閑話 副島さんとドラゴンママ
臨時で一話だけ投稿します。詳しい経緯は活動報告をご覧ください。
ミリア教国マンディールの国土は、大陸の東海岸側を縦に長く伸びている。北部は大地すら凍る凍土圏と呼ばれる地域にまで至り、逆に南部は亜熱帯地域の近くにまで広がっていた。そして王都であるキンロウは丁度中間に位置する場所にあり、一年を通して涼しく穏やかな気候となっていた。東部の山脈地帯から伸びる大河、その上に築き上げられた水上都市キンロウ。地上の街も含めると、この世界でも最大規模の都市面積を誇る。そして行き交う人々の数、その種族の数も多く、様々な文化の交流地点となっていた。建物から衣服、装飾品や絨毯などは様々な様式を取り入れ独自の発展を遂げており、繁華街の景色などは他国では類を見ない、多種多様な文化に彩られた華やかなものとなっていた。
だが、そんなキンロウの景色も都市の中心……水上都市エリアではガラリと変わってくる。本質的に超保守的なミリア教徒の作り上げた街。その中心地に並ぶ建築物の様式は古代大戦前から変わらないものとなっていた。ミリア教において高潔なる精神を表し、最も重要な色とされる青は円錐形の屋根に配色され、次いで重要視されている生命の象徴である黄褐色は主に建物の壁のレンガに使用されている。主にこの二色のみで構成されれた水上都市の街並みは、歴史の重みに加えて頑迷なミリア教徒の心象を表したかのような、排他的な印象を訪れた旅人たちに植え付けていた。そしてそれは、正しくこの街に住む人々の内面を表したものでもあった。
キンロウの水上都市に住む人々の心には独特の選民意識が宿っている。それはこの地区に住む事を許されているのが敬虔な信徒のみ、という事だけに起因するものではない。多種多様な人種の中でも、かつて世界を二分した大戦において最初から最後まで魔族たちと戦いぬいた獣人、猿人族であるという事の誇りも、そうした意識を強くさせている一因となっているのだ。
古代、世界が魔族、巨人、竜人たちによって支配されかけていた時代。圧倒的な戦力差がある中で、知恵と団結力で必死に抵抗していた猿人族。その姿に憧れた絶滅寸前の少数種族たちが集まり、いつしか一大勢力となって大陸を二分するまでに至った。その旗印となったのが多種多様な種族や考えを認めるミリア教だったのだ。故に大戦から千年もの月日がたとうという今現在も、この地に住む猿人族のミリア教徒には強烈な誇りと勝者の自負心を持った者が殆どである。そしてそれは街並みだけでなく、確実に人々の生活にも大きな影響を及ぼしていた。
全てにおいてミリア教徒を優遇し、大戦時に敵対ないしは中立、味方になったとしてもあまり貢献しなかった種族に対しては差別的な扱いをするという、ある種の種族階級制度のようなものを作り上げていたのだ。猿人族を頂点に、宗教的に友好関係にある森の民のエルフ、兎人族。次に妖精、猫人族と続き、その順位は居住を許される地域にも影響を与えていた。つまり水上都市に近い所に住む種族ほど階級が上で、そこから離れた陸地や街のはずれに住む種族ほど差別的な扱いを受ける事になる、という仕組みである。
この街を訪れた旅人たちの多くは、希望を胸に抱いてやってきた若者である。新しい文化の発信地であり、どんな種族をも受け入れる寛容な街。しかしその実態は極めて差別的な街であり、中心地に住む人間は何も新しい文化など生み出してはいない。街の外れに住む人々が、生きる為にあの手この手で売り物になる文化や流行を作り、日銭を稼ぎ、ミリア教徒がその上前をはねて私腹を肥やす。そんな現実を旅人たちは目のあたりにして失望し、肩を落として街を去って行く。それがキンロウという街であり、マンディールという国の抱えた闇、歪さの縮図であった。
そして今日もまた、旅人が街を去る。人狼族の親子。やせ細った馬の牽く小さな屋根つきの荷台に揺られながら、父親は憮然とした表情で去りゆく街を睨みつけ。母親は悲しそうな顔で娘を抱き寄せる。そしてまだ幼い娘は虚ろな目でぼんやりと景色を眺めながら……
葉巻に火をつけた。
