02-02:邪神からの贈り物
『はい、おにーさんに決定! 拒否権は、な〜っし!』
───俺の人生は、この声を境に様変わりした。
俺、望橋一絆は公立高校に通い、友達にも恵まれ、楽しく生きていた普通の男子高校生である。
いや、嘘を言った。超エリートなイケメンである。
高身長高学歴、天才肌の一絆様とは俺のことだ。自画自賛しても問題はない。てかさせてくれ。友人達からは総じて「性格が残念」とか「根がクズ」など好き勝手言われているが、特に問題は無い。無いはずだ。
……そんなに俺の内面って酷いのか?
自分を信じるのは何よりも大切なことだろうが。
「で、マジでどういうことなんだよ。説明してくれ」
『え〜、言った通りだよぉ?』
「説明の! 義務が! アンタにはあると思う!!」
『ない時はどうすれば良いの? の?』
「人の心とかないんか?」
『ワタシ邪神。人間じゃないの』
「そっかー、そうなのかーってなるわけないだろ!」
さて、そんな一絆くんは今、わりと危機的な状況に陥っている。
この自称邪神とかいう幼女の手によって。
誰か、助けて。
光源が何一つない真っ暗闇な空間にもかかわらず、ハッキリと姿を視認できる二人の人型。
片方は俺。世界に名を轟かせる予定の高校二年生。
片方は───成長したら絶世の美女になるんだろうなってわかる、変な雰囲気の黒髪の無表情幼女。
彼女は邪神らしい。へー、そうなんだってなるか!
説明を、ください!!!
───そもそも、俺はなんでこんな空間にいるのかわかっていない。下校中、いきなり足元に穴が空いて綺麗に落ちていったのが最後の記憶だ。
気が付いたらここにいた。そして幼女がいた。
ソイツがいきなり、冒頭のセリフを言ってきたらどう思う? 取り敢えず殴るくない?
俺は殴る。男女平等パンチ! 届かなかった!
「いってぇ……」
『神様だからね、仕方ないね』
「うん、もう、よくわからんけどお前が神だってのはよ〜くわかった。わかったことにする」
『神じゃないよ! 邪神だよ!』
「どっちでもいいわ! この際もう一緒だ!!」
この純粋無垢の皮を被った性悪幼女こと自称邪神。
日本神話とか見て、神ってのがやべーやつってのはよくわかってるつーの。ギリシャとかもそう。
俺のうろ覚え知識では神様=やべーやつだ。崇める対象には死んでもならない。絶対になることはない。
この幼女に限っては、崇めた分だけ災厄が来そう。
『よくわかってるね、おにーさん!』
さりげなく心を読むな。あと肯定もしないでくれ。俺の心の安寧の為に。推測だけにしてほしかった。
全世界のみなさーん、邪神教から抜けてください!
いや地球にあるのか???
「はぁ〜……頼む、説明してくれ。後生だから!」
後生ってこういう時に使う言葉なんだよな? 人生でこんな言葉使うのか? 俺は初めて使ったぞ……
斜め45°に頭を下げて、俺は幼女に説明を乞う。
このままわからないままじゃ、なんもできん。
『仕方ないなぁ……じゃ、これみてー』
なんとか納得してくれた幼女は、そう言って小さな手を横にスライドさせた。
瞬間、闇の奥に───巨大なルーレットが現れる。
あまりにも大きい、高さを測るのもバカになるぐらいデカい、真っ白な無地のルーレットが。
「な、でっか……!?」
漫画だったら、出現と同時に土煙とかが立ってんだろうなとか思いながら、俺はそれを見上げる。
やべー、もしかしたら高層ビルって低いのかもな。
危うくトリップしかけたが、なんとか理性を保って邪神を見る。
欠伸をしながら俺の反応を楽しんでいる。
「……うん、で?」
『アレで“次”は誰を異世界に送ろうか決めてたの』
「へ、へぇ〜……うわぁ……」
不吉な発言だ。次って何。怖い。邪神が笑いながら指をさしているルーレットには、よく見れば名前がたくさん書いてある。
あらゆる国の言語で、ルーレット全てを埋め尽くす量の名前が書かれている。日本語、英語、中国語、アラビア語、ドイツ語……果てには甲骨文字まである。
過去未来現在、あらゆる人間の名前があって───
俺の名前『望橋一絆』の所に、小さなピンが綺麗に刺さっているのが……見えてしまった。
「ダーツの旅ってか!?」
『うん』
というか、俺は異世界に行くのか、そうかそうか。
「異世界!? いやだぞ!?」
誰が異世界なんか行ってたまるか! この文明社会の利器を捨てろと言うのか!? ふざけんなよ!!
