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灯りを消して部屋が闇に沈んだからだろうか?
それともワインを飲んで少し酔ったからだろうか?
ついさっき見た夜景とは、全く違って見える。
「なんとなく落ち着くでしょ。僕はこの部屋にいるとほとんどこのライトで過ごしてるんだ」
視線を部屋に戻せば、花のような形をした美しいスタンドライトが目に留まる。赤みを帯びた灯りは、ジッと見つめても目が疲れない優しい灯。
部屋のところどころには穏やかなオレンジ色の間接照明が点いている。
時々洸は邸に帰らずこの部屋に帰るというが、それも当然だろうと思った。
この空間で、彼の心は十分に癒されるに違いない。
――私もこの部屋にまた来たい……。
飛香はそんな想いを、そっと心の中に隠した。
ふと気づけば、テーブルの上でいつの間にかアロマキャンドルが炎を揺らしている。
微かな甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「明日もちゃんとお祝いのメッセージを送りますね」
蝋燭の灯りは、洸の目元に憂いの影を作りだしている。
「うん、そうして。待ってるよ」
肩肘を立てて微笑む洸が、いつもと違って見えた。
――これが色気というものなのだろうか?
そう思わずに言われないほど、飛香の心はチョコレートのように蕩けそうになる。
それでなくても元々幅のないテーブルを囲む二人の距離は、手を伸ばせばその体に触れられるほど近い。
ちらりと時計を見る。
針が示す時間は、8時半。
さっき時計を見てからもう30分も経ってしまったという思いと同時に、あと30分もこうしているなんて無理だという気持ちがせめぎ合う。
会話は途切れ、部屋に流れる曲が今更のように耳に響く。流れる曲は明るい音ではなくどこか切なげだった。
そっと口にしたチョコレートケーキからブランデーの香りが口に広がる。甘く、そしてほろ苦い大人のケーキ。
「飛香」
名前を呼ばれただけで、ハッとして胸が高鳴った。
「はい?」
「飛香の誕生日はいつ?」
「私の誕生日は、12月24日です」
「え! クリスマスイブなの?」
「そうなんですよ。洸さんとは逆で寒い寒い冬です」
朱鳥も飛香と同じ誕生日だった。平安時代にクリスマスはないが、冬の寒さは同じである。
「飛香の誕生日も、ここで祝おう。その時期は夜景が一番綺麗な時なんだ」
飛香は頷いて「ありがとうございます」とだけ言った。しっかりと約束が出来ないことが悲しく心の中で疼く。
空になったお皿とカップをトレイに載せて立ち上がると、洸も一緒に立ち上がった。
「送っていくからね」
飛香がサッと洗った皿を洸が受け取って、食洗器の中に入れていく。
「今日は本当にありがとう」
そう言いながら向ける優しい微笑みが、何故だか飛香の哀しみを誘ってくる。
形の見えない思いに、泣きそうになった。
どういたしまして、という言葉さえ声にならず心の中に沈む。
それでも、バッグを持って廊下を進んだところまでは我慢ができた。
――このまま靴に履き替えて玄関の扉を開ければ大丈夫。外の空気が心の澱を吹き飛ばしてくれるだろう。
そう思っていたのに――。
「飛香……」
名前を呼ばれて振り返ってしまったら最後、もう溢れる想いに逆らえなかった。
「誕生日を一緒に迎えてほしい」
――そう言われて抱き寄せる腕を、どうして振りほどくことができるだろう。
こんなに好きなのに……。
悪いのは洸さんじゃない。そうしたかったのは自分。
だから、離れた唇を追いかけるように、泣きながら言った。
「帰りたく、ない」
――好きなんです。
大好きなんです。洸さん。
ごめんなさいアスカ。
好きなの。
私、洸さんのことが好き。
この想いは、荘園の君への淡い初恋とは違う。あの気持ちは幻想にも似た憧れだったと、今ならわかる。
今のこの、身を焦がすような熱い想いを何と表現したらいいのかはわからない。強いて言うならば、これも『恋』だ。
苦しいほどの恋情。
ごめん。ごめんなさいアスカ。
あなたの体に傷を残してしまうことになるかもしれないけど、でも。もし私が平安の都に帰ることになったとしても、この想い出だけを胸に生きていける。
だから許して、許してね――。
そう何度もあやまった。
洸は優しかった。
その唇も指先も、絹のように優しく滑らかに飛香を誘い、心を溶かしてしまう。飛香はただされるがまま洸を信じ、夢中でしがみついた。
一瞬一秒でも離れたくない。ほんの少しの間唇が離れてしまうだけで、悲しくて切なくて堪らなくなる。
いつの間にこんなに好きになってしまったのか飛香にもわからなかった。
どこかで芽吹いた恋の蕾み。
その恋の花は美しい夜景の中で咲き乱れ、心は甘い蜜を滴れさせている。
それでももし、本当にいいの?と聞かれたら、止められたかもしれないと思った。
でも洸は、何も飛香に確認することはなかった。
「愛してるよ、飛香……。飛香がいればなにもいらない」
洸が口にしたのは、飛香への愛の言葉だけだった。




