後編
「…同じ塩味なのに、この前のほうが美味かったな」
「この前の? どれだろう? 塩味って言っても、幾つもこれまで買ってきたからどこの会社の塩味なのか判らないわよ」
「青いみょうちきりんな生き物が描かれていたやつだ」
「青いみょうちきりん? ん~、S社のやつかしら。ゆるきゃらが確かに袋に描かれていたわね」
今夜の私と残念イケメン様の会話である。
話題にしてるのは、袋ラーメンのこと。
カップめんを愛していた残念イケメン様が、今度は袋ラーメンに食指を動かした。
カップめんをあらかた踏破した残念イケメン様は、今度は袋に入ったインスタントラーメンに興味を示され、そして、それを毎日食されているのである。
ああ、なんか、そのうち『ラーメン、つけメン、ボクイ○メーン!』とか叫びだしそうで怖い…。
外見が見目麗しいのに、中身が非常に残念だと思うのは私だけかしら。
いや、この残念イケメン様と恋仲になりたいとかは決してないからね。
TVを見ながら、残念イケメン様は塩味のラーメンをずるずると啜り、私はルイス君の作ってくれた食事をルイス君と共に食べていた。
あれから、毎晩残念イケメン様はインスタントラーメン(カップめんから袋めんに進化しながら)を食べに、ルイス君はお供で私に食事を持参して日参してくれている。
本当にまさか日参してくるとは…。
うん、日本のインスタントラーメンは世界で一番美味しいという事は私も知ってるよ。
けど、異世界人も魅了するって、誰が予測した。
そんな残念イケメン様に対し、健気な側仕えらしいルイス君は
「主様が今夜もご迷惑をおかけしております。ご自分のお食事を作る暇もないですよね。ですからお嬢様には、私がお食事を作って差し上げます」と言って、毎日夕食を準備して待ってくれている。
本当になんてよい子なのかしら。
こんな残念イケメン様に仕えるって、きっとトラブルも一杯ありそうな気がする。
苦労してそうだわ。
一応ね、先にインスタントラーメン代を頂戴しているから、私の分の夕食を作ってくれると言ってくれた時は固辞したわよ。だって、相手の夕食分の食費はもらってるのに、自分は相手から無料で食事を提供してもらうとかどうよ?
それにインスタントラーメン代とルイス君の作ってくれる食事を見比べると、明らかに私がもらいすぎだしね。
だから一応お断りしたの。そこまで私は厚顔無恥じゃないし。
けど、「主様がご迷惑をおかけするのだから」とルイス君は柔らかく微笑み、残念イケメン様も「よいのだ」と頷き…気がつけば上で述べたように、毎日ルイス君が作ってくれる食事を食べるように押し切られていた。
実は、ルイス君の作ってくれる料理はとても美味しかったから、断るのが非常に辛かったので内心は凄く嬉しかった。(あはは
宣言します!
残念イケメン様がやってくるのを待つというよりも、ルイス君がくるのを心待ちにしている状態です、今は。
ところで今日は塩味。昨日は味噌味。一昨日はとんこつしょうゆ味。そのまた先はしょうゆ味。
明日は、どこの会社のインスタントラーメンにしようかしらというのが最近の悩み。
あらかた有名ブランドのものは食べつくしたから、今後はプライベートブランドのインスタントラーメンしかないかしらと悩んでいる。
期間限定品とか見つけたりするともう即買いよ、即買い!
う~んけど、それでも、近場のコンビニ・デパートの状況を探してみてもせいぜい二週間も持つかしらというところなのよねえ。
どうしたものかしらねえ。
私は、買い揃えてきたインスタントラーメンの種類がそろそろ尽きてきた事に気づいていた。
日本全国各地に旅行でもすれば、ご当地名産のインスタントラーメンがあるかもしれないけど、苦学生の私には、そう簡単に全国各地に出かけて買うなんて金銭的余裕は無いのだ。
う~ん、この先どうしようかなあ。残された手段はあれしかないかしら。
本人にまず相談しますかねえ。
「カッヘ・ターナさん。ご相談したいんだけど」
「なんだ? ラーメンに関してはお前に一任してるから特に俺からの要望はないぞ」
「それはありがとう。でもまじめに相談したい事がひとつあるのよ」
金塊を前渡でもらってるだけに、購入に関しては全面私にお任せで、一応信頼してくれているみたい。
なら、やっぱり期待は裏切れないわねえ。
私は、こほんと一つ咳をして、TVボードの横によけていたノートPCを引っ張り出した。
「インスタントラーメンがね、そろそろ目新しいのが近場にはもうなくなってきてるのよね」
「なに!? どういう事だ! もう在庫が無くなってきているということなのか!?」
残念イケメン様…そんなにインスタントラーメン、好きなんですか?
