第十八話 熱砂の下の収穫祭★
ネオ・エデンの頑強な外隔壁の向こう側に吹き荒れる、視界ゼロの超巨大砂嵐。
それを防御魔術『金剛光輪障壁』によって完全シャットアウトし、最高に冷涼で快適な空間に保たれた魔導反重力ホバー艇『エーテル・ホバー』のコックピットの中で、私とステラはまるで遊園地のアトラクションを楽しむかのように地表を滑走していた。
私の『物質解析』が熱砂の底から捉えた微かなマナの波動。それを目印に、ステラが流砂の大きな渦のド真ん中へと艇をダイレクトに突入させると、反重力推進がピタリと停止し、私たちは砂の滝を滑り落ちるようにして地下の巨大な気密ドックへと鮮やかにエントリーした。
プシューーーッという、気圧調整の重厚な排気音がガレージ内に響き渡る。
私たちは防砂用の漆黒のタイトサイバースーツの上に、半透明のネオンブルーが美しくたなびくサイバー魔導ローブを優雅に羽織り、大きなサイバーヘッドホンをきゅっと位置調整してホバー艇から足を踏み出した。
目の前に立ちはだかっていたのは、千年前の地殻変動に耐え抜いた、直径十メートルはあると思われる超巨大な円形二重ハッチだ。ステラが手首の多機能端末を操作し、前回のハッキングで得たセキュリティコードを流し込むと、ゴゴゴゴゴ……という地響きのような駆動音と共に、頑強な隔壁がゆっくりと左右へ開放されていった。
「――っ、……わぁ……! 何これ、信じられない……っ!」
扉の向こう側に広がっていた光景を目にした瞬間、ステラはその琥珀色の瞳を極限まで見開いて、感動のあまり息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、鉄と硝子とネオンだけで構成された現在の未来都市ネオ・エデンでは、絶対に逆立ちしても拝むことのできない、圧倒的な『新緑の生命力の海』だった。
天井の遥か二百メートル上空には、千年の時を経てもなお稼働を続けている人工太陽の巨大な発光パネルが、まるで本物の初夏の木漏れ日のような眩い光を均一に注ぎ込んでいる。
その光を浴び続けた地下植物プラント『翡翠セクター』の内部は、千年間、環境制御AIによって完璧な温度と湿度が保たれ続けた結果、地球上のあらゆる植物が独自の異常発達を遂げた、まるで異世界ユトラントの『エルフの魔の森』さながらの広大な大密林ドームと化していたのだ。
見上げるほどの巨木が幾重にも枝を伸ばし、その足元には、夜空の星々のように美しく淡い光を放つ未知の蛍光花が絨毯のように咲き乱れている。空気は瑞々しい緑の匂いと、甘い花の蜜の香りに満ちており、防砂スーツのセンサーは、ここが人類にとって完璧な酸素濃度の桃源郷であることを示していた。
「凄い、凄すぎるよルナ! 歴史のデータベースには『植物の保存施設』としか書かれていなかったのに、千年間放置された結果、こんな美しい生態系が独自に完成しているなんて! 効率主義のネオ・エデンが捨て去った、本物の『大自然の財宝』がここにあるわ!」
「ええ、本当に驚いたわ。今のネオ・エデンの住人が見たら、ここを非科学的な異世界だと勘違いしてしまうかもしれないわね。それほどまでに、満ち溢れているマナの質が濃密だわ……」
私はサイバー魔導ローブの薄手のフードを翻し、長い銀髪を揺らしながら、懐かしい大森林の気配に目を細めた。中身である男子高校生・五十鈴飛鳥としての記憶が「本物の森だ、マイナスイオンが凄い!」と大はしゃぎしている。
