番外編:セインの記憶 <2>
初めのうちは大変だった。
周りはモンスターだらけで言葉は分からない。食べ物も口に合わず、人間界に帰るにも慣れておらずとても手間がかかった。
そんな中でもセインは人間だからこそできる仕事を全うしていた。
セインが任された仕事は主に、魔王に仇をなす者たちの排除。
各地から魔王討伐を掲げやってくる勇者達を、魔王に辿り着く前に潰す。そんな仕事だった。
「やぁ、君が噂の勇者だよね。僕はセイン。僕も魔王を探しているんだ…よろしくね?」
「是非協力してくれ!よろしく!」
「君みたいに強いのがいると心強いよ!」
「一緒に魔王を倒しましょう!!」
まさか魔王の下に人間がいるとは誰も思わない。勇者達は皆何の疑いもなくセインを受け入れた。彼にとって勇者達を折ることくらい容易かった。
時には彼らを騙し惑わせたり、時には仲間として近づき内部から崩壊させたり、脅して戦意を喪失させたり、自ら戦って退けることももちろんあった。
人間を操ることなんて簡単だ。
特に集団ともなればその関係は更に脆い。ちょっと揺さぶってやればあとは自分達で崩れていく。
セインがそれを一番良く知っていた。
それからというものの、魔王の元に辿り着く勇者は誰一人として居なかった。
そうしてセインは魔王への信頼を着実に築きながらも、自らもまだ魔王討伐の隙を狙っていた。
そのためには本当は勇者達を退けるべきではないのかもしれない。
しかしセインはまだ勇者になりたかった。いつか胸を張ってベルに会いに行けるように…。
まだ勇者の役目を他の誰かに取られたくは無かったのだ。
そんな思いとは裏腹に、幾度も鮮やかな手口で勇者を退けてきたセインが魔王の下で出世するのに時間はかからなかった。
セインを気に入っていた魔王は彼をどんどん出世させ、なんとわずか一年程で参謀クラスにまでスピード出世してしまった。
魔王の隙は見つけられないまま。
もちろん周りのモンスター達はそれを気に入らない。モンスター達はセインを何とか排除しようと、何かにつけては彼に突っかかるようになっていた。
しかし当のセインはいつも涼しい顔でひらりとかわしていたため、それが余計にモンスター達の気に障った。
「魔王様!アヤツは人間ですぞ!人間をそんなに信用しては…!!」
とうとう直訴に来たモンスター達に、魔王は目も向けないまま答える。
「何故だ?あいつは凄いぞ〜?」
「しかし…!」
モンスター達は反論しかけたが、魔王がふと見せた怒りのこもった笑顔に、彼らは思わず押し黙った。
「セインは十分頑張っている。少なくとも傍観主義の貴様らよりはよっぽど出世に見合った活躍をしていると思うがな?」
「…っ!」
モンスター達はそれ以上何も言えなかった。
一方のセインはそんな雑魚共の嫌がらせなど眼中にも無かった。
彼は焦っていた。
このままでは魔王を倒すことが出来なくなってしまう…
魔王は一見隙だらけなようで、実際はまるで隙がない。
どのタイミングで攻撃を仕掛けたとしても、軽く返り討ちにされることくらいセインにも予想ができた。
それに加え、モンスター達の監視のせいで妙なマネも出来なかった。
そして最近になってセインの中で新たな感情が芽生え始めていた。
こんなに自分に期待してくれている魔王を、本当に裏切っていいのかーー?
魔王は本当にセインを信頼していた。
そのせいで今になって裏切ることを躊躇うようになったのだ。
でも、僕が悪者になるなんてーー
しかし魔王への罪悪感は募るばかりで、セインは日々葛藤を続けていた。
そして魔王には一切手を出せないまま、ついに事件は起こってしまった。
それはある日のこと。
この日魔王は大切な用事があると、早くに出かけていった。
その留守を狙い、セインを恨むモンスター達がとうとう行動を起こしたのだ。
「おい、ちょっと来い」
「何、今忙しいんだけど」
「連れて行け!」
「って…」
モンスター達に捕まったセインは、無理矢理とある部屋に連れ込まれていた。
その部屋にはかなりのモンスター達が待ち構えており、全員でセインたった一人を取り囲んだ。
「…君達、本当に暇なんだね」
セインはこの状況下でも冷静さを失わなかった。ぐるりと周りのモンスター達を見回す。
見たところ、半分以上が魔王軍の中核を務める上級モンスターのようだ。
ずいぶんと嫌われたものだな…
セインはふと微笑を浮かべた。
「どこまでも腹立たしい人間だな…!」
「そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだ」
「やっちまええええ!!!」
「「「ウオオオオオーーー!!!!」」」
モンスター達が一斉にセインに襲いかかる。だがセインは剣を抜かなかった。そのままひらりひらりと攻撃をかわしていく。
こんな雑魚共を消し去ることくらい容易だ。しかし…
これほどのモンスター達を一気に失ったとなれば、魔王軍の痛手は相当なものになる。
勇者としてはもちろん都合が良い。
だが…この時のセインには、魔王討伐よりも自分の立場を守ることの方が大切に思えた。
ここでこいつらを消し去ってどうなる?
