No.123
No.123 【幕間】そのに
「予想通りあの二人が残ったな。しかし寄る年波には勝てん。術の展開から砂が落ちきるまで、術を維持するだけで、息が上がる様に為ってしまった」
にこやかに笑いながら「はっはっはっ、年は取りたくないな」と、ぼやく様に言うダァーファに。グレゴールは「嘘をつけ……予想していた者以外に一人残ったからと、その者が倒れるまで術を維持し続けたくせに。やはりコイツより俺の方が緩いな」と、隣に居る友の行いと自分の鍛練の指導に対しての違いを、心の中で再認識した。
そんな話をしながら廊下を歩いていると、書簡庫より。書簡を廊下に置いては出入りをして要る侍女達の姿が見受けられた。
「はて、今日は書簡整理の日だとは聞いていなかったが。そこの侍女よ、少し聞きたい」
「これはダァーファ様にグレゴール様。道を塞ぐようなことになってしまいまして、申し訳ありません」
書簡より出入りをしていた一人の侍女に声を掛けると。その侍女は恐縮したように頭を下げ、謝罪する。
「それはよい。で、今日は書簡整理の日では無かったと思うが、何かあったのか?」
そう聞くダァーファの問いに、侍女は言いづらそうな表情をすると。その表情で何があったかを悟ったダァーファだった。
「ハァ、よい。何があったかは察しがついた。またディータか……」
最後の呟きにグレゴールも何があったのかを察した。
そしてディータの事は可愛いとは思うが、今度は自分に被害が及ばないといいな、とも思っていた。
ディータは自分達の今は亡きもう一人の友の、その子供達の忘れ形見。
そのディータに祖父として、親として。また時に師として接してきた。
好奇心旺盛な娘で何でも興味を持つ娘だが。如何せん不器用で、その事で物事を中途半端に納めてしまう嫌いがある娘だ。
例えばだ。以前食事作りに興味を持ち厨房場へと行き。そこで起きたことだ。
『この『食の霊術士ディータ』が作った料理よ、グレゴールは食べてくれるわよね?』
そう言って差し出された料理は、食べられる食材を使っているにも関わらず。なんと言うか形容しがたいモノが出された。
彩りは有り得ないほどの混沌とした色を持ち。具材も原型のままの物もあれば、どうしてこう言う形に為ったと疑問を抱くものがあった。
祖父として慕ってくれる孫の願いをグレゴールは無下にも出来ず、意を決して食べたが。口に入れた後の記憶が全く無かった。
後日。その日の自分は、妙に口数が多く。やたらとテンションが高いと、その日会った者達に言われた。
そしてそれ以降ディータは料理を作らなくなった。
他にも様々なものがあるが、大概自分に被害が来る。
もう一人のダァーファはどう言う風に察しているのか知らないが、上手いことかわしている。
そして事後、何処からともなく聞き付けた来たダァーファが、ディータに対して懇懇と説明するのだ。
どうしてそうなったのか。どうしてそうなってしまったかと。
あれは聞いてるこっちの気が滅入る。
そしてその後、他の者に迷惑を掛けた罰と称して。自分以上に祖父馬鹿なダァーファが、普段忙しくかまえない分を含め。自ら付ききりで構っていくのだ。
やられるディータは地獄だなんだのと騒いでいるが。ダァーファの師事を求める術士達が聞けば、涙を流して教えを乞いたいと願う者達が多いだろう。
「全くあの娘は、今度は聖地に興味を示しただと……」
「はい、棚から出されている書簡類を見るとそうだと思われますが……。ダァーファ様、申し訳ありませんがまだ作業が残っておりますのでこれにて。グレゴール様も失礼いたします」
侍女は頭を下げると、再び書簡整理の作業に戻っていった。
侍女が下がった後。ダァーファはいつものにこやかな顔とは裏腹に、何やら眉間を寄せ。思案する顔つきをしていた。
ダァーファがそんな顔を見せるのは、余程の難題が出てきた時にしか出さない顔だと言うことを理解していた。
「たかが調べ事、そこまでの事か?」
「私とてこれが普通の者であればここまで考えたりせんが。事を起こしたのが、あのディータだ。無鉄砲に聖地に乗り込んでいきかねん」
「ぬぅ……確かに」
今までの行動からすれば、自分で止まるまでは、決して止まることをしない娘だ。誰かが止めようとも突き進むことだけは止めない娘だ。
「力量はどうだ?」
「無理だな。ディータは術の構成の感性は良いのだが。最近私の処の兄姉弟子達と何かあったらしくてな、今ではその鍛練すらサボり勝ちになっておる」
「ぬぅうう!」
(なん、だと!? 何処のどいつだ! 俺の可愛い孫に何かしでかした奴は! そしてコイツはどうしてそう為るまで放っておいた!?)
