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「なんとかまとまりましたね」
会議室を出てすれ違う社員たちの挨拶に軽く答えながら、洸と鈴木は廊下を進んだ。
「ああ、ない時間の中でよくやってくれた」
「これで彼らも心置きなく休みがとれるでしょう。そういえば常務はいつ取ります?」
「ん?」
「夏季休暇。去年はバタバタしていましたから一日しか取れなかったと思いますが」
「何日あるんだっけ? 夏季休暇って」
役員ということもあるだろうが、仕事人間の彼はあらためて休暇のことなど考えたこともないのだろう。
眉をひそめて真面目に聞き返す上司が、鈴木には可笑しかった。
「三日です。有休を合わせて一週間休む社員も今年は多いです。積極的に休むよう通達してありますのでね。役員も最低三日は休むようにと言われています」
「いつでもいいの?」
「ええ、私は今のところ予定を決めておりませんし。常務の休暇と被らないように取らせて頂きますので」
鈴木は手帳から紙を取り出して洸に見せる。
「ご覧の通り、もう八月ですから既に休みを取っている者もおります」
紙は秘書たちの休暇を記した表である。連休にしている場合もあれば金曜全てという者もいて、休みの取り方はまちまちだが部長以下どの秘書もしっかりと休暇の予定が書かれていた。鈴木を除いては。
「ふーん。じゃあ丁度ひと段落したところだし、早速明日でも休もうかな」
「ええ、よろしいのではないでしょうか。休める時に休んでください。明日は一日だけですか?」
「ん? うん。とりあえず一日だけ」
――だってまだ飛香の予定がわからないじゃないか。
そう思ってしまったことについて、洸は否定しなかった。
このところ我ながらうんざりするほど自分の気持ちと向き合ったのである。湧き上がる想いを否定し続けてきたが、これ以上自分に嘘はつけないとあきらめた。
元来グズグズと思い悩むことは性に合わない。
常務室に入り扉を閉めると、洸はゆったりとソファーに腰を下ろして、にんまりと口元をゆるめた。
さて、これを聞いて鈴木はなんと言うだろうと思いながら、口に出してみる。
「飛香が好きなんだ」
鈴木は一瞬驚いたように動きをとめたが、フッと微笑むと「ええ、そうだろうと思っていました」と言う。
「いつからそう思っていたの?」
「そうですね……、もしかしてと思ったのはパーティの後飛香さんのことを常務に聞かれた時で――確信したのはメイド服の飛香さんに出迎えられた日でしょうか」
指先で頬杖を突きながら鈴木の話を聞いていた洸は、「ふーん」と頷いた。
「アラキさんがおっしゃっておりました。『恋のひとつも知らないようでは話にならない』と」
「僕はようやく一人前ってことなのか」
クックックと洸が笑う。
――だけどアラキ。そんな弱みを作ってどうしろっていうんだよ。
飛香に万が一のことがあったら、僕は西園寺だって売るかもしれないよ?
洸は笑いながら、心の中でアラキにそう問いかけた。




