欲深き人々と進化の秘薬
クランハウスの前庭の一画、門を入ってすぐ右手にある畳二十枚程のスペースが、俺と白鳥君の作り上げたカトー農園である。庭は基本的に綺麗な芝生で覆われているのだが、ここだけは剥き出しの土と雑草の生えるありふれた畑となっていた。いや、そこに植えてある薬草を考えたら全然ありふれてはいないか。ちょっと普通じゃない畑と言いかえよう。
そんな畑で俺とローランドは、神父がやって来るまでの時間を草むしりで潰した。しかし薬草自身が雑草をほじくり返すという予想外の展開もあって、思っていたより早く草むしりは終わってしまう。仕方ないので俺はローランドを相手に新魔法の研究を試みた。
「ローランド、最近暑くなって来たな」
「えっ? むしろこれから涼しくなって行く季節ですけど……そうですね、残暑は確かに厳しいかもしれません」
「そんなローランドに朗報だ。暑い夏を乗り切る為の、とても気持ちの良い魔法を俺は開発した」
「はぁ……冷たい水でも出すんですか?」
そこでハッとした表情をする。
「待って下さい、まさかこれから私にその魔法を使うんじゃないですよね!? 嫌ですよ、そんな安全性も確認されてないような魔法をかけられるのは!」
「大丈夫だ。日頃苦労をかけてるローランドをいたぶ……いたわろうという俺の気持ち、受け取ってくれ」
「今何か不穏な単語が聞こえたような」
『ウォータージェイル』
「あぁああああああっ!?」
ローランドの首から下が、水の塊に覆われた。なんとなく雪だるまに近い形状だ。違う点は水だから透明で透けて見える事、着ている服がフワフワと浮き上がって下着やら何やらチラチラと見えてしまう事か。何をしてもエロから離れられないんだな、お前は。
「涼しくないか?」
「そりゃ涼しいですよ、水風呂に入ってるようなものですから! でもこれから人に会うというのに水浸しにされちゃたまりません!」
「大丈夫、後でウォーターミストを使って水分を散らしてやるから」
かつてネイの放った粘液弾を乾燥して破壊した要領だ。俺がそう説明すると、ローランドは諦めたように言う。
「わかりました、ちゃんと乾かして下さいね。確かにちょっとひんやりしてますし、草むしりで汗をかいてしまったので今はこの水がとても心地良いです」
草むしりの時間なんて大して長くはなかったんだが、こいつは既に汗をかいているという。以前と比べて身体は強くなっているハズなのに、もう疲れた顔をするのは日頃の疲れが溜まっているからなのだろうか。それならば回復してやらねばなるまい。
「疲労回復にはジャグジーが基本だよな。ローランド、リラックスしていてくれ」
「えっ、何をするつもりですか」
『ウォーターヒール』
水魔法の基本、ウォーターヒールを繰り出す。ローランドの身体を包み込む水球が、一気に回復属性を帯びた。前々から可能じゃないかと思っていたが、やはり魔法は変質させる事が出来るようだ。力の方向性を、違う魔法で途中修正する事が出来る。
ちなみにウォーターヒールは前回同様しゅわしゅわパチパチである。巨人を悶絶させたあの刺激が、今ローランドの身体を支配していた。
「ひゃああああんっ!? あっ、あっ、カトーさん、これ、あっ、凄……」
くねくねするローランド。予想以上に危険な絵である。自分の身体を抱きしめるようにして、艶っぽい声を出すローランドは明らかに子供に見せられない妖しさを醸し出していた。ううむ、ヤバいな。この状態で街を歩いたら多分捕まる。
「ローランド、気持ち良いのは分かるが少し声を落とせ。近所の人たちに見られてしまうぞ」
「んんっ!? ん、んっ、んんーーっ! んぅん、んんっ!!」