「だからやめなさいって言ってるでしょう!?」
「あいたっ!?」
そして母親に叩かれるのであった。
シャルロット・ファンデンバーグ。人狼族。外見年齢で言えば10にも満たない、純真無垢を絵に描いたような少女。柔らかな輝きを放つ銀の髪と陶磁器を思わせる白い肌、どこまでも透き通った光をたたえるサファイアの如き青の瞳。まさにこの世の奇跡とも言える美の結晶であり、その姿を見た者は誰しも心を奪われると言っても過言ではない。
しかし彼女の中身はオッサンであった。徹頭徹尾、心の底からオッサンであった。
本名、副島道広(64)。日栄・トヨナカ工業株式会社の嘱託社員で、正社員時代はカトーの上司をしていた。そして今は、この異世界で第二の人生を楽しんでいる。自身の美しい外見など気にもとめず、酒と葉巻と大好きな釣りに没頭する完璧なオッサンライフを……。
トレット村での騒動の後、シャルロットたちはカトーと別れ、船で予定通りキンロウの街までやってきた。本来であればここから船を乗り継ぎ北部カムタークまで行ってから、その近くにあるトランスポーターという空間移転装置を使って、人狼族の里『ヴォルフシュタット』へと向かうはずであった。しかし、その予定は北部の急な気候変動によって崩れてしまう。
キンロウから北、マンディール北部は毎年秋が短く、急激に冷え込んで冬の景色となる。ただでさえトレット村で足止めを食らっていた所に、例年に無いほど早い冬が到来した事によって、海路が流氷に塞がれてしまったのだ。元々浅瀬が多く難所とされていた上に流氷も来たとなっては船も出せず、結局カムターク行きの船は全面停止となってしまう。残るは陸路だが、寒冷地に強い獣を使った便は元から数が少ない上に乗車希望者の競争が激しい。シャルロットたちはチケットをとれないまま、この街にしばらく足止めされる事となった。
そして多くの旅人と同じように、シャルロットたちもこの街の種族階級差別と直面する事となる。
人狼族は大戦において魔族勢力と敵対していたが、だからと言って猿人族と手を組んでいたわけではなかった。人狼族は元々戦闘力に優れており、他種族と手を組まなくても自国を守る事が出来ていたのだ。大戦終盤においてマレビトたちの呼びかけに応じる形で猿人勢力に手を貸したが、大戦後、元通り猿人族たちとは相互不可侵の関係となっていた。つまりキンロウの街においては排除される傾向にある種族だったのだ。シャルロットたちは先ず宿をとる所から四苦八苦する事になり、最終的には街外れのボロ宿に宿泊するはめになってしまう。
不便をするのは宿だけではなく、買い物をする場所や冒険者ギルドでの仕事にも影響を及ぼした。通常の移動便が使用出来ない時、冒険者であれば長距離移動のクエストを受けて運んでもらう、という手段を取れる。幸いこの時期は北部に向けて木炭や魔鉱石を運ぶ仕事があった。が、シャルロットたちがその仕事を受ける事は出来なかった。猿人族やエルフの冒険者たちに独占されていたからだ。これにはさすがにシャルロットの保護者である人狼夫婦、トトとボズも憤りを隠せなかった。彼らはそれなりにランクの高い冒険者であり、ギルドでこんな扱いを受けた事が無かったからだ。
仕事が回って来ない、買い物すら場所によっては門前払いを食らう。旅費はじわじわと減って行き焦りで精神がささくれ立って行く中、シャルロットだけは平常心を失う事は無かった。人生経験なら夫婦よりも積んでいる中年幼女である。多少の苦難にへこたれるハズが無かった。
シャルロットは夫婦が仕事を探している間、食料くらいはなんとかしよう、と釣りを始める。トレット村に滞在していた頃に、住み込みで働いていた店の主から貰った竿。それとメタルイカの甲で作ったルアーを使って、港で一人釣り糸をたらしていたのだ。そして、奇跡は起きた。
シャルロットの釣り竿に、異様なまでに魚が引き寄せられたのだ。
これには様々な要因が重なった。まず急な気候変化で回遊魚のコースが変わり、北から温帯を好む魚たちが下りて来て、たまたま港に居着いていた事。加えてルアーの銀色の光が、彼らの好きなオキアミの仲間『ギンシエビ』の光沢に似ていた事。そしてこれが一番の理由だが、カトーの成長補正スキルが働いた事だ。
