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エルフの森 連続ツルツル事件(終)


 戦いを終えて遺跡『おやすみハウス』に戻ると、俺たちは遅めの朝食をとる事にした。寝起きに激しい運動をしたせいか皆も腹が減っており、俺が用意したサンドイッチ等は瞬く間にペロリと平らげられてしまった。食事を終えてからは、女性陣はシャワータイム。俺も魔法で軽く身体を洗ってから、未だ眠り続けるモッサンの為にちょっとした料理を作る。クリエイトマスターの究極工房には、調理器具も揃っているのだ。


 俺は自分で言うのもなんだが、料理が下手だ。いや下手というより慣れていない。一人暮らしの頃は自炊も多少していたのだが、そのうち面倒になってスーパーの惣菜かカップ麺に頼るようになってしまった。が、そんな俺にも数少ない料理のレパートリーが存在する。それはスープ。ジャガイモやカボチャを使ったポタージュスープで、これなら失敗の危険が少ない上に金銭的にも安く上がり、それなりの量を作れて満足感もある。俺が節約生活をしていた頃にかなり世話になった料理だった。


 この料理を作るにあたって必要になるのはミキサーなのだが、それは魔法で代用できる。肝心の材料は、異常回復薬草の一件でネイがポコポコ生み出した『あまポテ』を使用。大量にあるので遠慮なくバンバン使える。後は牛乳や生クリームの類だが、こちらの世界でも牛乳は普通に手に入るのでストックしてあった。また、蜂蜜も相変わらずストックにあるのでこれも使ってしまおう。工房の調理台に次々と材料を乗せて行くと、結構な量になった。


 工房のキッチンは劣化しないブルーメタル仕様という事で、見た目からして人体に有害そうな真っ青な色をしている。真鍮の器に水を入れておくと成分が溶け出して水が青くなってしまうが、シマ君の話ではそうした危険性は無いらしい。かつてここが前線基地の一つだった頃は、毎日ここで沢山の料理が作られていたという。マレビトたちは食事に関してかなりのこだわりを持っていたようで、調理器具には特に力を入れて作っていたようだ。そんな彼らのキッチンは魔法石を使ったシステムキッチン。トイレほどではないが強力な魔法石を使って作られているという。


 異世界に来てまで近代的なキッチンを利用するというのは、ちょっとした違和感を覚えるが今更だ。俺は気にせず調理を始めた。先ずブルーメタルの鍋の中に牛乳を入れる。そこに皮を剥いたあまポテをゴロゴロと投入。牛乳の水分を使ったウォータージェイルの中であまポテをミキサーにかけると、ドロドロとしたスープが出来上がる。本来であればここに適当に塩や生クリーム、刻んだバジルをぶち込んで煮れば完全なのだが、今回はおやつ感覚で食べられるように塩は控えめで、代わりに蜂蜜を投入する。後は中火で加熱して行き、ある程度温度が上がったら弱火に切り替えてあまポテが溶けきるまでコトコト煮込めば完成だ。魔法を使わなくてもミキサーやすりおろし機さえあれば、誰にでも簡単に作れる料理である。


 実はこの簡単料理、教えてくれたのは副島さんだったりする。元々は副島さんがへらぶな釣りの時に作っていた練り餌が余った時の処理方法で、副島さんはマッシュポテトに蜂蜜を混ぜた練り餌を使っていた。余ったらそのまま食べるか、牛乳などで溶いてスープにして処理していたのだ。今作った甘いポテトスープはその話を元にして作られている。……副島さんに釣り上げられた魚は幸せだ。かなり美味いのだ、これ。


 結構な量のスープを、コトコトと煮詰めて行く。ブルーメタルお玉をクルクル回しながら日本での生活を振り返っていると、一階奥のシャワー室から女性陣が出て来た。もう敵も居ないという事で、物々しい防具などは身につけずラフな格好になっている。セーラだけは何が気に入ったのか、猫耳を装着したままだ。猫耳とエルフ耳、耳4つでの登場である。さすがに可愛いというより奇妙だ。


