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9◇それぞれ思い出しませんかぁ?その2◇

アシュトン視点です



宿屋を出てすぐ目の前にある噴水の傍にいるアイリはすぐに見つかった。

声をかけようかとおもったがマナを抱いたアイリが、月光に照らされて神々しく声をかけるのを躊躇った。小さなマナに慈しむ眼差しを向けたアイリは、神殿に飾られた聖母の絵のようで清廉として神秘的で手を出してはいけない神聖なものにおもえた。通りすがりにアイリの姿を目にした人も足を止めその姿に見入っていた。しかし声をかけることは誰一人としてしていない。酒場から出てきたばかりの赤ら顔の酔っ払いさえも神聖なものを見るようにそこに佇むだけだ。かすかに聞こえてくるメロディーにみんな耳を傾けている。


噴水近くで体を揺らしながら、小さく歌を口ずさむアイリを見るとあの時を思い出す。

今も穏やかに、知らないどこかの言葉でゆったりとした旋律のメロディーを口にしている。


アイリは聞いたこともない曲をいつも口ずさんでいる。


マナがお腹にいた時から、生まれてからも何気ない時に聞こえてくるアイリの歌はいつも心を引き付け穏やかな気持ちになる。

最初に見たあの時もそうだった。


初めて会ったあの時もアイリの歌に導かれるように顔を合わせた。


あの時のことは何年たっても忘れられない・・・






フィオナの祖父であるクレイじいちゃんは、俺らが赤子のころからの付き合いだ。

冒険者になってから貴族である自宅は堅ぐるしく思い、帰り辛い時もじいちゃんの家なら気兼ねなく羽を伸ばすことができた。

じいちゃんは言葉少なめでいうことは説教じみていたが無駄なことは言わない、むしろ冒険者となってからその言葉のありがたみを強く感じること増えた。

俺の爺さんもクレイじいちゃんには全幅の信頼を寄せている。いや、うちの爺さんだけじゃないジェフもヒューもみんなの家族すべてが信頼している人物。

そんなじいちゃんに異変をしったのは今朝の昼に近い時間の事。

しばらくギルドに立ち寄れなかったことで、じいちゃんからの手紙を受け取るのがおそくなってしまった。


じいちゃんが他人を家に保護(入れて)している?


()()事件から他人に対する警戒は人一倍で、家どころか近隣の森を丸ごと結界で囲み知り合い以外の侵入を拒み続けていたじいちゃんが何故?

けが人だから?

いや、それなら今まで似たことはいくらでもあった。

実際に森の中に無理に侵入して死にかけたものもいた。それでもじいちゃんは近隣の村人に知らせるだけで絶対に家に近寄らせることはしなかったのに・・・


森を抜けて少し開けた、明るいとこに家は建っている。

外から見れば小ぢんまりとしてみえるが、実際は俺らがみんな泊まれるほどの部屋数はある家だ。無駄な装飾はほぼ無い無機質な室内だが、それでも居心地の良い家なんだ。

家がほんの少し見えた時から、フィオナは一気に駆け出して家の玄関扉を叫びながら入って行ってしまった。


ジェフとヒューも急いでそれに続いて行ったが俺はなぜか不図、家の裏手が気になった。

いつもの家のはず。

家の周りには畑があり真っ白に洗濯され干されてシーツがある。

裏には薬草畑、その傍には小さいが山から引かれた清らかな流れの小川もあり、午後の日差しを受けて光っている。


何かが違う?


