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No.164





 No.164




 『……ぼくは、誰かの役に立ちたかったんだ。母さんが誰かのために舞う神楽が好きで、ぼくもああ言う風に為りたいって……』


 自分が何をしたかったのか、その最初の思いを思い出した。


 『だけど今のぼくは()()をしなくても……』

 『どうした坊主? 急に暗い声を出して』


 店主さんが串焼きを巧みに焼きながらぼくに聞いてくる。


 『……ぼくが何をしたかったのか、その始まりを思い出したんです』

 『ん? ああさっきの話か。だったら()()お立ち台(あそこ)ですれば良いんじゃないのか? はいよ、串焼きお待ち!』


 焼き上がった串焼きを買いに来た人に渡すと、一旦客足が途絶える。


 『でも、だからこそ、余計にわからなくなりました……』


 せっかくあの団長さんが、今のぼくでもやり続けても良いって言ってくれたのに……。今のぼくは太鼓(ポルタ)を続けても、自分の為だけになってしまう。

 ぼくは誰かの為に太鼓(ポルタ)を、神楽を舞いたかったんだ。


 『そうかい……』


 客足が途絶えたせいか店主さんは、休憩用の椅子に『よっこらしょっと』と言いながら座り。店先を見ながら客を待ち、ぼくとの会話を続ける。


 『坊主が一番最初にここへ来た時との思いとは違うのかい』

 『……同じ……です。ぼくは、誰かの為にしたかったんです……』


 団長さんがここならみんなが喜んでくれるからと、ここならぼくを必要としてくれる人が、居るかも知れないとそう思ったから来たんだ。


 『……なるほどな。だから坊主はお立ち台(あそこ)へ行くのに躊躇してる訳だ。俺は最初に行かないのは、坊主の性格からかと思ったんだが……』


 ぶひぃ……性格も確かにあります。でもそれ以上に今はーー


『…………行くのが怖いか? 誰も自分を必要としない(見てくれない)と思うと』


 言葉なく、ぼくは黙って頷く。


 『坊主は太鼓(それ)が嫌いか?』


 首を横に振る。


 『誰かの為じゃなく、自分の為にやるって言うのは出来ないのか?』


 頷く。


 『俺が一緒にお立ち台(あそこ)に上がってやっても良いんだが、それだと坊主がやりたい事には為らないんだろうな。かと言って坊主一人で立ったとしても、誰もって事になると二の足を踏んじまう』


 店主さんは髪の無い頭を撫で。


 『やれやれ、坊主は難儀な性格をしてるな』


 これは困ったなと言った風に笑い、それから。


 『なら坊主、俺の為にやっちゃくれないか?』

 『えっ!?』


 店主さんの思わぬ提案に驚き。


 『坊主とは市場だけの付き合いだが、それなりの仲っちゃあ仲だ。おっとすまねぇ、客だ』


 店主さんは立ち上がり客の相手をする。


 『坊主が市場の日になれば来て、何か思うようにお立ち台を見てたからな、何かあるとは思っていたんだ。串焼き五本? あいよ。ちょっと待ってくれ』


 淀みなく、迷いなく串焼きを焼き上げていく。


 『はいよ、お待ち。なぁにお立ち台(あそこ)でやれとは言わないさ。店裏(そこ)で構わないから。坊主自身がしたい、やりたいと思った時にしてくれれば良いさ』


 店主さんは振り返り男臭い笑顔をして椅子に座り、ぼくにそう言ってくれた。


 『それとも俺のようなオッサンの為って言うのはダメか?』


 ぼくは首を横に振る。


 『そ、そんなこと、でも、ぼくで良いnーー』

 『構わないさ。たがもし気が引けてるんだったらーーー』


 店主さんは変わらず笑顔のままでぼくに言う。


『今は誰かに言われたからでも言い。だけどいつか、坊主自身が誰かの為にしたいと思える坊主に為ってくれ』


 『どうだ出来るか?』とも『出来るよな?』とも言ってこない。ただ店主さんは、ぼくならそれが出来ると信頼した顔をしていただけだった。


 『な、何で、そんな風に言ってくれるんですか? ぼくは()()に居ることしか出来なかったのに……』

 『()()()

 『えっ……』

 『坊主は何だかんだ有りながらも、諦めずにここに来ていた。もちろんそれだって誰かに言われてここへ来ていたのかもしれない』

 『……ぶひぃ』


 はい、きっと団長さんの言葉がなければここには来なかったです。


 『例え誰かに言われたからって、自分の中でしたい、やりたいって気持ちがなきゃあ。毎回ここへはこれなかったさ。俺はな、坊主の中にはそんな思いが有るのに自分でダメにしちまってる。誰かの後押しがなければ外に出ることが出来ない。坊主の言葉を聞いててそう感じちまったのさ』


 店主さんは立ち上がり店先の方に向き、客が注文した訳でもないのに串焼きを焼きーーー


 『実はな、俺の実家が金物屋なんだが。俺はどうしても食い物屋がやりたかった。だが実家の事もあったからな。俺は自分の思いを我慢したんだ』


 ーーー焼きながら自分の事を話始める。


 『そんな我慢して暮らしていた時だな。俺の親父が『お前なんかが家を継がなくてもいい。食い物屋でもなんでもやりやがれ』ってな』


 店主さんの話はぼくと似ている気がした。ただぼくの場合は家族の後押しじゃなく、切り捨てられたと言うこと以外。


 『今の坊主を見ていると昔の自分を見ているようでよ』


 店主さんはぼくの方へ向くと、その手には串焼きが一本握られており。ぼくにその串焼きを差し出して。


 『だからかね。あの時俺に後押しをしてくれた親父の代わりに、今度は俺が坊主の後押しをしたいと思ってさ。ほらよ、今までここに居て食ったことなかったろう』


 『食ったらさっきの約束守れよ』何てこと冗談混じりに言ってきたけど。


 『はい、はい! 必ず自分から!』


 例え今は誰かに言われたからだとしても、ぼくはそれを守ろうと誓った。

 そして約束の証として、差し出された串焼きに勢い良くかぶり付く。


 『……もぐ、もぐ…………あの、これ、美味しくないです……』

 『あぁん!? そんな分けないだろう!? 俺の渾身の出来だぞ!』

 『でも、これ結構焼きすぎ……です。……あんなに焼く姿は巧いのに』

 『坊主、お前気弱なくせして、実は遠慮の無い性格なんじゃないか!?』


 ぼくは店主さんが焼いてくれたやたらと固い串焼きを必死に噛みながら、今だけは誰かの為に自分から神楽をするのではなく。誰かが自分を必要としてくれるからと言う理由で神楽をしようと思った。





















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