「あれっ? カトーさん、何を作ってるんですか?」


「モッサン用の食事だよ。流動食みたいな物で、あまポテを使っている。試しに味見してみるか?」


「……いただきます!」


 食いしん坊キャラで確定したな。目の輝きが尋常ではない。小皿にお玉ですくったスープを入れ、セーラに手渡すと嬉しそうに受け取って口に運んだ。その後ろから、こちらの様子をうかがっていたルシアが声をかけてくる。……あ、フレイやリリーも近寄って来たぞ。


「カトーさん、私もいいですか?」

「何何、何作ってんの?」

「カトさんって料理するんだ、意外だね」


 ああもう、こうなったら全員に振る舞おう。結構作ったからモッサンの分まで無くなる事は無いだろうし、食べさせなかったらどんな不満を言われるか分からないからな。


 シマ君を含む全員分のスープを皿によそう。先ほどしっかり朝食をとっていたハズなのだが、全員物凄い勢いで平らげてしまった。シマ君などは皿が綺麗になるくらい舐めている。綺麗だが、意地汚いように見えるのは気のせいか。


「カトーさん、美味しいです! こんなに美味しいスープは初めてです!」

「甘くて優しい味ですね。子供でも好き嫌い言わずに食べれそう」


 セーラとルシアの誉め言葉に思わずガッツポーズをとってしまう俺。フレイも満足そうにしてるし、概ね好評と言って良さそうだ。リリーはなんだか複雑な顔をしているが。


「これ、ネイさんが生んだあまポテ使ってるんだよね? なんかあの人を食べてるようで複雑な気持ちなんだけど。……いや、美味しいんだけどさ」


 確かにね。けど今更だろう。シマ君なんかは『これネズミに食わすんか、もったいなさすぎやろ』とか言ってる。いや、君もロボットみたいなもんだろう。さっき地下室で下半身だけが暴れてるの見た時は、ゾッとしたぞ。そんな身体で何故食事が出来るのか、いっぺん調べてみたい所だ。


……そんな品評会を開いていると。ベッドの方で、もぞもぞと何かが動き出した。モッサンだ。毛布から頭だけだしたモッサンが、甘い匂いに反応したのか鼻をヒクヒクさせながらムクリと起き出した。


『……イイ匂イ』


「起きたか。食欲があるなら、食事にしよう」


 声をかけると、モッサンはこちらを向いて不思議そうにする。自分が何故ここにいるのか分からないのだろう。また、さっきまで戦っていた俺たちに優しくされるのも理解できないに違いない。さっそく可愛いもの好きなセーラがモッサンを抱っこして連れてくるが、その間も困惑しながら固まっていた。


「セーラ、そのままスプーンを使って食べさせてやってくれ」

「分かりました。……はい、モッサンさん。熱いからフーフーしますねー」


 ………。


 モッサンさん、か。もさもさモッサンさん。響きからしてもっさもさだな。またセーラがフーフーというのもけしからん。けしからんがなんとも和む光景だった。


 俺特製、ネイ汁をモッサンの口に流し込むセーラ。モッサンは暴れる事なく大人しくそれを飲んで行く。口の中でもごもごと咀嚼して、ごくりと喉を鳴らして飲み干すと、瞳から静かに涙が流れ出した。……おや?