益々エロい事に。指を噛んで声を抑えようとするローランド、しかし身体は時折エビのように強く跳ねる。俺の言った「見られてしまうぞ」という言葉も生粋のMであるローランドにとっては逆効果にしかならず、怒涛のように押し寄せる快楽の波に翻弄されるばかりである。そして……
『何してるのよ、アナタたち』
ついに第三者に見つかってしまう。ああもうお終いだ、という絶望感がこの上ない快楽へと変わったのだろう。ローランドはキュッと目蓋を閉じて身体を強く硬直させた後、意識を失ってゆっくりと倒れてゆく。そして水球の中で幸せそうな顔をしながら漂うのだった。……これは完全に新しい世界に目覚めてしまったかもしれないな。
「トドメを刺したのはネイだったか」
『ちょっと待って、話が全く見えないんだけど』
振り返った先には、困惑するネイの姿。そして顔を赤くして俯いている神父らしき男性の姿があった。
クランハウス一階、会議室や倉庫から少し離れた場所にある応接室。キスクワードによってプロデュースされた事がよくわかる豪華絢爛な部屋で、俺と神父たちは対面する事になった。ちなみに俺たちを案内したのはホテル・ヴァンドームからやって来たメイドである。どこからか覗き見していたらしく、ローランドが倒れたと同時にどこからともなく(瞬間移動並のスピードで)メイド集団があらわれ、彼を運び去って行った。そしてその中の一人……マゼンタと名乗る、長身でメガネを掛け、やたらと肉感的な女性がローランドの代わりに仕事を引き継ぐ事になったのだ。
マゼンタはこの建物を知り尽くしている。構造は勿論、保有している資料や金庫に収められている金やキッチンにある食料まで全て。俺たちをまるで我が家を案内するかのように応接室へと通すと、淀みの無い動きで人数分の紅茶を用意して見せた。本音を言うと、俺は神父たちよりも彼女の存在の方が気になって仕方がなかった。もしかしてローランドより遥かに有能なんじゃないか、と。
「それでは何かありましたら御申しつけ下さい」
そう言って部屋の隅に控えるマゼンタ。それまで呆気にとられていた俺だったが、彼女の言葉に気持ちを切り替えて神父たちと向き合った。
「それでは……初めまして、神父殿。私がカトー・シゲユキです。不在時に何度も足を運んでいただいてたと聞きました。ご足労おかけして申し訳ない」
「いやいや、そちらの都合も考えずに勝手にお伺いしていた私が悪いのです。今日はお会いできて良かった、一度直接お会いして礼を言いたかったのですよ」
そして神父はにこやかな顔から少し引き締まった真面目な表情へと変える。
「初めまして、私はミリア教会フォーリード支部のティモシー・ポコと申します。……先日いただいた巨額の寄付、大変感謝しております。おかげで孤児院の子供たちにしっかりとした食事を与える事が出来るようになりました」
そう礼を言うティモシー。神父らしく神官装束を身に纏っているものの、彼はまだまだ若いらしく一般的な宗教家というイメージからは外れている。保育園で働いてる人のような柔らかい雰囲気を持った人で、多分俺と同世代か少し上、といった所だ。風格は無いが品はある、といった感じの誠実そうな男に見えた。ちなみに背は低くルシアと同じくらい。髪の毛は赤毛に近い茶色だが、苦労しているのかかなりの量が白髪になっていた。
ティモシーに次いで口を開いたのはネイだ。彼女も以前会った時と変わらずシスター然とした雰囲気を持っており、むしろティモシーよりよほど宗教家としてのオーラを放っている。紫色の肌と金色の瞳が異質で少々禍々しく見えはするが、それ以外は清く正しい聖職者の姿をしていた。
『キスクワードさんから聞いたけど、寄付金を巡ってちょっとした騒動が起きていたみたいで申し訳ないと思っていたのよ。悪かったわね、何だか迷惑をかけちゃって……』
