第32話:地下会議
12:47
以前、誠から受けた忠告に従い、彼女たちにも自身の呪恩については伝えず、あくまで『特定条件下で未来が分かる権能』だと伝え、これから数時間のうちに起こるであろう出来事―――市街地および王都への魔族の襲来を詳細に伝えた。
ただ、海夏と氷の身に起きたことについては、口にしなかった。
当人たちがこの場に居るのだ。
自分が死んだ様を聞かされ、平気でいられる者などいるわけがない。
それに、たとえ本人たちが居なくとも、言葉にするのは憚られた。
大輝が語り終えると、暫く沈黙が続いた。
誰かが小さく息を呑む音が聞こえるほどに、静まり返っていた。
最初に口を開いたのは、華麗咲だった。
彼女は顎に細い指先を添え、一度天井を見上げると、大輝に視線を合わせた。
「……到底信じがたいけれど、一先ずは受け入れることにするわ。やはり、私の読みは間違っていなかったみたいね」
読みと言うのは、モノリスを手中に入れるための手段の事だろう。
―――物自体が奪えないのならば、それを所有する国ごと奪いに来る。
事実、奴らはそう動いていた。
モノリスの前に鎮座していたあの男―――ネプチューンは、こちらの命を刈り取ることに何のためらいも見せなかった。
「敵の総数が不明瞭とはいえ、ネプチューンが来ると分かっただけでもいい収穫だわ。星衛隊を寄越すとは、魔王さんも本気みたいね」
「星衛隊……?」
聞きなれない単語を、大輝はそのまま反復する。
華麗咲は頷くと、ささやかな説明をくれた。
「魔王直属の部下よ。その全員が、政府によって厄災に指定されているわ。ナイトネアで貴方たちが遭遇した、ネメシス=アークライシスもその一人」
やはり、か。
対峙した瞬間、薄々感じていたのだ。
鬼ヶ島の鬼たちや、水上都市に現れた二人とは違う、独特な威圧感と風格。
同じ生物としての、明らかな格の違いを本能が告げてくる感覚。
ネプチューンはネメシス同様、それを感じさせた。
「奴が現れるなら、作戦を変えるしかなさそうね。暝―――貴方はこれから真っ先にモノリスへ向かって、王宮魔法使いたちの援護をしなさい」
「……ネプチューンへの対処法はあるのか?」
風のように、いや、風にも勝る速度の移動と、それ同等の速さで飛ばされる斬撃。
あれに太刀打ちする術がなければ、誰が奴と対峙しようと、辿る結末は同じだろう。
広場に転がっていた、数多くの亡骸が脳裏をよぎる。
「問題ないのです」
答えたのは、暝だった。
「たとえその斬撃の正体が何であろうと、暝の防御魔法を前には無力も同然なのです」
防御魔法―――体外のマナを利用して魔法陣を構築し、魔法弾を相殺する技術。
魔法を覚えたての大輝はまだ使いこなせないが、王宮魔法使いに至ってはそんなことあるはずがない。
つまり―――防御魔法をもってしても、彼らは斬り伏せられ、全滅したということなのだ。
しかも、教科書の記述によれば、防御魔法は一回でも攻撃を防げればいい方だと言われるくらいに、は物理攻撃にとことん弱いという。
あの斬撃が実体を持った刃なのか、特殊な魔法なのか、はたまた別の何かなのかは見当もつかない。
だが、防御魔法程度で優位に立てるような代物ではないことは間違いない。
心配そうに見つめる大輝を余所に、暝は悠々と紅茶を注いでいる。
そんな大輝の心中を察してか華麗咲は、小さく息をついた。
「心配いらないわよ、奇石野。暝の防御魔法は一般的なものより随分と緻密な術式で構成されているわ。たとえ物理攻撃だろうと、魔法と同等くらいには対処できる」
そこまで言って、華麗咲は横目で暝を見やる。
「それにしても、今まで見てきたどんな教本にも載っていなかったし……一体どこで学んできたのか、私にも教えてほしいくらいだわ」
探るような視線を向けられても暝は気にも留めない。
紅茶を一口含んでから、
「忘れしまったのです」
と短く答えるだけだった。
華麗咲は呆れたように眉を下げたが、それ以上は追求しなかった。
どうやら、このやり取りは今に始まったことではないらしい。
「翠嘩と私は、予定通り配置に付くわ。貴方たちは、暝の代わりに郊外の持ち場を担当しなさい」
言うが早いか、話は終わり、と言わんばかりに華麗咲は椅子を引いて立ち上がる。
「華麗咲」
そんな彼女を、大輝の声が呼び止めた。
緑の髪がさらりと揺れ、華麗咲は肩越しに振り返る。
「お前は、紫苑と一緒に商店街の近くに向かってくれないか?」
「……何か、あるのかしら」
「その周辺で、ほぼ間違いなく魔族とバッティングする。そこを任せたい」
言葉を選びながら、大輝は答えた。