カトーの成長補正スキルは、一度そのメンバーに登録されると遠方に居ても効果を発揮する。そして直接仲間の戦闘に関わらなくても、登録メンバーは獲得した経験値のいくらかを貰えてしまうのだ。トレット村でシャルロットとカトーは別れたが、カトーはその後何度か戦闘を経験しており、その際経験値の何割かがシャルロットに流れ込んでいた。それは体内で待機状態となっており、もしシャルロットが何か成長に繋がるアクションを起こした時に、パラメーターに反映される仕組みにあった。かつてリリーが怪力に目覚めてしまったのは、仕事の準備で街を荷物を持ったまま走り回っていた時に、取り込んだ経験値が反映されてしまったからだ。それが今回、シャルロットの身にも起きたのである。
シャルロットは釣りをした。つまりはそういう事だ。
爆釣りであった。大漁を超えた大漁だった。本来であれば釣れないハズの魚まで釣れた。忍者にして釣り人。気配を完全に遮断し、急成長した釣りスキルでシャルロットは魚たちを釣り上げる。生息地や餌の種類、その他モロモロの世界の法則をねじ曲げてまで魚を釣り上げるその姿は、まさに神。釣り神様の誕生だった。1日で抱えきれない量の高級魚を釣り上げたシャルロットは、アイテムボックスである皮のカバンに全ての魚を詰め込み、宿屋へと帰る。そして宿屋の主人に頼んで換金したり調理して貰ったり。疲れて帰って来た夫婦を唖然とさせたのであった。
シャルロットの釣りはしばらく続いた。勿論噂となり、釣り好きな連中が我も我もと港へと押し寄せる。そして不思議とシャルロットの居る時は周りの連中もバカスカ魚を釣り上げ、瞬く間にシャルロットは彼らの間で幸運の女神と呼ばれるようになった。何人かの釣り人はシャルロットの釣りテクに惚れ込み、酒と葉巻を代価に教えを請うほどだった。勿論シャルロットがねだったのだ。ダメな大人たちはこぞって蒸留酒やワイン、葉巻を献上した。それらを楽しみながら、シャルロットは港での釣りライフを満喫したのだ。なまじ金になるものだから、夫婦もいつものように強く叱る事も出来ず。煙をふかしながら竿の振り方をレクチャーするシャルロットの姿に、ため息をつくしかなかった。
そんな生活が3週間ほど続いたある日。
シャルロットの気ままな釣り生活は、夫婦の必死な努力によって終わりを告げる。
辛抱強く交通手段を探し続けた2人は、とうとうカムターク行きの馬を見つける事に成功したのだ。日頃、保護するハズのシャルロットに逆に養われている状況に、忸怩たる想いをしていた夫婦。一も二もなく飛びついて、翌日早速街を出たのだった。
「しかしこんな痩せた馬で大丈夫なのかね。どうにもしょぼくれた顔をしてるじゃないか」
シャルロットは訝しげに言う。ボズは、難しい顔をしながら答えた。
「この馬しか空いてなかったんだ、仕方ないだろう。それに痩せてると言うが、これでも普通の馬程度には肉はついているから体力はあるんじゃないか」
「大丈夫よシャルロット。馬っていう動物はね、持久力にかけては走りトカゲなんかよりよっぽどあるんだから」
妻のトトもそう言うが、馬に関しては副島時代に散々競馬で負けて、目を鍛えられているシャルロット。馬の目利きに関しては2人より自信があった。この馬は明らかに筋肉が衰えており張りが無い。肉付きの良いのは腹部だけで、肝心の脚部や背は痩せて迫力が無いのだ。きっとこの馬はへなちょこである。そう確信させるだけのダメダメオーラを、シャルロットはその馬から感じとっていた。 そして馬車の主人である男にしても、何とも自信のなさそうな冴えない顔をしていたのである。
「安心してくだせえ、こいつは今朝腹一杯干し草を食ったんです。力なら有り余ってまさぁ」
「……そうかい」
そう言う問題だろうか。そう思いながら何か言葉を返そうとしたところでシャルロットはまたトトに抱きつかれ、されるがままになった。多分馬は途中で力尽きる可能性が高いが、それを言ったところで聞く耳など持たれないだろう。なるようになるさ、と諦めてシャルロットは瞼を閉じた。
