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第十七話 : 嵐

皆の寝静まった頃。

トーマは一人部屋を抜け出していた。


向かう先はーーー



シャロンの眠る、医務室。



足音を立てないよう、そろりそろりと廊下を移動し、いつもの倍近くの時間をかけて、医務室までたどり着く。


部屋の前まで来たトーマは、ノックもなしにそっとドアノブを回し、医務室の扉を開いて中に入る。


中は真っ暗で何も見えない。

が、船内の部屋の間取りくらい、全て把握している。問題無い。


扉を閉め、静かに部屋の鍵をかけた。


…大丈夫、誰にも気付かれていない。

完璧だ。


そのままゆっくりとシャロンの眠るベッドへと近づく。



後ろ手に果物ナイフを握りしめて。



すやすやと、シャロンの寝息が聞こえる。

彼女はぐっすり眠っているようだ。


酔い止めと言ってユーリンに渡した睡眠薬が効いているのだろう。


「ごめんね、シャロンさん」


トーマはそう呟き、一度大きく深呼吸をすると、両手でナイフを握りしめ大きく振り上げた。


「うあああああ!!!!」


そのままシャロンに向かって思い切りナイフを振り下ろしたーーー



瞬間。



キィィィンッ!!!



甲高い金属音が鳴り響き、トーマの手からナイフが弾き飛ばれた。


「なっっ?!!」


驚いたトーマが後方を振り返った瞬間、部屋の照明が点灯され、トーマは一瞬目を眩ませた。


その隙にトーマの目の前に居た人物ーーーアーサーは、トーマの首に腕を回し、動きを封じた。

照明のスイッチの前にはユーリンが少し悲しげな表情で立っている。


「おま…っ!どう、して?!!いつ?!どっからーーー…!!?」

「先に質問するのは俺だ、トーマ。」


つい数時間前までのふざけた態度とはまるで別人のようなアーサーの表情に、トーマは少しひるみ、あわてて口を閉ざした。


「何でこんな事したんだっ?!」

「な、なっ何の事ですか…?僕は、ただ、シャロンさん、をーーー」

「とぼけんな!!お前、今シャロンをーーーっ」

「は…っ離、せっ!!!」


トーマは自らの首元に回されたアーサーの腕に、思いっきり噛み付いた。


「いってええええ!!!!」

「アーサー!!大丈夫っ?!」


噛み付かれた腕を抑えて痛がるアーサーに、部屋の入口付近に居たユーリンが駆け寄る。

その隙にアーサーの腕から逃れたトーマは、アーサーの横をすり抜け、扉の鍵をあけて部屋を飛び出した。


「アーサー!トーマが!!」

「ユーリン、お前はシャロンを頼む!」

「分かったわ!」

「こらっトーマ!まてぇ!!!」


アーサーもトーマの後を追って部屋を飛び出した。






アーサーから逃れたトーマは、船内のあちこちを逃げ回った後、甲板まで辿り着いていた。


外は昼間とは打って変わって、強い風と雨が吹き荒れている。


ーー嵐である。


アーサーも数秒遅れで甲板へと辿り着き、トーマを追い詰める。


「トーマ!やっと追いついたぞー、覚悟しろ!!」

「…アーサーさん、嵐の日の甲板は、油断してると危ないですよっ」


トーマはそう叫ぶと、近くの柱にしがみついた。


「なんっーーーうおっっ?!!」


先程よりも強く吹き付ける風に、船が煽られてグラリと大きく揺れた。

突然の揺れにアーサーは思わずバランスを崩し、派手に転倒する。


「いてぇ〜!!」

「はは!だから言っただろ!」

「くそーっ!」


アーサーが尻餅をついている隙にトーマはさらに甲板の奥へと走り、アーサーから距離をとった。


風で揺れの強い上に雨で水浸しの甲板では、船旅に不慣れなアーサーは思うように動けず、二人は甲板の上でしばらくいたちごっこを続けていた。


「こら!トーマ!!いい加減っ!観念しろっ!!」

「やぁぁなこった!!悔しかったら捕まえてみなよ?!ほらほら!!」

「くそおおお!!!」


幼い笑顔でアーサーを挑発するトーマだったが、内心は焦りに焦っていた。


しくじった…!

