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『破片のパズル』  作者: くろめがね


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70/70

第70話 順番が崩れる夜

70話です。

その夜、家の中の音が妙に少なかった。


テレビはついているが、誰も見ていない。

父は新聞を開いているが、ページはほとんどめくられない。

母は台所に立っているが、料理の匂いはしない。


兄は、いなかった。


夕方までは確かにいたはずなのに、いつの間にか姿が消えていた。

出かけると言った記憶はない。

靴がなくなっているだけで、家の空気から兄の気配がすっかり抜け落ちている。


俺はテーブルに座りながら、無意識に棚の方向を見ていた。


一番下の段。

透明な袋。

整えられた角。


そこは、今までずっと「守る場所」だった。

だが今は違う。


監視されている場所に見えた。


母が振り向く。


「兄さん、出かけたの?」


父に聞くような声だったが、視線は俺に向いていた。


「……知らない」


俺は答える。


母は少しだけ考え、それ以上は聞かなかった。

それが、この家のやり方だ。


聞かないことで、順番は守られる。


だが、その夜は少し違った。


九時を過ぎても兄は帰ってこない。


父が初めて言う。


「どこ行った」


短い声。


母がすぐに答える。


「大人なんだから」


だが、その言葉の裏にわずかな焦りがあるのを、俺は見逃さなかった。


十時。


玄関の音。


ドアが開く。


兄が戻ってきた。


靴の音が重い。


リビングに入ると、兄の顔は昼とはまったく違っていた。

疲れているというより、何かを決めた顔だった。


母が言う。


「どこ行ってたの」


兄は答えない。


代わりに、棚を見る。


一番下の段。


その視線を追って、俺も棚を見る。


兄はゆっくり近づく。


母が立ち上がる。


「触らないで」


初めて、強い声だった。


兄は止まらない。


指が棚の縁に触れる。


その瞬間、時間がゆっくりになる。


この棚は、今まで誰も壊さなかった。

壊さないことで、家は守られていた。


兄の指が、透明な袋の角に触れる。


母が叫ぶ。


「やめて!」


兄は袋を一つ取り出す。


それは、一番最初の事故の書類だった。


兄の事故。

川。

最初の順番。


兄はそれを見つめる。


長い沈黙。


そして、初めて言う。


「……これ、嘘だろ」


母の顔から血の気が引く。


父が立ち上がる。


「何言ってる」


兄は笑う。


だが、その笑いは乾いていた。


「俺、覚えてる」


その一言で、空気が凍る。


覚えていないはずだった。


それが、この家の最初の整理だった。


兄は紙を掲げる。


「事故じゃない」


母が一歩前に出る。


「違う!」


兄は続ける。


「俺が最初に見たとき、まだ生きてた」


その言葉が、部屋の中心に落ちる。


俺の呼吸が止まる。


母が震える。


父が動かない。


兄は俺を見る。


あの日と同じ視線。


だが、今度は違う。


確認ではない。


助けだった。


「お前も見ただろ」


その瞬間、

頭の中で順番が崩れる。


水の音。

濡れた背中。

低い視線。


俺は、確かに見た。


だが、その次を言ったら。


棚は壊れる。


家も壊れる。


母が泣きそうな声で言う。


「言わないで」


兄は静かに答える。


「もう遅い」


そして、紙をテーブルに置く。


「外の人、もう知ってる」


あの女性の顔が浮かぶ。


「順番、調べられてる」


沈黙。


その沈黙の中で、俺は理解する。


グランドフィナーレはもう始まっている。


問題は事故の真実じゃない。


誰が最後に順番を守るかだ。


兄は俺を見る。


母も見る。


父も見る。


この家の並びは三人だった。


兄。

母。

そして俺。


だが今、順番は崩れた。


兄が外に出た。


残るのは、俺と母。


棚を見る。


透明な袋が揺れている。


このまま触らなければ、順番はまだ保たれる。


だが、触れた瞬間。


すべてが終わる。


俺は立ち上がる。


ゆっくり。


棚に近づく。


母が震えた声で言う。


「お願い」


兄は何も言わない。


ただ、見ている。


俺の手が棚に触れる。


そして初めて思う。


この家の順番を守るか。

壊すか。


そのどちらかを決めるのは、

俺だ。


指が、透明な袋に触れた。


後30話くらいでしょうか。

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