氷と海夏が倒れていたのは、商店街から宿へと戻る道の途中だ。
あの二人を襲った魔族は、あの近辺に間違いなく現れる。
本当ならこの目でその正体を確かめたいところだが、代償にできる記憶にも限りがある。
負けると分かっている戦いに挑むほど、馬鹿ではない。
華麗咲は、考えるような姿勢で黙り込む。
大輝の顔に向けられた揺るがぬ視線は、大輝の言葉の裏を探っているかのようだった。
やがて、彼女は小さく息を吐いた。
「……分かったわ。その代わり、貴方たちの守備範囲が広がるけれど、文句はないわね?」
「問題ない」
「いや待ってよ!」
大声と共に、がたん、と椅子が鳴る。
二人の間に割って入ってきたのは、紫苑だった。
彼女は頬を膨らませ、身を乗り出すようにして、大輝の鼻先に指を突きつける。
「シオンはまだ了承してないんだけど? 勝手に決めんな」
突きつけられた指先を見つめ返しながら、大輝は笑みをこぼした。
「お前にしか頼めないんだ。頼む」
真っ直ぐに、紫苑の目を見る。
その真剣な眼差しに、紫苑の表情が変わる。
膨らんでいた頬から空気が抜け、彼女はばつが悪そうに視線を逸らすと、
「しょうがないなぁ……」
と、あっさりと折れてくれた。
『お前にしか頼めない』―――その言葉は本心だった。
単純な戦闘能力で言えば、紫苑が第六支部で一番強い。
だからこそ、彼女が最も死ぬリスクが低い。
そこに、第一支部の代表である華麗咲が加わるのだ。
これ以上の布陣はないだろう。
これで、海夏と氷の命を奪った存在に対処ができるはずだ。
紫苑が承諾したのを見て、華麗咲は改めて一同を見渡した。
「じゃあ、お互い上手くやりましょう。それぞれの持ち場が片付いたら、モノリスに向かうように。最大の障壁は、ネプチューンよ。覚えておきなさい」
そう言って、華麗咲は紫苑を連れて地下を後にした。
その後ろを、カップを置いた暝と、最期まで一言も発さなかった翠嘩が追う。
大輝はその背中を見送り、残った仲間たちへ向き直った。
「ベリーと鷺は、俺と一緒に来てくれ。鷺―――ウィズとライアの居場所に心当たりあるか?」
モノリスの前に転がっていた、二人の遺体を思い出す。
なぜ彼女たちがこの国に居たのかは分からない。
だが、もしも二人がこの国を守るために闘い、散ったのだとしたら―――彼女たちもまた同志である。
いずれにせよ、見知った顔だ。
黙ってあの結末を迎えるわけにもいかない。
可能なら、ウィズとライアには国民の避難誘導をお願いしたい。
そらなら、死地から遠ざけたまま、力を貸してもらえる。
「大方、見当はつく」
鷺は短く答えた。
それ以上の説明がないのは、いつものことだ。
「じゃあまずは二人を探そう。それから、氷と海夏は――――――」
大輝は二人を手招きし、呼び止める。
二人は顔を見合わせ、手の動きに従った。
彼女たちは、なるべく戦闘に巻き込みたくない。
しかし、同じ仲間なのだ、完全に蚊帳の外というわけにもいかないだろう。
であれば、二人に頼めることは――――――
大輝は身を屈め、二人の耳元に顔を寄せた。
氷の青い瞳が瞬き、海夏は心配そうな表情で視線を返す。
身体を起した大輝は、グッドサインを掲げる。
「頼んだぜ」
「任せといて!」
氷はそれに満面の笑みで応じ、海夏の手を引いて地上へと駆け出していった。
二人の足音が聞こえなくなったところで、大輝は誠に一報を入れた。
「もしもし。今、大丈夫か?」
『ええ』
「お前は、俺たちのことは気にするな。紫苑と、海夏と氷。この三人の無事だけを見届けてくれ」
インカム越しに、一瞬、間が空いた。
大輝が敵全員の詳細を把握し、適切に立ち回れるに越したことはないのだが、この身は一つしかない。
どこかが手薄になるのは避けられない。
前回は誠にモノリスまでの道のりを案内してもらっていたせいで、氷と海夏の前に現れた障害を、手遅れになるまで察知できなかった。
大輝の目が届かない場所で仲間の安全を確認できるのは、誠しかいない。
「それと、もし敵の能力や見た目とかが分かったら、適当なタイミングで連絡も頼む」
『……わかりました。大輝さんたちも、気を付けてくださいね』
「おう」
大輝の返事をもって、通信は切れた。
一行は、鷺を先頭に、ウィズとライアを探しに魔法商店へと向かった。
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13:44
ウィズとライアは、鷺の推察通り、薄暗い魔法商店の奥に居た。
どうやら午前中、氷と出掛けた先で偶然二人と出くわしていたのだという。