セイン様からの命令だったのに!!

たったの一人すら始末できないなんて……っどうして!!


自分を捕まえにかかるアーサーをひらりとかわし、アーサーには気付かれないよう唇を噛みしめる。


どうしよう…

このままじゃダメだ…

このままじゃ僕が、セイン様にーーー


どうしたらいい?




「おいトーマ!ここは危なーーーっうお!」


船の揺れが一層ひどくなる。

アーサーはその揺れに、とうとう支え無しには立っていられずに、思わず船の縁を掴んで揺れに耐える。


アーサーの声は、トーマには届いていないようだった。




僕はどうしたら…



僕はもう用無し?



嫌だ…



何か、挽回する方法は…



方法、はーーー



トーマはアーサーをちらりと見やる。

彼は未だ船の縁から動けないようだった。



こうなったらせめて、アイツだけでも…!!



荒れ狂う海を横目見て、トーマの決意は一瞬揺らぐ。


この辺り一帯は凶暴なサメ型モンスターの住む海域。その上にこの嵐である。

この海に落ちたら、まず助からない。



でも、やるしかない?



それが僕の使命、だから



やる、しかーーー





「うっ…うあああああ!!!!」


トーマは声を上げながら、船の際に立つアーサーの方へと、勢いよく走り出した。


「な、トーマっ?!うおお?!!」


直後、またもグラリと大きく船が揺れた。


トーマが突進するはずだったアーサーは、その揺れに耐えきれずにその場で転倒する。


「えっ?!!!」


しかしアーサーへ向かって走り出していたトーマは止まることが出来ず、揺れでさらに加速しそのままアーサーがいたはずの場所へと突っ込む。


止まらない!!!



「トーマ!!?」



的を失ったトーマはそのまま転倒するアーサーの横をすり抜け、縁へ向かって突っ込んだ。

しかしなお勢いは衰えず、三度起こった大きな揺れによりトーマの身体はそのまま船の外へと投げ出される。


どうして…


どうして…!!


助けて


誰か…!


