プロローグ
「にぃに、こっちこっち」
「はいはい、そんなに急がないでも大丈夫だよカレン」
妹のカレンが俺の前を走りながら俺のことを呼ぶ。よちよち歩きだったのがしっかりと大地に足を着けて歩けるようになったカレンは俺の手を引っ張りながら目的地に誘導する。俺はそれを少し苦笑しながら着いていく。前世では妹という存在がいなかったのでどう接したらいいか分からなかったが妹のカレンが積極的に関わってきてくれるお蔭でどうにか距離感が分かり、こうして遊ぶことができている。そうして思ったものだが俺は案外子供好きなのかもしれない。カレンと遊ぶのは楽しいし、何より成長する姿を見ていると嬉しくなるのだ。
ようやく目的地に着いたのかカレンは地面を指差しながら俺の袖を引っ張りこれを見つけたのだとアピールする。
「にぃに、これ見つけた!」
「ほう、どれどれ」
それは前世でいうタンポポと呼ばれるものだった。黄色い花は綺麗でカレンはそれを指差しながら俺ににこにこと笑顔を向けてくる。褒めてほしそうだったので頭を撫でて答えてやる。えへへと笑うカレンがとても可愛い。
カレンがその花を摘もうとしていたので俺は止めることにした。
「カレン、花を採ってはだめだよ」
「ダメなの? こんなに綺麗なのに」
「花もカレンと同じ生き物なんだ。むやみやたらに採ったら可哀想だろう?」
「うん、にぃにの言うとおりにする!」
「おお、そうか。カレンはいい子だな」
「えへへ」
カレンが褒められて嬉しそうにする。子供は無邪気であり、予想もしていないことをする。それを止めるのも兄の役目というものだ。父親の役目な気もするがそこは気にすまい。
後ろから着いてきていたユリアもそんなカレンを見て笑みを浮かべる。ユリアにとってもカレンは妹とみたいなものらしく、とてもカレンを可愛がっている。あまり甘くするものだから俺が時々叱る役をやらなければならない。カレンは素直な子なので一度言ったことはちゃんと守ってくれるから安心だ。少々俺にべったりなのが将来心配になる要素なのでそこはどうにかしたい。
「ねぇね、にぃにが褒めてくれたよ」
「ええ、良かったですね。ユーフェ様そろそろ戻りませんか?」
「そうだな。カレン、家に帰ろう。今日は俺が魔法を教えてやろう」
「本当! にぃに大好き!」
カレンを抱き上げながらそう言うとカレンは俺に抱きついてくる。そう嬉しそうにされると教え甲斐があるというものだ。この歳で魔力消費が少ないものなら詠唱して発動できるのだからカレンの将来は有望だ。
狐の最後を見届けてから一年と三ヶ月程が経った。世界のシステムが変わるという狐の言葉通りシステムが追加された。スキルシステムというそれはこの世界の人からすると前代未聞であり、ゲームをしている日本人であれば馴染み深いものであった。ポイントを消費することでスキルを取得し、使うことができるこのシステムはとても便利だ。そう、まるでVRMMOのようなシステムでゲームのような世界になってしまったのだ。
父様や母様は早速なにやらスキルをとっていたが俺は未だに一つも取得していない。いや、正しくはポイントを使って取得はしていない。どうやらある一定の熟練度を達成することでも取得可能らしく、それらを試しているうちに幾つか手に入れることができたのだ。
カレンに魔法を教えると言ったのは詠唱を教える事で魔法スキルを取得しようという試みだ。一応発動はするので取得までは秒読みだと思っている。
「ユーフェ様はスキル取得しないでいいのですか?」
「まだいいだろう。脅威とやらが現れてからでも」
「そうですか。私はユーフェがそう思うのであればいいのです。サリオがスキルを取得し始めてから調子に乗り出したので不安なだけで」
「ああ、そういうことか。俺には魔術があるだろう? 大丈夫だ」
「そうでしたね。今では全適性が使えるようになりましたし」
俺はユリアの言葉に頷きながら火の魔術を発動する。便宜上無詠唱と呼んでいるー念じるだけで発動するーそれをすると一瞬で火が目の前に現れる。スキルシステムの解放と同時に属性の適性が全解放され、誰でも全ての属性が使えるようになったのだ。ただ詠唱を知らないと魔法は発動できないので光や闇と言ったマイナーな属性はあまり使われることはなさそうだ。全部の属性が使えるということは全部の属性を魔術で再現できることに他ならない。俺にとってラッキーなことだった。こうして適性のなかった火属性を使えているのが何よりの証拠だ。それを見た母様が嘆いていたのは少し可哀想に思った。母様、ごめんなさい。
「にぃに、凄い!」
カレンが俺のことを褒める。毎回のことなのでもう慣れたが初めは恥ずかしかったものだ。
