「軽蔑するか?」
2人の秘密の勉強会が始まってから数週間経ったある日。ここ雪ヶ丘中学校でも冬休みの真っ只中。
冬休み中、私は週に一度朝から比呂の家に行って勉強を教えている。
比呂が時計をチラッと見ると針はもう12時を回りかけていた。
「もうすぐお昼だな。白咲は一旦帰るか?」
私はお昼になるといつも家に帰っている。
「うん、そうだね。帰ろうかな」
奏ちゃんが私が帰るのを止めるように2人の間に入ってきて、
「かなねぇって、りょうりできるの?」
「それなりには出来るかな?」
たまにするぐらいだし……
「じゃあさ!かなねぇがおひるごはんつくってよ。いいよね?おにいちゃん」
「白咲がいいなら別に良いけど」
いいの!?
「よし!じゃあつくって!」
「え、あっ、ちょっと」
奏ちゃんは私の手を引っ張って、キッチンへと連れて行く。
「そんなに大したものは出来ないんだけどいいかな?」
「うん!いいよ!」
比呂が私に材料や器具の説明を一通りすると、もう一度冷蔵庫の中を見た。
卵、お米、ケチャップ・・・・
これで出来るのはあれしかない。
奏ちゃんはずっと嬉しそうな様子で私を見ている。
「よし!簡単なものでいいかな?」
「うん!」
加奈がコトコトと料理をしている間、奏は時々立ち上がっては、うろちょろし、そわそわした様子で待っていた。比呂は奏のその様子に少し頬が緩んだ。
「はい、出来たよ」
私がそう言うと奏ちゃんは勢い良く飛び跳ねて、スプーンとお皿を用意して、私の手伝いをする。
机に置かれたオムライスを見ると、
「おーーーっ!!オムライスだぁ!」
奏ちゃんは目を輝かせ、私はそれを見て思わずクスッと笑ってしまった。可愛かったからね。
3人で手を合わせてから、
「いっただっきまーーす!!!」
「「いただきます」」
──パクッ
「ん〜〜〜〜!おいしい!かなねぇおいしいよ!」
奏ちゃんはそう言ってまたスプーンをオムライスへと伸ばす。
「よかった」
私は安心してはホッとため息をつき、黙々と食べている比呂に対して、少し緊張しながら尋ねた。
「比呂は、どう、かな……?」
──ドキドキ
「ああ、美味い」
「よかった〜」
比呂の言葉に安心して、私は肩を撫で下ろす。不味いって言われなくて良かった。
昼ご飯を食べ終わり一息つくと、
「おにいちゃん!これからさ、かなねぇがおうちにくるときはさ、ごはんつくってもらおうよ!よるも」
奏ちゃんはニコニコしながらそう言った。
「それは流石に白咲も迷惑じゃないか?」
「私は大丈夫だけど」
「じゃあ、頼むわ」
あっさり!?
「え?」
「かなねぇ、おねがい」
「あ、うん……」
なんか家政婦みたい……
でも、嬉しいかな。
「やったー!!これでおいしいごはんが!」
いつも美味しくないの?