嫌だ


死にたくない…


まだ、


「死にたく、ないよぉっっっ!!!」


トーマが船に向かって必死に手を伸ばす。


が、伸ばしたその手は虚しく空を切った。



ダメ、だ…



これで終わりなんだ…



これでーーーー



トーマが死を覚悟した



ーーーその直後。



「トーマぁぁぁぁっ!!!!!」


先程まで敵だったはずのアーサーが、必死の形相でその手を掴み、引っ張り上げる。


「っ!!!!」


アーサーによって船上に引き戻されたトーマは、そのまま甲板に倒れ込んだ。


「トーマ!無事か?!あっぶねーー!!大丈夫だったか?!!」

「な、んで…っ」


トーマは床に顔を突っ伏したまま、拳で強く甲板を打った。


「な、んで、何で!!何で!!!僕を助けたんだよぉっ!!!」


トーマはこれまでにない程の大声で叫ぶ。強い雨がトーマの身体を打ち、こぼれ落ちた涙とともに甲板に流れる。


「殺そうとしたんだぞ!お前も!お前の仲間も!!騙してたんだよ、ずっと!!!なのにっーーーー」

「トーマ」


アーサーのいつもより少し低いその声に、トーマはびくりと肩を震わせ、言葉を切った。

トーマは顔を上げられない。


「トーマ、お前のしたことは悪いことだぞ!!シャロンを傷つけようとした!ユーリンを悲しませた!!」

「……ごめん、なさい……」


肩を震わせるトーマの頭に、アーサーがそっと手を触れた。

トーマの身体がびくりと反応する。


「よし!ちゃんと、ごめんなさいって言えたな!じゃあもうしない!それでいいよな?」

「えっ」

「後でちゃんとユーリンとシャロンにもごめんなさいするんだぞ?」

「ちょ、ちょっと待って…っ!!」


その言葉を聞いたトーマは弾かれたように顔を上げる。

目の前にあったアーサーの表情は、いつもの笑顔だった。


「だって…だって!僕は悪いことをしたんだぞ…っ敵なんだぞ!なのにっーーーなんでっ?!」

「あっはっは、なんでだろうなぁ?!身体が勝手に動いたんだ!俺にもわからん!」

「え……」


トーマは困惑した様子でアーサーの顔を見つめる。

アーサーは笑いながら、そんなトーマの背中をポンポン叩いた。


「まー、トーマがいなくなったらメシに困るからな!」

「メシ……」

「おう!それに、トーマまでいなくなったら、ユーリンとシャロンがもっと悲しむだろ?!それはダメだ!!」

「……」

「悪いことだって、トーマも分かったんだよな?」

「……うん」

「死ぬのが怖いのは、お前だけじゃないんだぞ。だからそれが分かって、ごめんなさいしたなら、もう仲直りだ!ほら!」

「……っ!」


トーマは、アーサーの差し伸べた手を躊躇いながらも握り、立ち上がった。


「よし、じゃあ早く中にーー」

「ごめん、なさい…」

「ん?何て?」


トーマはそう小さく呟くと、そこで堪え切れなかったかのようにアーサーの胸に思いっ切り飛び込んだ。


「トーーーぐふっ!」

「うっ……うわぁぁぁぁ!!ごめんなさぁぁぁい!!!」


年相応の子供のように泣き出したトーマをアーサーはしばらくの間、強い雨に打たれながらなだめていた。











「お、ようー!ユーリン!!」

「あ、アーサー!ちょっと、びしょ濡れじゃない?!ほら、早く拭いて」


船内に戻ってすぐの廊下で、ユーリンは二人を待っていた。

用意していたタオルで、アーサーの頭をわしゃわしゃと拭き始めた。


「ユーリン…もごっ!おれは、だいじょ…ぶふぉっ」

「ほら、トーマも!早く着替えないと風邪ひいちゃうわよ!!」

「うん…」


トーマはユーリンの差し出したタオルを少し俯き気味に受け取った。


「…ユーリンさん、怒って…ないの?」

「え、うーん…だって、アーサーがきっと色々言ってくれたんでしょう?だったら私から改めて言うことは、何もないわよ」

「……!」

「そーそー!このアーサーおにいちゃんブラザー兄上様がちゃーんとーーーふもっ!」

「ちゃんと反省もしたみたいだし、ね?」

「…うん、ごめんなさい」

「よし!じゃあトーマも拭いてあげーー」

「ちゃんと言えたなー!偉いぞートーマ!!ご褒美にこの俺が頭を拭いてやろうー!!」

「ちょっ…自分でっ!!もががっ」

「はっはー!まだまだ〜〜!!」

「ふふ、二人ともすっかり仲良しね!」


トーマは本気で嫌そうにアーサーの顔を押しのけていると、ふいに足音が聞こえ、驚いて後方を振り向く。


「おかえりなさい、二人とも」


そこに立っていたのはーーー寝ているはずの、シャロン。


トーマはアーサーの脇腹に肘鉄を決めると、目を丸くしシャロンを見つめた。


「ぐっは……!」

「シャロンさん……どうして?!」


確かにユーリンさんに睡眠薬を渡し、飲ませたはず…こんなに短時間で起きるはずが、ない。


「ごめんね、ちょっとだけ…試しちゃった」

「試しーーー?」

「トーマ。今回あなたの作戦を看破したのは、シャロンよ?」

「え…?!だって、シャロンさんはずっと、船酔いでーーー」

「うん、船酔いしてたのは、本当。」


シャロンはイタズラっぽい笑みを浮かべて続ける。


「でも、薬は飲んでないの」

「……!」

「酔い止めじゃなく、睡眠薬だって、気付いたから…」

「そんな!素人が見た目だけで気付けるわけーー!」

「シャロンはね、昔からたっくさん本を読んでたから、薬についても詳しいのよ〜?」

「ちょっとだけ…ね。」

「ーーーっ!!」


一番警戒していなかったシャロンさんに、看破されていた?