ファンタジーは許す! そこは好奇心が働くからな!
でも文明レベルだけは譲れない。絶対に高水準な所じゃないと俺は生きてけない。
世は正にスマホ最強時代。スマホこそ神だ。
そんな俺の悲痛な叫びを嗤いながら、邪神は笑顔でこう告げた。
『だいじょーぶ! 異世界って言うよりも並行世界っていうのが近いから!』
「……地球の?」
『うん! あのね、1回滅んだ後の地球なんだよ!』
「やべー、行きたくなくなった」
一瞬揺らいだけど、滅んだ後だろ? アポカリプスを迎えた後ってことだろ? いや最中って意味なのか?
まぁ取り敢えずヤバそうなのはわかった。
ぜぇーったいにイヤだ。死んでも行きたくない。
「拒否権を行使する!」
『そんなのないってさっき言ったじゃん』
「そういやそうだった!」
神様のお言葉は絶対ね! 俺わかった! クソが!
『まっ、そんなわけでね!』
「なにが???」
『おにーさん! どうせだから使命を与えるね!』
「はい……はい? 使命???」
『世界救って来てね! いってらっしゃい!』
「イヤだ!!」
色々と雑すぎるだろ!?
そう言われた瞬間、再び足元が消える。おいおい、さっき見たってか体験したぞこの展開……!!
落下する身体、藻掻く事も抵抗もできない手足。
全てが神の思惑通りのまま、世界の壁を越える。
遠退く意識の中、サムズアップをするドヤ顔幼女に向けて、俺は声を大にして叫んだ。
「ふっっっざけんなあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
あの邪神、いつか絶対に殴ってやる。絶対にだ!
◆◇◆◇◆
「───ってな感じで、俺はここにいる…います」
あの後、初めての紐無しバンジーを体験した俺は、お姫様抱っこで天使に助けられた。
いや、天使……なのか? 一応人間らしいが。
でも第一声が「なんで落ちてるの?」は色々と酷いと思うんだ。せめて大丈夫? とか言って欲しかった。
で、今は助けてくれた人達に事の詳細を説明中。
「うーん、まぁ……邪神ヤバいってのはわかった!」
俺の話を聴いて、頭にはてなマークを無数に浮かべている天使。じゃなくて美少女───琴晴日葵さん。
こんな幼馴染が欲しかった。
わかったって言っといて何もわかってなさそうな、何処と無くポンコツ臭をこの人からは感じる。
なんだこの神聖な気配は……(幻覚)!
「へぇ、幼女な邪神。それってイマジナリーでは?」
琴晴さんの隣でケラケラ俺を笑っているのは、黒が特徴的な美少女。洞月真宵とかいうヤバそうなJK。
何処と無くあの邪神と似たような雰囲気が……
あとなんか周りを舐め腐ってる感がすごい。これがメスガキっていう概念なのか???
取り敢えず名前と顔は覚えた。絶対に許さん。
俺はロリコンじゃない。イマジナリーなフレンドもいない! 勝手にキャラ付けすんな!!
「……???」
二人の隣で完璧に思考を放棄しているのは、真面目が肩を並べてそうな美少女。美少女ばっかだな??
名前は神室雫さん。髪の毛水色とかファンタジー。
冷たい雰囲気も良かったけど、一瞬で思考がパーンってなってる今もそれはそれで良き。
一瞬だけ溶けかかったのは見なかったことにする。
さては人外美少女しか居ないのかここは……!?
「……僕は男だからね?」
「えっ」
そして、神室さんの隣に佇んでいたピンク髪の美少女がいきなり俺に男宣言してきた。
脳が破壊された。
小鳥遊姫叶ってお名前なんですね。へー、いやいや女の子みたいな印象しか受けませんけど!?
「えっ……おちんちんあんの?」
「あるよ」
「「「えっ」」」
「おいこら」
ほら、皆驚いてるよ? つか、マジで男なん?
