表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/211

113.惜しみ

 夜、後日迎えをよこす――とアリーチェに言った俺は、その足でオスカーのところにやってきた。


 オスカーの屋敷、第八親王邸。

 帝都にあまたある親王邸の中では、広さも作りも中の中という感じの邸宅だ。

 なんだったら第十親王ダスティン――弟の屋敷の方が数ランクも上だ。


 そんなオスカーの屋敷の正門にむかった。


 かがり火の横に門番がいて、門番は忠実に仕事をこなした。


「とまれ、何者だ」


 見かけない顔だったが、俺はとりあえずかがり火で顔がうつる程度に近づいてから。


「余だ」


 と名乗った。

 門番とは言え第八親王邸の者だ、リヴァイアサンの印章は必要ないと判断した。


 それは正解だった。

 門番は数秒間俺をじっと見つめた後、武器を捨てて俺に平伏した。


「へ、陛下とは知らず申し訳ございませんでした!」

「よい、職務に忠実なのはいいことだ」

「は、ははー」

「オスカーはいるか?」

「はっ、今庭の方に――すぐに知らせを」

「よい、そのまま番をしていろ。庭だな?」

「は、はい!」


 平伏したままの門番を置いて、俺はスタスタと中に入った。


 入った後も、何人もの人間とすれ違った。

 門番はすぐには俺の事に気づけなかったが、塀の内側にいる使用人達は一目で俺の事にきづいた。

 親王時代からちょくちょく通っていて、俺が顔を覚えている者もいた。


 その都度オスカーに連絡を走らせようとするのを、手をかざしたジェスチャーで止める。


 そうして、オスカー邸の庭にやってくる。

 庭の開けたところに池があり、池の中央に小島がある。

 小島へは架け橋が架かっていて、そこにあずまやが建っている。


 豪華ではないが、品のいい落ち着いたつくりの場所だ。


 そこでオスカーは笛を吹いていた。

 竹で作られたであろう、これまた質素な横笛だ。


 店で買えば1リィーンもしないであろう品だ。

 オスカーはその横笛を吹いていた。


 俺はそれにしばらく聞き入った。

 落ち着いた旋律が完全に落ち着くのを見計らって、拍手をした。


「意外な特技があったのだな」

「――っ! 陛下!」


 振り向いたオスカーは目をむいて驚愕した。

 あわててあずまやから飛び出し、架け橋を急いで渡って、俺の前にやってきて、流れるような動きで跪いた。


 親王が皇帝に謁見する作法で、そのまま一礼した。

 俺はそれを泰然と受けた。


「ご光臨(、、)を賜り、恐悦至極に存じます。出迎えをしなかった無礼をお許しください」

「気にするな」

「お前達、何故通報をしなかったのだ」


 オスカーは俺の背後に視線を向けて、わずかな怒気を含めた言葉を投げつけた。

 肩越しにちらっと見ると、少し離れたところでオスカー邸の使用人が何人もいて、全員が遠巻きに様子をうかがっている。

 それもオスカーの叱責で、全員が一斉に平伏した。


「ははは、余が通報するなと言ったのだ。その者らに咎はない」

「さようでございましたか。――何をしている、そういうことなら早く陛下に何かお出ししないか」


 更に叱責が飛ぶオスカー。

 こっちは俺の責任じゃないからスルーした。


「ささ、陛下。こちらへどうぞ」

「ああ」


 俺はオスカーに案内されて、あずまやの中に入った。

 石を削って作ったテーブルと椅子のセットがあって、俺は先に座った。


「オスカーも座ってくれ」

「はっ」


 オスカーは屋敷の主とは言え、皇帝()はこの帝国の主だ。

 形の上では、ここでも俺が主で、オスカーは俺の命令を待っていた。

 そんなオスカーも座って、俺と向き合う。


「いつ、お戻りに?」

「ついさっきだ。把握はしてなかったか」

「……ええ、陛下は未だサラルリアにおられると。明日か明後日あたりに陛下の上意がくだるのだろうと予測をしておりました」


 なるほど反乱は把握していたか。

 まあ当然だ。

 軍事は直接オスカーの管轄ではないが、戦費などは財務大臣であるオスカーを通さないと言えない。

 いわば後方の備え的な意味では、オスカーもしっかりと当事者だから把握していて当然だ。


「なるほど。余の知らせがしばらくはないと踏んで笛を吹いていたのか」

「申し訳ありません」


 オスカーは頭を下げた。

 俺に責められたと思ったのだろう。


「褒めているのだ。焦っても仕方ない時に焦っても意味はない。それでこそ余の股肱の臣だ」

「恐れ入ります」

「お前が把握しているとおり、余はレアララトにいた。事が事だから超特急で戻ってきたのだ」

「超特急?」


 オスカーの表情が変わった。

 眉根にキツいしわが寄って、表情が強ばる。


「ああ」

「恐れながら申し上げます。あれは国君(、、)が冒してよい危険ではありません。二度となさらないでいただきたい」


 オスカーはヘンリーと同じことを言った。

 いや、むしろヘンリーよりも更に強い口調で俺を戒めた。


「わかった。心に留めよう」

「はぁ……」


 オスカーはため息をついた。

 俺が「やらない」とは言わなかった事にため息をついた。


 当然だ、ヘンリーとオスカーの言うとおり、通常ならあれは皇帝が冒していい危険ではない。

 それを諫めたのにスルーされたのなら、ため息の一つもでる。


 そしてそれが、俺が今でもオスカーを警戒している最大の理由だ。