「怪しいと…思ったから、薬を飲んだことにして、アーサー達に見ててもらう事にしたの。騙して、ごめんね」

「はは!シャロンの知識を侮ったな!トーマーーーぐふぉぉっ!」

「そん…な…」


トーマはアーサーのみぞおちに二度目の肘鉄を決め、未だ驚いた様子で続ける。


「じっ、じゃあ、僕が注いだ水をアーサーが溢したのは…っ?!まさか、あれもーーー」

「えっ、み、水…?!何のこと?!アーサー?!!」

「…っ痛ぇぇ……ん?何だ?俺は水も滴るいい男だって?そんな...本当のこと言われたら俺照れる...」

「……あーハイハイ。ヨカッタネー」

「……」


夕食の時にアーサーがユーリンから無理に奪おうとして溢した水。アーサーはポットがあるにもかかわらず、わざわざ厨房まで注ぎに行っていたのだが。


あの水に何か入っていたのだとしたら…?


偶然にしては出来過ぎている。


…でもまさか。

隣でヘラヘラ笑っているこの男が、気づいていたわけがない。


真相は闇の中である。




…まぁ何にせよ、結局僕の作戦は、一度もーーー



「…そうそう、さっきちょっとだけ厨房と食材をお借りして、温かいスープを作ったの。」

「本当かシャロン!!走り回って俺もうお腹ペコペコ」

「じゃあみんなで夜食ね!素敵!」

「ふふっ」


そんな会話をする横で、未だ浮かない表情のトーマに、シャロンが優しく声をかけた。


「ねぇ、トーマ君。…良かったら、あなたの話を聞かせてほしいな?」

「僕、の…?」

「そう。私たち、トーマ君ともっと仲良くなりたいから、ね?」

「………っ」



この人達は、お人好し過ぎる。

こんなんじゃセイン様に騙されちゃうよ。


でもきっと、それがこの人達の最大の欠点であり、強みでもあるーーー



僕じゃ、敵わないや。




「……うん、わかった」


浮かない表情のトーマだったが、シャロンの言葉に、少し照れたように笑顔を浮かべた。


「よぉぉっし!そうと決まればトーマ!食堂まで競争だ!ヨーーーイ、ドン!!!」

「あっずるいぞ!まてーー!!」


二人は食堂に向かって一目散に駆け出した。


ーー直後、トーマは一歩踏み出したところで不意に立ち止まり、シャロンの方を振り返った。


「…まだ言ってなかった…シャロンさん。怖い目に遭わせて…本当に、ごめんなさい。」

「うん、ちゃんと聞かせてくれて、ありがとう。」

「……うん!」


トーマはシャロンに向かって小さくお辞儀をし、アーサーの後を追った。




ユーリンはそれを見送った後、隣に立つシャロンの顔を心配そうに覗き込む。


「シャロン、本当にもう大丈夫なの?」

「…うん、心配かけてごめんね。もう、大丈夫だよ」


シャロンはふわっと微笑んで見せた。

その表情に少し前までの暗さはもう無かった。


「色々、ね。考えたの。…やっぱり、それでも不安が消えるわけじゃないけれど。」


少し俯きながらも、シャロンはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「…でも、いつまでもクヨクヨしてたら、きっと彼に怒られちゃうよね。だから、今私に出来る精一杯のことをするって、決めたの」


ユーリンが、アーサーが、何度も励ましてくれたから。勇気をくれたから。


「もう、大丈夫。ユーリン。私、頑張るからね」

「うん、今のシャロン、とっても素敵よ!一緒に頑張ろうね!」

「うん!」


二人は笑い合い、アーサー達の後を追った。






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