……人体の神秘だわ。
つーか、四人揃って美形なんだな……俺が霞む。
「顔面偏差値高くね?」
「キミ、正直で面白いね。ボクもそう思う」
正直に言ってみれば、性格はアレだけど超美少女な洞月も同意して頷いてくれた。
話が合うな。君とは仲良くできそうだ。してくれ。
……この四人は、ちょうど俺が落ちてきた真下で部活動とやらをしていたらしい。
何処と無く作為を感じる。誰のとは言わないが。
というか、部活。部活っすか。
でもな、その前に一つだけ聞かせてくれ。
「その死体の山は……なんなの? 何の生き物?」
さっきからずっと聞くの我慢してた。死臭もするしあんま近付きたくない。
つーか、どう見てもこの世の生物じゃなくない?
あんな人型生物、ファンタジーでしか知らんぞ。
見た目のインパクトがヤバい。初見で死体の山で足を組んでいた洞月はやべーやつだと思う。
未成年でこれとか、どうなってんだ情操教育。
「ゴブリンとオークの死体」
「はっ、ふーん……ふーん……はぁ???」
どうやら、この異世界はファンタジー生物が襲って来る系の異世界だったらしい。いや並行世界か。
……どっちも一緒だ! この際変わんねぇ!!!
今度は俺がはてなマークを浮かべる番になった。
色々と琴晴さんから話を聴きながら、俺はこの世界を理解しようと努力する。
あ、これ送迎バス? “異能部”の所有物なんだ?
へぇー、金かかってんのな。
「異能…異能部……皇国…アルカナ? アルカナ……」
この世界には【異能】ってのがあって、この四人が異能部っていうのに所属していること。
空想と呼ばれる魔物たちの襲撃と戦っていること。
日本の名前がアルカナ皇国なこと。あと魔都。
あと、異世界が地球と激突した結果こうなったってことはよくわかった。
並行世界やべーってことがよくわかった。
「とりま、学院に行こっか。色々とあると思うし」
「あー、うん。ご迷惑をおかけします、はい」
「そう固くならなくて良いよ? 上下関係とかを求めるような人、ここにはいないからさ!」
「お、おう。わかった」
「一絆くん。キミ、今日からボクの下僕な?」
「真宵ちゃん???」
バスに揺られる中、思考の渦に引き込まれる俺。
視界の隅でキャットファイトを始めた二人のことは横に置いておく。ビデオカメラないかな。
一瞬で琴晴さんの言葉を矛盾させた洞月は、全身をまさぐられて笑いヨガっている。すげぇ大爆笑。
てか、普通にエッチなんだけど。指定かかるんじゃないかってぐらいエッチ。楽園はここにあった。
めっちゃ連呼したいぐらいすごいエッチな風景だ。
で、なんで他二人は平然としてんの?
「……あの二人ってそういう関係なのか?」
「えぇ。気にする事はないわ」
「関わったら引きずり込まれるよ。毒沼の中に」
「そんな言う程なのか……」
なるほど、天使と悪魔は百合なのか。正反対な者が仲良く愛し合ってくっつく、いいと思う。
日本人の二次元文化って素晴らしくいいよな。
そりゃ、美少女同士だから見てる分には得だわな。でも巻き込まれたら死にそうな感じがする。
俺の直感は外れない。天使と悪魔、恐るべし。
「試しに間に挟まってみたら?」
「姫叶くんは俺を殺すのが得意らしいな」
「……別に、呼び捨てでいいよ」
「わかった。俺の代わりに姫叶を間に突っ込んで……姫叶を突っ込む? えっ、隠語か?」
「君を友達認定したのは間違いだったかもしれない」
「見捨てんの早くね?」
百合ップルの間に男が挟まったら、そういう界隈の集団に滅多刺しにされるに決まってるだろ。
中高って現在進行形でモテてた俺でもわかるぞ。
……姫叶なら平気そうだな。ガワだけは美少女だし見ようによってはバレないんじゃないか?
そう思ったけどダメらしい。世知辛い世の中だ。
あ、俺はモテてたけど彼女はいませんでした。
主に性格が問題視されて。目の保養には良いってどういう意味なのか、小一時間ほど問い詰めたかった。
……あぁ、そうか。
俺、もうあっちに戻れないのか。そう……そうか。
ふざけやがって。
「……きっと、良いことあるよ」
「お前の優しさに乾杯」
「君はネタ挟まないと生きてけない身体なのか?」
「そういう人種なんだわ」
「なるほどね?」
肩を叩いて慰めてくれた姫叶は良い奴だ。俺の手に万札を握らせた雫ちゃん様も良い人だと思う。
俺を監視してるんだろうけど、結構助かってる。
ありがとう、大事にするよ万札。万札……万札か。
いやどういうこと!? なんでサムズアップ!?
