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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
運命の糸のゆくえ
14/57

妹がほしい 5

 

 玄関の扉に手を掛けると、それを予想したように内側から扉が開く。

「おかえりなさい」

 出迎えたのはサワではなく、珍しいことに母である。


「ただいま」

 何となく嫌な予感がしてピクリと眉を動かした洸に、夫人は詰め寄った。


「なに?」

「私、今から急用ができて出かけることになったのよ。加賀にいる友人が入院したらしいの」


「あ、そう。それは大変だ」と答える洸に、その先を言わせず夫人はピシャリと言った。

「そういうわけだから、私の代わりに飛香ちゃんをどこかに連れて行ってあげなさい」


「は? どうして僕が? サワは?」

「サワには別に頼んであることがあるの。たまにはあなたが連れ出してあげなさいよ。わかったわね」


「いや、ちょっと待って僕は」

 これから軽井沢に行くと言おうとしたが、早くも背を向けて歩き出した夫人はクルッと振り返り「い・い・わ・ね」と釘を刺すと足早に廊下を進んでいく。


 ――まったく。

 こうなると、反論するだけ無駄だ。

 西園寺家で一番強いのは母である。次はサワかもしれない。

 西園寺家の主である父も彼女たちには敵わない。

 執事のアラキなら上手くかわすことができるかもしれないが、彼は今、洸の父と一緒にニューヨークにいる。

「お願いしますね、坊ちゃん」

 サワにまで念を押された。


 これはもう、あきらめるしかないと洸はため息をついた。

 ――やれやれ。


 それからまもなく夫人は邸を出た。

 軽くシャワーで汗を流し、気を取り直してダイニングルームの扉を開けると、そこに待っていたのはちょこんと座っている飛香だ。


 ふたりきりの夕食である。


 静寂を破ることなく、いつものように穏やかに流れるクラシック。

 テーブルを挟んでふたりは向き合って座っているが、いつものようにふたりの間に会話はない。西園寺邸に来てから五日。無言で食事をする洸に飛香は慣れたようだった。

 今も洸の存在を気にする様子もなく、相変わらず料理一つひとつに瞳を輝かせている。


 洸はワイングラスを傾けながら、そんな飛香を見ていた。


 何しろ母の絶対的な命令がある。

 明日は目の前にいるこの子を、どこかに連れていってあげなくてはならない。


 ――さて……。どうしたものか。


 洸が既婚者で奥方も同行するとかサワが同行するとかいうならいざ知らず、独身の洸が飛香を誘ってふたりきりで軽井沢の別荘に行くわけにはいかない。

 思いついたまま、なんとなく聞いてみた。


「飛香。明日、博物館でも行ってみる?」


 顔をあげた飛香は、目を丸くして洸を見返した。

「え?」


「君が好きな平安時代だけじゃなく、その昔から現代までの資料や展示があるところ。博物館、どう?」


 見るみるうちに笑顔になった飛香は、頬を高揚させて何度も頷いた。

「はい! 行ってみたいです!」

「じゃあ決まりね」


 あくる朝。

 カーテンの隙間から差し込む眩しい光で洸は目覚めた。


 そのまま起きて窓辺に立ち、カーテンを開けると、まだ朝だというのに強い日差しが容赦なく起き抜けの洸の目を襲う。

 瞬きしながらスマートホンを手に取って、天気予報を見ると最高気温は35度。

『明日は歩いて行こうか』

 どうしてあんなことを言ってしまったのかと自分を呪いたくなった。


 ため息をつきながらバスルームに向かい、シャワーを浴びながら夕べ飛香から聞いた話を思い返す。


『洸さんたちとお会いしたあのパーティ以外、都内は通りすぎたことしかありませんでした。ひとりはもちろんですが、家族でもあらためてどこかに行ったことはないんです』


『食事も?』

『はい。いつも家で』


 サワが『お嬢さまは、どこに連れて行ってもとても喜んでくださるんですよ』と言っていた訳も、ここでの食事に毎回瞳を輝かせる理由もわかった気がした。

 それならばと、朝から出かけて散歩がてら歩き、朝食も外で取ろうということになったのだが、予想される炎天下。果たしてその選択で良かったのか?


 ――いずれにしろ、言ってしまったものは仕方ない。

 辛くなれば車を呼べばいい。

 考えてみれば、さしたる目的もなくのんびりと街を歩くことなどしばらくなかった。珍しいことをすることで、仕事にも繋がる何か新しい発見があるかもしれない。


 根が快活な洸は、気分を引きずることもなくクローゼットから白いリネンのシャツを取り出して、スッと袖を通した。


 部屋を出てリビングに行くと、既に飛香がいた。

「おはようございます!」

「おはよう」


 帽子を片手に立ち上がった飛香は、薄いグレーのゆったりしたひざ丈のワンピースを着ている。

「じゃ、行こうか」


 ところがいざ出かけようとなると、飛香は不安そうに顔を歪める。

「あの……」

「ん?」


「こんな格好でも大丈夫でしょうか……。よくわからなくて」

「大丈夫だよ。ほら、僕もリネンだ。生地はお揃いだね。麻は汗をよく吸うし肌にはりつくこともないから、こんな日には丁度いい」


 安心したのだろう、飛香は弾けたように笑った。

「よかった」


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