危機
竜太たちはご神体のある地下の大広間から走り出ると、鍾乳石の柱が林立する鍾乳洞の中を闇雲に走った。とにかく、捕まるわけにはいかない。背後から聞こえてくるザワザワという音と、時折聞こえてくる追手の「あっちだ」「こっちに行った」と言う声を聞きながら、その声が聞こえない方向に足を向ける。
「竜ちゃん、どこに向かうつもりやねん」
「どこって・・・とにかく追手の声のしない方向へ進もう。張りぼてのUFOを搬入した入口があるはずだから、そこにたどり着ければいいんだけど」
慎吾に抱きかかえられたままのヤムダンは、救難信号受信機の画面を見た。画面には鍾乳洞の平面図と現在地が映し出されていて、更に、追ってくる人の位置が点滅する黄色の三角形で表示されている。
「この先二つ目の柱を左へ、続いて、三本目の柱を右へ。オッテハワタシタチの後方二十メートルです。あ、追手が二手に分かれました。挟み撃ちにするつもりです」
竜太と慎吾はヤムダンの指示に従って、鍾乳洞内を右に左に方向を変えながら走った。追手の天河集落の男たちはいずれも老人ばかりで、竜太たちになかなか追いつけないどころか、徐々に距離が開き始めた。
しかし、若いとはいえ日頃から不摂生な生活をしている竜太と慎吾の体力も、そろそろ限界に近づいていた。竜太の顎が上がり、足元は酒に酔っているようにフラフラと左右に乱れている。
「・・・もうダメだ・・・慎吾さん・・・足がガクガクだ・・・動かなくなってきた・・・ちょっと休もうよ・・・山田さん、追手はどこですか」
「追手との距離は三百メートル。追手の移動速度も低下しています」
「ふうう、ふうう・・・だいぶ引き離したやないけ。追手は年寄りばっかりやさかいな、きっと、歩いとるんや・・・とにかく、竜ちゃん、一旦止まって作戦会議や」
竜太と慎吾はようやく足を止めた。小山のような石筍の陰に隠れるようにして腰を下ろした竜太と慎吾は、暫く口も利けずにゼイゼイと荒い呼吸を繰り返した。走ったせいなのか、それとも、恐怖のためなのか、竜太と慎吾の背中は汗でぐっしょりと濡れている。慎吾に抱かれていたため疲れていないヤムダンが、立ったままふたりを見下ろしている。フルフェイスのマスクの下では、仕方がないなという顔をしているのだろう。
ようやく息が治まってきた竜太が、ゴクリと生唾を呑み込んでから、かすれた声を出した。
「と、とにかく、逃げ道を探さなきゃ。それにしても山田さんの持っているテンテン堂のゲーム機は凄い性能だ。これがあれば何とかなりそうだ」
下を向いて喘いでいた慎吾が顔を上げた。
「ほんまや、なにせ追手の動きまで分かるんやからな。最近のゲーム機は進歩しとるわ、子供が夢中になるはずや」
テンテン堂のゲーム機にそんな機能が付いていることなどあり得ないことに、竜太も慎吾も思いが至らない。やはりお気楽なのだ。
「追手は左後方、二百メートルに接近しています。もうひとつのグループは・・・右後方二百五十メートル。移動速度はいずれも時速四キロメートルです」
「時速四キロメートルか、徒歩だな。山田さん、そのテンテン堂のゲーム機をちょっと見せてよ・・・」
竜太はヤムダンの手から救難信号受信機をひったくるようにして取り上げた。
「この先、左右から壁が迫ってきている・・・細い峡谷か通路か・・・奥に延びている・・・その先は・・・また開けた空間だ・・・うん? 階段らしきものが見える・・・逃げられるかもしれない」
「よっしゃ竜ちゃん、とにかく前進やな。チョット走って差を広げよか」
「慎吾さん、了解です」
竜太と慎吾はゆっくりと立ち上がった。竜太と慎吾がズボンの尻をパタパタと叩いていると、ヤムダンが慎吾に向かって、抱っこしてくれといわんばかりに両手を広げた。ヤムダンには自分の足で走って逃げようという意識はないようだ。