だが、私たちがその新緑のファンタジー世界の美しさに一歩足を踏み入れた瞬間、ドームの天井の巨木の陰から、ガチチチチッ!という不吉な超高速の機械駆動音が鳴り響いた。
現れたのは、千年の間、このプラントの生態系を外部の侵入者から守り続けてきた、自律型のバイオ・セキュリティ――『蔦型捕縛ドローン』の群れだった。
柔軟なチタン合金製のワイヤーを植物のリアルな蔦のように変形させ、その先端に超高周波の振動カッターを装備したドローンが数十機、真紅のサイバーアイを発光させながら、蜘蛛のような動きで天井の枝を伝って私たちへと猛烈な勢いで襲いかかってきたのだ。
「――警告、未登録の有機生体を感知。植物防衛プロトコルに基づき、対象の四肢を即座に捕縛・無力化する」
冷徹な合成音声と共に、数十本もの金属の蔦が、鞭のようにしなって私とステラを目掛けて空間を切り裂いて放たれた。
「ルナ、危ないっ! あいつら、下層のサイバーギャングの兵器よりしなやかで、軌道が読めないわ!」
「焦らなくていいわ、ステラ。この程度の防衛機構、私の目の前ではただの止まった玩具と同じよ。――万物の内なる構造を白日の下に晒せ!」
私はステラを自分の背後に庇うように一歩前に出ると、細い右手を大胆にドローンの群れへと突き出した。
発動させたのは構造解析魔術――『物質解析』。
私の指先から放たれた琥珀色の魔力粒子が、襲いかかる金属の蔦の隙間を潜り抜け、ドローン本体の内部へと瞬時に染み込んでいく。魔法の光を通した私の目には、その千年前の超科学ドローンの内部構造が、まるで透明な硝子細工のように克明に映し出された。
チタン合金のしなやかな動きを制御している、中央のわずか数ミリメートルの量子駆動核。その位置が一瞬にして私の脳内に座標として完璧にロックオンされる。
「急所はそこね。――極寒の理を紡ぎ、万物の熱を永久に奪い去れ! 『氷結の楔』!」
術式の瞬時書き換えが完了する。私の紡いだ凛とした女性の詠唱が、室内の水分を強引に巻き込み、数十本の極細の、けれど絶対零度の冷気を宿した氷の楔へと収束していく。
バリバリバリッ!という激しい凍結音と共に放たれた氷の電撃は、襲いかかる金属の蔦を真っ向から凍り付かせ、私が『物質解析』で見抜いたドローンの動力核へとピンポイントで突き刺さった。
『――エラー、エラー。コアの温度が急速低下、超伝導回路が凍結。システム、シャットダウン、だ……』
数十機のドローンは、私に傷一つ負わせることもできず、一瞬にして美しい氷の彫刻へと変わり、床の草むらの上へと力なく落下し、完全に沈黙した。私のチートな魔法の前に、千年前の最強の防衛システムは文字通り一瞬で無双され、完全停止させられたのだ。
「す、すごすぎるよ、ルナ……っ! あらゆる物理攻撃を予測して回避するはずの自律ドローンが、起動する隙すら与えられずに一瞬でフリーズしちゃうなんて、本当にあなたの魔法は科学の限界を超えすぎてるわ!」
「ふふ、構造さえ分かってしまえば、止めるのは簡単よ。さあ、ステラ。邪魔者はいなくなったわ。私たちの『収穫祭』を始めましょう?」
私は魔導ローブの袖を軽くまくり、足元に広がる美しい蛍光花の草むらへとしゃがみ込んだ。
そこからが、まさに大魔術師としての私の知識と、ステラのハッキング技術が噛み合う、最高に楽しい非合法サルベージ(収穫)の時間の始まりだった。
私は目の前に生い茂る、独特のギザギザとした葉を持つ淡い緑色の薬草を指先で摘み取り、その匂いを嗅いで、驚きのあまりエルフの尖った耳をピクリと跳ね上げた。