なるほど、その事に関する謝罪もしたかったのか。律儀というか何というか、それは別にネイたちのせいじゃないのにな。
「金欲しさに暴走する奴らはどこにでもいるし、そもそもネイたちのせいではない。気にする必要は無いよ。キスクワードが言ったと思うが、あの寄付には投資という意味合いが強い。この街を良くする活動にはこれからも色んな形で協力して行きたいと思っている」
この言い方は少々失礼かもしれない。教会の人間に向かって「信仰心からの寄付ではない」と言ってるようなものだからだ。しかしティモシーは気にしていないようだった。
「元々私は街を良くしたい、というより辛そうにしている子供たちが見ていられなかったから孤児院を作ったりしていたんですよ。けれど現実問題として資金が続きそうにありませんでした。私の見通しの甘さから子供たちをまた苦しい生活に戻してしまうかもしれない、という切羽詰まった状況でしたから、今回の寄付には本当に助けられたんです」
ふむ。
俺は前々から疑問に思っていた事を尋ねる事にした。
「少々不躾な質問をさせていただいて宜しいですか」
「はい、何でも聞いて下さい。それと口調は普段通りで結構ですよ、ネイさんの話では普段ざっくばらんに話されているとの事ですし」
「分かった。なら、そっちも普段の口調にしてくれ。俺は堅苦しい雰囲気が苦手で、あんまり続くと蕁麻疹が出そうなんだ」
「……そうですか。ならお言葉に甘えて」
少しリラックスしたような顔になる。
「僕に聞きたい事って何かな。答えられる事なら何でも答えるよ」
僕。ぼく。今までに無いキャラクターである。気弱そうな雰囲気に良く合っていた。だからこそ、責めるような言い方は苛めているようで嫌だったが、俺は言葉を選びながらも少し強い口調で尋ねてしまう。
「この国はミリア教を国教にしているハズだが、何故そのミリア教国であるマンディールで資金難に苦しむ教会が出るんだ? 特にこのフォーリードは、マンディールでもそれなりに大きな街だろう。教会側としては重要な拠点となりうる場所にも関わらず、実際には教会自体は一つしか作っていない。そしてその一つしかない教会が資金難にあえいでいる。何だかチグハグな感じがするんだよ。それに人を救うのに金がかかるのは初めから分かっていただろうから、これまでに色んな所に資金援助を募ったりしたんだろう? そこまでして何故こうも立ち行かなくなるのか、疑問に思っていたんだ」
つまり『所属団体からのサポートは無かったのか』と。あまポテの件にしても発端は資金難だったからな。
「それに関して説明すると少し長くなるんだけど……」
「構わない。ルシアという仲間がいる以上これからも長く付き合って行く事になるだろうし、出来る事なら相互理解を深めておきたいと思っていたんだ」
そう言うと、少し迷ったもののティモシーは頷いた。この件に関してはネイも知りたがっていたらしく、黙ってティモシーの言葉を待っている。頭の中で整理しているのか暫く目蓋を閉じて沈黙してから、ティモシーは静かに語り出した。
彼の話では、どうやらミリア教会にとってフォーリードという街は扱いにくい場所であるらしい。国境近くにあり、常に隣国の侵攻にさらされる危険性のあるこの街には、必然的に屈強な兵士や冒険者が集まる事になる。その大抵が初等教育を受けてはいるものの、敬虔なミリア教徒とは言い難く『神に助けを請う暇があるなら目の前の困難を自力でぶっ飛ばせ』という人間ばかり。
つまり、脳筋が多くて信者になるような人間が少ないのだ。
また、異国からの流入者が多い事もその傾向に拍車をかけた。ミリア教は基本的に価値観の違いに寛容な宗教だが、その信者たちは閉鎖的な気質の者が多いらしく教会団体は異国の価値観が流入する事を嫌い、彼らと積極的に関わろうとはしなかった。結果的に異国民の多くは脳筋なフォーリードの街の空気に染まって行き、ミリア教から離れて行く事になる。信者になる可能性は無いに等しいのだ。