キンロウの街を出て北へと伸びる街道を行く一行。左手には空高くそびえ連なる山脈、右手には広大な海が広がっている。そして山から吹いてくる冷たい風が海へと吹き抜けてゆくのだが、その風の強さは馬車の主人の予想以上だったようで、既にその顔からは先ほどまでの余裕な表情は消えていた。進むにつれ風に湿り気が混じり、馬の身体にまとわりつき体温を奪ってゆく。そして小一時間もするとミゾレ混じりの雨が降り出し、天候は一気に悪くなってきた。
「す、すまねえお客さん! ちょっと馬を休ませてえから、街道を外れて雨宿りできる場所を探させてもらいますわ」
「雨宿りできる場所って言っても、そんな場所何処にあると言うんだ!?」
ボズの言う通り、街道近くには雨風をしのげる場所など何処にもない。しかし主人も困った顔で言葉を返す。
「そうは言っても、思いのほか馬が寒さにやられちまってるんでさぁ。この時期にこんな冷たい雨なんて、少なくとも街の近くじゃ降らねえハズなんだけんど……」
やれやれ、とシャルロットはため息をつく。運送を生業としていながらこうした気象変化に対応出来ないというのは問題だ。これはよほど評判の良くない業者を引き当てたな、と夫婦を見る。最近の異常気象について釣り仲間たちから聞かされていたので、こうした気候の変化くらいはシャルロット自身も予想していた事だった。予想外だったのは、この男の適当さである。
さて、どうするか。山に向かって進路を変えるにしても、近くに適当な森などなく、単独で生えている木が数本見られるくらいである。だからこそこれだけ強い風が吹いているのだろうが、こうなると一旦戻るのが一番安全確実なようにも思える。が、恐らく馬の体力は保たないだろう。ミゾレ混じりの雨は段々と白くなって行き、次第にふわりふわりと風に乗って舞い踊り始める。雪だ。馬の身体にも雪がべっとりとまとわり付いており、このままでは体温をどんどん奪われ死んでしまうだろう。シャルロットはいっそ手持ちの酒でも飲ませてみるか、などと危険な事を考えながら辺りを見渡す。すると、街道の先に不思議なものを見つけた。
それは白い煙。もはや吹雪かと見紛う程勢いを増して来た雪子の中、まるで温泉の湯気のようなモクモクとした白い煙が立ち昇っていたのだ。
「主人よ、あの煙を目指してみないか。よく分からないが、もしかしたら温泉でも湧き出てるのかもしれんぞ」
「そんな馬鹿な……」
しかし他に手があるはずも無く。一行は白くなりつつある景色の中を一心不乱に突き進んで行った。
それは、言葉を失うには十分なくらい不可思議な光景だった。
先ず目に飛び込んできたのは地面から生えた大きな黒い板のような物。よく見るとそれは真っ黒な片刃の大剣であり、柄に禍々しい悪魔の装飾が施されていた。また赤いラインが刀身に走っており、マグマのようにギラついた輝きを放っている。強烈な熱を宿しているのかその大剣の周囲では雪が溶け、また冷たい風も熱風によって遮断されている。あの白い煙はこの大剣の熱によって溶かされた雪、水蒸気だったのだ。
次にその手前にいる2人の人物。その外見もこのマンディールではあまり目にしないものだった。1人は長身で真っ赤な長髪が目を惹くグラマラスな女性。頬に髪と同じ色をした傷のようなペイントを施しており、目つきもギラギラと獲物を狙う野獣のような輝きを放っている。もう1人は黒髪の少年で、女性とは違って気弱そうな表情をしていた。背は小学生くらいで、実年齢もその辺りだろうと思わせる外見をしていた。これだけならただの親子連れに見えるのだが、問題は2人の服装である。女性は俗に言うハイレグアーマーと言われるような際どいデザインの鎧を着ており、子供にいたっては全身に鋭いトゲのついた物々しい甲冑である。そして決定的に異彩を放ってるのが、2人の耳だった。そこには魚のヒレのようなものが生えていて、その周囲を細かな鱗が薄っすらと覆っていたのだ。
