
「うるせー! モテ男を助ける義理なんかねぇ! お前なんか傭兵団に入れようと思うんじゃなかった! うぉおおおおんんんん!!」
「………………なにやってんだい。うちのバカどもは」
な事があったとか無かったとか。
ヒビリーとお婆さんは互いにきちんと話し合っていれば、また違った展開になっていたでしょう。