ディータに何かあったのではないかと、何処とも知れない相手と。それを知りながら黙っていたダァーファに怒気を放つ。
グレゴールの怒気に当てられ。近くにいた動物や書簡庫から、たまたま出てきてしまった侍女が怯えていた。
「抑えよ、馬鹿者! お主の気に周りの者が皆、怯えるているではないか」
「だがな!」
「お主の気持ちも分かるが、放っておいたのには訳がある。それがなければお主より事情を知る私が、それを許すと思うか」
にこやかな顔で話すダァーファだが、突き刺すような精力が漏れ。怯えていた侍女は耐えられなくなり、ついには気絶してしまった。
その力に頭に血が上った自分も一瞬で冷えた。
「……理由はなんだ?」
聞けばすぐ話すダァーファが言い淀む理由か、と身構え。その口から語るまで黙って待った。
「……………………………………私達がディータを甘やかしていると耳にした」
そして語られた言葉は血を吐く思いで出されたと、思いたくなるくらいの言葉だった。
しかし次なる言葉はそれ以上に衝撃的な言葉だった。
「それ故に私は、いや私達はディータから距離を置かなければならないと考えたのだ」
「距離を置くだと!? 一歩か!? 二歩か!? 三歩は我慢ならんぞ!」
「馬鹿者、そうではない。接し方としての意味だ。
私達はそれなりに立場有る身。師としてディータに接していても、他の者達からすれば優遇された扱いだと取られてしまう。これを才能無き者の、ただの嫉妬として捉えても良いが。その矛先がディータに向くのは忍びない」
ならばそれを自分達で庇えばと考えたが。それをすれば余計に軋轢を生んでしまうと思い至った。
「ぬぅ、それで距離か」
「私とて辛い……。しかし今はこれが一番よい方法ではないかと思っている」
自分より知恵の回るダァーファが出した結論。それを上回る案が出ない以上、自分はそれを黙って受け入れるしかないと思った。
「……分かった受け入れよう。だが聖地の件はどうなる?」
「先程侍女に聞いた話だと。聖地を調べると供に加護についても調べていたみたいだ」
「加護? では精霊の試練を受けていると言うのか?」
「それは無いだろう。ディータに精霊の試練を越えられるだけの力量は今は持ち合わせてはいない。さすがに力量も無いのに試練を受ける無鉄砲さは無いと信じている」
「ではお前のように霊獣との契約を?」
「可能性としてはあるが、その霊獣を見つけるまで、ディータの聖地への興味が我慢できるかと言う問題がある」
なら晶石、は金が掛かるか。余り持たせていないからそちらはないな。となると自力だがダァーファの話から自力での聖地の踏み入れは出来ないと言うことだが。あとは何がある?
「他には?」
「有ることはあるが、ディータがそれを知る筈はないーー」
「……あの、お話し中、申し訳ありません」
先程話した侍女が恐る恐るとこちらに話を掛けてきた。
「うん? お主は先程の。何用だ?」
「はい、先程お話しした以外に新たに賢獣に関する書簡が多数見受けられまして、それをお知らせーー」
「なんだと!?」
滅多に声を荒げる事のないダァーファが声をあげた。
「きゃっ!? な、何か粗相を致しましたでしょうか?」
「いやない。それよりお主、今賢獣の書簡と言ったな。その書簡見せて貰えるか」
「は、はい。只今、お持ちいたします」
侍女走り去るように書簡庫へと駆け込んでいった。
「賢獣? あの賢獣のことか?」
「そうだ。……まさかあの子があれに気がついたと。だがあれはまだ各国でも上の、一部の人間しか知らない情報だぞ……」
何の話だ?
それについて聞こうとしたら、侍女が数点の書簡を持って戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらがその書簡になります」
ダァーファはそれを黙って受け取り。流し読むように目を通していく。
「……これは!? これだけの情報から推測したと言うことか!? 済まないが、あの子は。ディータは今何処にいる」
落ち着いて話しているように見えるが、かなり焦っているように見られる。
一体何があると言うんだ?
「そうか、もう出た後か。グレゴール、私と供にディータを探すのを手伝ってくれ」
「それは構わんが説明をしろ」
「……道すがら説明をする」
その日。
『霊族連合国』の重鎮たる鋼霊人族の『烈震の戦槌・グレゴール』と雷霊人族の『雷神・ダァーファ』の二人が消えた。
周囲の人間はなぜこの二人が、突然居なくなったのかを知らされてはいなかった。
ただ立場有る二人が突然居なくなったことから、何事かが起きたのではないかと推測したが。それが納得できる程のモノが無かったために、結局推測の行きを出なかった。
周囲の者達はこの二人が帰ってくるまでは騒がず。いつ何事が起きてもいいように、水面下では準備を進めていたが。この準備もいずれは無駄に為ってしまうと言うことなど、考えも及ばなかったのである。
何せこの二人が国を空けた理由が、極度の祖父馬鹿から来ているものとは。
まさかそんな理由で居なくなるとは、誰もつゆほどにも思わなかったろう。
そしてこの二人があちこち奔放し歩いて。やっと見つけた孫の近くに、見知らぬ男が親しそうに側に居て。
その男に対し、祖父馬鹿全開で烈火の如く怒り狂った二人が襲いかかり。
そんな怒り狂った二人を相手に大立回りをした。憐れな男が居たと言うことも。この時はまだ、誰も想像すらできなかった。




