第十四回
顕成の伏す室には闇が蟠っていた。
元よりとっくに日は落ち、昼間の光は失せている。
だがそのような常の暗さとは異なる不吉な影が、壁や床一面にべったりと張り付いているかのようだ。
麻太智は病人の傍らに座した。まるで石像のように精気のない体のうち、そこだけ別物のように見開かれていた眼が、ぎょろりとこちらを向く。
「あ、荒城殿! 何をなさるおつもりですか!?」
麻太智が太刀を抜くのを見て、寝床を挟んだ反対側で顕光が悲鳴じみた声を上げる。
「御安心を」
抜き身の刀を麻太智は構えることなく、ただ静かに己の膝の上に置いた。
「顕成様を害しようというつもりはありません。あくまで万一に備えてです。顕光殿の身は私が全力で守ります。どうか信じてください」
「荒城殿が、私を……」
麻太智が真っ直ぐに視線を向けると、顕光はもじもじと面をうつむかせた。もしも明るい場所で見れば、赤く上気しているのが分ったかもしれない。
麻太智は嘘はつかなかった。が、考えを全て口に出したわけでもなかった。
顕成を傷つけるためではなく、顕光と清乃、そして自身を守るためなら、刃を振るうことを厭いはしない。麻太智は武人である。いつでも人を斬る覚悟はできている。
「内侍殿」
「はい」
麻太智に促され、清乃が朱色の持ち手のついた鈴を取り出す。
微かな響きが室の中を震わせる。闇が身動いだような気が麻太智はした。
天の鈴だ。
蒼の君が所持する霊宝である。隠世の清浄なる気を励起し、以って現世の邪悪なる気を縮退する力を持つという。
今の清乃の内には君の霊力の一部が宿っている。鈴を鳴らし、顕成の魂を揺り動かすことができるはずだ。
清乃は目を瞑った。細く長く息をすることを繰り返し、やがてそれが絶え入らんばかりに静まった頃、おもむろに鈴を振るう。
「ぐぅっほっ」
咳とも空えずきともつかない異様な声が顕成の口からほとばしり、体が弓のように反り返る。
「父上っ!」
顕光が腰を浮かせた。取りすがって押さえつけようという格好だが、麻太智はすかさず押しとどめた。
「落ち着かれよ!」
武術の遠当てにも通じるような、気合のこもった発声だ。顕光はあえなくその場に尻餅をつく。
「下がっていなさい。おそらく、もうすぐだ」
抜き身の太刀の柄に手を添え、顕成を麻太智は見遣った。