「何や山田はんは、甘えてばかりでしゃあないなあ。ホレッ行くでえ」
何だかんだ言っても気のいい慎吾はヤムダンを抱え上げた。ヤムダンの姿は飼育員に抱かれたオランウータンのように、慎吾の首に両腕を回した。貧相なラクダと奇怪なオランウータンのコンビの出来上がりだ。
竜太と慎吾は残る力を振り絞るようにして、鍾乳洞の奥に向かって走り出した。
ヤムダンの救難信号受信機に表示されたとおり、百メートルほど走ると鍾乳洞の左右から壁面がせり出すように迫ってきた。その先は更に壁面と壁面の間隔が狭くなり、とうとう幅三メートルの細い通路となった。通路の上方にも鍾乳石の天井が迫ってきて、峡谷というより壁面に開いた穴である。その穴はやや右にカーブしながら奥へと延びている。穴の中は光が届かぬ闇となっていて、竜太が点けた懐中電灯の灯りを頼りに進むしかない。さすがに走ることができずに、竜太たちは穴の壁面に右手を付けて、壁面をなぞるようにしてゆっくりと歩いている。背後から追手の迫ってくる気配はまだ伝わってこない。
穴の中を五十メートルほど進むと、前方がほんのりと明るくなった。壁面を抜けてその先の鍾乳洞へと抜けるのだろう。おそらく、その先の鍾乳洞にも天河集落の住人が設えた照明用の陶器の壺が所々に配置されているのだ。
突然、左右と頭上を取り囲んでいた鍾乳石が消え、竜太たちは広い空間に出た。そこにも鍾乳洞が広がっている。先程の大広間ほどではないが、それでも鍾乳洞の反対側の壁面は見えない。立ち並ぶ石筍の先にテニスコートほどの広場があり、広場の先に滝が凍り付いたような鍾乳石のカーテンが垂れている。その脇に鍾乳石を削った階段が見えている。階段は上に向かって延びていて、鍾乳石のカーテンの上まで続いていた。
「慎吾さん、あれだ。あの階段が地上に繋がる出口だ、間違いない」
「よっしゃ竜ちゃん、もう一息や。何とか逃げ切れそうやな」
竜太と慎吾は嬉々として階段に向かって走った。追手の姿はまだ見えない。階段の手前には畳二畳分の大きさの平らな踏み石が敷かれていた。
竜太と慎吾が踏み石の上に足を乗せた途端、踏み石はパカリとふたつに分かれて、観音開きの扉のように下に向かって開いた。その下には暗黒の奈落が口を開けている。よそ者を捕獲するための落とし穴が仕掛けられていた。
アッと思う間もなく、竜太の足元の地面が消えた。支えを失くした身体が宙を落ちていく。振り回した両手がむなしく空を切る。
「ウワー・・・」
悲鳴を残して、竜太と慎吾とヤムダンは真っ暗な奈落の底に向かって落ちた。
ドボーン、ドボーン。暗黒の中で大きな水しぶきが上がった。
竜太たちは奈落の底に広がる地底湖に落下した。十メートル以上ある奈落の底が、硬い岩なら竜太たちは助からなかっただろう。地底湖の水温は摂氏十度。身を切るように冷たい水の中に落ちた竜太は、水面を目指して必死に水を蹴った。手に持っていた懐中電灯は落下したはずみで落としてしまった。
真っ暗な水の中では上下感覚が麻痺してしまう。いくらもがいても水面から顔を出すことができない。ひょっとして水底に向かって進んでいるのではないかと、竜太がパニックになりかけたときに、顔面が水面から外に出た。ヒューと大きく息を吸い込んだ途端、竜太はグイッと水の中に引き込まれた。腰に巻いたロープに引っ張られたのだ。足元では慎吾が苦しそうにジタバタともがいている。どちらに進んだらいいのか分からないのだ。慎吾の胸に抱かれているヤムダンのヘルメットが水中で鈍く光る。
竜太はロープを掴むと思いきり上に向かって引っ張った。ロープが少し緩む。竜太は再び水面から顔を出すと、立ち泳ぎをしながらもう一度ロープを引っ張った。水面の方向が分かったのだろう、程なくして慎吾が水面から顔を出した。その横に亀の甲羅のようにヤムダンのヘルメットがプカリと浮き上がった。
