「お前うるさい」
光陰矢の如しとはよく言ったものだ。いつの間にか入試当日。結局冬休みが終わっても一度も教室に行かずにずっと保健室にいた。これじゃあ本当に不良だな。
週に一度の白咲の家庭教師も今日で終わる、感謝はしてもしきれない。ご飯まで作ってくれたからな。奏とも随分仲良くなっていた。
雪ヶ丘駅の次にある北雪ヶ丘駅から歩くこと5分、雪ヶ丘高校が見えてくる。
雪高まで向かう途中相変わらず好奇の視線を向けられた。まぁ、この外見だと嫌でも目立つしな。
受験教室を確かめて、教室に入ると俺に視線が集まる。見られることは慣れているから問題は無い。中学みたいに嫌悪は無かったしな。
同じ中学からここを受けるのはどうやら俺だけではないらしい。俺ともう1人だけいる。そいつはまだ来ていない。俺の後ろの席がまだ空いている。
──ガラガラッ
扉が開くと急に教室が騒がしくなった。なんだ?誰が来たんだ?扉の方に目を向けた。
あぁ、そういうことか、だから騒がしいんだな。
入ってきたのは、長い黒髪の女の子──いや、この人は俺もよく知っている。そう、白咲加奈だ。教室が騒がしくなるのも頷ける。
白咲は晴山を受ける予定だったはず、志望校変えたのか。どうして?
白咲はうつむき加減で俺の後ろに来ると、何も言わずに席に着いた。
──ガラガラッ
試験監督の先生が教室に入ってきた。
試験の諸注意を終えると、少しの休憩時間。周りはまた少し騒がしくなる。あれだけ騒いでいたが、さすがに入試当日に白咲に粉をかけるようなやつはいなかった。
俺は特に何も考えずに窓の外を眺めていた。
受かる自信はある。それだけのことはやってきたからな。
─────
───
─
「「よっしゃー!終わったー!」」
試験終了と同時に声が聞こえた。さすがに試験監督の先生に注意されていた。やっぱり叫ぶのはね……
比呂に雪高を受けることは何も言ってなかったけど、どう思ってるんだろう。関わるなって言われたのに受けちゃったから、やっぱり怒ってるのかな。
加奈がはぁ、とため息を吐いて前を見ると比呂の姿は既になかった。どうやら先に帰ったようだ。
先に帰っちゃった!どうしよう。……うん、やっぱり追いかけよう。
「ねぇ、君1人?」
椅子から立ち上がろうとしたら声が聞こえた。私にかな?って思って顔をあげると、男の人が私を見てニコリと笑っている。優しそうな人で悪い印象はあんまり受けかった。むしろ好印象。
最近こういうの増えたんだよね。うぅ……男の人とあんまり話したこと無いから恥ずかしい。
「……そうですけど」
「良かったらこれからどこか行かない?入試お疲れ様会みたいな感じで。」
優しい笑顔を私に向けて言ってきた。
私は比呂を追いかけたいけど、そんなに優しく言われちゃうと……うぅ……断りにくいな……
「ごめんなさい!私、今日用事があるので」
私は立ち上がるとぺこりとお辞儀をして、走ってその場を後にした。優しい人ごめんなさい、声かけてくれたのにごめんなさい!
教室を出るときドアにぶつかった。……うん、怪我は無かった。
「はぁ、はぁ、はぁ……、比呂まだいるかな」
白い息を吐きながら全速力で駅へと走る。駅に着き、ICカードを改札にかざすと、一気に階段を駆け上っる。ホームに出るとまだ人はいっぱいいた。私はキョロキョロ周りを見回した。
「はぁ……まだいるのかな?はぁ……」
あれ?いない。やっぱりかぁ〜〜〜。
私は膝に手をついて項垂れた。息を整えてから頭を上げると、遠目に金色の人が……
あっ!あれは……比呂!でもなんで向こうのホームにいるの?もしかして……
「こっち逆方面!」
あっ、声大きかったかな?みんな私のこと見てる……、むぅ、恥ずかしいよ。
視線から逃げるようにしてすぐにダダダダダッと階段を駆け下りて、向こうのホームに行くと、
『プワァーーーーン』
間に合わなかった……。私やっぱりドジでマヌケでバカだ。ガクッ
「おい、白咲」
誰かが私の名前を呼んだ。
え?この声はまさか……
顔を上げるとそこには金髪に青い瞳のよく目立つ男の子。うん、比呂がいた。いつもと同じようにやる気のなさそうな顔をしている。
「あ、比呂!」
「お前うるさい」
比呂の顔は呆れてる。聞こえてたんだ……
「……ごめん」
「ホーム間違えるとか普通無いからな、間抜け」
「……あぅ」
自分でもマヌケだって思ってるけど、何もそこまで言わなくても……
「お前、晴山受けるんじゃなかったのか?どうしてここにいる」
「それは、やっぱり家から近いほうがいいかなぁと思って」
苦笑いして答えると比呂は何も言わずに少し顔をしかめていた。やっぱり嫌だったんだよね。ごめん。
そこからは2人とも無言で電車に乗って帰路につく。私はずっとうつむきながら比呂の少し後ろを歩いていた。なんだか話しかけづらくなって。
比呂は前を向いたまま私に、多分私に口を開いた。
「今日このままうちに来い」
意外だった、でも、嬉しかった。多分今日で最後だと思うけど、それでも比呂から言ってくれて嬉しかった。
私は一瞬足が止まったけど、すぐに走って比呂の横に並んで、返事を返す。
「うん!」
玄関に着いて比呂がドアを開けると同時にダダダッと足音が聞こえてくる。
