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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
運命の糸のゆくえ
22/57

妹がほしい13

 

「揃いましたね」

 クスクスと鈴木が笑う。


「どういうこと?」

「今回の実行委員の生徒から出席者のリストを頂きましてね」


 青扇学園歴代No1の生徒会長と言われる鈴木翼は、卒業して十年以上が経ついまでも学生たちに慕われる存在である。時間が許す限り、鈴木も快く相談にのってくれるので、行事の際は必ず実行委員長から直接連絡がいくのだった。


 洸が自ら進んでこのような行事に出席することはまずない。

 今回も出席するような話は本人から聞いてはいないのに、出席者リストに西園寺洸の名前が加わったと聞いた鈴木は、ピンときた。


「お邸に電話をかけましたら、案の定アラキさんがお電話に出られたものですから」

「あいつは、一体いつ僕の出席を決めたんだ? 僕がこのパーティの話を聞いたのは昨夜なんだけどね」


「わたしも出席する予定はなかったんですが、常務が出席すると聞いて急遽参加することに。ちなみに衣装はアラキさんが用意してくださいました。ありがとうございます。そうそう彼女の分まで」


 隣の壺装束の女性も、「ありがとうございます」と深々と頭を下げる。

 彼女は鈴木の婚約者だ。


「どういたしたして。よくお似合いだ」

 ニッコリと鈴木の婚約者に笑みを浮かべた洸は、鈴木に向き直り、平安装束でこちらに向かってくる面々に視線を向けながら聞いた。


「それで? 彼らはどうしてなんだ?」


 それぞれに目元や口元を隠すなどしているが、背格好や雰囲気でも彼らが友人たちであることはわかる。

 やがて前に友人たちが立ち止まると、洸は手にした笏をピシッと前に出した。


「真似をするな!」

「仕方ないだろう? オヤジに頼まれた買い物があるんだから」

 そう言ってツンと澄ましたのは須王燎すおう りょうだ。


「答えになってない」

「あ、そうそう、アラキさんに礼を言っておいてくれ」


「いいか?よく聞け。彼はうちの執事であって、お前たちの執事じゃない」

「ちまちま細けぇこと言ってるとハゲるぞ」


 洸が友人の須王燎と睨み合っている横で、飛香の心臓は今にも飛びそうなほど高鳴っていた。


 ――荘園の君!


 前回見かけた時は確信まではもてなかったが、今西園寺洸と親し気に話をしている彼はやはり飛香がよく知る人物に瓜二つだった。

 目元はマスクで隠しているが、その声も直衣姿も記憶の中にいる荘園の君そのままの彼は、女性を伴っている。


 蘇る平安での記憶。


『あの野の花のような純真な姫を、醜い権力闘争に巻き込んでは可哀そうだ』


 壺装束の女性は、荘園の君が選んだ姫。

 自分ではなく、親王の妻にふさわしい女性――。


 今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。


 でも彼は違う。荘園の君ではない。


 ――似ているだけの人なのよ。


 唇を噛み、『落ち着いて、落ち着いて』と飛香は自分に言い聞かせた。

 彼がもし親王の生まれ変わりだとしても、彼の中に平安の都での記憶などあるはずはないのだから。


 ――大丈夫、大丈夫よ。


 そう思っているうちにハッと気づいた。

 市女笠の垂れ布が、動揺している間の一部始終を隠してくれている。そっと周りを見渡してみたが、自分を見ている人はひとりもいなかった。


 今更ながらそのことに気づいた飛香は、少しずつ落ち着きを取り戻した。

 薄い布にそっと触れて感謝した。賑やかな会場の中でこうして独りポツンとしていても、この布が守ってくれる。


 ――よかった。仮装パーティで。

 飛香はそっと、胸を撫でおろした。


 ふと、飛香の肩に洸の手が伸びてきた。

 友人たちとのじゃれ合いは済んだのだろう。洸は飛香を振り返った。


 今日も保護者としての強い自覚を忘れてはいない彼は、何より彼女が精神的に疲れてしまうことを恐れている。布が隠しているので表情まではわからないが、親しくもない人の輪の中にいるのは疲れるに違いないと思っていた。


「飛香、バザーでも見に行こうか」

「あ、はい」


 肩に置いた手をそのまま伸ばし、袖で軽く飛香を包み込むようにして洸はその場から離れた。

 友人たちに対して、『じゃあね』のひと言もなしに。


「ん?」

 燎も、もうひとりの友人氷室仁ひむろ じんも怪訝そうに首を傾げ二人の背中を見送る。


 挨拶がないだけではない。連れの女性に対しての態度が明らかにいつも違う。恋人ではないからといって、女性をないがしろにするような洸ではないが、あんな風に背中に手を回し大切そうに扱う姿はかつて見たことがあるだろうか?

 親友の蘭々なら別として。


 眉をひそめそんなことを考えながらその後ろ姿を見送った燎が、鈴木を振り返った。


「どういうことだ?」

「碧斗の妹の飛香さんですよ」


 鈴木は具体的に記憶喪失と言うことは避けたが、藤原飛香がしばらくの間、西園寺家にいることになった経緯を説明した。


「なんでも療養中とか。そんなわけでいつになく気を使っているのでしょう」

「ふーん……。あの子か」


 燎のその言い方に。鈴木はなにか含みを感じた。

 だが、そこから先は恋人の前でする話ではない可能性もある。


 鈴木は、ちらりと自分たちの連れである恋人たちを見た。

 彼女たちが数メートル離れた場所で楽しそうに話をしているのを確認すると、安心したように聞く。


「面識があるのですか? 飛香さんと」


「昔な、不良に絡まれているところを助けたことがある」


「え?」


「名前も聞かなかったし、すっかり忘れていた。思い出したのはついこの前のパーティだ。あの子が碧斗の妹だと知ったのもその時だけどな」


「そうでしたか」


「かわいそうにひどく怯えていたから、大通りまで一緒に歩いてタクシーに乗るところまで付いて行ってあげた。俺のなりも不良と変わりなかったし、あの子も俺のことなんか覚えちゃいないだろうけどな」


 そしてフッと笑った燎は、『ただなんとなく、印象に残る子だったよ』とポツリと言った。


 ここ青扇学園に通っていた頃の燎は、当時生徒会長だった鈴木から見ても品行方正な学生とは言えなかった。それでも背が高く整った顔をしている彼だ。普通に考えれば、その事件は素敵なヒーローとして心に深く刻まれたことだろう。

 だが、彼女は記憶喪失である。その出来事の記憶は残っているのか? それとも忘れられたのか、それは鈴木にはわからない。


 飛香の記憶には触れず、「やはり、あなたはただの不良ではなかったわけですね」と感心したように言って、鈴木はクスッと笑った。


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