「どうした、まだ胃が痛むのか? それとも不味かったりしたか?」


『イヤ……違ウンダ』

 目蓋を閉じる。涙がまた一筋流れた。

『美味シイ。ナニカヲ食ベテ、コンナニ美味シイト思ッタノハヒサシブリナンダ。食べルノガ苦痛ジャナイトイウノハ、コンナニモ幸セナコトダッタノカ……』


 ………。


 やはり色々と事情があったのだろうな。セーラからスープを食べさせてもらっているモッサンは本当に幸せそうで、元々彼をどうこうする気など無かったが、今の発言で尚更彼を害するような選択など出来なくなってしまった。無力化、という今回のクエストの目的は達成出来ないな。依頼人には理由を説明して、クエストをキャンセル扱いにしてもらうか。そんな事を考えながら、俺はモッサンが幸せそうにスープを飲む姿を眺めてるのだった。









 さて、一通り食事が済んだ。陽もすっかり昇り、昨日とは打って変わって良い天気となっている。俺たちはしばらく休憩した後、これからの事について話し合った。さしあたってはモッサンの今後である。俺の当初の予定では、暴走したりしない以上もう危険も無いだろうという事で森に帰そうと思っていたのだが、なんとモッサン自身が俺たちについて行きたいと言い出した。


『エルフ達ノ髪ノ毛ヲ食ベタノハ確カダカラ、ソレニツイテハ謝マリタイ。ソレニ私ヲ救ッテクレタオ前達ニモ恩返シヲシタインダ』


「そうは言ってもな……あの連中、今の君を見ても信じないかもしれないぞ。身体の大きさが違い過ぎるんだ。君が謝ったところで、『証拠をでっち上げて依頼を達成した事にしたがってるんだろう』と難癖をつけてくる可能性が高い。それに、恩というなら既に充分返してもらってる。あの戦いでみんなはだいぶレベルアップしたからな」


 戦闘中は勿論、マルセルを消滅させた時点で全員のレベルは結構上がったみたいなのだ。何気に、大したダメージは与えられなかったがヒット数の多かったフレイがダントツで経験値を得ていたりする。戦力の底上げはかなり出来ているので俺としては充分なのだが、仲間たちはモッサンの事が気に入ったのか「余計な事を言わないで仲間に誘え」というメッセージを込めた視線を送って来ている。あ、ルシアは違うな。あれは露骨に「恥ずかしかったんですけど」という抗議の目だ。後でちゃんと謝っておこう。


 俺の言葉を聞いて、俯いてしまうモッサン。少し大きくてフワフワしたハリネズミ、というか毛玉である。それが悲しそうに『ピギュゥ……』と鳴いた。皆の視線が鋭さを増す。分かった分かった、俺が悪かったよ。だからその目はやめてくれ。


 その時、隣で黙って話を聞いていたシマ君がおもむろに口を開いた。


『兄さん。確か兄さんはモッサンが二度と悪さをせんようにする為に森に来たんやな? 無力化って、つまりはそういう事やろ』


「ん? ああ、確かにそうだ。だが無力化となると彼を奴らに突き出さないといけないし、彼がモッサンであり事件の犯人だという証拠も用意しないといけない。小さくなった彼を、被害者たちが犯人だと認めるかどうか分からないんだよな……」


 認めずに謝礼を払わない、という展開が想像出来てしまうのが悲しい。まぁ半分諦めてるけどな。


『それなら先ず俺が証人になったるわ。俺は嘘つかんし、仲良く無いけどあの村の連中からは信用されとるしな。あと、無力化の件やけどな。別に突き出さんでもええやろ』


「なぜ?」


『兄さんがそのネズミを使い魔にしてまえばええんや』


 使い魔。確かクロスの嫁さんがやってるやつか。


『使い魔契約したモンスターや動物は、基本的に主の言う事に逆らわん。兄さんがモッサンと使い魔契約して、人を襲わせんようにしたったらええだけや。……恩返ししたいんやったら、あんさんも文句無いやろ?』


 シマ君がモッサンに問うと、モッサンも黙って頷いた。なるほど、それなら問題ないのか。というか今気づいたが、見届け人が用意されてない以上、普通に依頼を解決したとしても認められない仕組みになっていたんじゃないだろうか。疑い出したらきりがないが、あの連中ならやりかねない。シマ君がいてくれて本当に良かったとつくづく思う。