顔色が一気に青くなってきているんですが。
「在庫っていうかねえ、うん、もうかれこれ、一月近くは経つでしょう? いろんなカップめん・袋めんを買ってきたけど、近場ではこれまで食べた事がないという類のめんが尽きそうなのです。そこでカーナさんにご相談したかったわけで」
「相談?」
「はい、相談です」
私は鷹揚に頷いて、起動させたノートPCの画面を見せた。
「カーナさん、この世界は魔術とかいう便利なものは無いですが、インターネットという現代魔法のようなものが代わりに存在しているのです。これでどうするかといいますと、日本全国からカーナさんが食べたいと思うカップめん・袋めんを発注しようかと思ってます」
「をを! なんと素晴らしい。そのような事ができるのか!」
残念イケメン様は、ぱちぱちと必死で手を叩いています。しかし、その目はギラリと輝いています。
…インスタントラーメンに情熱を賭ける残念イケメン様…。やっぱり残念ですね。
そして、盛り上がる残念イケメン様を私はこれから落とし穴に引き込まなければならない。
「けどですね、インターネットを使って通販をやろうとすると、いくつか落とし穴があるのですよ」
「…落とし穴だと?」
頬がピくついてます、残念イケメン様。
さて、落とし穴について説明していかなきゃ。
「まず第一に配達されるまでに時間のロスというものが発生するのです。今食べたいなーと思っても、届くまでに早くて半日、遅かったら2~4週間という業者によってメッチャ差の出る配達が発生するのです」
「なんと! 高速配達をやってもらいなさい! いや、私がもらいにいこう!」
「…どうやってもらいにいくんですか? この部屋から出た事ないでしょう? カーナさん」
「うむむ。この部屋から出たら、再びここに戻ってこれるか確かに自信はないな。術の拡大を展開するか…」
なんだか、残念イケメン様がつぶやいているけど、ここは本題に突き進ませてもらおう。
「私に一任させてくれてるんでしょ? だから、話を聞いてもらってから決めたいと思ってるのよ」
わたしは、インスタントラーメンの通販をやってくれるところを事前にいくつかピックアップして、検討はつけていた。
ただ、本当に発送までに二週間掛かるとかいうところもあって、どうしようかなあと悩んだのね。
「そこで、もう一つの方法なんだけど、ラーメンに拘らないでいいという事であれば、お蕎麦やうどん・焼きそばにも挑戦してみませんか?」
「『蕎麦』?『うどん』?『焼きそば』? …なんだ、それは?」
残念イケメン様が判るように、私はキッチンに行って袋に入ったインスタントのお蕎麦、うどん、焼きそばを持ってきた。
それを見つめる残念イケメン様の目がきらりと光った。
ご当地インスタント食品を通販で頼んだとしてもタイムラグが発生するから、そのタイムラグを凌ぐためにラーメンに拘らず、蕎麦・うどん・焼きそばはどうだろうと、3種購入していたのだ。
残念イケメン様の目力が強くなってきた。
うん、掴みはオッケーという感じだね!
「これがそれぞれ、お蕎麦、うどん、焼きそばのカップめんや袋めんです。インスタントです。よりバリエーションが広くなるかもです。作り方は今までのカップめんとほぼ同じですが、焼きそばだけちょっと違います。…焼きそばはお湯を捨てt…」
「よし!それでいこう!」
即決でした。
私が説明を全部言い終えるまもなく即決でした。
「まだ俺の腹には余裕がある。早速作って試食を!」
「あーはいはい。判りました」
とりあえず、通販でインスタントラーメンを発注しても文句は出なさそうだと確信は出来た。
んじゃ、焼きそばでも試食してもらいますかと、私は、インスタント焼きそばにお湯を注ぎに行った。
残念イケメン様は「お湯を捨てるのか!? なぜこれだけはお湯を捨てるんだ!? 」と瞠目していた。
うん、今まで以上に瞳の輝きが…
あ…ルイス君の主を見つめる瞳が憐憫に満ちている。
ごめん、ルイス君。…
こうして、残念イケメン様の毎夜インスタントラーメンを食べる日々が続いていった。
この時、私は気づいてなかった。
ラーメン、うどん、お蕎麦、焼きそばを制覇したら…この後はパスタ、フォー、ビーフンなどまたいろんな麺類を探索しなければならないということを。
そして、『術の展開の拡大』とか何とかちらりと漏らした残念イケメン様が、日本中に転移する為の基地局を極秘に作り、私を日本全国激うまラーメン店を巡る旅に連れて出ようと画策している事にも全く気づいていなかった。
刀削麺、きしめん、沖縄ソーキ蕎麦、中華そばも多分まだいけますねw
タッヘ・カーナさんサイドの話を書きかけてましたが、まあ、リクエストがあったら公開しますということで^^;
とりあえず、これにて完結w