第九回
「強力な呪物の類なら、妾が気が付きそうなものですけれど……でもそう、例えば薬や食べ物という形ならあり得るかもしれません。直接体内に取り込まれれば、弱いまじないでも効果は大きいでしょうし、まして対象は病に伏せる老人、精気も体力も衰えているはずですから」
「要は毒か。成程、調べる価値はありそうだな」
納得顔の麻太智に、晴花が拗ねた流し目をくれる。
「また顕光殿の所に行かれるおつもりですか。仲がよろしくて羨ましいこと」
「そうではない、顕成様の所だ」
実質的には同じでも意味合いが異なる。
「早速帰りに寄ってみよう。何か手掛かりが得られるかもしれん」
「もう宵の口ですわよ。ああ、そのままお泊りする気なのですね。嘆かわしい。女の体が恋しいなら、わざわざ顕光殿に会いに行くまでもなく、ここに妾がいるではありませんか」
「お前も来て自分の目で見れば分る。事態は一刻を争うのだ」
顕成の病状は深刻だ。麻太智は不謹慎をたしなめるつもりだったのだが、晴花は思いのほか傷ついた顔をした。すぐに己の失言を悟る。
「すまん。お前の境遇も考えず、由無いことを言った」
蒼の君は人と神を繋ぐものだ。身を現世と隠世の狭間に置くために、俗人の世界においそれと交わることは許されない。おそらく晴花は終生この蒼の宮を出ることはかなわないのだ。
「清乃」
麻太智の謝罪を聞き流して、晴花は忠実な侍女に告げた。
「あなたも兄様についてお行きなさい」
「……承知致しました」
わずかに間を置いたのち、清乃はたおやかに一礼する。
「清乃を連れて行くのか? 何のためにだ」
対して麻太智は眉をひそめたが、綺麗に無視された。
「もっとこちらにおいでなさい。妾の傍まで」
「はい、晴花様、ん、んんっ?」
手招きに応じて膝行してきた清乃の体を、晴花はごく自然に抱きすくめた。
清乃がくぐもった悲鳴を上げる。薄く紅の差された小作りの唇を、晴花が自らの唇でしっかりと塞いでいた。身動ぎして逃れようとするのを許さず、舌を割り入れて息を吹き込む。