『ほな、さっそく使い魔契約しよか。今回は言い出しっぺの俺がサポートしたるわ。精霊の手による使い魔契約や、人間だけでやるより随分強力な使い魔になるやろな』


「分かった。いっそエルフ達を蹂躙出来るくらいに強くしてやってくれ」


『私ヲドウスルツモリダ』


 焦るモッサンを抱き上げ、俺たちはシマ君に促されるまま地下室へと向かった。セーラ達は俺の代わりに主になりたそうにしていたが、やはりリーダーにして責任者が主となるのが妥当だろう。決してセーラがモッサンに夢中になって俺の事を忘れるのを防ぐとか、そういう意図があって断ったんじゃないから勘違いしないでいただきたい。全く、いくらなんでもモテすぎだろモッサンは……







 使い魔契約はゲームにおいて、特殊なクエストを達成した時のご褒美として存在していた。魔法使い限定のクエストで、確か特別なフィールド上で初めて倒した敵と契約出来るとかなんとか。俺は興味が無くてやらなかったが、あの世界では戦闘補助や生産職の補佐として活躍していたように思う。特に特化型の成長をさせてる連中にとって、使い魔は弱点を補うのに重宝するらしく、ネットではその為の考察サイトが沢山あったように覚えている。


 この世界では、使い魔とはそれほど特別な存在ではないらしい。シマ君によるとフォーリードには「ペットを飼う感覚」で契約する人が多いという。確かに契約すれば躾をしなくても言うことを聞く、という点で使い魔契約は便利なやり方かもしれない。


 契約の儀式には専用の魔法を唱える者と、契約者の血液、そしてプラスαとしてマジックアイテムを使う事もあるという。シマ君はあのガラクタ部屋に俺を案内すると、ムニャムニャと呪文を唱えて魔法陣を作り出した。そして俺とモッサンにその上に乗るように言うと、なんと転がってるガラクタを魔法陣の中に入れ始めた。


「待て待て、どういう事だ」


『この部屋、狭いねん。マジックアイテムはプラスにしか働かん。兄さんらは強くなってハッピーやし、俺も部屋が綺麗になってハッピー、一挙両得一石二鳥やろ。俺も処分に困っとったんよ、このガラクタどもは下手に捨てたら世界のバランスを崩壊しかねんからな』


「だからって俺たちに使う事無いだろう! あ、こら、その馬鹿猫ホイホイって君が引っかかってたヤツじゃないか!」


『誰が馬鹿猫やと!? そんなん言うたらもっと追加したるわ!!』


「やめろぉおぉぉぉぉっ!!」


『ヤメテ……頼ムカラ』


 掴みかかろうとした俺の手をシマ君が引っ掻き、血がポタリとモッサンの頭につく。その瞬間、ガラクタ部屋一杯が真っ白な光に包まれた。


「のあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」

『ピギャアァァァァァァァッ!!』


『なんで俺までぇえええーーっ!?』










 太陽がすっかり高くなり、所々に雲は見えるものの穏やかな陽気に恵まれた正午近く。キャロの森、カパマーキ村の入り口に俺たちはやってきた。先頭にはシマ君。次に俺、モッサン、そしてセーラたちが続く。ただ今までと違うのは、シマ君とモッサンが宙をパタパタと飛んでいる事だろう。


 大騒ぎだった。

 使い魔契約の儀式は奇妙な形で完成されてしまった。シマ君のウッカリが原因なのだが、儀式で使う血液は体内に取り込まずとも身体に付着しただけで遂行されてしまうらしい。モッサンには勿論血液が付着していたが、引っ掻いた際にシマ君の爪についた血まで契約対象になってしまったのだ。そこに過剰なまでのマジックアイテムが投入され、結果として二人共俺の使い魔となってしまった。モッサンはともかく、シマ君は二重契約となっている。本来ならば有り得ない事だと、シマ君は愕然としていた。