後で状況を知らない魔王がそれを見て、どう思う?
どう見たって、セインが気に入らないモンスター達を一掃したようにしか見えないだろう。
もし他に控えているモンスターがいて、そいつらが嘘の証言をしてしまえば…鮮やかな濡れ衣の完成である。
その状況で正当防衛を主張して、果たして信じてくれるのだろうか。
もしも信じてもらえなかったら…
もうここには居られないだろう。
どちらにせよ魔王討伐に踏み切れば、今のままではいられない。
それは嫌だ。
嫌だった。
もう少しだけ、魔王の側に居たかった。
まだ自分の手で大切な居場所を壊したくはなかった。
…結局僕には、魔王は倒せないんだな
そう悟った。
だったらここは戦うより、隙を見て逃げる方が賢明だ。
早いとこ隙を見てーー
セインは最低限応戦し、なんとか突破口を開こうとするが…
ーー直後、ふと部屋の照明が落とされる。
甘かった。
魔界に住むモンスター達は人間とは違って夜目がきく。一方でいくらセインといえど、人間は暗闇には弱かった。
そもそもこいつらがそう簡単に獲物を取り逃がすはずはない。
駄目だ。
何も見えないーー。
四方八方から飛んでくる攻撃を、セインは避けることすら出来なかった。
「はは…ちょっと…マズい……かな」
こいつら…本気だ。
攻撃を避ける術はなく、傷は増えていく一方。かなりの攻撃を食らい、正直そろそろ限界だった。
セインは抵抗をやめた。
どうせ殺すなら、早くトドメを刺してくれよ…
いつまでもトドメを刺さずにじわじわといたぶるのは彼らなりの復讐なのかもしれない。
あぁ…痛いなぁ……
全身に痛みを感じながらも、次第に意識は薄れてゆく。
ここで、死ぬのか。こんな所で…
ああ…最期にもう一度…もう一度だけ……
ベルに、会いたかった
彼女は元気だろうか。
ちゃんと幸せになれただろうか。
さようなら。きっともう二度と会うことのない、大好きだった人。
セインはゆっくりと瞑目した。
ーーーその時だった。
ドオオオオオオーーン!!!!!!!
セインの左後方辺りから盛大に轟音が鳴り響いた。部屋の扉が吹っ飛ばされ、一面に土煙が立ち込める。
光が差した。
そこに立っていたのは、紛れもなく……
魔王だった。
「まっ……?!」
「「「魔王様っっっ!!!!」」」
モンスター達は皆思わぬ魔王の登場に愕然とし、ピタリと動きを止めた。
「てめぇら、ここで何してやがる?」
「………。」
誰も答えない。
「そいつは…セインは、俺様の自慢の部下だ。そいつに手ェ出すたぁ……分かってるよなぁ?」
「「ヒィィィッ?!!!」」
魔王の気迫に思わず逃げ出した数体のモンスター達が、魔王の手によって一瞬で灰に変えられる。
「おっ…お許しを…っ!!」
「許す?はっ、笑わせるな」
魔王は再び数体のモンスター達を灰に変える。
モンスター達は恐れ慄き、じりじりと後退りしながら魔王とセインから距離をとった。
「セイン、おめぇは休んでろ」
「……は、はい。」
魔王の声音が、セインに向けては少しだけ優しくなる。
セインは目一杯張っていた気を緩めると、その場にへたり込んでしまった。
「さぁて貴様ら、灰になる覚悟は出来たか?」
「「ひぃっ!!!!」」
魔王のその恐ろしい殺気は、セインも思わず『殺される…!』と錯覚するほどのものだった。