「神室さんは守銭奴なんだ。いい所のお嬢様なのに」
「拝金主義ってことか」
「当たり前よ。この世は金よ。一絆くん、貴方の世界でもそうなんじゃないの?」
「そうっすね〜……うん、否定できねぇわ」
ポンコツ雫ちゃん様は拝金主義者であるらしい。
ギャップすげぇな。真面目委員長系な風貌なのに、お金に目がないってマジ?
え、実際に委員長やってんの? マジで???
詐欺にも会いかけた? いやそんな自信満々に言われましても……
ちょっとドン引きしていると、送迎バスかま後退の音を上げて停止した。
どんな地球でも車はそんな変わらないんだな。
そう思いながら、バスを下りる。瞬間、視界を埋め尽くすのは巨大な教育機関。でけぇ……
「さて、一絆くん。ようこそ! 王来山学院へ!」
改まった様な雰囲気で、琴晴さんは笑って告げた。
……左脇に抱えた、痙攣する洞月の姿は見なかったことにしよう。ヨダレが垂れてるのも俺は見なかった。
心の写真集にこっそりしまっておく。保存保存と。
「ようこそされました、と……」
王来山学院。まるでアニメとかに出て来そうな形をしている学び舎に、俺は一歩踏み入れる。
今の俺にとって、この四人は今後の生命線だ。
右も左もわからない異世界で、最初に出会えたのがコイツらで良かった。会話してみてやべーのは一人を除いて居ないっぽいのも安心要素。
その一人も天使が制圧してるから余計安心できる。
誰のことかって? 今俺の隣でナイフ回してる悪魔のことだ。俺の反応を楽しんでやがるなコイツ。
あとそのナイフどっから持ってきた? なんで持ってるんです? 脅しか? 俺を殺す気か? やめて?
おめー、さてはあの邪神と似たような性格だな?
「不名誉すぎる」
「んんっ、言動を垣間見て、どうぞ」
「……ボク悪くなくない?」
本気でそう思ってるなら病院に行ってくれ。頼む。
「ごめんね、うちの真宵ちゃんが」
「いや別に良いよ。気にしてねぇし」
「ギブっギブっ! 首、首しまっ!」
……あー、ホント。どうなっちまうんだろな、俺。
◆◇◆◇◆
───哀れな孤独の異邦人。あの邪神による、次の犠牲者。ボクと同じで救いのない、可哀想な同胞。
彼が今後どうなるのかは不明。それこそ彼次第。
わりとメンタルは強そうだが、果たしてこの世界を生き残れるのか……いや、平気そうだな。
多分、性格的にこの世界とすぐに順応するだろう。
しかし、成程。これが残念イケメンというものか。
この世界でもトップ層のイケメンにランクインするであろう美貌の持ち主だが、それも見た目だけ。
性格と言動で全てをマイナスにしているのだろう。
好感はもてる。口は軽いが、悪くは無い。
信用? 信頼? それはゼロ。短時間で築けるものか。
でも性格で損してるってのは事実だろう。しかも、本人はそれを悪いと思っているが、治す気はない。
なんならドンと来いって意気込んでいるなアレは。
逆にすごいよキミ。胸を張って生きてて偉い。
「で、俺ってこれからどうなんの……?」
不安そうだけど、まぁ悪い様にはならいない筈だ。
異能部も異能特務局も、望橋一絆という男の存在を無視することは良くも悪くも不可能だ。
なにせ、話を聞いた限りでは邪神という空想の産物の親玉みたいな奴の尖兵にしか見えない。
実際は違うけど、そんな風にしか思えないだろう。
アイツ、新世界騒動には全然関わってないし。
強いて言うならボクと……あの舞台装置ぐらいか?
ま、なんとかなるだろう。
「楽しみだなぁ、キミの今後が……ねぇ?」
「怖ぇよ。なんで含み持たせんだよ。やめてくれ」
「性分なので」
「なるほどな?」
あぁ……まったくもって。
笑えない。
男側の主要キャラは彼です。魔王と勇者の百合を間近で眺めながら色んな問題に突っ込まれてもらいます。
そして、重要な事ですが……
真宵と日葵、双方一絆とは恋仲にはなりません。
彼は異能部が送る日常と、壊れゆく新世界への濃厚なスパイスなのだから。