竜人。ゲームにおいて最強の種とされ、この世界では魔族側について他種族を蹂躙したとされる恐るべき存在。そんな2人の竜人が、何故かこのマンディールという国の人気のないような寒々しい野っ原で背を丸め。串にサイコロ状の肉を刺して網焼きなんてしているのだから、言葉を失うなと言う方が無理な話かもしれなかった。
呆然と立ち尽くす一行。そんな彼らの姿が目に入ったのか、竜人の女性が顔をあげる。そして手を振って声を声をかけた。
「おう、お前らもこの吹雪にやられたか。まあこっちに来いよ、ここはあったけえぞ」
その言葉にシャルロットたちは我にかえる。最初に口を開いたのはシャルロットだった。
「すまない、本当に助かった。急な天気の変化で馬が弱ってね。どうしようかと途方に暮れていたんだ」
「馬、ね。寒ぃ所を走るならゴーレムかモフモフ象じゃないと厳しいぜ。その馬で北に行くつもりなら無茶だ、カムタークなんてもう雪がつもってるし。途中のジルの村ですら朝に霜がおりてるくらいだ」
「えっ」
顔色が悪くなるのは馬の主人の男。
「そいつぁ本当かい……不味いな、俺もカムタークに用があるから臨時で馬を出したんだが、こいつは無茶だったかもしんねえな」
「まぁ、この吹雪はしばらくしたら収まりそうだけどな。とりあえず、体力回復するまでここで休んでけよ。腹ぁ減ってねえか? 肉なら沢山あるからよ、好きなだけ食ってくれ」
そう言って肉の刺さった串を見せる女性。焼けてジュウジュウと音をたてる肉汁の良い香りが漂って来る。遠慮しようとしたシャルロットだが、後ろでグゥー…と腹の音を立てる夫婦の顔を見て苦笑いを浮かべた。そう言えばこの所魚ばかりを食べさせていた。人狼族の2人には肉の恋しい日々を送らせていたのだ。ここは彼らの為にも素直に好意を受け取ろう、と考えなおす。
「ありがとう。代わりと言っては何だが、こちらからは魚を贈ろう。とれたてを絞めて血抜きをして、すぐアイテムボックスに入れたものだから新鮮だぞ」
「お、いいねえ」
そんなやりとりを経て、シャルロットたちは即興のバーベキュー大会を開くことになった。
地面に突き立てられた何本ものナイフ。真っ赤に輝くそのナイフは全て、『モモ』と名乗る竜人の女性が作った物だった。吹雪から身を守っている大剣にしてもそう。彼女は海の向こう遥か東にある竜人たちの国、ドラグニア出身の鍛冶職人だという。珍しい素材を求めて旅をしており、その途中で孤児だった少年『アレス』の保護者となった。それから2人で旅を続けているという。
赤く焼けたナイフの上に金網を乗せ、その上にシャルロットが捌いて開いた魚を並べるモモ。彼女の作った武器は炎の力を宿しており、ほんの少し魔力を流すだけでこうして物を焼く事が出来る優れ物である。竜人の2人は魚を食べるのが久しぶりらしく、少年のアレスなどは目を輝かせていた。
「ママ、魚は骨まで食べると頭が良くなるんだよね!」
「そうだ。早く頭を良くして、騙されてる事に気づくんだぞ」
「うんっ!」
あんまりな内容の会話にシャルロットもギョッとするが、竜人は顎の力が強く魚の骨くらいなら問題無く噛み砕く。この2人の間では普通の会話であった。
「しかし君の持っていた肉も素晴らしく味がいいね。いったいこれは何の肉なのかね」
串に刺さった肉を頬張るシャルロット。表面はしっかり焼けて少し固いくらいだが、ひとたび噛み締めると溢れる肉汁と共に柔らかくほどけてゆく不思議な食感。脂は乗っているがさらりと軽く、幾らでも食べられそうだった。味付けは調味料をろくに用意していなかったらしく塩だけだが、肉自体にしっかりとした味があったのでむしろ正解だった。これだけ美味い肉はシャルロットは勿論、人狼夫婦や馬主の男も食べた事がない。だからつい聞いてしまったのだが、モモの返事を聞いてまたもシャルロットたちは驚愕する事となる。
「確か今焼いたのはホーリードラゴンの肉だな」
時が止まった。
「オレの住んでた水晶の森って所に、馬鹿でかい城作っていい気になってやがったんだ。で、オレに喧嘩売ってきたからブッ殺して素材にしてやった。肉も食料として確保したんだが、ちと量が多くてなぁ。だから遠慮なくバンバン食ってくれ。あ、属性が闇の奴は聖に傾いちまうから注意しろよ」
