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本来私のものだった奨学金が、彼氏から女友達への留学祝いになっていました  作者: 熾星


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2/2

タイトル未定2026/08/28 16:00


6



 列車が走り出す。


 青葉市の街並みが窓の向こうへ流れていった。


 悠斗からはまだ何度も着信が来ていた。


 全部切った。


 母が心配そうに私を見る。


 何を聞きたいのか分かっていた。


 手を握る。


「お母さん、白峰医科大学附属病院にはもう話が通ってるから」


「榊原先生も専門の先生を紹介してくれた」


「きっと大丈夫」


 母は小さく頷いた。


 それからバッグの中を探し、小さなお守りを取り出す。


 白い布に淡い金色の模様が刺繍されていた。


「これはね、入院する前に青葉神社でいただいてきたの」


「今日渡そうと思って、ずっと取っておいたの」


 笑う。


「日和」


「誕生日おめでとう」


「お母さんは何も望まないよ」


「日和が健康で、本当に幸せでいてくれたら、それでいい」


「お母さん……」


 それだけ言った瞬間、涙が止まらなくなった。


 必死に拭おうとする私を、母は子どもの頃と同じように抱き寄せた。


 二十二歳の誕生日。


 本当に忘れられない日になった。


 白峰駅へ着くと、榊原先生から連絡が来た。


 研究室の学生を迎えに行かせたらしい。


 母の車椅子を押しながら周囲を見渡す。


「相原さん!」


 人混みの向こうから、一人の男子学生が走ってきた。


 数秒かけて顔を見た。


「朝比奈くん?」


 朝比奈蓮が笑っていた。


 夏の研究プログラムで突然心停止を起こし、私がAEDを使ったあの男子学生だった。


「先生から相原さんが来るって聞いて、俺が迎えに行きたいって頼み込んだんだ」


 私は彼を眺めた。


「心臓、元気そうだね」


 蓮が鼻のあたりを掻く。


「命の恩人のおかげです」


 そう言って、自然に私の荷物を持った。


 白峰市は大きかった。


 でも蓮があまりにもよく喋るからか、不思議とよそよそしさは感じなかった。


 大学の前を通れば大学の話をし。


 商店街では母に、どのスーパーが安いのかまで説明する。


 白峰医科大学附属病院へ着いてからも、受付や病棟の場所を確認して回ってくれた。


 何度も、もう大学へ戻っていいと言った。


 全部聞こえないふりをされた。


 母が病室へ落ち着いてから、ようやく私を白峰科学大学近くの短期滞在用宿舎まで案内してくれた。


「今日は本当にありがとう」


 蓮は手を振った。


「気にしないで」


 わざとらしくため息をつく。


「命の恩人だからね」


「昔話なら、一生恩返ししなきゃいけないところでしょ」


 一拍置く。


「まあ、彼氏がいるって聞いてたから、ちょっと残念だったけど」


 悠斗の話に、表情が変わったらしい。


 蓮が慌てる。


「ごめん。変な意味じゃないから」


 首を振った。


 青葉から持ってきた菓子を一袋渡す。


「朝比奈くんのせいじゃないよ」


「もう別れたから」


 蓮の眉が上がった。


 分かりやすく目が明るくなる。


「じゃあ、今度から本気で恩返ししてもいい?」


 思わず笑った。


 翌朝。


 私は白峰科学大学へ向かった。


 研究計画について榊原先生と直接話すためだった。


 研究棟の前まで来ると、見覚えのある男が立っていた。


「日和!」


 蓮と同時に振り返る。


 悠斗だった。


 榊原研究室に私が以前参加していたことは知っている。だから、大学の研究室紹介から場所を調べて来たのだろう。


 肩にはバッグ。


 顔色はひどく悪かった。


 私は近づかなかった。


「日和、こっち来て」


 その場から動かない。


 蓮の前で無視されたことが気に入らなかったのか、悠斗のほうから歩いてきた。


 私の手首をつかむ。


「白峰に来るなら、何で俺に言わないんだよ」


「お母さんの転院も何も聞いてない」


「まだ俺たち付き合ってるだろ?」


