No.165
No.165
「……ぼくの人生って、誰かに言われてから行動してることが多い……」
『ーーー貴様の様な何も決められず、ただ人に言われ。流されるだけの人生を歩んできた者に、何かを守りたい? 誰かを守りたい? 誰かの記憶に残りたい? はん! 片腹痛いわ!』
「ほんとその通りだ……自分で決めたことなんて、お婆様に神楽を教えて欲しいってーーー」
『ーーーここに居ちゃそれが出来ない! お願いです! ぼくを貴女の傭兵団に入れてください!』
「……これは…………確か、レライエ団長を見かけて、傭兵団に入れて欲しいって頼んだときの」
『おう坊主、来なた。今日はどうするんだ?』
店主さんと約束を交わしてから幾ヶ月が過ぎた頃。
ぼくは相変わらず市場がある日になれば、店主さんの店裏にやって来て、今では太鼓を叩かせて貰っていた。
『えっと、はい、今日も迷惑じゃなければ……』
『迷惑じゃねぇよ。しかし少しずつやる気が出てきたのは良いが、その気弱な性格は直らねえな』
始めの内は店主さんの『お願い』でも、まともに叩くことすら出来なかった。
期待に応えられるのか、見限ったりされないだろうかと言う思いが頭を過り、手が震え、息が乱れ、上手く叩けなくなっていた。
お婆様からもう神楽をやらなくていいと言われてから、森の中で一人でしていたせいか。ぼくは自分でも気がつかない内に、人前で演奏が出来なくなっていた事をこの時初めて知った。
店主さんはそんなぼくを見ても『構わない』と『やりたい時にやれ』と、いつも後押しをしてくれた。
そうしたお陰で、ぼくは次第に太鼓を人が居るところでも、前の様に演奏できるまでに為っていた。
でも、相変わらずお立ち台に上がってまではと言うのは出来ていない。
早く店主さんとの約束も果たしたいなと言う思いはいつもあるのに、今は自分のこの性格が嫌になる。
タンタタッタタ! タンタタン! タンタタッタ! タンタタン!
『おっ今日はまた違ったリズムだな』
『はい、少しずつでも教わった物じゃなくて、自分で考えて作ったものをと思いまして……』
『良いんじゃねえのか。師の教えに従うのは間違いじゃねえ。だけど教えにただ従ってるだけじゃ成長はねえからな』
店主さんはこちらを向かないで、焼く前の串焼きでぼくの方を指して『それが証拠だろう』と、ぼくが太鼓を叩くリズムに合わせて。虫ような、動物のような半透明な姿をした。小さなモノ達が踊り飛び回っていた。
『精霊』達だ。
その中でも『低級精霊』と呼ばれる、小さな精霊達。
ぼくが鍛練の中や森の中で演奏していた時でさえ、呼び出すことが出来なかった存在。
呼び出しに応じてくれれば力を貸してくれる存在なれど。低級精霊だとそれほど強い力を持っていないと聞く。
それでもぼくの演奏で精霊を呼び出すことが出来るようになるなんて。
初めて精霊を見たときには驚いて演奏止めちゃったけど。今ではそんなことはしない。
『あはは、楽しいのかな』
精霊達は太鼓のリズムに会わせ踊り続ける。
もしかしたら今、神楽も付けて踊ったら『中級精霊』、ううん、『上級精霊』を呼び出すことだって出来るかも…………それはないね。
上級精霊なんてそれこそ盟主様みたいな力の持ち主でもないと無理だろうし。ぼくには低級精霊が呼び出せるだけになっただけマシなのかな。
低級精霊達はぼくが叩く太鼓合わせて踊り続ける。叩くのを止めればもっと叩いて欲しいと願うように太鼓に集まる。
ぼくはそれが嬉しかった。
人ではないけれど、精霊達に必要とされることが。
市場へ来てよかった。
あの団長さん達と出会わなければここへは来なかったろうし。店主さんとの出会いや精霊を呼ぶことなんてーーー
ぼくが人との出会いに感謝を感じていると。店先の方から懐かしい声が聞こえてきた。
『ーーー団長、でどうしますか?』
『どうするもないだろうが。今まで尽くしてくれた仲間が所帯を持つって言うんだ。素直に祝福してやんな。あっそれともお前独り身だから寂しいのかい、仲間が減って』
『誰がそんなこと聞いてました!? 俺はこれからの団の維持をーーー』
『わかってるよ、冗談だよ。だけど術士ってなると、なかなかねぇ』
ぼくはハッとそちらの方を見て、立ち上がり店先に出て確認しようとしたけど。既に話していた人達は人並みに消えて分からなかった。
『おう!? どうした坊主!? 行きなり飛び出して? お立ち台にでもいく気になったか?』
ぼくは店主さんに、今目の前を傭兵団の人が通らなかったかと聞いたが。
『傭兵団? いやアイツらだって四六時中武装してる訳じゃないだろう。知り合いならともかく。流れの奴等だと、なんだ知り合いでもいたのか?』
『え、はい、以前ここで演奏したらどうかと、薦めてくれた方の声だった気がしたんで』
『ほう、そいつらが坊主をねぇ』
店主さんはそんな風に呟いていた。だけどぼくは別の事を考えていて、その声は聞こえていなかった。
(だから会ってお礼が言いたかったな。あなた達に出会わなければ、店主さんと会えなかったし。精霊を呼ぶ事なんてずっと出来ないままだったろうから)
心の中でお礼を言い、再び店裏に戻ると。ぼくは精霊のために太鼓を叩き始めた。
この時のぼくは気付いていなかった。
あの日、店主さんに言われるまで自分で分かっていなかった。
自分のしたい事を忘れ。今の現状に満足していると言うことに。
『………………こいつはひとつ考えてみるかな』
『えっ、なにか言いましたか?』
『いや何でもねえよ。それより店裏に戻るんじゃなくて、お立ち台には行かねえのかよ。せっかく店先に出てきたんだからよ』
『あ、いえ、それは、まだ…………ちょっと無理です』




