捕縛
「その話、詳しく聞かせてもらおうかの…」
その声は、冷えきった岩肌に反響し、空間を揺らすように広がった。
振り返ると、そこには長い銀の髪を靡かせ、扇を片手に静かに佇む女――柊がいた。
「…っ!追けて来てたのか!?」
雷蔵君がッチっと舌打ちをしながら臨戦態勢をとる。
黒色の和装に身を包み、白い肌と真紅の瞳のコントラストが、柊の美しさを際立たせていた。しかし、瞳に宿る光には、底知れぬ怒気と哀しみの色を孕んでいるように見えた。
「テメェ!?この間はよくも…!」
燈ちゃんが一歩前に出ようとするのを、雷蔵君が右腕で制する。
「待て待て……こいつ、マジでヤバいぞ。前に会うた時より、なんちゅうか……もっとヤバい空気がプンプンしちゅう。頭のネジ外れちゅう奴が、さらにブチ切れちょるんじゃ。何しでかすか、分かったもんじゃねえ!」
柊の瞳が、すぅっと細くなる。長い銀髪を簪で一纏めにしながら言う
「我は今、とても機嫌が悪いのじゃ、素直に話さぬなら…」
次の瞬間、柊の足元から風が巻き起こり、扇が音を切り裂くように薙がれた。
「くっ――!」
雷蔵君が飛びのき、私もこはるも壁際へ飛ばされる。葵君は、どこで手に入れたのか、閃光弾を取り出し投げた。
「目を閉じて!」
爆ぜる光と音――
一瞬怯んだ柊の隙を突き、燈ちゃんが飛び込む。
「甘く見んじゃねーっ!」
彼女の回し蹴りが柊の腹部を直撃!!
…と思ったが、柊は軽く鉄扇で受け流していた。更にそのまま燈ちゃんの脚を弾く。
「ぬるい、ぬるいぞ、小娘!」
地を蹴って飛び退いた燈ちゃんと入れ替わるように、空中で回転している柊の着地点目指し、雷蔵君がバールを腰だめにした姿勢で飛び出す。
「おらぁ!」
ブゥン!と空を切る音だけが響き、柊は雷蔵君の腕をトンッと片足で踏み、その力を利用して後ろに一回転して着地する。
「はあぁ?!どんな曲芸やねん!」
柊は乱れた髪をかき上げながら体勢を整え、扇子を開いてパタパタと扇ぐ。
「今の連係は多少良かったが、まだまだ温いのう」
ゆらり…
柊の身体がゆっくりと揺れたと思った次の瞬間、消えた。
「上っ!」
こはるの声が響き、ハッとする。頭上から私にめがけ、鉄扇の先端が突き出される。
ギチギチチチ…!
服と肉を切り裂く音が響く。身を捩り、何とか直撃は避けられたが肩から腕にかけて引きちぎられ、血が迸る。
「葛城さん!」
「…!今よっ!」
痛みを我慢しながら、突き出して伸ばされた柊の右腕に、ちぎれた制服の袖と自分の腕を絡めて動きを封じる。
「ぬ?離さぬか!小娘!!」
柊が左手で私の顔を殴りつけるが、私は堪えて意地でも離さない。
その隙に燈ちゃんが体勢を立て直し、柊の腰にタックルを食らわせる。
「ぐっ!」
柊の口からくぐもったうめき声が漏れる。更に雷蔵君と葵君が柊の脚に掴みかかり、4人がかりで何とか抑え込む。
「こはる!ロープ!!」
ーーーーーーーー
数分間の激闘の末、全員での連携により柊をやっと拘束することに成功した。
「ふぅ……なんとかなった、か」
荒い息を吐きながら、雷蔵がその場に崩れ込む。
「葛城さん…これ」
葵君がタオルを差し出してくれた。私は受け取り、顔と肩の血を拭いながら、柊の前まで進む。
「……貴様ら、何を……見たと言うんじゃ?」
拘束された柊が、諦めたのか静かに問いかける。私はタオルで肩の傷を押さえながら言う。
「Y.A.T.A.の研究記録。そこに記されていた女の子のこと…名前は出ていなかったけど、年齢や外見、経過観察の記録……全部、見たの」
私の言葉に、柊の瞳が一瞬揺らいだ。
「翡翠色の目をした、真っ白な髪の毛の女の子…」
その一言が、柊の表情を凍り付かせた。
「……連れていけ。その場所に」
柊の言っている意味が分からなかった。言葉としては理解出来るが、何故柊が庭に行きたがるのかの理由が分からなかった。
「え?」
「……のう、案内せい。その話、仕舞いが無い。このままでは寝覚も悪かろう」
かすかに震える声、だがその口調には明確な意志があった。
柊の瞳が、深い、深い悲しみを湛えている様に見えたのは、きっと私の思い違いでは無かった。
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夜明けの光が、洞窟の天井にほのかに滲んでいた。
私達は“黄泉の庭”を再び越え、その奥にある封印の扉の前に立っていた。柊が暴れ無い様に最低限の拘束と、鉄扇は没収しての同行だった。
封印の扉はひしゃげて折り畳まれるように研究施設の入口に折り重なっていた。私がその端に手を掛けた時――
「下がって!葛城さん!!」
葵君の叫び声が聞こえたのと、私の身体が強烈に後ろに引っ張られたのはほぼ同時だった。
その直後
ーガガガッ!!