家に入らずに警戒したまま、家の周りを見渡す。

野菜が植えられた畑は、野菜が青々と茂っている、一部芽が出たばかりの一帯もある。

小川の水の清らかさも変わらない。

白いシーツも風を受けてはためいている。


腰にいつも携えている剣の存在を確かめるように触ってから動く。

静かに少し足を速めて裏の薬草畑へ急ぐ。


おかしい

じいちゃんは洗濯なんてしない。

魔法で事足りると言って、洗濯ものを干すなんて作業は無駄だと言ってそんなの見たことがない。


家の裏は薬草畑になっており、裏といっても日当たりは良い。

優しい木漏れ日の中、不思議な歌声が聞こえた。

その声は大きくもないのに耳を、心を引き付けた。

低くもなく高くもない、耳に心地が良い。


優しいラベンダー色の髪が風でたなびく中、知らない旋律を口ずさみながらその人はいた。


ゆったりとした服の裾も背に流したままの髪も風に弄ばせるように、風に揺らめかせ木と木の間に張った紐に薬草を干す作業をしていた。女性で細身であることはわかるがその顔は、向こうをむいていてわからない。

腕を伸ばして作業に夢中なのか、口ずさむ知らない言葉の知らない旋律の歌が楽しいのかこちらに一向気が付かない。聞いていると笑顔になる様な明るい歌だとわかる。

警戒は徐々に薄れていった、聞こえる歌の旋律が楽しそうで口元が綻ぶ。

そっと近づく。

いつもの癖で気配を消してしまったのに気が付いたのは彼女に随分近づいてからだった。

手を伸ばさなくて靡く髪に手が触れるであろう距離。

それだけ近くにいても全く気が付かない。

もしも、じいちゃんに邪な思いをもち近づくにしては警戒心もなければ隙だらけだった。

とりあえず暗殺者のようではないようだし、他国からのスパイでもなさそうだ。それでも貴族から送られたハニートラップの可能性は捨てきれない。

しかしこれだけ近くによっても気が付かないなんて、女性なのに問題だろう。

フィオナだったら、間違えなく1つ、2つの攻撃を食らっている。

まあ、あれを普通の女性と同列に並べるのもどうかともおもうが。

そう思い出し思わず、フッと口から息が零れる様に笑ってしまった。


「ひゃっ!!!」


そうしてからやっと目の前の女性はこちらに気が付いたようで、わかりやすく体を震わせてこちらを振り返った。振り返った先にいたのが見たことのない男だったのも驚きだったのだろう。一声上げたあと、目を見開いたまま固まってしまった。

こちらの顔を、目を見つめたまま。


きれいな銀色の煌きかかったグリーンの瞳は、これでもかと目一杯こぼれるのではないかと思うほど大きく見開いていた。

そして、その瞳を見つめるように俺も固まってしまった。


思い描いていた人とは違った。

いままであったことのない、美しい目の前の女性を食い入るように見つめてしまった。

たなびく髪は優しいラベンダー色、小さな顔の頬はきれいな曲線を描き白く触りたくなるようなラインだった。赤く色づく唇は小さく今は驚きに少しが開いている。触れたら柔らかそうだなと男しての想像を掻き立てる。

表情は硬いが、その顔は驚くほど整っていて美しい。

見ほれるほどに、美しかった。

一瞬たりとも彼女から目を離したくないと思うほどに・・・





俺がアイリに恋した瞬間だった。








「あんた!!!何者よ!!!!!」


時間が止まったように見つめあっていたのは、それほどではなかったのかもしれない。しかし、飛び込んできた声がなければこのまま動くことができなかったと思う。

家のほうから走ってきたのか肩で息をしているフィオナが、俺と彼女の間に体を無理やりに入り込ませてきた。


「っ!?」


「なんの目的でここにいるわけ!!!誑し込んで何をするつもりよ!!!!!」


女性が何かを言おうと口を開きかけるがそれよりも、フィオナのほうが早く喧嘩腰で大きく喚きだした。

珍しい。

いくら気の強いフィオナだとしても、初対面の人間にここまで酷く、それこそ暴言に近いことを言うなんて。滅多にないことだ。


「なんなのよ!何とか言いなさいよ!!!誰の命令で何の目的なの!!!

私が戻ったからにはこのままにはしないわ!