思わず噴き出しそうになるのを必死にこらえる夫婦。ボズやトトのような中級クラスの冒険者にとって、巣を持ったドラゴンなど恐怖の対象でしかない。それも城を持つほど強力なドラゴンなどお伽話の世界の話だった。馬主の男に関しては別の所で驚いている。ホーリードラゴンは聖なる神の使いだと、ミリア教の神話で語り継がれていたのだ。それを、食べてしまった。何かしらバチがあたるのではないかと思っていたのだ。だが、美味い。美味くて止められないから、なおさら良心が痛んだ。
シャルロットも驚いた。それは単純に、ドラゴンが本当に存在するのか、という驚きだった。
「ほほう。トカゲの王様がこれほど美味いとなると、そこら辺のトカゲもそれなりに美味いのだろうか」
「いや不味いぜ。こないだ鎧トカゲを食ってみたが臭くて食えたもんじゃなかった。オレの倒したホーリードラゴンはさ、頭が良くて言葉も話せて、色んな所の村から食料を脅して確保してたんだ。日頃から良いもん食ってるから、こんだけ美味いんだろうよ」
またも凄い発言が飛び出した。人の言葉を話せるドラゴン。それは竜種の中でも千年単位で生きて、人を超え神に近い知能を持ったとされるエンシェントドラゴンに違いない。伝説級のドラゴンであり、流石にこれは嘘だろうと馬主の男などは笑ってしまうが、ボズやトトは嘘とは思えず顔を強張らせるばかりだった。よくよく見れば、あの地面に突き立てられた大剣は強烈な闇属性の魔剣である。吹雪を無効化するだけの強烈な炎を宿してなお耐えられる魔剣ならば、元々の闇の力にしても相当なもののはず。それこそ、属性相性のよい相手ならば伝説級のドラゴンさえ倒してしまうくらいの……
やめよう、とボズは頭を振った。
事実がどうであれ、危険なドラゴンはここには居ない。美味い肉がここにあるだけだ。隣のトトに目を向けると彼女も同じ心境だったらしく、また串に刺さった肉にかぶりつき始める。美味けりゃなんでもいいじゃないか。ボズも余計な事を考えるのをやめて肉にかぶりついた。そう、考えてはいけない。もしかしたらそのドラゴンが各村に人間の生け贄を求めていたかもしれないとか、考えちゃダメなのだ。
しばらく和気あいあいとした時間が流れた。
モモとアレスは先ほどの言葉通り焼き魚を頭から丸ごとバリバリと食べ、「ちょっと頭が良くなった気がする!」「そうか、相変わらずバカだな」と酷い会話を繰り広げる。人狼夫婦も「やっぱり肉は良い、魚は飽きたんだ」「これからは多少お金がかかっても、お肉を食べる日をつくりましょ。あの娘も人狼らしく肉を食べるようにしなくちゃ」などと興奮気味にはなしている。馬主の男だけは「いや、もし本当だったら」「神よ、許したまえ」などと言っていたが、シャルロットの「まあまあ呑みたまえ」という言葉と共に渡された酒を飲んでタガが外れた。最終的に一番肉を食べたのは彼だった。
そんな風に楽しい時間を過ごしていた時。いい具合に酔いの回った男がモモに尋ねた。
「そういや姉ちゃん。あんたカムタークの話をしてたけど、もしかして北から南へ向かってるのかい?」
「おお、そうだぜ。よくわかんねえゲート使って移動したらカムタークの町に出てさ。なんつったっけなぁ、ええと、『コンドームとチンポコくさい』だっけ」
「『コンドラムとティアンナ・ポコ夫妻』だよ」
酷い下ネタに対して冷静に訂正するアレス。将来大物になるかもしれない、とシャルロットは思った。
「そうそう、そのなんちゃらポコん所でしばらく世話になったんだ。すげえ寒いとこだったからよ、この火付けナイフとか沢山作ってやったら随分喜ばれたぜ。このガキも薪割りの手伝いで頑張ったみてえだしな」
「うん、ぼくすごく頑張った!」
可愛らしくガッツポーズをするアレスに頬を緩めるボズとトト。彼らは知らない。アレスが頑張り過ぎた為に毎年キンロウのギルドに依頼されていた薪割りの仕事がなくなり、カムターク行きの便が一つ無くなった事を。町の人間の大半が一冬越せるだけの量の薪割りを、アレスは平然とやってのけていたのだ。
