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トレット村のイカ騒動(2)

 翌日早朝。四時間ほどの睡眠で完全回復した俺は、いつものようにベッドから飛び起きると窓を開けて爽やかな空気を胸一杯に吸い込んだ。このひんやりとした冷気が肺を満たす感覚が、何とも言えない快感である。酒は完全に抜け、眠気も吹っ飛んでいた。


「さあ、今日も頑張って仕事するぞ」


 そう言ってベッドを振り向く。だが、いつもなら寝ぼけまなこで「もう少し寝かせて下さい」とごねるセーラの姿はそこには無かった。そう言えば一人だったな、と寂しい気持ちになってしまう俺。いかんいかん、仕事前から落ち込んでどうするんだと気合いを入れ直す。いい大人なんだから、気持ちの切り替えはしっかりしないとな。


 今日から5日間という長期の仕事、それも戦闘の可能性が高いという事で、俺はいつもより若干しっかりとした装備に身を包む事にした。革製のズボンとジャケット、胸には鉄の胸当て、腕も鉄製の手甲を装備する。武器は愛用していたディメオーラが無い為、木こり時代に使っていた手斧を使う事にした。そこにマントを羽織り、頭にはお馴染みの麦藁帽子である。いつかボンゾに「出来のいいカカシ」と呼ばれた姿の俺がそこにいた。


「農耕戦士タガヤスダー、見参!」


 ビシッとポーズを決めてみる。うん、パンツマンよりよっぽど格好良いわ。これ流行らせられないかな。若干テンションを回復した俺は、機嫌よく鼻歌を歌いながら地下食堂へ朝食を取りに行った。






 さて、時刻は午前6時半。


 朝食を取り終え、約束の時間より早めに集合場所へとやってきた俺を迎えたのは、ちょっと異様な光景だった。


 昨日初めてあの社長と会った建物前の広場。そこに、二十人ほどの男たちが並んでいる。その前に向かい合って立つのは勿論万之魚水産社社長、ディマッジョだ。彼はなんと眼帯を付け、鍔の広い海賊の帽子を被り……というか全身海賊以外の何物でもない格好をしていた。腰に提げたサーベルを抜き天に掲げ、声高に叫ぶ。その後に、整列した男たちも続いた。


「我々の身体には熱き血潮が流れ!」


「「「「海を統べた先人の魂と志が宿る!!」」」」


「荒ぶる海原を切り裂く竜骨のように逞しく!」


「「「「風を受ける帆のように力強く胸を張れ!!」」」」


「幾千の屍を踏み越えてきた昨日を思い!」


「「「「今日という日を迎える幸せを神に感謝し!!」」」」


「拳を突き上げ明日を切り開くのだ!」


「「「「「万之魚! 万之魚! 万・之・魚! 我らが誇り、万之魚水産社!!!!」」」」」





 ………。


 ああ、これ朝礼だね。会社の朝礼とかでこんな事やったりするけどさ、知らない人が聞いたらこれから戦争……もしくはカチコミに行くんじゃないかと勘違いしそうだな。暑苦しいにもほどがあるし、朝からこのテンションとかいくら俺でもついて行けないぞ。とりあえずもう少し落ち着くまで待ってから行こうかと踵を返そうとした、その時。


「おおおっ! よくぞ来た戦士よ、首を長くして待っていたぞおぉっ!!」


 捕まった。







 この会社の従業員たちはどいつもこいつも癖のありそうな奴らばかりだった。横二列に並ぶ20人もの男たち。いや、一応中には数人女性も混じってはいるが、巨人族らしく俺と変わらない身長とガタイの良さだった。単純な身体能力なら、恐らく日本にいた頃の俺を超えているような逞しい肉体をしている。ちなみに胸も凄まじい大きさで色んな意味で豪快だった。勿論その他の男たちにしてもボディビルダーのような身体をしており、異様な雰囲気を醸し出している。そんな彼らに向かって、ディマッジョは大きな声で俺を紹介した。


「少し早いが、今回護衛につく冒険者を紹介しよう! この街の英雄にして我らにとっても馴染みのあるクロス君の仲間だ! 彼は単身でサハギンやバンプウッドを倒してみせた、新たなる英雄候補である! ……では、君からも一言挨拶を頼む」