 で、肝心のマジックアイテムの影響だが。先ず分かりやすい変化として、二人の背中に小さな天使の羽が生えた。加えて頭の上に光り輝く輪っかが現れた。ステータスに関しては確認していない。怖くて出来なかったのだ。どうやら俺自身にも何かしらの変化が起きてるらしいが、やっぱり怖くて確認出来ないでいる。外見上は変わりないようだが、やけに五感が研ぎ澄まされている上に身体が軽いのだ。今なら腕をパタパタさせるだけで、空を飛べそうな気がするくらいに。


 そんなわけで儀式はおかしな形で成功。そこで依頼人のもとへ向かい、事の顛末を報告する事になったのだが……


 いざ訪れてみると、村は何やらおかしな雰囲気に包まれていた。


 暗いというか、不安な表情の人が大半だったのだ。一体何があったのだろう、そう思いながら戸惑っていると、見知った顔を見かけた。以前道案内をしてくれた青年だ。確かリーフとか呼ばれていた気がする。


「どうしたんだ、リーフ君。何を走り回ってるんだ?」


「あっ、あなたは!!」


 顔色を変えて駆け寄って来た。なんだなんだ、何を興奮している。俺にその気は無いぞ。


「申し訳ないですが、すぐに来て下さい! 大変なんです!!」


「分かった、分かったから引っ張ろうとするな」


 俺の腕を引っ張って駆け出そうとして、全く前進出来ずに足をバタバタやって泣きそうになっている。情けないにもほどがあるぞ。


「いいから、早くこちらへ!」


「ふう……仕方ないな」


 大人しく従い、後をついて行く。境内に入る際に手水をとる余裕すら失っており、よほど大変な事が起きているのだと予感させた。そして、以前も訪れた屋敷の奥、宮司室へとやって来たのだが……


 入れ、という言葉を聞いて引き戸を開くと。そこには不思議な生き物がソファに座った姿があった。


 ………。


 コックさん?


 確か綺麗なザビエルヘアーだったように覚えているんだが、今現在の依頼人ミシェル・シェンケルの頭頂部には、コックの帽子のような円柱型の何かが突き出していた。これは……髪の毛だろうか。座った状態で天井スレスレまで伸びてしまっていて、なんだか新しい生き物にも見える。


「よくもおめおめと顔を出せたものだな」


「何を怒ってるのかは知らないが、薬の効果は抜群じゃないか。さては全部塗り込んだな? あれほど少しずつ塗れと言ったのに」


 ぐぬぬ、と顔を真っ赤にして憤るミシェル。対するこちらは、笑いをこらえるのに必死な仲間たちと呆れかえるシマ君。モッサンは髪の毛を見上げて不思議そうにしていた。


「しかし、なぜそこまでして髪を伸ばしたんだ。あの薬が少量でも強い効き目のある薬だというのはちゃんと説明しただろう」


「うるさい! エルフの世界では、髪の毛は魔力の高さを表すバロメーターでもあるのだ! 長たる者、誰よりも髪の毛を伸ばしておかねば示しがつかん!」


 なるほど、だから今回のような依頼をしたのか。長がハゲになったら表舞台に出られない、だから早く原因を排除してこの件を解決したかった、と。


「とりあえず髪の毛の件は置いといて、依頼の件を報告させてもらうぞ」


「フンっ、早くしろ」


 ご機嫌斜めらしいので、俺たちは手短に事の顛末を報告した。説明の殆どをシマ君が担当したが、元々シマ君とミシェルは仲が悪いらしく時折口論も交えて雰囲気は最悪なものへと変わって行く。仲間たちも最初は笑っていたが段々と無口になり、最終的には殺意に漲った鬼のような表情に変わっていた。さすがにリーフ君などは顔を青ざめさせて震えている。


