妹がほしい20
飛香は西園寺家の人々の目を一身に浴びながら、ただひたすらにわが心を旋律に乗せていた。
なぜ、秘密を正直に話してしまったのか、自分でもよくわからない。
告白を聞いたアラキは『そうですか』と、静かに頷いた。馬鹿な話だと笑うわけでもなく、本当の話ですか?と確認もしなかった。
――どう思っただろう。
『ここにいるはずの本当の飛香と、平安の都にいた自分の魂が入れ替わったんです』
信じてもらえなくても当然な話である。
『西園寺家の皆さんには、今の話を言ってもらっても構わないです』
『いえ、私は言うつもりはありません。万が一、その必要を感じたときは飛香さんにお知らせしてからにします』
アラキはどこまでも誠実にそう言った。
ありえないとは思いつつも、そのアラキの様子から、もしかすると信じてくれたのかもしれないと思った。
――洸さんが知ったら、どう思うだろう?
博物館で陰陽師の話をした時のことだ。
『式神という、陰陽師に仕える妖怪のようなものがいたそうですよ。平安時代には』
『へえー』
『あ、信じないんですね』
『うん。いたとしたら手品でも使ったんだろう』
『本当にいたらどうします?』
『うーん。そうだな、好きなところに別荘でもプレゼントするよ』
『え? ほんとうですか』
『うん。その式神の数だけ別荘を買ってあげる』
そう言って笑った彼のことだ。
恐らく真剣に言えば言うほど、大丈夫か? と真顔で心配するだろう。
彼はいい人だ。無駄に混乱させてはいけない。
アハハ、ウソですよ。思いついた冗談です。そう言って笑ってあげよう。
飛香はそう思った。
信じてもらえなくてもいいのだ。
大切な人には正直でありたいと思う、自分の問題なのだから。
膝をついて、キスをして、お姫さまと言ってくれた洸さん。
――私は皆さんが大好きです。
念じるように感謝しながら、ただひたすらに飛香は心を込めて琴を弾いた。
飛香が琴を弾き始めて一時間ほどした頃。洸のポケットでスマートホンが揺れた。
夕食を済ませ、洸はちょうど鈴木とレストランから出たところだった。
鈴木は「では、ここで」と軽く頭を下げる。彼のマンションはそこから歩いてすぐだ。
鈴木の挨拶に片手を上げて答えながら、洸はスマートホンを耳につけ車に乗る。
『今、よろしいですか?』
「ああ、大丈夫」
『土曜ですが、レストランを予約しました。相手の方とわたしが一緒に向かいます。洸さまは、マンションから向かわれるということでよろしいですか?』
「うん」
『実は今回のことはまだ、奥さまにも旦那さまにも言っておりません。相手の方も同じです。話が進んでからお話になったほうがよろしいかと思いまして』
「ああ、そうだね」
それを聞いた途端、洸は肩の力が抜けて一気に楽になった。
父はいずれにしろ、母が見合いのことを知るか知らないかでは全く違う。話が上手く進めばいいが、期待をさせてからがっかりさせるのは想像しただけで気が重い。
「じゃ」と答えて電話を切ろうとすると、
『今夜、飛香さんの琴を聞かせて頂きました』と、アラキが言った。
「いいでしょ、飛香の琴」
『ええ、とても胸を打つ素晴らしい琴でした。では』
電話を切った洸は、瞼を閉じて琴を奏でる飛香を思い浮かべる。
心を温めそれでいて切なく、時に哀しく。普段の明るい彼女からは想像もできない飛香の琴。
――あの子は我慢しているもの全てを、音に変えているのだろうか……。
最後にもう一度だけ、飛香の弾く琴を聞きたいと思った。
見合いの報告をアラキにはしなければならないし、日曜には飛香を迎えに来る碧斗も来る。
――いずれにしても、土曜は邸に帰ろう。
「お疲れ」と、運転手をねぎらいマンションに入る。
誰にも会うことなくエレベーターを昇り、ドアを開けると同時にそこかしこでダウンライトの明かりが薄く点く。
暗く静まり返ったこの部屋で、このオレンジ色の光りに出迎えられるこの瞬間が、洸は好きだった。
真っすぐ窓辺に向かい、外を見下ろす。
星のように煌めく街の灯り。この美しい景色だけは、邸では味わうことができない。
ふと、飛香に見せてあげたいと思った。
天の川は見えないかもしれないが、こんな景色もいいだろう?と。
『こんなに明るくては鬼も出るに出られないですね』
多分飛香はそんなことを言って、クスっと笑うのだろう。
『だったら、その靴を履いて僕の隣に立ってみる?』
どうしたあんな戯言を言ったのか、自分でもよくわからない。
――妹がいればよかったな。飛香のような妹が。
母に頼んでみようとかと想像し、激怒されるのがオチだと早くもあきらめた。
――残念だ。
あんな風に可愛い妹がいたならば、溢れる愛情で愛おしむことができるのに。
可愛いがることができるだろうに……。