「慎吾さん、大丈夫かい」
竜太の問いかけに、慎吾はゲホゲホと咳き込みながらも、しっかりとした声で答えた。
「大丈夫や、竜ちゃんが引っ張ってくれたおかげで助かったでえ。いったい何が起こったんや」
竜太は立ち泳ぎをしながら、視線を天井に向けた。真っ暗な天井に四角い穴が開いていて、そこからうっすらと光が差し込んでいる。
「落とし穴だ。階段の前に落とし穴が仕掛けてあったんだ。落とし穴に落ちた先がこの水の中・・・こりゃ、地底湖だ」
「水の中に落ちて助かったちゅうことかいな・・・それにしてもこの水は冷たすぎるで、直ぐに身体が動かんようになってまう。早いこと何とかせなあかん」
慎吾の唇は寒さのために紫色に変色している。この水温ではものの数分で低体温症により身体が動かなくなり溺れてしまう。竜太と慎吾は必死に立ち泳ぎをしているが、既に手足の先は感覚を失い、動きが緩慢になってきた。
「竜太さん、慎吾さん、大丈夫です。左方向に一酸化二水素のない場所があります」
天井の落とし穴から差し込む僅かな光を頼りに、竜太はヤムダンの言った方向を見た。
「左後方? 本当だ、すぐ先に岸が見える。慎吾さん、何とか助かりそうだ」
「よっしゃ、とにかく上陸や。冷とうてかなわん」
竜太たちは岸に向かって泳ぎ始めた。ものの十メートルも進むと、地底湖の底に足がついた。とりあえず溺れ死ぬ心配はなくなったようだ。ジャブジャブと両手で水を掻きながら岸に向かって歩いていると、やがて水深は腰の深さとなり、程なく竜太たちは岸に上陸した。
寒さと疲労のため、身体が水を吸った綿のようにネットリと重い。地底湖の岸から五メートルほどの場所にある乾いた岩の上に、竜太と慎吾は倒れ込むようにしてゴロリと寝ころんだ。竜太と慎吾の身体は瘧のようにブルブルと震えている。風呂の適温が摂氏二十度のヤムダンにとっては、摂氏十度の地底湖の水など何でもないのだろう。岩の上にチョコンと腰を下ろしたヤムダンは、ブルブルと震える竜太たちを不思議そうな顔で見ていた。
天井から星尾のかすれた声が降ってきた。奈落の入口である落とし穴から下を覗いているのだろう。
「オーイ。役場の坂本さん言うたかねえ。可愛そうやけんど、そこから逃げ道はないき、諦めてつかあさい。人の警告も聞かんと、お社の中に勝手に入ってきたおまんらぁが悪いがぜよ。ほんなら成仏してつかあさい。南妙法蓮華経南妙法蓮華経・・・」
星尾の唱えるお題目が響く中、天井から漏れていた明かりがスウッと消えた。落とし穴の扉が閉められたのだ。奈落の底は闇に包まれた・・・いや、天井や壁面が微かに光を放っている。ヒカリゴケが自生しているのだ。闇に眼が慣れるにつれて、ヒカリゴケの発する微弱な光でも奈落の底の状況が見えるようになってきた。
竜太の身体の震えがようやく治まった。竜太は上半身を起こすと、岩の上に胡坐をかいたまま周囲を見回した。目の前に広がる地底湖は、遥か先まで続いていてどれだけ広いのか見当もつかない。反対側を見ると、竜太たちのいる陸地の部分は五百平方メートルほどの広さで半月形をしていて、周囲は垂直な壁に囲まれている。天井までの高さは十メートル強で、天井から何本もの鍾乳石の氷柱が垂れ下がっている。
竜太と慎吾が座っている岩は直径五メートルのいびつな円形をした舞台のようで、平らな岩の表面の上には、ぼろきれが盛り上がったような塊が三つ載っている。よく見ると、岩の周囲や壁面の傍にもいくつか塊があるようだ。
「慎吾さんも山田さんも、大丈夫?・・・ああ、良かった。落ち着いたら出口を探してみようよ。星尾は『逃げ道はない』なんて言っていたけど、どこかに・・・うん? これは何だろう・・・」