 報告を終えた後、案の定、ミシェルは難癖をつけて来た。


「しかしその報告を信じる証拠は何も無い。私を襲ったのはそんな小さなネズミではなかったし、そこの猫妖精の言葉も信用して良いのやら」


『なんやと!? 今まで散々俺の情報に頼ってきとったのに、その言い様はどういう事や!』


「しかし今の君はこの男の使い魔なのだろう。いいなりになって口裏をあわせている可能性もある」


『このクソ爺……いっぺん地獄見な分からんらしいな』


 シマ君が危険な状態になってきた。ここは仕方ない、止めておこう。俺は片手でシマ君を制し、ミシェルに向き直って言った。


「分かった、ならば今回の依頼は失敗という事で構わない。こちらとしてもこれ以上あなた方と関わってもメリットが無いからな。原因は無くなり、今後事件も起きなくなったという事は、あなた方からの依頼を受ける事ももう無いだろう。これ以上関係が悪化しないうちに、我々はここを去った方が良さそうだ」


 言ってから、俺はわざとらしく髪をかきあげた。


 今の俺はある程度短くなっているとは言え、男にしてはまだまだ長いサラサラヘアーである。以前来た時は剛毛ボンバーヘアーだった俺が、今は高級なリンスやコンディショナーを使ったかのような髪をしている。その事に気づいたミシェルは顔色を変えた。


「ま、待ちたまえ! そう結論を急ぐ事もあるまい、あくまでそう解釈出来ると言っただけで君が嘘をついてると決まったわけではない!」


 食いついて来たぞ。


「ゴ……ゴホン! いや、とにかく犯人となっていたモッサンを使い魔としたなら、確かに無力化には成功しているな。あくまでそのネズミが犯人だと仮定した場合だが。……ところで」

 もう一度咳払いをしてから視線を俺の頭へと向けた。

「君のその髪は実に見事だな。前見た時は針金のようだったが、見違えるほどに艶やかだ。何かまた薬でも使ったのかね」


「いや。実はこれ、モッサンのおかげで柔らかくなったんだ」


 髪の毛を溶かす事に特化した唾液。それをかけられたせいでフニャフニャになったんだよな、確か。その後ウォーターヒールを使って唾液を洗い落とすと、女性陣が大興奮したサラサラヘアーの出来上がりだ。つかの間のモテ期を楽しませてもらったな。


「な、なんと……ならば是非」

「いや。このネズミはモッサンじゃないんだろ? 単なる俺の使い魔ならば、あなたの望みに応える義務は無い。これがあなたを襲ったモッサンであるなら、話は別なのだがな」


「ぐっ……」


「ちなみにその髪の毛をサラサラの直毛にするとなると、かなり値がはるだろうな。なにせ、量が多すぎる。使い魔の体力も限界があるし、かなり無理をする事になるだろうから、もし依頼するとなると数百万Yはかかるんじゃないかな」


「貴様、汚いぞ!」


 なんとでも言え。お前が相手なら良心は痛まない。


「しかしモッサンが犯人だと認めるならば、彼自身が償いとして無料で髪の毛を治してくれるだろう。その場合、依頼は達成されたものとして報酬の200万Yは払わなければならないが……さて、どっちが安く済むだろうな?」


「ぐぬぬぬぬぬぅ~……!」


「無論、俺としては黙ってこのまま去っても良いんだ。俺の提案はあくまで親切心から提示している。普通ならばここまでコケにされて、怒らないヤツなどいないんだからな。

……さて、どうする。俺としては依頼達成を認める事をオススメするよ、それが一番平和な解決方法だからだ」


「もし、このままで良いと言ったらどうするのだ。私の方からギルドへ、お前たちが役に立たない屑だったと苦情を言っても良いのだぞ。あの街で活動する冒険者で、エルフからの評判が落ちるというのは色々とマズい事になると思うがね」


「そうか、それは困ったな。ところで最近、フォーリードの街に世界各地から冒険者が集まって来ているのは知ってるかな?」


 突然の話題切り替えに、困惑するミシェル。俺は構わず続けた。


「彼らはこの地域の最新の情報に飢えているらしくてね。どんな些細な情報でもそれなりに金になりそうなんだよ。そう、例えばこんな情報はどうだろう。フォーリードの西の森には、髪の毛を逆立たせた奇妙なエルフが治める村があって、何かとガメツいから関わらない方が良い、とか」