結果、ミリア教会はフォーリードでの活動を断念した。しかし一応教会だけは建てさせてもらおう、という事で一つだけこの街には教会が建てられている。この地での活動に何の期待もしていない為、支給される活動資金はゼロに近い。これが資金難の理由の一つであった。
また、ティモシー・ポコ自身にも問題があった。
彼は元々首都キンロウの教会本部で働いたが、そこで数々の汚職を目にしていたらしい。賄賂が横行し、本部内の派閥闘争ばかりに必死になっている神官たちに絶望し、それでも組織の体質改善をはかろうとした。その結果、当然の如く左遷されたと言う。
「聖騎士や聖魔導士の資格を金で売るような事が日常化していて、貴族であれば誰もが聖騎士を名乗っている世界なんだ。幾ら何でも歴代の聖職者達に失礼ではないかと思い、色々と頑張ったんだけど何の改善にも繋がらなかった」
彼はミリア教不毛の地とされるフォーリードへと配属されたが、飛ばされたのは彼だけでは無かった。なんとその年に女学校を卒業して教会本部に内定の決まっていたルシアまでもがフォーリードへ飛ばされてしまったのだ。更にはルシアの親であり、ティモシーの兄にあたるアルバート・ポコと妻アミルに至っては国内最北端で極寒の地とされるカムタークの街へと異動となり、ルシアは親と離れ離れにされてしまった。
本部から遠く離れたカムタークやフォーリードのような辺境の街は、ミリア教会にとって流刑地のような場所なのだ。
現在教会にはティモシーとルシアを含め5名の神官が勤めている事になっている。しかし実際に神官として活動しているのはティモシー一人だけで、他は一般の会社で働いたり冒険者をしたりして生活費と活動費用を稼いでいるという。
ミリア教会と少しでもつながりのある企業や人間からして見れば、彼らは教会に反発した人間であり、下手に助力してしまえば不利益を被るかもしれない。そんな考えを持つ人間も多く、だからこそ彼らをサポートしようなどと言う人間もあらわれにくい。孤児院の資金援助を依頼しても断られる事が多かったのはそのせいであった。
「実際に面と向かって言われる事も多かった。カンティーナの街では罵倒されたりしたよ。僕に対する包囲網みたいな物が出来てるような、そんな錯覚がした」
「この街ではどうだった?」
「そもそもミリア教会自体が信頼されてないから、門前払いが多かったよ。後、話を聞いた上で『孤児院経営を甘くみるな』とか『それは君たちの仕事じゃないだろう』とか怒られる事が多かった。当時は反発していたけど、実際にやってみると彼らの言っていた事がよく分かる。僕は本当に世間知らずで浅慮だったんだな、って」
それに関しては俺も同感だ。聞く限りにおいて、ティモシーは深く考える前に行動に移してしまう傾向にあるように思える。だがそれを俺が非難する事は出来ない。きっと俺が彼と同じ立場だったら、似たような事をしているからだ。実際に上に反発して自分の立場を危うくした事なら結構あるからな。俺の場合は家族親戚が居なかったからそんな無茶も出来たが、彼には親戚が同じ業界に沢山いた。それを考えると確かに彼の行動は浅慮と言う他無いだろう。しかし気持ちは分かる。
「僕が話せるのはそれくらいかな。ルシアや兄さんたちは『気にしないで』なんて言ってくれてるけど、みんなの未来を閉ざしてしまった事を考えると申し訳ない気持ちで一杯なんだ。孤児院の件と言い、僕には誰も救えないんじゃないかと思えてならない」
