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まさに指折り数えて迎えた誕生日の前日。
予定通り洸が飛香を誘って見た映画はラブストーリー。
終始眠気を堪えるのが辛かった洸に対し、飛香はといえば様々な苦難を乗り越えてようやく二人が再会てきた時には感極まって涙を流した。
映画の後に行ったカフェで向かい合わせに座ると、泣いた飛香の瞳はほんの少し赤くなっている。その瞳を見つめながらコーヒーを口にした洸は、「明日は僕の誕生日なんだ」と言った。
「え? そうなのですか!お祝いをしなくちゃ」
「祝ってくれる?」
「はい!もちろん。何か欲しいものとか……」
そう言いかけた飛香は、うーんと唸った。自分が買えるもので彼が欲しいものなどあるのだろうか?と考えて、思い立ったように満面の笑みで言う。
「そう、何かしてほしいこととかありませんか?」
「じゃあさ、夕ご飯作ってくれる? 今夜は碧斗がいないからほんの少し遅くなっても大丈夫でしょ?」
「はい。わかりました!」
「このすぐ近くに僕のマンションがあるんだ。そっちでいい?邸だと今日はシェフがいないから厨房で迷うだろうし」
「はい。そういえばマンションに帰る時は食事はどうしているんですか?」
「前もって連絡して、冷蔵庫に入れておいてもらったり外食したり。自分では作らないからね。マンションには調理道具はあるけど、食材は何にもないんだ」
「じゃあ買っていきましょう」
目に留まったスーパーマーケットに入ると、飛香は率先してカートに買い物かごを乗せた。
「洸さん、スーパーなんて来たことないでしょう」
クスクスといたずらっぽく飛香が笑う。
「うん。そういえばないね」
陳列棚や天井やポップの文字などを店内を見回しながら歩く洸と、食材を選びに忙しい飛香は、店内で人目を引いた。何しろ背が高く生活感のないモデルのように美しい男が女連れでスーパーにいるのである。彼らは若い夫婦なのか恋人たちなのか? 買い物をする女性たちはそっと洸や飛香の指先に視線を向け、左手の薬指に指輪をしていないことを確認して、なんとなくホッとしたりしていた。
飛香は店員に声を掛けて、鯛を指さしながら何かを頼んだ。
「なに? どうしたの?」
「はい。自分でする自信はないので、お魚の下処理をお願いしたんです」
「へー、そんなこともやってくれるんだ」
「今うちに来てくださっている家政婦さんに、一緒に買い物に連れて行ってもらったです。その時に教えてもらったんですよ」
飛香は時々スマートホンを見ながら、食材を籠に入れていく。
「え? ワインなら買わなくても沢山あるのに」
「駄目です。洸さんのところにあるようなワインはもったいなくて、お料理には使えませんよ」
そうなの?とか言いながら、洸は早くも飛香との未来に思いを馳せて頬が緩む。
シェフに任せても飛香が作っても、どちらでも飛香が好きなようにしたらいい。時間があれば自分が手伝って二人で作ることもありだと。
「ねえ飛香、別に全部作らなくてもほら、こういうのでもいいよ」
お惣菜のコーナーには、サラダからパーティーセットのようなものまでなんでも揃っている。
「いいえ、何にも用意ができなかったからせめてお料理くらいがんばります!」
と言いながらも飛香は足を止めた。
「あ、でもサラダだけは買いましょう」
アウトドア用だろうか、お米も一合分のものもあり、それを買った。
何故ならば野菜もお米も食材を無駄にはしたくなかったからだ。料理をしない洸のマンションに残しておいてはいけない。かといって捨てるのも忍びないし、持ち帰るのもなんとなく気が引けた。
レジに並びながら、バッグの中に入れておいたエコバッグを確認すると二つある。
――これなら、全部入るだろう。
そしてふと考えた。
食材を無駄にしたくないと思ったことや、エコバッグの持ち歩きなど、洸には全く想像も出来ない事なのではないだろうか。
時にはこんな風に、彼よりも自分の方が知っていることもあるかもしれない。
――庶民的なことに限るけど。
そう思いながら、飛香はこっそりと微笑んだ。
全ての買い物かを終わりスーパーを出ると、洸が荷物を持った。
「だめですよ、私が持ちます」
「え、それはだめだよ。ほら周りを見てご覧、みんな男が持っているだろう? 飛香に持たせてたら僕がろくでなしな男みたいじゃないか」
こうでも言わないと飛香は、この荷物を全て持つと言って譲らないだろう。何しろお金も出すといって聞かなかったのである。
『プレゼントにならないじゃないですか』と言って、ちっとも怖くない顔で睨むので、洸は譲ったが、荷物については、飛香も周りを見て納得したようだ。
幸いなことに、ほとんどの男性たちは荷物を手にしている。たまに女性が持ち荷物を持たない男性もいて、飛香はろくでなしだという認定をしたのかもしれないがそれは仕方がない。
それはともかく、こうして飛香と並び、スーパーの袋をぶら下げながら歩くのは、何やら楽しかった。
「家政婦さんは? 今日は来るの?」
「いいえ、日曜日はお休みして頂いてます」
「いつもは何時に来るの?」
「夕方四時頃に来てくださるんですよ。土曜日は十時頃に来て、家事以外に色々教えてもらっています」
「そう。どう? 護身術は」
「うふふ。強くなりましたよ」
「そっかー、じゃあ後で試してみよう」
そんなことを話すうち、マンションに着いた。