奏ちゃんは無邪気に飛び跳ねる。そんなに嬉しいんだ。ちょっと嬉しい。
しばらくすると疲れたのか奏ちゃんは昼寝をしている。比呂は私の横で勉強を始めていた。私はうっとりとしながら奏ちゃんの寝顔を眺めていた。
ん?なんか……
「比呂の髪は地毛なの?」
比呂はサラサラとペンを動かしている手を止めずに軽い口調で、
「ああ、そうだけど」
「奏ちゃんは茶色なのにね」
これは2人を見れば誰もが疑問に思うだろう。加奈もその違和感に気付いた。
「親父が金髪なんだ。お袋は綺麗な長い黒髪。多分遺伝の関係とかだろ」
「そうなんだ……、なんかごめん」
「いや、気にすんな。それより本当に良かったのか?」
「えーと、何のこと?」
こう言った時の私の顔はだいぶとぼけていたと思う。恥ずかしい。
「ご飯。うちは助かるけど、白咲の家は大丈夫なのか?」
「うん、うちは大丈夫だよ」
「そうか、悪いな」
「いいよ、私にはこれぐらいしか出来ないから……」
比呂は視線を加奈へと一瞬だけ向けると何も言わずにまた手を動かし続ける。加奈はスヤスヤと寝息をたてる奏を眺めていた。
─────
───
─
窓の外は太陽が沈みすっかり暗くなっていた。奏ちゃんは毛布に包まれている。
比呂は欠伸をしながら背中を伸ばしていた。
「大分解けるようになったね」
「ああ、白咲のおかげだ」
「いや、私は何も……、比呂が頑張ったからだよ」
私はそう言って比呂に微笑いかける。比呂と目が合ってしまった。私は思わす顔を逸らしまう。
む、恥ずかしい……
「そうだ、もうすぐお正月だよね。初詣とか、一緒に行ったり……出来ない……かな?」
「悪い、行かない」
「そうだよ、ね」
「ああ、俺といると目立つし、関わるなって言ったからな」
「……うん」
私は比呂の言葉にうつむく。
「でも、白咲が構わないなら奏と行ってやってくれ」
「え?」
意外な言葉に私は顔上げ、きょとんとしていた。
「多分奏は行きたいと思うから…いいか?」
「うん、大丈夫」
「悪いな」
本当は比呂とも行きたいんだけどな。
そういえば私、比呂のことあんまり知らないなぁ。
私は奏ちゃんに向いていた体を比呂に向き直して、
「比呂、訊きたいことがあるんだけどいいかな?」
私はいつもより少し畏まって言った。
「ああ」
「ケンカの噂って本当なの?」
私が不安混じりに比呂を見つめると、比呂はパッと顔を逸らす。
「ああ、本当だ」
「そうなんだ……」
「軽蔑するか?」
「ううん、私は比呂が理由もなくそんなことするとは思えない」
だって比呂は優しいから……、私を助けてくれた。だから比呂がむやみに人を傷付けるとは思えない。
「お前が俺のことをどう思ってるかは知らないが、喧嘩したのは事実だ」
突き放すように比呂が私に向けて言った。それじゃあやっぱり……
「だが、俺がしたのは一度だけだ」
「え?じゃあ、他の噂は……」
比呂がケンカしたっていう噂はいっぱいある。それが原因で比呂はみんなから疎ましがられている。
「身に覚えはない」
「そうなんだ」
私がホッとして、肩を撫で下ろし顔に喜色を浮かべた。私は上を向きながら顔の前で小さく手を合わせ比呂に向かって言う。
「でも、カッコいいよね『金獅子』って」
『金獅子』とは比呂が喧嘩する姿を見た者が某アニメになぞらえてつけた異名。比呂の苗字と髪を意識している。
「それはあんまり好きじゃない」
「そうなんだ。私はいいと思ったんだけどなあ」
おっとりとした口調で言う加奈はやはりどこか抜けているのだろう。比呂の喧嘩のことを完全に忘れている。
「お前変わってる」
「ふぇっ?そうかな?」
私は比呂をチラッと見た。
「ああ、面白い」
比呂がふっと笑うと、私は自分の顔が熱くなるのが分かり、恥ずかしくなってうつむいた。
また笑った。
ドキドキする。
私が顔を上げると比呂が頬杖をついてこちらを見ていた。
あっ、そんな顔で見つめられたら。
私はすぐさま顔を逸らした。
やっぱり、比呂は美形だ。
「お前、やっぱり綺麗な顔してるよな」
「ふぇっ?」
い、い、い、いきなりそんなこと……照れる。
「ドジで、間抜けで変だけど」
淡々と述べられたその言葉に私はガクッとうなだれた。
ドジ……
マヌケ……
変……
うぅ……つらいよ。
「やっぱり、ダメだよね」
「別にいいんじゃねぇか。俺は結構好きだけど」
驚いて比呂を見ると、ふぁ、と欠伸をしていた。むぅ、この人はまたさらっとそんなこと言う。
私が少しむくれて比呂を見ていると、
「何?」
「なんでもありません」
無自覚なのかな?天性の人誑しっていうやつ?
「そうか」
私はチラッと時計を見ると、もう9時になっていた。
「あっ、私もう帰るね」
「送ってくよ」
そう言って比呂はおもむろに立ち上がった。
微妙…
遺伝のところは適当ですが、2人は正真正銘の兄妹です!