 呆れて笑った。


「別れたって、何回も言ったよ」


「一回も聞こうとしなかったのは悠斗でしょ」


 怒っていた顔が、少しずつ焦りに変わっていく。


「俺は、日和が怒って言ってるだけだと思ってた」


「もう同じことしない」


 手を振り払う。


「同じように何度も傷つけられて、それでもずっと待ってる人なんていないよ」


 悠斗が慌てて言う。


「誰も日和を傷つけようとしたわけじゃない!」


「日和が何でも大げさに受け取るから――」


 一歩後ろへ下がった。


 両手を軽く広げる。


 ほら、また。


 そんな顔をした。


 悠斗も、自分が同じことを繰り返したと気づいたのだろう。


 顔が青ざめる。


 突然、バッグから小さなケースを取り出した。


「日和」


「ほら」


「俺、覚えてたんだ」


 中にはダイヤの指輪。


「前に言っただろ」


「十個目は指輪にするって」


「今度こそちゃんとする」


「もう一度最初からやり直そう」


 私の手を取り、指輪をはめようとする。


 一度。


 二度。


 入らない。


 指輪は明らかに小さかった。


 悠斗が固まる。


 目が赤くなる。


 私は笑った。


 私のサイズではない。


 誰のために買った指輪なのか。


 もう知る必要もなかった。


 手を引き抜いた。


「帰って」


「明日から研究室の準備があるの」


「もう悠斗に使う時間はないから」


 背を向けた。


 そのまま研究棟へ入った。



7



 それからの毎日は驚くほど忙しかった。


 私は白峰科学大学大学院の推薦選考に無事合格し、それより少し早く、学外研究プログラムの学生として榊原研究室へ通い始めた。


 青葉工科大学を卒業したあとは、そのまま修士課程へ進む。


 榊原先生は私と蓮に、一つの重要な研究課題を任せた。


 論文を読み。


 実験をして。


 研究設計を何度も修正する。


 宿舎と食堂と病院と研究室を行き来する毎日だった。


 蓮はいつも近くにいた。


 最初は「恩返し」なのだと思っていた。


 でも、少しずつ分かった。


 すべての優しさに理由が必要なわけではない。


 実験が長引いて食事を逃せば、コンビニのおにぎりを机に置いてくれる。


 私がマンゴーにアレルギーがあることも、一度言っただけで覚えていた。


 母の診察日にどうしても研究室を離れられなければ、病院までのバス時刻を調べてくれる。


 でも彼は、自分で私の予定を決めることだけはしなかった。


 いつも聞いた。


「何か手伝える?」


 数か月後。


 蓮から告白された。


 派手な演出はなかった。


 実験を終えた夜。


 静かな研究棟の外だった。


「相原日和さん」


「俺がしたいこと、もう恩返しだけじゃないみたい」


 しばらく黙った。


 そして。


 私は頷いた。


 そのあと、悠斗は私の前に現れなかった。


 青葉のルームメイトから電話が来るまでは。


「日和、白峰どう?」


 しばらく近況を話したあと。


 彼女が清香のことを口にした。


「水野さん、特別奨学金の候補から正式に外されたよ」


「交換留学の推薦資格もなくなった」


「大学が調べ直したら、日和の最終確認書が提出されてなかったことが分かったんだって」


「しかも橘がゼミ代表として、日和から封筒を預かったことも確認されたらしい」


 私は静かに聞いていた。


 彼女が残念そうに言う。


「日和がまだ青葉にいたら、再選考で絶対日和だったのに」


 笑っただけで、答えなかった。


 少し言いづらそうな声。


「あと……橘も処分受けた」


 もう何とも思わないつもりだった。


 それでも名前を聞いた瞬間。


 胸が一瞬だけ強く縮んだ。


「水野さん、全部橘が勝手にやったことだって責任押しつけたみたい」


「でも橘、全部認めたんだって」


 ルームメイトが突然笑う。


「私たち、てっきり日和が通報したんだと思ってたよ」


「違う」


「え?」


「私じゃない」


 驚いた声が返ってくる。


「みんな、完全に元彼と浮気相手へ逆襲する主人公だって言ってたのに」


 思わず笑った。


「そんな暇ないよ」