誰を色仕掛けしようとしてるのよ!!」


俺に会った時よりも驚いている女性は、はくはくと口を動かすだけで言葉を告げられない。それどころかフィオナの口撃の猛攻により一層、声を出すことができなくなっている。

その間にもフィオナの暴言のような口撃は続き、女性の顔が次第に歪んでいき瞳は潤みで膜ができて揺らめいていた。それを零さないためなのか、瞳を開いて目元に力を入れているのがわかる。


「あんたはどこの誰なのよ!さっさと白状しなさいよ!」


興奮しているフィオナはそれに気が付かない。


「・・・っません、ごめんなさい・・・」


掠れて消えそうな小さな声での謝罪は目の前で発せられているはずなのにフィオナの耳には届いていないのかまだ言い募る。


「まて、フィオナ」


謝罪の時にかすかな声とともに、頭を下げていた彼女の俯いた顔の陰から雫が見えたことで俺もやっとフィオナに声をかけることができた。


「なんで止めるのよアシュ!」


顔を赤く染めまだ興奮状態にあるフィオナは、俺にも食って掛かった。


「おまえは話を聞くつもりがないのか?そんなに食って掛かってどうやって話せというんだ?」


「はあ?話す必要あるの?こんな不審人物に?」


フィオナの興奮は収まることはなく、なだめようとする俺にも憤っている。

おれは当たり前のことをいっているだけなのだが?


「不審って、」


「不審人物でしょ!記憶喪失?こんな奥地でそんな都合のいい状態で、どうしてこんな人が転がってるのよ。おかしいでしょ!?おじいちゃんを知って、目的じゃないとそんな人いないわよ。現にけが人って言ってるけどこんな元気じゃない?どうやっておじいちゃんを騙して誑し込んだか知らないけど、これ以上居座るならこっちにも考えがあるわ!」


咎める俺をさえぎって、決めつけたように言う。

言いながら徐々に怪しくなってきた。

何をするつもりなのか・・・

暴力で訴える奴ではないことは長年の付き合いで分かるが、今日のフィオナは尋常じゃないようで何をしでかそうとしているのか、幼馴染が見知らぬ誰かのような気がして寒慄する。


「どんな考えがあるんだ」


フィオナの様子がおかしいと思いながら固まってしまい、何もできずにいたところにゆったりとしていながら、しかしのんびりというよりもどこか空恐ろしく感じる声がした。

じいちゃんがしっかりとした足取りで、俺らのほうにゆっくりときていた。

近くに来て初めて、いつもよりも不機嫌な顔になっていることに気が付く。

じいちゃんの後ろにはジェフもヒューもついてきているが、フィオナとじいちゃんの様子に戸惑っているようだ。


「おじいちゃん!!!」


「バカ娘が!まだ具合が悪いもんを追い出せとは随分薄情になったもんだな?」


ジロリとフィオナを睨んでから、まだ俯いている彼女のほうを向いて変わらぬような表情だが、さっきよりも少し優しくなった顔、それはじいちゃんをよく知るものでないと変化に気が付かない顔で話し始めた。


「アイリ、まだ作業が残っているだろう。早く終わらせてから入ってこい。フィオナ、今すぐ中に入れ」


その声は有無を言わせぬものがあった。

大きな声でも力強いわけでもない、にじみ出る強さの声。この人に逆らうのはいけないと本能が言うような声だった。

実際にフィオナは憮然としながらも、じいちゃんの声に従おうと向きを変える。


「──────。」


フィオナが去り際に彼女に向けて何かをささやいたようだ。彼女の体はびくっと揺らいだがそれ以上の動きはなかった

じいちゃんも見ていたが、特に咎めることもなく彼女を一瞥して家へむかった。


「アシュ・・・」


彼女の様子が気になった俺は動けずにいたが、ジェフの声で仕方がなく続いた。

後に残った彼女の様子が気にはなったが、今はじいちゃんのいうことを聞くしかなかった。


俺の恋心の余韻に浸ることもなく、彼女に声すらもまともにかけられずにその場を離れることしかできなかった。













フィオナを嫌わないでね。

アシュがなんか情けない男になっちゃったなぁ

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