閃光と共に封印の扉が紙切れのように吹き飛ばされる。
「!?」
もうもうと煙が上がったかと思った次の瞬間、装備を固めた“白仮面”たちが、煙の中から現れた。重火器を構え、躊躇なく火を吹く。
「こいつら、待ち伏せてたのか!」
雷蔵君が地面に転がりながら叫び、瓦礫の影に身を滑り込ませる。私は柊に引き寄せられていた。
「あ、ありがとう。助かったわ…」
「縄をほどけ」
柊が耳元で囁く
「え?」
「縄を解き鉄扇を返せ。さすれば道は作ってやろう。…安心せい、貴様らにはもう興味無いわ」
柊が急に身を捩る。縄を握っていた私は、バランスを崩し倒れそうになる。そこに白仮面が向かって来て、私の後頭部と白仮面の顔面が衝突する。
ガッ!
「…ったぁあい!」
激痛に悲鳴を上げるが、柊は意に介していない様子だ。白仮面は鼻血を引き出しながら倒れ込み、そこを柊が踏みつける。
「何するのよっ!!」
私の抗議にフンと鼻を鳴らし。
「仕方無かろう?腕も縛られ得物も無い。状況を有効に使うただけじゃ」
足で器用に白仮面の銃を拾い上げ、後ろ手で私に手渡す。
「これと交換じゃ、早う」
銃を受け取るが、扱いも分からずワタワタとしていると、別の白画面が襲いかかってくる。
柊が後ろを向いたまま半身をずらし、肩を当てて白仮面の体勢を崩すと、半回転して背中から踏み倒す。
「早う!」
柊に急かされ、私は鉄扇を手渡す。ニヤリと笑みを浮かべ、ロープで拘束されたまま、回転しながら扇を開く。
拘束していたロープが切断され、柊が解き放たれる。
燈は素早く背後から白仮面の背後に回り込み、敵一人の銃口を蹴り上げる。その隙を突いて舞う。
「ふん、のう。鉄火場こそ、舞の舞台じゃろうが!」
鉄扇が広がり、まるで蝶が羽ばたくような美しい軌道を描く。刃は鋭く、仮面の男たちを次々に無力化していった。
「葵君、左! 制圧される前に煙幕を!」
「わかってる!」
私の声に呼応し、葵君が用意していた小型のスモークボムを投げ込む。視界を遮られた仮面たちは混乱し、攻撃の精度を失った。
「今のうちに抜けるぞ!」
雷蔵が叫び、私達は研究施設内へと突入する。
ドアを閉め、内側からロックをかける。ようやく静寂が戻ったが、緊張はまだ消えていなかった。
「……ここが、研究所……」
内装は埃と血痕にまみれ、かつての機能美は完全に失われていた。端末類はことごとく破壊され、HDDや記録媒体は粉々だ。
「情報は……全部消されてる」
葵君がため息をつきながら壊れたモニターの残骸を見つめる。
そんな中、 柊は錆びた鉄製の扉を凝視している。小さな子供が指で書いたような文字がかすれて残っていた。
「たすけて ねえささま」
震える指先で扉をなぞる柊。瞳は見開かれ、何かを確信するように、いや、受け入れまいとするようにその深紅の瞳はゆらゆらと揺れていた。