竜太は手近なところにあるぼろきれの塊に手を伸ばした。ぼろきれの中に丸い石のようなものが埋もれている。サッカーボールほどの大きさだ。両手で持ち上げると意外と軽いから、きっと中は空洞なのだろう。鍾乳石のように白く、大きな穴がポッカリとふたつ開いている。その下に小さな穴がふたつ。その下にトウモロコシのような・・・歯だ・・・これは人間の頭蓋骨だ! 竜太は思わず頭蓋骨を放り出した。
「ひゃあああ・・・頭蓋骨だ・・・人間の頭蓋骨がある・・・これはいったい・・・死体だ、骨だけになった死体だ・・・ウワッ、そこら中にある!」
竜太の叫び声を聞いて、慎吾がガバッと身体を起こした。
「死体やて! そんな・・・ほんまや、そこにも、あそこにも・・・なんちゅうこっちゃ」
それは天河様のお社の秘密を知ったよそ者が、奈落の底で朽ち果てた姿だった。
はるか昔から、何人もがここで命を落としたのだ。洋服、軍服、着物、山伏のような装束、甲冑を身に着けているものなど、死体を包む服装は年代も様式も区々である。拳銃、刀や脇差、十手を握っているものもある。
頑なに部外者の侵入を拒む天河集落の姿勢が、平家の落人、隠れキリシタン、はたまた盗賊集団ではないかというあらぬ憶測を呼び、また、隠し金山や埋蔵金伝説を生むことで、その結果として外部からの侵入者が後を絶たなかったのだ。そして、それらの侵入者は天河集落に向かったきり帰ることはなかった。
竜太と慎吾はおびただしい数の死体に恐れおののきながらも、出口が隠されていないかと、広場を囲む壁を丹念に調べた。しかし、出口はないのだ。それはこの多くの死体が物語っている。彼らも、死に至るまでの間、とことん出口を探したであろうから。
小一時間ほども壁面を舐めるようにして調べた後、竜太と慎吾は円形の岩の上に座り込んで頭を抱えていた。やはり出口は見つからなかった。
「竜ちゃん、あかんわ。出口なんぞあらへん」
慎吾の声は落胆のせいか消え入りそうに小さい。それに答える竜太の声も諦めが混じったように力がない。
「そうだよね、ここにいる死体の皆さんも必死になって探しただろうから・・・そして、見つからなかったから、結局こうなった」
竜太の横に転がっている頭蓋骨が心なしかニヤリと笑ったように見えた。お前たちもすぐにこうなると言っているのだろう。
さすがの能天気なお気楽コンビも、目の前の現実に意気消沈している。
ため息を吐く竜太の前に、地球上活動用スーツを装着したヤムダンがスックと立ち上がった。竜太と慎吾が出口を探している間に装着したのだろう。
「あれ、山田さん、そのスーツ・・・洗濯したら縮んでしまって着られなくなったんじゃあなかったの?」
ヤムダンは地球上活動用スーツの感触を確かめるように両手で腕や足を擦り、屈伸運動をして身体になじませている。
隆太や慎吾とは対照的に、ヤムダンは元気を取り戻しているようだ。
「先程、一酸化二水素の中に入ったおかげで、ふやけて柔らかくなったのです。延ばせば着られるようになりました。よかった。それでは、ここから出発しましょう。ミッションのリミットまで、時間がないのです」
「そりゃあ良かった・・・ここから出発? いやいや、山田さん、見てのとおり、出発したくても出口がないんだよ」
「出口がない? 出口はあります、ほら、このとおり」
ヤムダンは救難信号受信機を竜太と慎吾に見せた。現在地を示す緑の点滅表示の周囲の地形平面図が表示されている。周囲の壁面には出口らしき亀裂や通路は見当たらない。
「山田さん、出口はどこにあるのさ」
「ほらここ、堆積した一酸化二水素の下に、外部に通じる道があるじゃないですか」
ヤムダンの指差す先は、地底湖の底の岩盤の中のトンネルを流れる地下水の川だった。地底湖の底に穴が開いていて、その穴を通じて地下水の川から水が地底湖に流れ込み、また、外部に流出しているのだ。地底湖から流れ出た水は、岩盤の中のトンネルを四キロメートルほど流れた先で、伊尾田川の支流に流れ込んでいた。
