06
その日、帰宅したのは、日付変更間近だった。明日、土曜日を休みにしたいがために、強引に仕事を詰め込んだからだけど。
そう思って小さくため息。
第三土曜日は、なるべく空けるようにする。慎吾との約束だ。とはいえ、その本人が今不在なんだけど。便りがないのは無事な知らせ、そう思いたいけど。
もう一度ため息をつきながら、玄関のドアをあける。
一人暮らしの部屋。
ただ、そこには明らかに私のものではない、それでも見慣れたくたびれたスニーカーが脱ぎ散らかされていた。
苦笑ともため息ともつかないものが口から漏れる。
自分の靴と一緒にそれをきちんと揃えると、部屋に入る。
部屋には人の気配はなく、ただダイニングの灯だけは小さくついてた。
テーブルの上には小さめに作られたおにぎりが置いてある。
「オカエリナサイ」
「ただいま」
くーちゃんが出迎えてくれる。
「貴方のご主人様はどこ? くーちゃん」
ふざけて問いかけながら、おにぎりを一つ頬張る。
「ゴンベイ! ゴンベイ!」
おにぎりを食べながら、寝室の方に向かう。相変わらず、絶妙の塩加減と力加減で作られたおにぎりですこと。最後の一口を飲み込む。
寝室のベッドの上には、泥のように眠る彼の姿があった。どこで何をやっていたのか。額と、腕に傷がある。
ベッドの端に腰掛けて、その髪を撫でる。かろうじてシャワーは浴びたようだけど、濡れたままで、きっと明日の朝はすごい髪型になっているのだろう。
「……茗ちゃん?」
うっすらと目をあけて、一瞬驚くぐらいかすれた声で呟かれた。
「ん。おにぎり、ありがとう」
「ん……」
目は眠そうなまま。左手で手を握られる。
「……大丈夫?」
色々聞きたいけど、それだけ告げる。
「うん」
彼は微笑んでそれだけ言い、また目を閉じた。すとん、と左手が布団の上に落ちる。
掛け布団を直し、その場を後にする。
また傷を作って帰ってきて。
「駄目なご主人様ね」
くーちゃんに笑いかける。夜だから布をかぶせて寝かせてあげる。
「おやすみ」
「オヤスミ」
残ったおにぎりにラップをかけた。しまおうと冷蔵庫を開けて、息をのんだ。
冷蔵庫にはきんぴらごぼうと、鮭の塩焼きと、冷や奴が用意されていた。
ああ、もう……。
おにぎりをしまうと、やや乱暴に扉をしめる。
どこの世界に、二週間も連絡せず、帰ってきたと思ったら怪我をしていて、それも自分の家ではなく恋人の家に来て、大怪我をしているくせに料理をする馬鹿がいるんだ。ここにいるけど。
きっとおにぎりは、私の帰りが遅くなった時点で夜食用に切り替えたんだろう。どういう細やかな気配りだ。
本当にどうしようもない人だけど、気遣いだけは出来るんだから。そういうところが、本当憎らしいぐらい愛おしい。
思わず舌打ち。
連絡してくれれば、はやく帰ってきたのに。
「仕様の無い人……」
言いながらも少しだけ口元が緩むのが自分でわかった。
コンタクトを外して、化粧を落として、シャワーを浴びて。軽く髪を乾かして。日付はとうに変わっている。
明日は休みだからゆっくり起きればいい。朝ご飯には、用意してもらった料理を二人でわけあって食べればいい。お昼にはなにか美味しいものを食べよう。
どんな事件で、一体何があったのかはわからないけど、一人で抱えないで頼ってきてくれたのは嬉しい。
目覚まし時計をいつもより遅い時間にセットする。
セミダブルのベッドいっぱいをつかって彼が寝ているから、一瞬ためらったものの、ちょっとつっつくとすぐに避けてくれた。
隙間にそっと滑り込む。
よく見たら、背中にも湿布が貼ってある。
心配させるな、ということだけは明日怒ってやろう。それぐらいの権利、私にだってあるはずだ。
彼の手が、私の右手を掴んだ。
「……おやすみ……」
起きているんだか寝ているんだかわからないけど、そういわれて苦笑する。
「うん、おやすみ」
手をそっと握り返して、目を閉じた。




