第2話:病は気からというけれど
星羅を背負い、奇石野大輝は山道を駆けていた。
その背中は赤黒く汚れていた。
星羅がまだ生きていると分かってすぐに街の診療所へと向かったものの、医師からは
「こんな症例は見たことがない…。すまないがうちでは手の施しようがない。ナイトネアの大病院なら、もしかしたら何か処置出来るかもしれん」
と言われ、紹介状を受け取り、今に至る。
星羅の様子を逐一確認しては、ひたすらに走りつづける。
「もうすぐの辛抱だ。あとちょっとでナイトネアに着くからな」
そう言って前に向き直ると、そこには先ほどまでにはなかった人の姿があった。
「なにやらお急ぎのようですね~、貴方様」
「…誰だ?」
一瞬の間に現れた人影に驚き、大輝は尋ねる。
それは、古風の黒いローブを纏った、薄汚れた白髪の少女だった。片手には古めかしい本を持っている。その目は血で染まったかのような深紅で、両手足巻かれた包帯も血で滲んでいた。
「あぁ、お初にかかりますぅ♡当方は『黯神 紗亡』と申しますぅ」
「…俺は奇石野大輝。悪いけど、急いでるから。またな」
そう言って大輝は足を動かそうとするも、彼女は大輝の行く手を阻むように立ちふさがった。
「おい、何の真似だ」
「ん~、何がです?」
「急いでるって言ったよな。お前と話している暇ねぇんだよ」
大輝の中で紗亡への苛立ちが積もっていく。
しかし、そんな憤りを知るはずもない彼女は当然、大輝の言葉を聞き入れようとはしなかった。
「まあそう言わずに__」
「どけ!」
力づくでも進もうと紗亡を突き飛ばそうとした。
しかし、突き出した大輝の手が紗亡に届くことは無かった。
大輝の行動をすぐに察知した彼女は一つため息をつき、
「噂書・網走」
唱えると同時に持っていた古書を開くと、それに応じるように辺りが外界と遮断された。
いや、別の空間に閉じ込められたような感じだ。まるで鳥かごに入れられた小鳥のように。
見ると、大輝と紗亡の足元にはいつの間にか魔法陣が描かれていた。
二人の居る空間には魔法陣に蓋をするように半球状の屋根が広がっており、その境界からは薄っすらと外の様子が伺える。
「無駄ですよ~、この領域からは逃れられませぇん」
「領域…?」
「あァ、ご存じないんですか?教養がないんですねぇ~、まあ、お話の途中で勝手に退席しようとするような方ですし、ねぇ?」
得体の知れない術…魔法の類か。ってことはコイツは魔族か…!?
そう思い、大輝は身構える。
「ああ、別に危害を加えようとは思っていないのでご安心ください♡ただ、そちらのお嬢さんについて伺いたくてですねぇ…」
「これは俺の妹だ。すぐにでも治療しないと病気で死ぬかもしれない。だから急いでるんだ。これで話は済んだろ?早く解放してくれ。」
「嫌です♡」
紗亡はあざ笑うように答えた。
大輝の憤りは頂点に達していたが、口答えはしなかった。
「…頼む。この世界でたった一人の家族なんだ。何もできずに死を受け入れるなんて…俺にはできない」
少しの時間のロスが星羅の生死に関わる以上、一番無駄がないのは彼女と口論をすることでも戦うことでもなく、ただ無様に解放を懇願することだった。
だが、紗亡がその声に耳を傾けることはなかった。
紗亡は頭を下げる大輝の顎を上げると、
「あは、あはははははは‼良い顔をしますねぇ!なんって美しい家族愛!そこまで言われたらもう…ぶち壊したくなるじゃないですか」
満面の笑みで言い放ち、彼女は古書に何か書き入れた。
途端、大輝の視界が徐々に不明瞭になっていく。
全身に力が入らなくなり、大輝は地面にうなだれるように倒れてしまった。
まずい…ここで俺が倒れたら、星羅は…。
「病は気からという言葉がありますけど、まさにこれは…その典型ですねぇ」
紗亡の独り言を最後に、大輝の意識は完全に世界から遮断された。