言いながら落ち込むティモシー。まるで懺悔を聞いてるかのような感覚だな、これは本来お前の仕事だろうに。第一結果はどうあれ一時的にも子供たちは救われた。今まで孤児院を存続させて来た努力は立派だと思うし、真面目で頑張る人間だからこそルシアたちも支えようとしたんだろう。彼の話を聞く限り、本当に悪いのは本部の人間でありそうした連中に媚びる企業であるように思える。
とにかく彼の甘さや青さが微妙に理解出来るだけに、俺は彼を非難したりなど出来なかった。むしろ応援したいとさえ思えてくる。彼やその関係者を支援してミリア教会本部の連中を挑発してみるのも面白いかもな、とか考えてしまう俺はやっぱり悪い人間だろうか。
一方、何やら先ほどから黙って考え事をしているネイ。彼女に何を考えているのか尋ねたら、何とも複雑な表情を浮かべてこう答えた。
『なんだか……幻想が崩れて行く感じだわ。サウスコリのミリア教徒たちには、私も含めてマンディールに強い憧れを持った人が多かったから。辛い日々を祈りと共に生きている人もいるというのに、ミリア教徒の作った国がこんな有り様だなんてね』
もっともな意見だった。彼女は本当に真面目なシスターだったようだから、今の話を聞いて悲しくなっただろう。デカい組織になれば腐敗するのは仕方無い事だが、清く正しくをモットーにする宗教関係でそれをやっちゃあお終いだろうと思う。もっとも俺のいた世界では胡散臭い存在の筆頭が宗教関係者だったし腐り方が酷いのも同じだったが。
「確かに話を聞いてたら嫌な気分になってくるな。皮肉な話だが腐った連中から遠ざかっている今の状況は、厳しいけれど神官として真っ当に生きて行ける良い機会とも言えるんだろう」
そう言ってから俺はティモシーへと向き直した。
「キスクワードとも相談するつもりだが、これからは俺が金銭面での支援を引き受けようと思っている。君たちは気兼ねなく本来あるべき宗教人としての道を歩んで欲しい」
「えっ……いや、あの、本当に!?」
驚くティモシー。ネイはある程度予想していたのか目を丸くするだけだった。
「ああ。ネイを保護して貰ったのと、ルシアを借りている礼だと思ってくれ。……ルシアに関してはかなりの戦力になってるから、これからも力を借りる事になりそうだし」
「いや、それじゃあ礼が勝ち過ぎるよ。資金援助は嬉しいけど、既に2億なんてとんでもない金額の寄付をしてくれたろう。何故君はそこまでしてくれるんだ?」
「面白そうだからだ」
即答した。
「冷遇されているこの街の教会がいきなり羽振りが良くなったら面白いだろう」
「……え?」
「勿論他にも色々理由はあるけど、一番の理由はやっぱり俺自身が面白そうだと思ったからだよ。基本的に俺は深く物を考えるのが苦手でね、楽しければそれで良いという所がある」
俺の発言が信じられないといった感じで目を白黒させるティモシー。しかしこれが俺なのだから早く馴れて欲しい所だ。きっとこれから色々と振り回す事になりそうな、そんな予感がするんだよな。俺の予感は結構当たるし、当たりそうになかったら無理矢理当てる。
「君の活躍に期待しているよ。存分に俺を楽しませてくれ」
「……なんか凄いプレッシャーなんだけど」
ごめんね。
苦笑いするティモシーだったが、同時に安心したような表情を見せた。慢性的な資金難から解放されてホッとしたのかもしれない。これで彼にとっての不安要素はルシアの両親たちの件だけになっただろう。何らかの形で彼らにも支援してやりたいが、そこら辺はキスクワードやルシアと要相談といった所だな。
さて彼らとの話が一段落してから、俺はネイに例の件を相談してみた。薬草の異常成長の事だ。話を聞いてネイは『そんな馬鹿な』と驚いたが、興味を持ったらしく早速見てみたいと言ったので庭へと案内した。そして俺自慢のカトー農園を見てネイは絶句する。