「で、な。過ごしていて確かに居心地は悪くなかったんだけどよ、手に入る素材は地味だし鉱山地帯は立ち入り禁止になってるし、オレとしてはメリットのある場所じゃなかったんだよな。そんな感じで見切りをつけて、南に向かってるってわけだ。目指すは冒険者の街フォーリード、あそこでモンスター素材を集めようと思ってる」
「フォーリードか……そうだな、姉ちゃんたちはこのままフォーリードに行った方がいいかもなぁ。俺はキンロウの出だけど、あそこは余所者にはキツイんだわ。とくにほら、姉ちゃんたちは竜人だろ。変な因縁つけられるかもしんねえから、素通りした方がいい」
その言葉にボズとトトが顔を曇らせる。自分たちも辛い思いをした。あの肩身の狭い思いを、アレスのような少年に味わわせるのは酷だ。男にしても、色々と良くしてくれた相手だからこそこんな助言をしている。魔族側についた竜人族がキンロウの街で平穏無事にすごせるわけは無いのだ。
そんな彼らとは別に表情を明るくしたのはシャルロットだ。彼女にとってはキンロウよりも、フォーリードという街の名前こそ重要であった。
「目的地のフォーリードなら、私の知り合いが住んでいるよ。もし良かったら紹介しようか。彼は今冒険者としてかなり活躍しているようだから、君の言うモンスター素材という物についても詳しいと思う」
「そりゃいいな、助かる。差別云々については今まで散々経験したから今更なんだ、それよりも素材だな。そいつ、名前はなんてんだ?」
「ああ、カトーという。カトー・シゲユキという名前だよ」
「カ……カトー?」
それまで飄々とした表情で話していたモモだったが、その名を聞いた途端に顔を強張らせた。
「何でも新しく会社のようなものを設立してるそうだよ。気立ては良いし世話見の良い男だから、きっと君の力になってくれるだろう。ああ、私の名前は『副島』という。副島から紹介してもらったと言ってくれ」
「副島……」
冷や汗のようなものまで流れ出した。モモは顔を引きつらせながら曖昧な返事をする。
「ははは、変わった名前だな。すぐ覚えたよ。ありがとう、副島さん。とりあえずフォーリードについたらさがしてみる」
「うむ、そうしたまえ」
隣で「シャルロットの方が良い名前なのに」というトトの言葉を無視して得意げに微笑むシャルロット。そんなこの女を見ながら、なにやらブツブツつぶやくモモ。アレスは今まで見たこともないモモの姿にポカンとするのだった。
吹雪が止み、先ほどまでの悪天候が嘘のような穏やかな日差しが雲間から差し込んできた。
炎の大剣を地面から引き抜き、軽々と肩に乗せるモモ。先ほど別れを告げたシャルロットたちが遠くを歩く姿を見送りながら、ひとつため息をついた。
「ママ、元気ないの?」
「うんにゃ。そういうんじゃねえよ」
言いながら、本当にそうだろうかと自問自答する。
懐かしい名前。忌々しい名前。そして実際の所は憧れていた名前。
カトー・シゲユキという名前を、まさかこんな所でまた耳にするとは思ってもみなかった。モモは複雑な表情で去りゆくシャルロットの背中を見つめる。
「それにあのオッサンがまさかお仲間だったとはなぁ」
「え、仲間?」
首をかしげるアレスの頭を撫でながら、モモは笑った。
「ああ。ママと同じだよ。あのおチビちゃんはオレと同じ……変態なんだ」
「ふ~ん。よくわかんないけど、終わってるね!」
「なんだと、このガキャ??」
パコン、と軽い音が寒空に響き渡った。
名前 モモ・ジーリオン(Lv400)
種族 真・竜人 26歳
職業 戦士(☆)
HP 1420/1420
MP 2800/2800
筋力 213
耐久力 657
敏捷 590
持久力 190
器用さ 6240
知力 150
運 7650
スキル
現在閲覧不可
名前 アレス(Lv15)
種族 竜人 9歳
職業 戦士(Lv7)
HP 270/270
MP 187/187
筋力 65
耐久力 77
敏捷 51
持久力 68
器用さ 67
知力 35
運 92
スキル
現在閲覧不可