慎吾が感心したような声を上げた。
「なるほど、地底湖の底に地下水の川があるちゅうことかいな。そこから外に出られると・・・」
そこまで言ってから、慎吾は何かに気が付いたように顔色を変えた。
「いやいや、ちょっと待ってえな。いくら何でも、この冷たい水の中を、しかもそんな長い距離息止めて泳げる訳があらへんがな。ワイらは河童やないんやでえ。死んでしまうわ。あかん、結局出口はないんや」
慎吾がガクリと首を垂れた。希望が大きかった分落胆も大きい。
「ふりかけに・・・いや、ふりだしに戻るだ・・・」
力なく肩を落とした竜太の腹がグウと鳴った。ふりかけを掛けた熱々のご飯が竜太の脳裏をよぎる。
ヤムダンが大丈夫だとばかりに竜太の肩をポンポンと叩いた。イシュウの眠る長期休眠装置の蘇生可能期限が迫っているのだ、ヤムダンとしてはこんな所に留まっている訳にはいかない。何としてでもここから脱出してミッションを遂行しなければならない。
「私が行ってきます。この地球上活動スーツがあれば、それくらい平気ですよ。私が外に出て、竜太さんと慎吾さんを助けに戻ってきます」
「山田はんが? そのウエットスーツとヘルメットで? そのヘルメットはアクアラング機能付きかいな、ハイカラやな。それなら冷とうないし、水の中でも息はでけるやろうけど・・・うん? まさか山田はん、あんたそないなこと言うて、逃げる気とちゃうやろな」
慎吾は疑わしいという目でヤムダンを見ている。
「逃げる? そうか、その手があったか・・・いやいや、逃げたりしません、必ず戻ってきます。ヤナシス星人に二言はない! 武士は食わねど火の用心ですよ」
ヤムダンはそう言って胸を張った。フルフェイスのヘルメットの下の目がきらりと涼し気に光る。ヤナシス星人は信頼と誠実がモットーなのだ。全宇宙言語自動翻訳機の若干の調整が必要かもしれない。
「魚梁瀬村の人に二言はない! と勇ましく大見得を切られても・・・なあ、竜ちゃん」
慎吾が困ったという顔で竜太を見た。
竜太はヤムダンの申し出を聞いて考え込んでいた。アクアラング機能付きのヘルメットを被ってウエットスーツを着ていれば、あの冷たい水の中でも活動できるだろう。しかし、高齢の山田さんにそれが耐えられるだろうか。本人はなぜだか自信満々だが・・・面白半分、いや、話半分に聞かなければなるまい。そうかといって、山田さんのヘルメットもウエットスーツも小さすぎて、竜太も慎吾も身に着けることができない。このまま何もしないで、ここで死ぬ訳にはいかない。チラリと横を見ると、骸骨が諦めろとでも言いたげにニヤニヤと笑っているように見える。竜太はブルルと首を振った。
やはり、山田さんに頼るしかないだろう。竜太は仕方ないと腹を括った。
「慎吾さん、山田さんに賭けてみよう・・・それしか方法はなさそうだ」
「せやな竜ちゃん、このまま何もせんよりましや。よっしゃ、山田はん。あんたを男と見込んで、頼みますわ」
慎吾がヤムダンに向かって両手を合わせた。ヤムダンは竜太と慎吾の顔を見て、ゆっくりと頷いた。
「任せて下さい、それじゃあ行ってきます。そうだ、これを置いていきます」
ヤムダンは背中のリュックサックから銀色の小さな袋を取り出した。ヤムダンの星間飛行艇から持ち出してきたヤナシス星人用の非常用携行食だ。
「お腹が減ったら、これを食べてください。小さいけど腹持ちはいいし、栄養バランスも満点ですから。地球人には・・・まあ、大丈夫でしょ」
ヤムダンは銀色の袋を竜太の手に押し付けると、竜太たちに背を向けて、地底湖に向かって歩きだした。
「山田はん、気い付けてな。あんじょうたのんまっせ」
「山田さん、無茶しちゃダメだよ・・・いやいや、私たちの命がかかっているんだ、とことん無茶しても構わないから、死ぬ気で頑張ってね!」