 電話を切ったあと。


 少し考えた。


 青葉で起きたことを詳しく知っている人は、それほど多くない。


 一体誰が通報したのだろう。


 一週間ほど前。


 蓮には、青葉で起きたことを最初から詳しく話していた。


 奨学金の応募記録。


 最終確認書を悠斗に預けたこと。


 病院で撮影された編集動画。


 私のスマートフォンには、まだそれらの資料が残っていた。


 答えは、翌日分かった。


 いつものように研究棟へ向かっていた。


 キャンパス内の歩道。


 突然、横から清香が飛び出してきた。


 手には赤い塗料の入ったバケツ。


「相原日和!」


 反応する暇もなかった。


 赤い液体がこちらへ飛んでくる。


 蓮が迷わず前へ出た。


 塗料は全部、彼のコートと背中にかかった。


 清香がバケツを地面へ叩きつける。


 表情は完全に崩れていた。


「どうして!」


「もう青葉から出ていったくせに、どうして私の人生まで壊すの!」


 蓮の表情が冷たくなる。


「不正に取った資格を取り消されたら、通報した人間のせいになるの?」


 私はすぐ分かった。


 蓮を見る。


 彼は否定しなかった。


 清香はその視線に気づき、さらに激昂した。


「やっぱり日和ちゃん!」


 私を指さす。


「日和ちゃんが来てから、私は一度も一番になれなかった!」


「成績もいつも上!」


「先生たちも日和ちゃんばっかり評価する!」


「悠斗まで、もう私のこと見てくれない!」


「どうして何もかも日和ちゃんなのよ!」


 叫びながら。


 コートの中へ手を入れた。


 小さな刃物が見えた。


 私へ向かって走ってくる。


 周囲から悲鳴が上がった。


 避ける暇はなかった。


 その時。


 目の前を誰かが横切った。


 次の瞬間。


 悠斗が地面に倒れた。


 清香が白峰に現れたと聞き、彼も青葉から追ってきたらしい。


 前夜。


 知らない番号から一件だけメッセージが来ていた。


【明日、白峰に行く。最後に一度だけ話したい】


 私は返信していなかった。


 まさか、すでに大学の近くまで来ていたとは思わなかった。


 刃は致命的な場所には届いていない。


 それでも悠斗の脇腹から肩にかけて、深い傷ができていた。


「悠斗!」


 反射的にしゃがみ込む。


 手が震えた。


 悠斗は顔を青ざめさせながら、私を見た。


「日和……」


「ごめん」


 首を振った。


「喋らないで」


 傷口を押さえながら119番へ電話する。


 蓮は後ろから清香を押さえていた。


 周囲へ声を張り上げる。


「110番してください!」


「警察呼んで!」


 警察と救急車はすぐに到着した。


 清香はその場で身柄を確保された。


 その後、刃物を使った傷害事件として正式に捜査を受けることになった。


 幸い。


 悠斗の傷は重要な臓器には達していなかった。


 処置と手術を受け、しばらく入院すれば回復できるという。


 ただし事件は白峰科学大学のキャンパス内で起きた。


 青葉工科大学と白峰科学大学の双方が改めて調査を始めた。


 清香の奨学金推薦問題。


 病院で撮影された動画の悪意ある編集と拡散。


 そして今回の刃物事件。


 青葉工科大学は所定の懲戒手続きを経て、清香を退学処分とした。


 刑事事件については、警察と司法手続きに委ねられた。


 事件後。


 白峰科学大学も一時的に入構管理を厳しくした。


 研究棟への出入りには学生証が必要になり、学外者は事前登録が求められるようになった。



8



 警察で事情聴取を終えたあと。


 私は病院へ行った。


 病室へ入ると、悠斗の目が明るくなった。


「日和」


「許してくれたの?」


 正直。


 感謝はしていた。


 あの時、悠斗が前へ出なければ。


 傷ついたのは私だったかもしれない。


 でも。


 それだけだった。


 買ってきたお粥をベッド脇へ置く。


「悠斗」


「吊り橋効果なら、もう切れてるよ」


 彼が固まる。


 椅子へ座り。


 静かに見る。


「助けてくれたことには感謝してる」


「必要なら、今回のことで私が負担すべき合理的な費用については逃げない」