「ぬおっ!?」


「冒険者の中にはエルフだっているだろう。よその国のエルフならば余計にこの国のエルフについて知りたがるだろうし、そうなると世界中のエルフたちに知れ渡る事になるかもしれないなぁ」


「お、脅す気か!!」


「滅相も無い。これは単なる独り言だよ。ただ、起こり得る未来の話でもある」


 ニコリと笑ってみせる。ミシェルは真っ赤な顔をして震えていたが、しばらくして観念したのか身体から力を抜いた。

……勝ったな。


「ええい、分かった! 依頼達成を認めてやるし、ギルドへも苦情は言わん。報酬もキチンと支払おう。その代わりしっかりと髪を治してもらうからな!」


「ありがとう。平和的に問題を解決出来て嬉しい限りだ」


「フンッ!」


 何とか無事にクエスト達成という事になりそうだ。ホッとして仲間たちの方を見ると、呆然としてる者、ニコニコとしてる者、様々だ。フレイなどは「よくやった」とばかりに親指を立てているが、ルシアは恐らく初めて見るであろう俺の悪い顔にショックを受けているようだ。目をまん丸にして俺を見つめている。すまんな、ルシア。俺は善人じゃないみたいだよ。






 さて、モッサンによる治療だが、彼の毛マスターというスキルにかかればミシェルのコック頭など敵ではなかった。


 俺の時は強烈に臭い唾液だったが、今のモッサンはフローラルな香りの唾液を出して、毛先までトリートメントする不思議な技を使えるようになった。怒髪天を突く、という勢いだったミシェルのコック頭は見る見るうちに柔らかくなり、すぐに俺のようなサラサラヘアーへと生まれ変わる。ミシェルはさっきまでの不機嫌振りが嘘のように喜び、笑顔でモッサンを抱き上げるくらい有頂天となった。勿論、すぐに取り上げたけどな。


 その際、小さくモッサンが俺に耳打ちをした。


(毛根ガ弱ッテルカラ、多分ソノウチ抜ケマクルト思ウガ、何カ『ケア』シテオクカ?)


 毛根が弱っている。年齢もあるだろうが、やはり薬をつけすぎたのも原因だろうな。急激にエネルギーを使って、毛根が消耗しているようだ。


(いや、このままで良い。ハゲて来たら今度はカツラでも作って売りつけてやるさ)


(容赦ナイナ……)


 勿論ですとも。


 暢気に喜ぶミシェルを見ながら、俺は邪悪な笑みを浮かべる。そんな俺を見ながら、シマ君はため息をついてつぶやくのだった。


『うちのご主人よりえげつない人間、初めて見たわ』


 話が合うかもしれないな、その人とは。










 その日の午後。

 依頼書に依頼達成の印鑑と一筆を貰ってから、俺たちは一度『おやすみハウス』に戻った。そこで遅めの昼食をとり、フォーリードの街へと帰る事に。残念ながらシマ君は遺跡の管理を任されている関係でここを離れる事が出来ない。寂しそうな顔で、支度を整えた俺たちを見ていた。


『兄さんたちなら、いつでも遊びに来てええからな。なんならここで寝泊まりしてもええよ。寝る所なら沢山あるし』


「そうだな。工房も使わせてもらえるならかなり助かるが、街からそれなりに離れているからそう頻繁には来れないかもしれないな」


『そっか……。あ、それやったら良い方法があるわ。兄さん、苺から貰ったアミュレットがあるやろ。それ貸してもらってええか?』


 苺。苺将軍の事か。確かに銀のロザリオみたいな形のアミュレットを貰っている。アイテムボックスから出してシマ君に渡すと、シマ君はまたもや目から怪光線を出して分析を始める。今度はギコギコ言わず、レシートも出さなかった。