その時も、この店で探し物をしていたらしい。
目を細めて書架を物色していた彼女たちは、鷺に声をかけられると、揃って表情を明るくした。
「あ、鷺ふたたび~」
「あ、本当。今度はどうしたの―――っておい!」
ライアの声色が、途中でひっくり返る。
ツインテールを跳ね上げて振り返った彼女は、後ろに立つベリーローゼンを指さすと、恐ろしい剣幕で鷺に詰め寄った。
「あんな可愛い彼女が居るのに浮気とは良い度胸してんなぁ、おい!」
「修羅場なり~」
ライアとは対照的に、ウィズは呑気そうに身体を揺らしていた。
可愛い彼女―――その言葉で、大輝は何となく事情を察する。
氷だ。
並んで魔法商店を覗く二人の姿は、傍から見れば、なるほどそういう風に見えなくもないだろう。
その傍らで、ベリーローゼンは心底不満気に唇を尖らせる。
「なんでアタシが、コイツの浮気相手になってんのよ……」
苛立ちを表すかのように、毛先が逆立っている。
当の鷺がしたことはといえば、ライアを宥めることでも、誤解を解くことでもなかった。
彼は二人を尋ねた用件を手短に説明し、会話のバトンを大輝へと押し付けた。
「えーっと、久しぶりだな。ウィズ、ライア」
ライアはその名を呼ばれ、大輝の顔をまじまじと見つめた。
首を傾げ、やがて反対側にもう一度傾げる。
「えーっと……誰だっけ?」
意図せぬライアからの口撃に内心傷つきながらも、どうにか気を取り直す。
重要なのは、彼女たちが大輝を覚えていることではない。
この国を、守ることだ。
大輝は改めて自己紹介をすると、これから魔術王国で起こる事態について、ゆっくりと語り始めた。。
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15:45
ウィズとライアは、大輝たちの頼みを快く引き受けてくれた。
最初こそ半信半疑だったが、鷺が嘘を吐くことはないだろうとのことで、納得がいったようだ。
二人は魔族の襲撃に備えて市街地で待機し、国民の避難誘導に当たってくれることになった。
そして現在、大輝、鷺、ベリーローゼンは暝が担当する予定だった都市の郊外に来ていた。
石造りの街並みを抜けた先に広がっていたのは、見渡す限りの田畑だった。
収穫を間近に控えた穂が、傾きかけた日差しを受けて金色に波打っている。
畑の合間を縫うように延びる農道の脇には、魔女の帽子を思わせる尖り屋根の納屋が点在していた。
風が吹くたび、麦の穂が擦れ合って、さわさわと乾いた音を立てた。
土と草の香りと、遠くで鳴く鳥の声。
あまりにも穏やかな光景だった。
華麗咲の担当するはずだった区画にも人員を裂こうとも思ったが、そちらは王都が近い。
いざとなれば王宮魔法使いの方々が対応してくれるだろうと汲み、こちらに戦力を固めることとした。
といっても、大輝自身、戦力として数えていいかは疑問であるが。
間もなく、前回、華麗咲から連絡のあった時間だ。
三角形に陣を固め、辺りを警戒する。
大輝は二人に背を預けながら、乾いた唇を舐めた。
すると、風になびく麦の音が、ふいに途絶えた。
背筋を、冷たいものが這い上がる。
三人が、ほぼ同時に振り返る。
ほんの数秒前まで何もなかったそこには、まるで異世界から現れたかのように、一つの人影が佇んでいた。
推察するに、瞬間移動のようなものだろうか。
黒いタキシードに、黒いシルクハット、黒い革靴に、黒い手袋。
全身が黒ずくめの男だった。
黄金色の麦畑の中、その男の周囲だけ色が抜け落ちたかのような、まるでモノクロの世界から飛び出してきたかのような存在だった。
右手は、これまた黒塗りのステッキに添えられている。
侯爵や貴族などが持っていそうな、細身で優美な、持ち手が湾曲した杖だった。
帽子の鍔に隠れて、その顔面は視認できない。
ただ、僅かに覗く口元には、何の感情も浮かんではいなかった。
大輝とベリーローゼンはすぐさま魔法陣を展開した。
大輝の掌には光の円環が浮かび上がり、ベリーの髪先が鋭さを増し、男に向けられる。
鷺の剣が鞘は知り、鈍い光を引いて男の喉元へと突きつけられた。
三方向からの殺気にも、男は身構えるそぶりも見せない。
風に揺れる案山子のように、その場に立ち尽くしている。
「……何者だ」
鷺が問うと、男は左手をゆっくりと持ち上げた。
指先で帽子の鍔をつまみ、さらに深く引き下げる。
そうして、まるで貴族同士で挨拶でもするかのように、恭しく腰を折った。
抑揚の欠片もない淡々とした声が、静まり返った麦畑に落ちる。
「グレイ=モノクローム―――扉の跪拝者でございます」