「……嘘、信じられないわ。ステラ、ちょっとこの薬草の成分をスキャンしてみてちょうだい」
「え? うん、分かったわ。……な、何これ!? ナノマシンによる細胞再生効率を、通常の数百倍に跳ね上げる未知の天然有機アミノ酸高分子が、信じられないほどの高密度で含まれてる! これ、現在のネオ・エデンの最高級医療パルスでも合成できない、奇跡の治療薬の原材料だよ!」
「やっぱりそうだわ……! これ、異世界ユトラントにおいて、瀕死の重傷すら一瞬で癒やす最高峰の聖薬――『魔力回復薬』の主成分である、伝説の魔生草と完全に同じ分子構成をしているわ! 千年前の地球の植物プラントは、こんな神話の薬草の遺伝子まで天然の状態で保護していたのね!」
大発見だった。私の魔法の触媒としても、そしてステラのジャンク屋の裏メニューの医療パーツとしても、これ以上ないほどの超弩級の財宝だ。
「うおおおっ! 大変、これは一本残らず遺伝子コードをサルベージして、現物も採取しなきゃ! ルナ、こっちの光る花のデータもスキャンして! 脳内パルスを極上のリラックス状態に導く天然の精神安定成分が検出されたわ!」
「ええ、そっちはユトラントの『月の涙草』に似ているわね。不眠症のクレーマーに煎じて飲ませたら一発で大人しくなるわよ。よし、これも採取しましょう!」
私たちはまるで、よく晴れた夏休みに遠足へやってきた子供たちのように、楽しそうにお喋りを弾ませながら、ドーム内を歩き回った。
ルナが『物質解析』と異世界の薬草学の知識で「これは最高級の素材」「これはただの雑草」と一瞬で仕分け、ステラが天才的な手際でその遺伝子コードを多機能端末の特製データベースへと次々に格納していく。カクヨム読者が大好きな、ストレスとなる要素が何一つ存在しない、終始笑顔で読める爽快なチートサルベージ日常。実物とデータの山が、私たちのバッグをご褒美のように満たしていった。
しかし、そんな夢中の収穫祭の最中、ちょっとしたハプニングが発生した。
私が少し高い岩場の上に咲く、一際美しく琥珀色に発光する希少な薬草に手を伸ばそうとした時のことだ。夢中になりすぎて足元への注意が疎かになってしまい、私が羽織っていたお気に入りのサイバー魔導ローブの長い裾が、トゲのある頑丈な巨木の枝に、ガチリと強く引っかかってしまった。
「――あっ、しまっ……。動けないわ」
「どうしたの、ルナ? あ、ローブが枝に絡まっちゃったんだね。もう、夢中になりすぎだよ。ちょっとじっとしててね、私が外してあげるから」
ステラはクスクスと笑いながら、真っ赤なタイツの脚でトントンと岩場を登り、私のすぐ目の前へと歩み寄ってきた。
そして、絡まった枝を解くために、彼女の華奢な身体が、私の胸元へと吸い寄せられるようにして至近距離まで近づいた。
ち、近い。
前回の防水スーツの時のように、お互いの漆黒のタイトスーツが擦れ合う、生々しい肉体のラインの感触が、ローブの薄い膜を通してダイレクトに伝わってくる。ステラの短い栗色の髪から漂う、ナノ洗浄剤と、このプラントの甘い花の蜜が混ざったような少女のいい匂いが、私の鼻腔を優しくくすぐる。
私の中身の男子高校生・五十鈴飛鳥が「うわ、女の子の距離感! ゼロ距離すぎる!」と猛烈にバグを起こし始めたその時、ステラが無理に枝を引っ張った拍子に、私の頭を深く覆っていた魔導ローブのフードが、サラリと後ろへと滑り落ちてしまった。
フードが外れ、人工太陽の眩い木漏れ日の光が、私の顔全体を美しく照らし出す。