 オスカーは、普通に考えて俺からの連絡が今夜中には来ないと判断して、少しの息抜きをした。

 そしてそれと本質的に同じことで、オスカーは野心を抱きつつも、こういう時は忠臣として最重要な言葉を発する事ができる。


 忠誠心と野心、その二つを「時が来るまで」切り分けておけるのがオスカーという人物だ。


「だからお前は信用できる」

「……は、どういう意味でしょうか」

「ヘンリーと話がついた、余が親征する」

「それは――いえ、陛下が決めたこと、私が口を挟むことではありません」

「話が早くて助かる。余が親征した方が結果的に今回は上手く行くだろう」

「はっ……留守役は如何いたしましょう。上皇陛下にお出まし頂くのはどうでしょう」


 これまた忠臣としての言葉だ。

 たしかに上皇――父上は未だに健在で、皇帝である俺がいない間にらみをきかせると言う意味ではこれ以上の人選はない。


「いつまでも親離れできないのでは、余ら兄弟揃って父上に失望されかねない」

「そうですね……」


 オスカーは微苦笑した。


「さすが陛下、そこまでは考えが及びませんでした」

「うん、留守役はセムにしようと思う」

「皇太子殿下ですか!? それはいくら何でも――」

「オスカーには摂政王を受けてもらいたい」

「――っ!」


 ハッとして、息を飲むオスカー。


「私が……摂政王……」

「余の留守中だ。父上をのぞけば肩書きはセムが一番自然で、能力はオスカー、お前が一番適任だ」

「身に余るお言葉でございます」


 オスカーは流れるように立ち上がって、そのまま俺に片膝をついて頭を下げた。


「やってくれるか?」

「は、身命を賭して」

「ははは、賭けるな賭けるな。皇太子(、、、)は替えがきくが、オスカー・アララート(、、、、、、、、、、)はそうは行かない」

「もったいないお言葉でございます」

「では任せたぞ」

「はっ」


 片膝をついたまま頭を下げるオスカーは、肩が少し震えていた。

 これは、どういう意味の震えなんだろうか。


 さすがにこれだけだと判別はつかんな。


『主』


 頭の中で、リヴァイアサンが静かな声で話しかけてきた。

 声色こそ物静かだが、微かな怒気を含んでいる。


 リヴァイアサンが「怒っている」時は一つしかない。

 相手が、俺に失礼な言動をしたときだ。


 狂犬なリヴァイアサンは、俺の敵は決して許さない。

 もちろん俺がやめろと言えばやめる、そういう忠犬的な性質ももっている。


 忠犬で狂犬、それがリヴァイアサンというモノだ。


 そして、そのリヴァイアサンの注意ではっきりと分かった。

 オスカーは、ほんのわずかだろうが、異心が出ていた。

 おそらくは誰も気づけないであろう、オスカーの胸中に芽生えたわずかな揺らぎ。


 この世で俺だけ――忠犬リヴァイアサンを従えている俺だけに気づけた。


 それは、危険だ。

 平時はともかく、今は完全に切り分けててもらう。


「まあ立て、もうひとつ相談がある」

「はっ、なんでしょう」

「皇帝親衛軍を、ジェシカの援軍に差し向ける。余はしばらく戻れぬ、万が一があってはいけないという、親心(、、)だ」

「御意、物資などもお送りした方がよろしいでしょうか」

「ああ、そうしてくれ」

「はっ」

「細かいところは追って詰めよう。今日は知らせに来ただけだ」

「はっ」


 オスカーがまた頭を下げた。

 リヴァイアサンからの忠告はない。

 オスカーはまだそれを理解していないようだ。


 軍事が専門じゃないから分かってないだけか、それとも……。

 もう一押ししようかと思ったその時。


 顔をあげたオスカーの眉が一瞬だけはねた。

 そして、リヴァイアサンも、


『主』


 気づいたか。


『ご明察。さすが主』


 リヴァイアサンのお墨付きはありがたかった。

 またオスカーの胸中にゆらぎが生まれた――つまり何かに気づいたのだ。


 このあたりはさすがオスカーだ。

 この程度の遅れは「即」気づいたといっていいレベル。


 やはり……人材だよな……。


 俺はどうにか、彼の胸の奥に眠り続けている野心を散らせないものかと、頭を悩ませ続けるのだった。


ここまで如何でしたか。


・面白かった!

・続きが気になる!

・応援してる、更新頑張れ!


と思った方は、広告の下にある☆☆☆☆☆からの評価をお願いいたします

すごく応援してるなら☆5、そうでもないなら☆1つと、感じたとおりで構いません。

すこしの応援でも作者の励みになりますので、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
●感謝御礼

「GA FES 2025」にて本作『貴族転生、恵まれた生まれから最強の力を得る』のアニメ化が発表されました。

mrs2jpxf6cobktlae494r90i19p_rr_b4_fp_26qh.jpg
なろう時代から強く応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
― 新着の感想 ―
[気になる点] 100ページを超えた辺りから誤字が多すぎる。
[気になる点] ヘンリーなのかオスカーなのかはっきりしろってくらい。
[良い点] この辺の下りは山岡荘八さんの徳川家康からの家康VS政宗からかな。 [一言] さまざまな歴史小説をオマージュした アイディアの引用がおもしろい。 判る人にしか判らないのが残念かも。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