 この雰囲気でたった一人で挨拶とかハードル高いな、クロスたちも早く来てくれ……


「今紹介に(あずか)った、カトーだ。所属クランは『クロス&カトー』、職業は魔法使いをしている」


 先ずは無難に名乗ったが、職業を言った途端、従業員たちの顔に戸惑いの色があらわれた。ああ、魔法使いなんか護衛にならないとでも思ってるのだろう。冒険者の中でも評価の低い魔法使い、仲間がいないと何も出来ないと思われている存在である。そんなやつが強力なモンスターを倒したなんて信じられない、という心の声が聞こえてくるようだ。……いいだろう、少しサービスしてやる。


 俺はおもむろにマントを外し、ジャケットとシャツを脱いで上半身裸となる。剥き出しとなった肉体を見て女性たちは驚いたような顔をしたが、男の身体を見なれているのか恥ずかしがったりはしない。男たちに至っては、筋肉の鍛え具合を計るように鋭い目つきで観察を始めた。


 そんな視線を一身に浴びながら、先ず俺は両手を腰前で組んで大胸筋に力を漲らせる。グググッとせり出した筋肉が震え、熱を帯びた肌が赤く染まって行った。次に右腕をゆっくり円を描くように胸高まで持ってくると、上腕二頭筋をアピールするようにしっかりと腕を曲げて筋肉を膨張させた。まるで筋繊維をじかに見ているようなクッキリとした凹凸、漲る力が見る者に伝わっているのだろう、従業員たちの目はもう俺の肉体に釘付けだ。


 そして彼らが魅了されていると確信した俺はタイミングを見計らってこう言った。


「好きな言葉は肉体言語! 得意な魔法は……



  筋肉魔法だっっっ!!」



 ここでウォーターミスト発動! 全身の筋肉を震わせると同時に、身体からオーラのように勢い良く水蒸気が立ち上った。それはまるで俺の筋肉から直接吹き上がっているかのよう。天に昇る龍の如く、ミストは上空へと吹き上げて行った。そして……



「「「「ウオオオォォォォォ!!」」」」


 従業員大興奮。やっぱりね、こういうノリが受けるとは思っていたよ。脳まで筋肉で出来てるんじゃないか、コイツら。そして感動しているのは隣のオッサンも一緒だった。


「素晴らしい、素晴らしいぞカトー君! こんなに美しい魔法は私も初めて見る、感動に胸の震えが止まらないぞ!! 今までここまで頼りになる護衛がいただろうか!?」


 いただろ、クロスに謝れよ。そんな風に心の中でツッコミを入れつつ、自己紹介で滑らないで良かったとホッと一安心である。本当に、舐められたまま終わったら仕事がやりにくくて仕方ないからな。


 その時、不意に脳裏にこんな文字が浮かび上がってきた。


『ウォーターミストは属性変化を引き起こしました。

 ウォーターミスト→マッスルミスト』


 いや、あの、嘘だから! 嘘だから意味不明な成長を遂げるんじゃないっ、何やってんのよ成長スキル!?


 結局その後クロスたちが到着するまで、俺は新たなるスキルで従業員たちや社長を楽しませ続けた。後にクロスは語る。「いや、随分前から到着してたんだけど、入り辛い雰囲気だったんだ」と。次からは遠慮せず早めに助け出して欲しい所だ。







 さて、今回の仕事は20人の従業員がトレット村を行き来する際の護衛、そして現地での作業中にモンスターの襲撃があった場合の戦闘が主な仕事内容となる。護衛は俺とクロス、そして昨日会ったジョニーとロニーに加えてフォーリードの憲兵であるエドマンの計五人だ。


 エドマン・ボルトー。背が低く、真っ白な頭をした初老の兵士。凄腕の憲兵と社長は紹介していたが、昔は確かに『神速のエドマン』という二つ名を持つくらい有名な騎馬兵だったようだ。身体の倍はあるような巨大な槍を突き出して突撃する姿は絵画にも描かれており、国宝としてキンロウの美術館に飾られているという。そんな彼だが、今はこのフォーリードで警邏隊を率いながら、比較的のんびりとした余生を過ごしているらしい。つまり戦力としてはカウント出来ず、今回は馬車の運転手としての参加であった。