「むちゃくちゃ元気なんだ」
『…………』
「凄いね、こんな植物見た事無いよ」
頭を抱えるネイの横で呑気な事を言うティモシー。俺も葉っぱを使ってシャドーボクシングをしながらこちらを威嚇する草なんて見た事無いな。ローランド以外には懐かないのだろうか。
「ネイ。これはどういう薬草なんだ?」
『少なくともこんな薬草じゃなかったハズなんだけど』
ジトっとした目で薬草を見つめる。
『まぁいいわ、今から調べるから。葉っぱ一枚もらうわね』
「大丈夫なのか? 変な毒とか持ってたら……」
『私の中から生み出された種を使ったのよ? 大丈夫に決まってるじゃない。そもそも私に毒は効かないわ』
そうかなぁ。無軌道に成長しちゃってるんだけどなぁ。しかし聞いてくれそうに無かったので俺は黙った。
薬草に近づくネイ。シュッシュッと音を立ててジャブを繰り出す薬草。しばらく睨み合いをしてから、ネイは金色の瞳をギラつかせながら言った。
『根こそぎ食われるか葉っぱ一枚をよこすか、どちらか選びなさい』
ビクッと硬直する薬草。これ脅しだよな。トレントが薬草を脅すって、どういう状況なんだろう。しかも薬草がかなり震えて怯えてるし。もはや抵抗の意志を完全に失った薬草は、言われるままに葉っぱを一枚自ら手刀?で切り落とし、ネイへと差し出した。その姿は明らかに敗者であった。
『いい子ね。じゃあいただくわ』
今だけはシスターというより悪魔に近いネイ。躊躇する事無くトゲのついた葉っぱを口に入れると、ガショリガショリと音を立てて頬張り始めた。怖い。これは怖い。ティモシーも少し顔を青ざめさせてそれを見つめていた。そして……
『うんっ!?』
ネイの様子がおかしい!
「大丈夫か、ネイ!」
『うっ……ああぁっ! これは、ヤバいわ!!』
「ネイさん、吐き出すんだ! 今なら間に合う!」
うずくまるネイにかけよる俺たち。一緒について来ていたマゼンタも慌ててタオルやら何やらを取り出した。ネイの身体はガクガクと震えだし、全身からとんでもない量の汗を吹き出し始める。マゼンタが拭くと、タオルは紫色に染まった。
『……これ、毒じゃない! 毒なんかよりよっぽどヤバい!』
震えながらも何とかそう答えるネイ。毒じゃない? どう見ても毒だろう。とにかく汗が凄まじく、マゼンタの手にしたタオルはもう染め物状態だ。
『この薬草、元々は強い回復薬の材料だったんだけど……な、なんか、限界突破して回復しちゃうようになってるのよ! 過剰回復よ、これ! あなた達は絶対に口にしちゃダメよ!!』
いや、その姿を見て自分も食べてみようとか普通は思わないだろう。しかし過剰回復って何だ? 限界突破して回復とか、意味あるのかな。
「食べるとどうなるんだ?」
『若返ったり成長したり、とにかく過剰な回復力が肉体に強い影響を及ぼすのよ……下手したら余計な物が生えてくるかも。頭のてっぺんから腕とか』
うおぅ。
そりゃヤバい。
ネイは震えながら、先ほどから『あまポテ』をポコポコ生み出している。足元にコロコロ転がってるんだが、なんかちょっと怖いな。エネルギーが多すぎて必死で減らしてるんだろうが、それにしても多い。これどうするんだろう。食べる気にはならんぞ、さすがに。植えるか?
『はぁ……はぁ……ちょっと落ち着いて来た、かな?』
時間にして10分くらい経つと、ようやくネイが落ち着きを取り戻し始める。息は荒いが、表情は穏やかになってきている。タオルは三枚目に突入しており、汗の量がどれだけ凄まじかったかが良く分かった。しかしよく見てみると……あれっ、タオルの色が薄い?
三枚目のタオルが、紫色に染まらなくなっていた。それどころかネイ自身の肌の色が、普通の人間の肌の色に近くなっていたのだ。一体何が起きてるんだ?