「おにいちゃん!おかえ……あ!かなねぇ!おっかえりーー!!」
奏ちゃんが元気な声で迎えてくれた。そのまま私たちは居間へ。
奏ちゃんが床にゴロゴロと転がっている。ふふっ、子猫みたい。そのまま私の方に転がってきてニコニコしながら私に向かって、
「かなねぇ、きょうのばんごはんはなあに?」
チラッと時計を見ると、もう5時を過ぎている。
いつの間に……。時間が経つのを忘れてたみたい。
「うーん、そうだな〜……」
─────
───
─
ご飯は簡単なものにした。ご飯を食べ終わって、奏ちゃんと話しながら休憩していると、パッと目の前にノートと一枚の紙が差し出された。身体がビクッてなり、差し出された方を見上げると比呂が立っていて、私のことをジッと見ている。少しドキッてした。
「これ、面白かった。それだけしか言えねェけど」
「ほんと!?」
「ああ」
嬉しい。面白かったって言われたことよりもちゃんと読んでいてくれたことが嬉しい。もう忘れてると思ってた。
私はもう一枚の紙を指差して首を傾げた。
「えーと、こっちの紙は?」
「あー、これはこの本の表紙の絵を描いてみた。やるよ」
「いいの!?」
「俺が持っててもしょうがないだろ」
比呂は優しい。私のために描いてくれたんだよね。胸がキュンってした。
「そうだね」
紙には綺麗な花の絵が。上手い……。美術館に飾ってあってもおかしくないと思う。いや、本当に。
本当に絵上手かったんだ……
「よかったねー!かなねぇ」
「うん」
比呂はそのまま奏ちゃんの頭にポンと手を乗せると、比呂は言う。私の聞きたくなかった言葉を
「奏、白咲にお礼を言わないと。今日でご飯も終わりだ」
今日言われることは分かっていたけど、やっぱり寂しいな。まだ入試が続けばいいのにって、思う私は学生の敵なのかもしれない。
奏ちゃんは比呂の言葉に不思議そうな顔を浮かべた。
「え?どうして?かなねぇ、どっかいっちゃうの?」
「そうじゃない、いつまでも迷惑かけられないだろ?」
「ごめんね、奏ちゃん。入試が終わるまでの約束だったから」
奏ちゃんは座っている私にしがみついてきた。私も自然と奏ちゃんの肩にそっと手を置いた。
「いやだよ……、かなねぇ、これからもきてよ。おねがいだよ。どこにもいかないならいいよね?」
そう言ってもらえる私は幸せ者なんだと思う。
私もそうしたい、そうしてあげたいけど……
「でも、これ以上比呂に迷惑はかけられないし」
「めいわくなんかじゃないよ。かなでたちはたすかってるんだよ。だからいかないで、かなでをおいてかないで……」
『置いてかないで』その言葉が私の心に何故か突き刺さる。
奏ちゃんの泣き顔なんて初めて見た。
ごめん……、ごめん奏ちゃん……
「奏ちゃん、会えなくなるわけじゃないし、泣かないでよ。家もすぐそこだから」
「でも……、おうちにはこないんでしょ?おにいちゃん!おねがい」
奏ちゃんは比呂に泣きついた。比呂は困った顔を浮かべる。まあそうだよね。
「分かったよ。週に一回だけだからな。」
え?じゃあ、また、ここに来てもいいんだ。よかった。そう思いながら私は兄妹の姿を見つめて、肩を撫で下ろした。
比呂は奏ちゃんの我が儘に弱いみたい。多分奏ちゃんがあんまり我が儘を言わないからだと思う。それにいつも明るくて泣いたりもしないし、奏ちゃんは本当に強い子だと思う。
「ありがとう!おにいちゃんだいすき!」
奏ちゃんに抱きつかれて、比呂は少し嬉しそうだった。シスコン?うーん、それは違う気がする。
─────
───
─
「……スー……スー……」
奏ちゃんは私に抱きついてスヤスヤと眠り、比呂は私の前……だいぶ前に座って、本を読んでいる。……絵になるなあ。
部屋にパラッと時折、紙をめくる音が聞こえる。音が止まったかと思うと、
「悪いな、奏の我が儘でこんなことになって」
「ううん、大丈夫」
私は2人には、なんでもしてあげたいから。これだとちょっと上からになっちゃうね。あ、そうだ。
「比呂」
「何?」
私が呼びかけても比呂は相変わらず私の方に顔を向けない。たまには向いてほしい。私は比呂の顔を見れるか分からないけど。
「高校生になったら、お昼ご飯はどうするの?」
比呂は本をパッと閉じると上を向いて考え出した。やっぱり何も考えてなかったんだ。
「私がお弁当作ってもいいかな?比呂の分」
「え?」
「ううん、作らせて。渡すのも家の前で渡すし、学校にも別々に行くから」
私は断らせないようにお願いをした。多分比呂はこういうのは断れない。優しいから。
「勝手にしろ」
「うん、勝手にする。ありがとう」
これが私が出来る精一杯。これ以上のことなんて比呂も迷惑だと思う。でも、比呂の力になれるなら私はこれでいい。
「おかあさん……」
「え?」
消え入りそうな声がぽつんと聞こえた。比呂は気付いていないみたい。
声の方を見ると、奏ちゃんはまだ眠っていた。
寝言?おかあさんって、私のことお母さんと思っているんだ……
やっぱり奏ちゃんも寂しかったんだ……。いつもあんなに元気に振舞っているけど。奏ちゃんもずっと……
「……奏」
私がそう言って頭を撫でると、奏ちゃんの私を抱きしめる強さが強くなった気がした。
私の頬を何かがツーと伝う感覚がした。
入試って緊張しますよね。