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第九話 英雄の親子vs熊

「今日から数日は二名を除いて、拠点周辺で採集と植樹育成だ」

朝、イツキから今日の予定が告げられた。

比較的に危険の少ない、軽めの作業であり、

午前中には作業を終えて、午後は鍛錬という内容だ。


だが、シノブの意識は別のところに向いていた。

二名。

ナカタと、その子カヅチ。

二人はすでに出発の準備を終えている。

ナカタは49歳、位階3。

15年前に野生環境へ進出した最初期の一人であり、最強戦力。

その手には【気になる木】の棒が握られている。


そしてカヅチは26歳、イツキの長子でもある。

今回カヅチが挑むのは、位階3への壁。

挑む相手は熊である。

大きさは前世で言うところのヒグマだと考えて相違ない。

シノブはカヅチの武運を祈りながら、その背中を見送った。


◇◇◇


カヅチはナカタとも分かれ、高揚する心を落ち着かせている。

鍛錬も積み重ね、作戦想定も全霊を尽くした。

死ぬつもりは無いが......自分が位階3に到れなければ、夢は大きく後退する。

まったく、危険を避けるよう叩き込まれているのに、

死ぬほどの危険を乗り越えなければ位階は上昇しないとは

神とやらも底意地が悪いと、改めて思わずにはいられない。



主たる武器は石の棒。一対一。

あの熊と向き合うのは、これで三度目だ。


一昨年、最初の挑戦では敗北した。

あと少しナカタの介入が遅れていれば、カヅチは死んでいただろう。


昨年、二度目の挑戦では重傷を負った。

それでもナカタの助けを借りることなく、熊を撤退させる痛手は与えた。


今年で三度目。今度こそ決着をつける。

時期は冬眠明け、熊の体力が衰えている時期だ。


潜伏を始めて二日目の朝。

不意打ちから戦闘は始まった。

初撃を前脚の関節部へ......成功。

まずは攻撃力を少しだけ削いだ。


それでも熊は強い。

深い一撃を受ければ即死の攻撃が繰り出される。

かわす。

受ける。

距離を取る。

挑発する。

かわす。


弱者に翻弄される苛立ちにより

少しずつ熊の攻撃に雑な大振りが増えてくる。

その隙を狙って、浅く先端部での一撃を入れていく。


10分が経過した。

カヅチの顔には爪による裂傷。

胸部には二か所の骨折。

ギリギリのところで衝撃を逃がしても、やはり一撃が重い。

だが熊の方にも毛皮が裂け、血に濡れた場所が生まれている。


そこを狙う。

石の棒の手元側の先端には、石の穂先が取り付けてある。

好機は一度だけだ。

突き刺した穂先を体内に残す一撃。

これに成功すれば、持続したダメージと出血を強いることが出来る。


左前脚による大振りの攻撃を誘い...

なんとか狙い通りの刺突に成功した。


熊が距離を取り、逃走を始めた。

ここからが本番だ。

カヅチはムスヒにより最低限の止血を行いつつ、予備の穂先を取り付けた。

3分ほど息を整え、追跡を始める。

手負いの獣は、さらに危険度を増す。


熊も自分が追われていることを知っている。

感覚を研ぎ澄ませながら足跡を追う。

五分。

十分。

――それまで追ってきた足跡が......消えた。


カヅチが、その位置に辿り着いた瞬間である。

熊が背後から襲いかかってきた。

留め足。

自らの足跡を逆にたどり、追跡者を待ち伏せしての、

必殺の不意打ちである。



知らなければ死ぬ。

気づくのが遅れても死ぬ。

だが。

この瞬間こそが。

生死を分かつ好機である――


全力で振り抜いた石の棒が、熊の額へ直撃した。

熊が倒れる。

石の棒が折れる。


だが、終わらない。

熊は昏倒しながらも、まだ生命は続いている。

短くなった棒の打撃力は大きく減衰してしまう。

手元側の穂先を向けて、追加の刺突を繰り出す。

石の棒の役目は終わりである。


二か所の刺傷を受けた熊は、もう逃げない。

生き残るためにはカヅチを殺す。

それしかないと覚悟を定めた視線を向けてくる。


カヅチは背に背負っていた石の剣を構えた。

固まった毛。

裂けた皮膚。

肉が露出した場所。

石の刃を通せる場所が、今ならある。

かわす。

切る。

逃げる。

かわす。

刺す。

熊が暴れる。

かわす。

また切る。

時間が過ぎる。


どちらの血なのか分からないほど、全身が赤く染まっていく。

それでも。

先に立てなくなったのは熊だった。

カヅチは近づかない。

残心を切らさずに様子を見続ける。

そしてようやく、

動かなくなった熊へ近づいた。


三年に及ぶ殺し合いが終わった。

少し離れた場所で、

ナカタはその全てを見届けていた。

その手に握られた【気になる木】の棒が使われることは、

最後までなかった。

人類史で初めての、自然環境下での位階3。

それは同時に、最年少記録が塗り替えられた瞬間でもあった。

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