「ネイ、大変だ。色落ちを始めている」
『色落ちとか服じゃないんだから……って、あらホントだわ』
腕の色を見てビックリするネイ。もはや紫色ではなく、赤みがかったクリーム色……もしくは少しピンクっぽい肌色に変色していたのだ。瞳の色もどぎつい金色から柔らかな琥珀色へと変わっている。マゼンタの取り出した手鏡を見てネイは目を丸くし、そしてこうつぶやいた。
『なんか人間の頃に戻ったみたいに肌がつやつやしてる……あれっ、しかも何だか体型まで変わってるわ』
身体をパンパンと両手で叩いて行くネイ。実は先ほどからやたらと身体の凹凸が激しくなってるなー、とは思っていたんだが。やっぱり変化しちゃってたのか。ネイの表情を見る限り悪い風には変わってないようだが……
そこに、目つきが急に鋭くなったマゼンタが発言した。
「バスト112!? 私より10センチも上だなんて……」
………。
……見ただけで分かるのか?
『やっぱりそれくらいあるのかしら。凄い変化の仕方をしたのは自覚してるわ』
「ウエストも……何なんですかこれは。こっちが必死で体型を維持しているというのに、薬草を食べただけでグラマラスになるとか反則でしょう。私も食べていいですか」
『やめなさい、過剰回復で何が起こるか分からないから。下手したら胸から手が生えるわよ』
何というホラー。妖怪パイタッチの誕生だな。それにしても女性同士だけで会話をするとは寂しいじゃないか、俺も仲間に入れてくれ。
「二人ともまだまだだな。俺のバストは138だ」
「『一緒にしないで』」
切り捨てられた。
これは酷い。
あーでもないこーでもないと話す女性陣、放置される俺。その後ろでティモシーは真っ赤な顔をしていた。どうやら彼は恥ずかしがりやのようで、ネイの方を見ては顔を赤くして俯く、というのを繰り返している。やれやれ、これからずっと一緒に暮らす事になるんだし、今からそんなんじゃあ先が思いやられるぞ。
そんな風に呆れ、ふと視線を外したその時。俺は目の端に誰かの強い視線を感じた。それはクランハウスの近くの高い建物、ホテル・フォーリードの窓から発せられた視線であり、その主は……
目を爛々と輝かせてこちらを見つめるメイドたち。その異様な光景に俺はゾッとする。彼女たちの目には恐ろしいまでに暗い光が宿っていたのだ。
これ以降毎日、カトー農園は何者かの襲撃を受ける事になる。薬草はネイに微調整されて安全になったらしいが、その反面戦闘能力が弱まったのか時折撃退に失敗しているようだ。葉っぱの数を減らす事が度々あったが、そんな時は翌日に感謝状と菓子折りがホテルからクランハウスに届けられた。一体何が起きてるのか分からなくて不気味だった俺は何度かホテルに問い合わせようとしたが、ローランドが泣きながら「どうか問題にしないで欲しい、でないと先輩たちに怒られるから」とすがりついて来たので俺は黙っている事にした。
その後しばらくして、メイドたちのバストサイズの平均が100を越えたという報告がマゼンタよりもたらされた。その報告を聞いたフレイたちが爆発して大変な騒ぎに発展したりするのだが、それはまた別のおはなし。
名前 ネイ・レズナー(Lv50)
種族 トレント亜種/神木
HP 86577/86577
MP 3500/3500
筋力 20
耐久力 855
敏捷 10
持久力 820
器用さ 10
知力 50
運 752
スキル
アイスニードル(Lv20)
カインドヒール(Lv☆)
粘液弾(Lv11) ピンクスモッグ(Lv1)
あまポテアーマー(Lv73)
植物栽培
植物吸収(吸収したらとんでもない事に)
光合成(自ら光ったり)
株分け(閲覧不可・なんかポコポコ生んじゃったけどまだ独身だから。シングルマザーでも無いから。というかなんでまた一問一答式になってるのよ私は神に仕える身だから一生独身で構わないんですスタイル良くなっても人間扱いしてもらえないしどうしようもないんですだから放っておいてようわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!)