ユリアの心配も当然分かっている。俺にも万が一というのが無いとは限らないから備えて欲しいと言いたいのだろう。人は急に力を得ると自分が強いのだと錯覚するものだ。それは俺も例外でなく、俺自身、神にしか使えないと言われる魔術を使えることで浮かれ気味な所があるのは否定しない。サリオはそのテンプレをひた走るようにガキ大将になってしまい、スキルのせいで増長しているのだ。もう少しで成人だということで俺を力で抑えようと考えているのではとユリアが心配しているのだ。
だが、俺は何もしていない訳ではない。常日頃から槍の技術を磨き、魔術を限られた適性の中で魔術を磨き、魔力量を増やすために鍛錬をしていた。そのお蔭もあってスキルを取得しているのだ。スキルシステムが解放されてから発動できるようになったステータスを俺は発動する。
・ユーフェリウス・オイスター
Lv.1
MP13223/13223
SP10
〈スキル一覧〉
身体強化10・念話10
槍術4・体術2・魔力自然回復量アップ7・魔力制御2・魔力感知7
〈魔法スキル一覧〉
なし
こんな風になっていてなかなか鍛えていると思う。平均が分からないから比べようもないのだが充分だと思う。魔力量がやけに多いのは狐から貰った魔力があるからだ。身体強化は一歳から鍛えてきたし、念話も小さい頃からやっているのでこの数字だ。どうも十がスキルレベルの最大値らしく、これ以上は変動しない。
そういえば、念話は魔術なのか魔法なのかという話なのだがそれがどうにもユリアができているので魔法になるのではと俺は思っている。魔法が魔術を人が使えるようにしたものなのであれば俺がユリアに教えたものが劣化して使われているというのが俺の予想だ。仕組みも分からないので断言はできない。使えるからいいやというので今は放置している。使う機会も最近はないのだが。
魔術はどうやらステータスには表示されないようでシステム外スキルに当たるのかもしれない。魔法でできることは魔術でできるので完全に俺の魔術の方が再現度は高い。今では魔法剣ならぬ魔術槍を作ってそれぞれの属性で使っている。未だ実践で使ったことはないがそれぞれの属性の効果を発揮するみたいなのでそのうち試したいものだ。
「脅威とやらが何か分かればな。早く来てほしいものだな」
「ユーフェ様、不謹慎ですよ。平和な方がいいじゃないですか」
「ごめん。そうだよな」
これは俺が自身の力に慢心しているから出てきた言葉だ。自覚していても抑えるのは難しい。何をどうしたってこの世界は俺にとって未知であり、楽しさが溢れる世界なのだから。ユリアを不幸にしない為にこの思いは抑えるべきだろう。あまり過ぎると嫌われるかもしれない。自信がないのは相変わらずな俺。残念すぎる。こんな俺を好きなユリアはもっと不憫に思うが本人はそう思ってないのが救いだ。
屋敷につく頃にはカレンが眠りについてしまった。
「すぅー」
「ありゃ、カレンが寝ちゃったな」
「また一緒に寝るのですか?」
「そうしないと1日拗ねるからな。どうだユリアも一緒に寝るか?」
「い、いいのですか?」
「遠慮するな。たまにはいいだろ。俺が、そうしたいんだ」
「分かりました。お言葉に甘えることにします」
そんなことを言いながらもユリアの口元は緩んでいる。異性をはっきりと感じるようになってからというもの恥ずかしさが増したのか一緒に寝ることが無くなってしまった。俺はそれを少し残念に思っていたがこうして俺が言うと添い寝してくれるようになった。ユリアが喜んでくれるなら俺はそれでいいと思っているのでこうして言ってやるのだ。可愛い子が笑顔になる瞬間というのは何時見ても眼福だ。結局は俺がそうしたいからそうする、が正解なので自分の為でもある。まぁ少しくらいはいいよなと自分に問いかける。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
ユリアにからかわれるのも嫌なので黙っておくことにする。というより、ユリアさんの場合、全肯定なのでユリアの赴くままにやっていくと行き着くとこまでいってしまいそうなのが怖い。それだけユリアが魅力的であるのだと思えば、逆に誇らしさが湧き出てくる。まぁユリアにもそのうち慎ましさとか覚えてほしいわけです。そんなことを言われてもとか言って茶を濁されるのは目に見えている。流石にこうも長いこと一緒にいると感覚が麻痺するのかもしれない。何をされてもいいと思うほどではないと俺は思っているが果たしてどうなのだろうか。
カレンと遊びながら日々が過ぎていく。それはこれまでと変わらず、楽しい日々であり、また退屈な日々だ。そんなある日、脅威が現れた。それはダンジョンと呼ばれる地下型迷宮で魔物が蔓延っているという。俺は父様に願い出て、それの調査を行うことにした。
※※※※
「今日はぼく完璧に空気だった。これでユーフェ兄に勝てたはず」
「おーい、レティ!いつまで後ろから着いてきてんだよ。早く来いよ」
「気付いてたなんて、酷い……」
レティはその場で崩れ落ちて涙を流したのだった。
レティ、空気。




