第18話 傷
赤と橙の混じった炎が、この数日で一気に大人びた子供達の顔を照らしている。
無事に拠点に帰還したアレク達は、熱い湯で体を清め、温かい食事で腹を満たし、今は焚き火を囲んで茶を楽しんでいた。
ユージンはやはり、なかなか取れない臭いに悩んでいるようだが、気遣いのできる子供達は何も言わない。ただ、女性陣はいつもより距離を取って接している。アレクは少し笑ってしまった。
「――改めて、皆には迷惑をかけた。本当に申し訳ない」
王子が深々と頭を下げる。今回は側近も咎めなかった。
皆の困惑を察したのだろう、ユージンはすぐに顔を上げる。彼は凛々しくも品の良い眉を下げて言った。
「私のせいで全員を危険に晒してしまったのに、助けに来てくれたことを心から感謝する」
「勿体ないお言葉です。……殿下、重ねてのお願いとなり恐縮ですが、お一人で前へ出てしまう理由を教えていただけませんか? 今回は運良く切り抜けられましたが、次も上手く行くとは限りません。対応策を講じておきたいのです」
腹を括って尋ねるアレクに、ユージンは少し悩んでから答える。
「…………私の、心の問題なのです。あまり面白くない話ですが、話しても?」
ここで否と言えるはずもない。頷くと、淡い金髪の美丈夫はゆっくりと語り出した。
「ご存知とは思いますが、王太子である兄と私は、異母兄弟です。兄の母、前王妃殿下は公爵家の出身で、私の母は侯爵家。後ろ盾も、本人の資質的にも、兄の方が王にふさわしいのは明らかなのですが、兄は十代半ばまで体が弱かった。そのせいで、私を次の王にと考える者が一定数いたのです」
(これって思いっ切り、王家の内情だよな……聞いてしまって大丈夫なのか? いや、もう巻き込まれているし、今更か)
アレクは余計な口を挟まないよう唇を引き結び、傾聴の姿勢を取った。
「私が五歳になる、少し前です。王族としての教育が始まる年齢なのですが、その頃、立て続けに大きな災害があり、父と母は多忙を極めていました。教育係の選出にまで手が回らず、見かねた当時のウォルバーン公爵――兄の祖父が、家庭教師を探してくれました。父は彼を信用していたので、特に疑うこともなく紹介された人物を雇いました」
既に結末を知っているのだろう、コンラッドが心配そうにユージンを見ている。友を安心させるようにユージンは頷いた。
彼は語る。
「王族の家庭教師としては若い……そう、今のリード司祭と同じくらいの男性でした。博識で、献身的で、愛情に飢えていた私はあっという間に彼に懐いた。でも彼の親切は、私を油断させるためでした」
「……」
不穏な展開に、アレクを始めとする平民組は息を呑む。貴族界隈では周知の事実なのか、ローゼマリーだけは特に驚いた様子は見られなかった。
王子は喉を潤してから続ける。
「ウォルバーン公爵は、孫である兄を確実に次の王にするために、私を消したがっていた。家庭教師は彼の共謀者でした。愚かな私は彼らの目論み通り、盲目的に教師を慕い……そしてある日、教師に誘われるまま、護衛を撒いて城の外へ出てしまった」
青年の口元に自虐の笑みが浮かんだ。
「その結果、私はならず者を装った、公爵の手の者に殺されかけました。教師は手引きをした後、国外へ逃亡するつもりだったようですが、口封じのために殺されてしまいました。私の目の前で」
平坦な声色であったが、粗末な茶器を持つ手は微かに震えている。
気遣わしそうな目線を向ける親友に、ユージンは、大丈夫、と頷いてみせた。
「彼は息絶えるその時まで、私に恨み言を言っていました。兄には遠く及ばない、出来損ないだと。世話をするのがずっと嫌だったと。私のせいで自分が死ぬのだと。私が存在しているせいで、皆が迷惑していると」
「……ひどい……なんてことを……」
「クソだな。これだから貴族は」
ティナとバージルが零す。ローゼマリーは無言だが、淑女として許されるぎりぎりの範疇で眉をひそめていた。
アレクも憚らず倦じ顔になる。
(惨い話だな……)
アレクには親子ほど年の離れた妹がいるし、教会でも大勢の子供と関わってきた。
だから分かるのだが、幼児が欲する愛情は、大人が想像するよりもはるかに多い。故に家族以外の、身近にいる存在を慕うのは自然なことだ。
けれども幼子は、愛情を装った悪意を見抜けない。だからこそ周囲が守らなくてはいけないのに、ユージンは守ってもらえなかった。
(殿下が学生達を庇護するのも、戦闘で前に出たがるのも、守ろうとする気持ちが強いから……守ってもらえない辛さを知っているからなのかもしれない。でも、殿下のことは誰が守るんだ? この子だってまだ、大人になりきっていないのに)
自分ならできる、とは露ほども思わない。平民の田舎司祭には荷が勝ちすぎているし、ダンジョンを出た後は二度と対面が叶わないであろう相手である。
けれども、奇縁とはいえ人生が交わり、心の内を覗いてしまった以上、見て見ぬふりはできない。せめて行動を共にしている間だけでも、アレクは彼を守る側ではなく、守られる側に置いてやろうと思った。
ユージンはどこか救われたような顔で「ありがとう」と囁き、続ける。
「私は王族だ、幼さを理由にはできない。全ては私の愚かさが招いたことで、受け止め、乗り越えなくてはいけなかった。でも、あの件以来、教師という立場の大人が信じられなくなってしまって……。素晴らしい先生もいると分かっているのに、どうしても心が拒んでしまう」
彼はそこでアレクに向き直り、頭を垂れた。
「リード司祭。あなたの指示や指摘は常に、道理にかなった内容でした。素直に従えなかったのは、私の狭量さ故です。お詫びします」
アレクは慌てて首を横に振る。
「私などに謝罪は不要です。話してくださってありがとうございます、ご事情は理解しました。なんというか……もはや呪いですね……」
半ば無意識の呟きに、ユージンは軽く目を見張る。
「呪い……そうかもしれない。私はずっと、あの時の、彼の言葉に縛られているのか……」
思考に沈んでしまったユージンに代わり、コンラッドが口を開いた。
「付け加えさせてもらうが、暗殺未遂の件に、王太子のエグバード殿下は一切関わっていないぞ。ユージンが誘拐された後、真相を知った陛下とエグバード殿下は大変お怒りになり、公爵を引退させた。元々、エグバード殿下は過干渉な祖父をよく思っていなかったそうだ。ユージンと国王陛下、王妃殿下、エグバード殿下の仲は大変に良好だ」
「そうなのですね。きっと殿下を案じておられるでしょう」
模範的な相槌を打ったはずなのに、どうしてか王子と側近の顔が曇る。嫌な予感がした。