「でも、一度私を助けたことと、これまで傷つけてきたことは別だよ」


「全部をなかったことにはできない」


 悠斗が視線を落とした。


 スプーンでお粥をゆっくり混ぜる。


 かなり長く黙ってから。


 苦笑した。


「そうだな」


「全部、自業自得だ」


 しばらくして。


「友達にはなれない?」


 首を振った。


「やめておく」


「元彼のクズ男と普通に友達でいられるほど、私って心広くないから」


 悠斗が一瞬固まり。


 それから笑った。


「クズ男か」


「確かに俺にぴったりだな」


 食器を片づけ。


 立ち上がる。


 病室を出て少しすると、LINEが届いた。


 悠斗から。


【日和。今度こそ、本当に幸せになって】


 しばらく画面を見た。


 返事はしなかった。


 そのままブロックする。


 もちろん幸せになる。


 そんなこと。


 もう誰かに許可してもらう必要はない。


 病院を出ると。


 柱の陰から蓮が出てきた。


 コートには、まだ赤い塗料が少し残っている。


 なのに本人はひどく不満そうな顔だった。


「今回だけだからね」


「俺、彼女が元彼にお粥持っていくのを笑って許せるほど心広くないから」


 思わず彼の髪をくしゃっと撫でた。


「分かった」


「次から気をつける」


 蓮はようやく満足した。


 そこで、一つ思い出す。


「そういえば」


「水野さんを大学に通報したの、朝比奈くんでしょ?」


 蓮が瞬きをする。


「うん」


「いつ?」


「日和が白峰に来て一週間くらいしてから」


 少し驚いた。


 蓮が説明する。


「青葉であったこと、日和が全部話してくれただろ」


「応募記録とか、橘に最終書類を渡したこととか。募集要項と照らして見たら、どう考えてもおかしかった」


「それに病院の動画も出回ってたから、確認できる資料をまとめて青葉工科大学の相談窓口に送った」


 声を少し落とす。


「最初からすぐ通報しなかったのは、日和とお母さんが完全に白峰へ移るまで待ちたかったから」


「中途半端な時に話が大きくなったら、水野か橘がまた日和を追い回すかもしれないと思った」


「でも、あそこまで追い詰められるとは思ってなかった」


 しばらく黙った。


 それから彼の肩を軽く押す。


「朝比奈くんも、次から気をつけて」


 蓮が目を丸くした。


「俺まで?」


「『君子危うきに近寄らず』って言うでしょ」


「追い詰められて何をするか分からない人と、わざわざ正面からぶつからないの」


 まっすぐ見る。


「次は、自分を守ることを先に考えて」


「朝比奈くんが怪我しても、私は心配するから」


 さっきまでふざけていた蓮が。


 最後の一言で急に真面目になる。


「分かった」


 手を差し出した。


 私はその手を握った。


 二人で研究室へ戻った。


 榊原先生はちょうど地方の学会から戻ってきたばかりだった。


 スーツケースさえ研究室の入口に置いたまま。


 私を見るなり、すぐ近寄ってきて頭から足まで確認された。


「本当に怪我してない?」


「してません」


「本当に?」


「本当です」


 何度答えても心配している。


 最後には。


「もういい。三日休みなさい」


「刃物を持った人間に襲われて、平気な顔して研究に来るほうがおかしいから」


「三日間、研究室禁止」


 横で蓮が、羨ましそうな顔をしていた。


 でも。


 私は分かっていた。


 榊原先生が本当に時間を作ってくれた理由。


 母の手術が。


 二日後に控えていた。


 手術当日。


 蓮と白峰医科大学附属病院の廊下で待った。


 二時間後。


 手術室の扉が開く。


 母がベッドで出てきた。


 医師が教えてくれた。


「手術は無事に終わりました」


「今後は予定どおり定期的に経過を確認していきましょう」


 胸の奥にずっと乗っていた重い石が。


 ようやく落ちた。


 三日の休みはすぐに終わった。


 また毎日が始まる。


 宿舎。


 食堂。


 病院。


 研究室。


 ただ。


 以前とは一つだけ違う。


 隣に朝比奈蓮がいた。