ヤムダンは片手を上げて「アイルビーバック アンド アイシャルリターン」と竜太たちになぜか英語で応えると、ジャブジャブと地底湖を進み、やがてドブンと音を立てて水面から姿を消した。やはり、全宇宙言語自動翻訳機の若干の調整が必要なようだ。
ヤムダンの着用している地球上活動用スーツは、元々は宇宙空間で活動するための宇宙服をベースにしたもので、耐熱・耐圧・耐衝撃に加えて気密性も確保されている。地底湖での活動程度では全く支障がないのだ。竜太や慎吾がそのことを知る由もない。
ヤムダンの消えた地底湖を見つめたまま、慎吾がポツリと呟いた。
「山田はん、大丈夫やろか。ワイらの前では気丈に振る待っとったけど、ええ年やさかいな」
「心配だけど、いまの私たちにはどうすることもできないからなぁ。とにかく慎吾さん、体力温存のために横になろうよ」
竜太と慎吾は岩の上にゴロリと横になり、目を瞑った。ヤムダンのことが心配で眠れるはずなどな・・・いや、すぐに竜太と慎吾の高いびきが洞窟内に響いた。何時でも何処でも誰とでも眠れるのが、ふたりの特技なのだ。
地底湖の底を七百メートルほど進むと、水深は三十メートルとなり、湖底の水が渦を巻くように流れ始めた。湖底の底の亀裂が地下水の川に通じているようだ。ヤムダンのヘルメットの両脇に付いている照明灯が照らし出す光の輪の中に、黒々とした裂け目が横たわっていた。半透明の細長い魚が身体をくねらせてヤムダンの目の前を横切った。足元には目が退化した小さなエビが蠢いている。暗黒の地底湖にも生命は存在している。
ヤムダンが裂け目に近づくと、強い水流がヤムダンの身体を持ち上げた。目に見えない水流の渦に巻かれたかと思うと、あっという間にヤムダンの身体は裂け目に吸い込まれた。
地下水の川の流れは速く、ヤムダンは何もすることができずに、クルクルと木の葉のように身体を回転させながら流されていく。フルフェイスのヘルメットが岩にぶつかってゴンゴンと音を立てた。水流にフワリと持ち上げられたヤムダンの身体が、トンネルの壁面に激しく打ち付けられる。地球上活動用スーツはそれらの衝撃からヤムダンを守っている。
ゴオッという音と共に、ヤムダンの身体は伊尾田川の支流にある小さな滝が流れ落ちる滝つぼの底にヌルリと吐き出された。地下水の川が伊尾田川の支流に流れ込んだのだ。
滝つぼの底に流れ込んだ水流は急に穏やかになり、深い澱みに姿を変えていた。ネットリとした砂地の広がる澱みの底を、ヤムダンはゆっくりと歩いた。ライトの光の驚いた山女魚の一群が、身体を翻して暗い水の中に消えた。
滝つぼの先は急に水深が浅くなり、広い浅瀬になっていた。ヤムダンは浅瀬に上がると、救難信号受信機を取り出した。現在地は天河様のお社から直線距離で南に約五キロメートル。但し、ヤムダンがいる伊尾田川の支流の河原から、お社のある黒神山の九合目までの標高差は九百メートルもある。
時刻は午前四時になろうとしていた。もうすぐ夜が明けるのだろう、山の端の稜線がくっきりと空と大地を切り放っている。地球上活動用スーツを着用していれば、太陽光線の下でも活動は可能だが、原住民の目に触れることは避けなければならない。ミッション遂行のためには、原住民の目を掻い潜って、もう一度鍾乳洞に戻らなければならないのだ。
ヤムダンはゴロゴロと石の転がる河原を後にして、黒神山の九合目にあるお社に向かって歩きだした。原住民の目があるため山道を歩くことはできない。黒神山山中の道なき道を登らなければならないのだ。ヤムダンは地球上活動用スーツをパワーモードに切り替えると、ヤムダンの背丈ほどもある雑草をかき分けながら急斜面をゆっくりと登り始めた。
イシュウの眠る長期休眠装置の蘇生可能期限まで残り二十時間である。




