第十回
一体どのくらいの間、そうしていたものか。
「ほう……このくらいにしておきましょうか」
晴花は唇を離した。半ば放心状態の清乃を置いて立ち上がると、棚の上に置かれていた小箱を取って蓋を開ける。
蒼空から光の滴が降り落ちてきたような澄んだ響きが耳を打った。鈴だ。鮮やかな朱色に塗られた持ち手の先に、胡桃ほどの大きさの金色の鈴が、三角形の頂点を為すように括り付けられている。
晴花は清乃の前に戻ると、持ち手を握らせた。
「持ってお行きなさい。今のあなたなら使えるはずです」
「は、晴花様、これは」
清乃は驚きで我に返ったようだった。真意を掴みかねた風情で君を見上げる。晴花の所行に唖然としていた麻太智も、清乃の反応からそれが何であるのかを察した。
天の鈴――蒼の君がその意思を伝えるのに用いる聖具である。
「いいのか? こんな物を宮の外に持ち出しても?」
「本当は妾が共に付いていきたいところですけど。兄様のお目付け役は清乃に任せます。顕成殿の病につけ込んで顕光殿に不埒な真似をしないよう、しっかりと鎖で縛っておくのですよ」
「……せめて手綱を握るぐらいにしてくれ」
清乃は困惑もあらわに天の鈴を見つめている。
「ですがわたくしには何の力もございません。せっかくの神器も、ただ綺麗な音色を鳴らすだけでは宝の持ち腐れとなってしまいます」
「だから妾の霊の一部を移したではありませんか。まさか、ただあなたを愛でるためだけにくちづけしたとでも思っているのですか? 妾とて時と場合ぐらい弁えておりますよ」
それはどうだろう。麻太智は疑問に感じたが、この場は素直に厚意を受けておく。
「かたじけない。では清乃を借りていく」
「ちゃんと大切に扱ってくださいませ。妾にとって清乃は鈴などよりよほど価値のある宝なのですから」
「分っている。決して危ない目には合わせぬと約束しよう」
「それから利子は兄様の股の間にぶら下がっているタマで払ってもらいますから。ゆめゆめお忘れなきよう」
麻太智はその場で忘れることにした。