「まっ…待って下さい魔王様!私共の言い分もどうか…!!」
「問答無用」
そのまま魔王は一瞬にしてその部屋にいた全てのモンスター達を灰に変えてしまった。
部屋は静寂に包まれる。
セインはここでようやく、今までとんでもない相手を敵に回していたのだと自覚した。
セインがそのまま呆然としていると、突然魔王がセインを担ぎ上げた。
「ちょっ……?!」
「いいから、静かにしてろ」
魔王様は不機嫌なようだ。
セインはどこに連れて行かれるのかと内心ヒヤヒヤしていたのだが、着いた先はセインの部屋だった。
セインはベッドの上に降ろされる。
「魔王…様……?」
「…無茶しやがって。俺様の力じゃどこまで治せるか分からんぞ」
「!!」
魔王の手がセインの頭に触れた瞬間、身体中がまるで湯船に浸かったように暖かくなる。
心地良い…。
セインはゆっくりと息を吐いた。
そしてそのまま呟く。
「…そういえば魔王様、何故ここに…大切な用事だったんじゃ……」
「ただの忘れ物だ」
「そうですか…」
嘘だ。
「そりよりおめぇ…何故本気を出さなかった?」
「それはーーー……」
「何だ?」
「……嫌だった……からーーー」
「ん?」
「…ここに、もう…いられなく…なると、思って…」
セインは俯いたまま弱々しい声で答えた。その様子に魔王は思わず…
「……ぶっ、はははは!!!」
「なっ…?!」
「セインおめぇ、可愛いとこもあるじゃねぇか!」
「〜〜っ!」
セインは魔王の思わぬ反応に、顔を真っ赤にしてぷいっと顔を背けた。
「モンスター共を殲滅したくらいで俺様がお前を怒ると思ったか?ははは!」
「う、う…うるっさい!!!」
「いやいや、すまんすまん!いやな、おめぇいつも澄ました顔してやがるから、てっきり俺様のこと嫌いなのだと思っていたんだがな?」
「それはーーーっ」
「嬉しいぞ!俺様はお前の事が好きだからな!」
「好っ…?!!」
さらっとこういうことを言うから困る。
「そんなことで俺様がお前を手放すと思うか?馬鹿言うな!」
「……しかし、あんなに多くのモンスター、消してしまっても良かったのですか?」
「構わんさ。魔界にはモンスターなどいくらでもいるからな!」
「そう…ですか…」
セインはニッコリと笑う魔王からふっと視線を逸らした。
「あ〜〜やっぱ俺様じゃ完治は無理かーーー!!治癒は専門じゃねぇからなぁ…」
「大丈夫ですよ。十分です。」
「いや駄目だ!人間は回復が遅いからな。傷口には何がいいんだったか……あ、そうか!塩だな!!」
「しっ?!!いやそれ駄目なやつ!!!薬草!薬草ですから!!」
「そうか、薬草か!分かった、取ってきてやる!」
「はい、…いえ、そうではなく、僕は本当に大丈夫ですから…」
「…いいか、セイン。あんな奴らの代わりなどいくらでも居る。だかな、お前の代わりはここには居ねぇんだ。だからもう二度とあんな無茶なマネするんじゃねぇ、いいな。」
「…はい。」
「よし!それでいい!」
魔王はニコッと笑ってセインの頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。
何故…?
今のセインにはもう魔王を倒さねばという思いは無かった。
どうして…?