 そんなエドマンが運転する馬車であるが、とにかく馬鹿デカい馬四頭に大きな荷台が二つ。荷台は鎖で縦に繋がれており、従業員たちは前部に10人後部に10人と別れて乗り込む。そして魔法使いであり索敵の出来る俺と馬を操るエドマンは先頭の馬に乗り、クロスと社長は前部。ジョニーとロニーは後部へと別れる事になった。


 そして。


「では、いざ行かん、約束の地へ!!」


 社長の号令と共に、俺たちは出発した。約束の地。聞こえは良いが……単に仕事の約束をした場所って事だよな。まぁいい、今からこんな事にツッコミを入れてたら、きっと身体が持たない。俺は乗り慣れない馬に跨がりながら、大きく一つため息をついた。










「そうかい、馬に乗るは初めてかね。しかし大丈夫、この子たちはだいぶ大人しく聞き分けが良い」


「そうみたいだな。思っていたよりも優しく走ってくれているようだ」


 フォーリード南門を抜けて街道を南下してゆく輸送隊。先頭の馬二頭に跨がる俺たちは、晴れ渡った景色を楽しみながらのんびりと会話していた。ちなみに俺がタメ口をきいてるのは、エドマンがそうしろと言ったからだ。堅苦しいのは嫌だ、との事。なかなか気さくな人らしい。索敵には何も引っかからないし、しばらくは会話を楽しんでいても平気そうだった。


「しかし君は肝が座ってるねえ。これだけ大きな馬なら、馴れてない人間なら普通は怖がるもんだ。そして乗れば恐怖心は馬に伝わり、信頼関係なんぞ築けないもんだが君はよく乗りこなしている」


「知らないからこそ怖がらない、というのもあるかもしれない。実際、この街に来るまで馬なんてほとんど見た事がなかった」


「それまではどこに?」


「クオリタ。それも街外れの方だったし、動物と言っても鳥や猫みたいな小動物くらいしか見た事がなかった」


「ああ……クオリタなら運搬には船かゴーレムしか使わないなあ。それに馬は向こうじゃ、乗るより食べる方が人気がある」


 跨がっていた馬たちがビクッと震えた。馬の方が恐怖してるじゃないか、可哀想に。ちなみに俺は馬刺が苦手だったりするので、馬君たちは安心してくれ。焼いて食べる方は試した事が無いから知らんけどな。


 そんな会話をしている俺たちの後方、荷台からは、何やら雄々しい歌が聞こえてくる。街を出てからずっと、やけに重低音の効いた歌声が木霊しているのだ。少し耳を傾けると、その暑苦しい歌詞と声に頭が痛くなってくる。



◆◆◆◆◆◆◆


 時は来た 錨あげ


 雷鳴轟く海原に


 叫べ 吼えろ 猛り狂え


 貴様が戦士であるならば


 いざ行かん 剣を持て


 砲弾飛び交う戦場へ


 叩け 潰せ 敵を討て


 地獄の果てまで追撃だ


 嗚呼 鋼の魂よ不滅なれ


 我らが行く先に敗北は無し


 嗚呼 鋼の魂よ永遠なれ


 我らが行く先に安寧は無し


 ただ勝利の勝ち鬨が


 響き渡るのみ


◆◆◆◆◆◆◆



 こんな奴らを一体誰が襲うと言うのか。護衛いらんだろ、これ。少なくともそこらのモンスターや盗賊じゃこいつらに敵いそうにないぞ。だいたい砲弾飛び交う戦場に向かって、剣を片手に突撃するような奴らなんかに、誰も関わりたいとは思わんだろう。


 一番が終わり、すぐさま二番が始まる。山を越えて追い立てろとか、川を越えて追撃だとか、どう考えてもやりすぎな歌詞が周囲に響き渡る。その声の中にクロスの声も混じってるあたり、あいつは雰囲気に流されて呑まれていったんだろう。すまんな、クロス。お前の犠牲のおかげで俺は平和だよ。


「……なんか、大変な事になってるな。エドマンさんはこういうの、平気なのか?」


 苦笑いを浮かべながら隣を見る。すると意外な事に、エドマンは目蓋を閉じて聴き入っていた。そして目尻に光るものをたたえながら、こう言ったのだ。


「沁みるねぇ……」


 ダメだ、同類だった。あの社長とは付き合いが長そうだし、耐性がつくどころか染まっちゃってんだろうな。まぁアレだ、個人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、せめて前を見て聴き入ってくれ、頼むから……。