千年間、誰にも触れさせなかった銀糸のような美しい長い髪が、地下の瑞々しい微風に吹かれてキラキラと宙に舞い、普段は隠されているエルフの象徴――白く透き通った、愛らしくも神秘的な長い尖り耳が、外の空気に触れてピクリと恥ずかしそうに震えた。
至近距離で、お互いの視線が、誤魔化しようのないストレートな形で真っ向から交錯する。
「……っ、……あ」
次の瞬間、枝を解いていたステラの指先が、完全にピタリと停止した。
彼女の琥珀色の瞳が、目の前にある私の顔と、ピクリと震えるエルフの耳を見つめたまま、まるで世界が静止したかのように丸くなる。そして、彼女の顔中が、ネオンの光とは明らかに違う、内側から湧き上がるような強烈な赤みで、じわじわと、なす術もなく真っ赤に染め上げられていったのだ。
普段はヘッドホンで隠されている、神秘的なエルフの耳のライン。そして、フードが外れたことで完全に露出した、この世のどんな超科学のグラフィック技術でも再現不可能な、絶世の美少女としてのルナリアの、あまりにも儚く、気高い素顔。
その圧倒的な「美少女のビジュアルの暴力」を、遮るもののないゼロ距離で真っ向から浴びせられたことで、未来のウブなオタク少女であるステラの心臓は、文字通り一瞬で臨界点を突破してしまったのだ。
「ル、ルナ……あなた、あの、その……耳、すごく、可愛いっていうか、お顔が、綺麗すぎて……私、本当に心臓が爆発しちゃうよぉ……っっ!」
ステラは完全に茹で上がったアンドロイドのようになり、言葉をカタカタと詰まらせながら、恥ずかしさのあまり私の胸元へとバタリと頭を預けて顔を隠してしまった。
漆黒のタイトスーツに包まれた彼女の華奢な肩が、激しい動揺で小さく震えている。
今度は私の方が、彼女の突然のウブな赤面ムーブに、ブーメランのような強烈な気恥ずかしさを食らう番だった。元男子高校生の理性が「うわあああ、女の子にこんな至近距離で可愛いって言われて抱きつかれた!長男属性、長男属性で落ち着かせなきゃ!」と大パニックを起こす。
「も、もう、ステラ、顔が近すぎるって言っているでしょう! 早く枝を外して、次の区画へ進むわよ!」
「あうぅ、ごめん、でもルナが最高に美少女すぎるのが悪いのよぉ!」
新緑の木漏れ日の中で、顔を真っ赤にしてお互いにドギマギしながら身を縮め合う、漆黒とネオンブルーの二人の少女。攻守が二転三転する、あまりにも甘酸っぱくて尊い、未来世界の百合日常。
私たちはそんな最高に甘いハプニングを乗り越えながら、最終的に『翡翠セクター』の最深部である、薬草遺伝子管理センターのハッキングにも完璧に成功した。手に入れたのは、ネオ・エデンの市場価値を数百万クレジット単位でひっくり返すレベルの、超古代の天然植物の完璧なデータバンクと、バッグから溢れんばかりの奇跡の薬草の実物たちだった。
「大収穫、大成功だよ、ルナ! これで私たちの等価交換契約は、またしても科学と魔法の完全勝利ね!」
「ええ、本当に素晴らしい収穫祭だったわ、ステラ」
私たちは手をつなぎながら、琥珀色の光を放つエーテル・ホバーへと戻り、再び快適な結界の盾に守られながら、熱砂の吹き荒れる大砂漠をネオ・エデンのセーフハウスへと向けて、最高速度で滑走していった。
海の深淵を破り、砂の地獄を無双した二人の無敵のチームワーク。等価交換の契約から始まった私たちの関係は、過酷なロスト・エリアの冒険を重ねるたびに、誰にも引き裂くことのできない、本物の、そして世界で一番甘くて確かな「相棒」としての絆へと、いっそう深く駆動を続けていくのだった。