言っちゃ駄目だ…言っちゃ…
しかしセインは気づけば部屋を出て行く魔王の背中に叫んでいた。
「何で……何で僕なんだよ!!!」
「…セイン?」
「何でっ……人間なんて、他にも人間界に腐るほど居るじゃないか!!!なのに、どうしてーー!!」
魔王は一瞬驚いた表情を見せた後、ニヤッと笑った。
「まさかお前にそんな事を聞かれるとはな。」
「えっ…」
セインは言ってしまってからハッとし、目を伏せた。
ずっと聞くのが怖かった。聞きたく無かった。もしも肯定されてしまったら……。代わりがいると言われてしまうのが、怖かった。
倒すと言いながらも、いつからか心の中では自分を大切に思ってくれる魔王が何より大切だったのだ。
魔王は答えた。
「何で、だと?そんなのーーー俺様がお前を気に入ったから。に、決まってるだろう?お前じゃなきゃ意味が無ぇんだよ!」
「……!」
「まだ俺様を倒したいならそうすれば良いさ。お前は勇者だからな。
まーあ、返討ちになんてしてやらねぇがな!はっはっは!!!」
魔王は満足気にそう笑うと、部屋を出て行った。
魔王は全て知っていたのだ。
セインがまだ魔王を信頼していなかったことも、魔王を倒そうとしていたことも。
しかしそれを承知の上で魔王は、セインが良いと言ったのだ。
何だよ……何なんだよ……
セインの頬に涙が伝った。
「はは……かっこ悪…」
でも…
どうしてこんなに……嬉しいんだ。
自分でなければ駄目だと言われたのは、初めてだった。
こんなに誰かに大切に思われるのは、初めてだった。
倒すつもりだったのに。
これじゃあ…仕方ない…な。
セインはある決意を固めていた。
しばらくして、魔王は山盛りの薬草と布切れを抱えて戻ってきた。
「どうだセイン!こんなにあったぞ!足りるか?!」
「十分ですよ、ありがとうございます。」
セインは微笑んだ。
魔王はセインの言う通りに慣れない手つきで薬草を調合し、すり潰し、セインに塗りたくった。そしてぐるぐると布を巻いていく。
魔王が人間の治療とは、勇者に見られたら笑われそうな様である。
セインは終始微笑を浮かべながらその様子を見守った。
「できたぞーー!!」
「ありがとうございます、魔王様」
慣れないながらも必死にやってくれたらしい。巻き直さなければ布はすぐに解けてきそうである。
セインはそれを見てくすりと笑った。
「魔王様のお陰ですぐに治りそうですよ。」
「本当か!そりゃあ良かった!」
「それじゃあお返しに」
「む?」
セインは傷を負っていた魔王の腕を慣れた手つきで治療し始めた。
「ああ、これ、扉をぶっ壊した時に掠ったのかもな。でも俺様は治療なんてしなくてもすぐにーー」
「良いんですよ」
丁寧に布を巻くと、その上からポンッと軽く手を触れた。
「はい、完成」
「おお〜さすがセインだな!綺麗だ!」
「まぁ、よくやっていましたからね」
ベルはああ見えて不器用だった。
「お揃いだな、セイン!ほら!」
魔王は嬉しそうに笑い、包帯の巻かれた腕をブンブン振り回す。
「ああ、そうですね。」
セインも微笑むと、そのままそっと魔王の手を取った。
「魔王様」
「どうした?」
セインはそのまま跪く。
「僕は今までずっと、魔王様を倒すために、ここに居ました。しかしそれは今ここで終わりです。僕は、あなたが必要とする限り、あなたの為に身を捧げると約束しましょう」
堂々とした表情の魔王に、セインは再び微笑んだ。
「僕は、セインは今ここで、魔王様に絶対の忠誠を誓います」
「その言葉を待っていたぞ!セイン!俺様と共に歩んでくれるか!」
「はい…!」
こうしてセインは"勇者"から"魔王の部下"になったのだった。
後悔はなかった。
それ以降魔界でセインに手を出す者は誰一人居なかった。
そして今に至る。
ここで魔王に出会えて本当によかった。
そんなことを思う勇者は僕だけだろうか。
「セイン様、セイン様〜〜っ!」
誰かが呼んでいる。
仕方ないなぁ…。
セインはふっと笑顔を浮かべてから、ようやく腰を上げて魔王の部屋を後にした。
「セイン様ーー?」
「ここだよ」
「セイン様!こちらでしたか!すぐにこちらに来て頂きたくーー」
「はいはい、わかったよ」
セインは笑顔のまま、ひらひらと軽く手を振った。
ずっと自分の居場所が欲しかった。
ずっと頼ってくれる誰かが欲しかった。
ねぇ、ベル。
君は悪者になった僕を見たら何て言うかな。
怒るかな。
それとも笑い飛ばしてくれるかな。
悪者にはなったけど、ようやく見つけられたんだ。自分の居場所を。大切な人を。
本当に、幸せなんだ。
だから心配しないで。
どうか、君も幸せでいて。
そしてもしまた何処かで会えたらーー
……いや、なんでもないや。
どうも、鳳月でございます。
これで無事セイン編は完結です。いぇい!
どうやらセインはわりと魔王のことが好きなようですね。よかったよかった。
そして次回、そんなセインに翻弄されながらも勇者一行は魔界を突き進む!お楽しみに!