『やっぱり、まだスロットが余っとるな。よっしゃ、ほんならここをこうして……出来た!』


「ん?」

 シマ君から手渡されたアミュレットは、銀から金へと色を変えていた。


『マレビトなら、ゲートストーンって知っとるやろ。中継地点を繋げるやつ。その機能を今付与してみたんよ。これさえあれば、いつでも好きな時に遺跡の中にワープ出来るから、気軽に遊びに来てや』


 何とも凄い便利アイテムになってしまった。というか、良いのだろうか。世界のバランスを崩してしまいそうな施設を、俺たちが使ってしまうとか色々と問題になりそうだが……


 まあ、俺がパンツマンになってる時点でバランスブレイカーも良い所だからな。今更か。


 シマ君の申し出を快く受け、これからも『おやすみハウス』を利用する事を約束する。そして一通り皆と言葉を交わしてから、俺たちは遺跡を後にした。


『ほな、またな! 絶対遊びに来るんやで!!』


「ああ、勿論だ。今度は美味いお菓子でも土産に持って行くよ」

 俺の言葉に、セーラたちも続く。


「シマさんもお元気で! また一緒にご飯を食べましょう!」

「さようなら、シマさん。きっとまた遊びに行きます」

「私も行くよ、ここの工房使えば弓の調整も楽だもん」

「……何気に快適だし、私も結構使うかも。トイレも清潔だしね」


 リリーの意見が一々共感できる。ここの生活に慣れたら、きっとどのホテルの生活も物足りなくなってしまいそうだ。ホテル・フォーリードも良いが、こっちの方がはるかに安心出来るからな……。


 そんな事を考えてると、それまで肩に乗っていたモッサンがシマ君へと声をかけた。


『世話ニナッタ』


『ええよ、あんさんもまた来ぃや。使い魔同士、仲良うしようや』


『ワカッタ。ヨロシクタノム』


『よっしゃ、ほな元気でな』


 使い魔たちも挨拶を終え、俺たちはシマ君と別れ街へと歩き出す。シマ君は俺たちの姿が消えるまで、ずっと手を振って見送ってくれていた。









……こうして、エルフの森の連続ツルツル事件は幕を閉じる事となった。新たな仲間を加えて、益々戦力が充実した俺たち。駆け出しのクランとしては依頼達成も嬉しい所だが、そんな気持ちを抱く一方で、俺は妙な不安感を胸の内に感じていた。


 マルセルの残滓。最近何かと不穏なフォーリード周辺だが、マルセルとの戦いはそれをまた強く印象づけさせられた。何かしら悪意ある集団がフォーリードの街を狙っているのは確かで、その動きは間違いなく活発化して来ている。果たして俺は仲間たちを、街の人たちやその暮らしを守り通す事が出来るのだろうか。そんな事を考えながら、俺は仲間たちと家路を行く。 


 空にはいつの間にか、分厚い雲がかかりはじめていた。











 今回でやっとエルフの森のエピソードは終わりです。長々と続いてしまい申し訳ありませんでした。これからはある程度コンパクトにまとめられるよう頑張ります。

 さて、次の話からは日常パートになりますが、作者である私もちょっと忙しくなって来まして、今までのような毎週更新が難しくなって来ました。よってこれからしばらくは不定期更新になります。具体的に言いますと、時間を見つけてある程度話を書きため、区切りが良い所で一気に投下、という感じです。

 ここまで読んでいただいた皆さんならお気づきでしょうが、この作品は日常パートとクエストパートを繰り返して進行しています。今回はクエストパートでした。次回からは日常パートです。そして更新時には、その日常パートをまとめて一気に投下して次の更新はクエストパート、という感じにしたいと思っています。

 毎週更新を楽しみにしていただいてた方、スミマセン。それでも構わないという方は次回更新時も宜しくお願いします。



 次回からはちょっと恋愛関係の話が中心となりそうですが、甘いだけでなくアホな所も出せたら幸いです。


 それでは。






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