 普段は軽いことばかり言うのに。


 研究になると驚くほど几帳面だった。


 私たちの課題は順調に進み。


 一年も経たないうちに、主要な研究がまとまった。


 論文を投稿する段階になると、榊原先生が言った。


「筆頭著者については、二人で話し合って決めて」


「それと、もう一つ」


 一枚の資料が机に置かれた。


「今年、白峰科学大学とヨーロッパの協定校、リュミエール工科大学との国際共同研究派遣プログラムがあるの」


「研究室から原則推薦できるのは、一つの研究プロジェクトだけ」


「申請には、研究能力を示せる論文実績も必要になる」


 私と蓮を見る。


「普通なら、代表者を一人決めて応募することになると思う」


 一瞬。


 二年前へ戻った気がした。


 青葉工科大学。


 特別奨学金。


 海外派遣。


 一つの機会。


 二人の人間。


 でも今は。


 隣にいる人が違った。


「俺が辞退する」


 そんな言葉は出なかった。


「日和のほうが必要だ」


 それもなかった。


 蓮は募集要項を手に取った。


「全部読んでから考えよう」


 私たちは二日間。


 過去の募集要項と採択例を片っ端から確認した。


 そして。


 ほとんど使われたことのない条項を見つけた。


 研究論文で二人が共同筆頭著者として明記され。


 派遣先で行う研究そのものも二人で共同して担当する場合。


 個人代表ではなく、


「共同研究チーム」


として一つのプロジェクト推薦枠を使い、特別審査を申請できる。


 つまり。


 推薦枠を二つに増やす必要はない。


 一つの研究プロジェクトとして。


 二人で申請できる。


 私たちは国際交流担当へ行き。


 研究科にも相談した。


 資料を追加し。


 説明書を書き。


 なぜこの研究を二人に分割できないのか、何度も説明した。


 半月後。


 特別審査が認められた。


 私と蓮は一つの共同研究チームとして。


 リュミエール工科大学への国際共同研究派遣プログラムに採択された。


 誰か一人が。


 自分の機会を捨てる必要はなかった。


 公平な選択とは。


 誰が諦めるべきかを決めることではない。


 その前に。


 ほかの道が本当にないのか、最後まで探すことなのだ。


 国際研究プログラムが始まるのは半年後だった。


 出発までの間、私と蓮は研究室で後続実験を続け、それぞれRAやTAの仕事も担当した。


 半年はあっという間に過ぎた。


 ヨーロッパへ向かう飛行機に乗った日。


 私は窓側の席に座っていた。


 飛行機が雲を突き抜けても。


 まだ少し現実感がなかった。


 隣の蓮が。


 そっと手を握った。


 左手の薬指には、彼からもらった指輪。


 朝の光を受け。


 窓ガラスに淡い虹色を落としている。


 蓮が窓の外を指さした。


「日和、見て」


 視線を向ける。


 雲の向こうから。


 太陽が少しずつ昇っていた。


「朝日だ」


 遠くの光を見つめる。


 ふと、昔の自分を思い出した。


 初めて青葉市へ来たばかりで。


 少し困っただけでも、店の前に座って泣くことしかできなかった私。


 あの頃は。


 誰かが手を握ってくれさえすれば。


 一生、道に迷わずにいられると思っていた。


 でも。


 人を霧の外へ連れ出してくれるものは。


 恋だけではない。


 傷ついたあとでも。


 もう一度、自分の人生を選び直す勇気。


 私は蓮の手を握り返した。


 窓の外では。


 朝霧のような雲が、少しずつ光の中へ消えていく。


 太陽が昇る。


 そしてこれからは。


 私の進む道を。


 もう誰にも、代わりに決めさせない。


――完――




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― 新着の感想 ―
クソ女さんは、執行猶予付かない実刑で監獄送りだといいな(初犯の傷害罪は3/4が執行猶予らしいけど)。 まぁあと捏造など全ての悪事が世間にバレて、社会的に死んで欲しいですね。
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