 時間にして恐らく五時間。かなり長い時間を走り続けているが、全くペースが衰えないあたり、この馬たちは余程屈強な馬なのだろう。大人の足で2日の距離という事だが、この速さならもう目的地に到着してもおかしくは無い。随分前にトレット村からフォーリードへ馬車で移動した時があったが、あの馬と比べるとこの馬鹿デカい馬は二倍近い速さで走るのだ。三国志で有り得ない速さで走る馬の逸話が出てくるが、この馬はそれを普通にやってのけるだろう。そんなレベルだ。


 モンスターは出なかった。いや、正確には検索に引っかかるものの、向こうも歌声にびびっていたらしく近づいて来なかったのだ。もしバトルともなればクロスたちも合唱団から解放されただろうに、可哀想な事にそんな機会は訪れなかった。だから昼食をとる為に街道脇に馬車を停め荷台から降り立ったクロスは、声はガラガラ頭はフラフラ、ついでに言えば視線は虚ろで生ける屍と化していた。自動HP回復(大)を持つクロスをここまで弱らせるのだから、奴らのパワーは計り知れない。


「さあ諸君、飯の時間だっ! 大いに食らい、仕事への活力とするのだっっっ!!」


「「「「ウオオォォォォォ!!」」」」


 食う前から胸焼けしそうだ……。


 ちなみに昼食は会社持ち。従業員たちの中に混じっていた女性のうち、一人だけそれ程鍛えられていない女性がいたのだが、彼女は優秀な魔法使いだったらしい。巨大な冷蔵庫のようなアイテムボックスの中から全員分の弁当を取り出し配っていたのだが、その弁当は作りたてのほやほやの状態だった。恐らくかなり高額なアイテムボックスを使っており、それを扱う彼女もそれに見合ったレベルにあるのだろう。


 その弁当の中身はというと、意外な事に肉も野菜もバランス良く配置されたヘルシーなものであった。様々な種類の粗挽き肉を腸詰めにしたソーセージには香りの強いハーブが使われ、俺たちの食欲を刺激する。もうお馴染みとなったあまポテサラダに、葉野菜を細かく刻み蒲鉾のような物に練り込んだ団子。刻んだ根野菜と肉を合わせて炒めてきんぴらゴボウのようにした物。ご飯もまた五穀米のように香ばしさ溢れる米を使っているらしく、社長の言う通り食べたら活力がみなぎりそうなメニューである。強いて言えば味も香りも強いものばかりで好みが別れそうではあるが、このメンツにとってはむしろアッサリし過ぎかもしれなかった。


 もしゃもしゃと食べる。

 ガツガツと食べる。

 そしてその味の良さに感涙した。こいつら、普段からこんな美味い物を食ってるのか? これだけ美味い物を食わされたら、そりゃこの会社に居たいと思うだろうさ。この社長はもしかしたら、物凄く狡猾な男かもしれない。そんな風に思いながらふと社長を見ると、彼は食事をしつつ従業員たちに視線をやっていた。そして満遍なく話しかけ、場の雰囲気を和やかなものにしていた。


「いいか、今回の弁当は肉をしっかり味わって食べるのだぞ! 恐らくトレット村ではイカしか食えなくなるからな!!」


 そう言って大きな声で笑うと、周りの従業員たちもゲラゲラと笑う。そしてその話題に誰かがのり、他の誰かも参加し……その流れを切らないように社長も時折口を挟みながらも、話に参加出来ていない者がいないか、つまらなさそうにしている者がいないかを、さり気なくチェックしていた。


 なるほど、そういう人なのか。


 豪快な言動で引っ張るリーダーでありながら、その実細かく周りの人間に気を配るタイプ。そして、どうすれば人をやる気にさせるか分かっているモチベーションコントローラーでもあるのだろう。勿論、真似しちゃいけない部分も多々あるのだろうが、集団を束ねるリーダーとして見習う所はたくさんありそうだ。


「凄い人なんだな、あの社長。働いてる連中も楽しそうだし、端から見てても幸せそうだ」


 俺のつぶやきを聞いたクロスは、弁当を食べながら静かに頷いた。まぁ喉が潰れて喋れないだけなんだろうけど、きっとクロスもあの社長の姿に色々学ぶ事があったのだろう。感慨深げに社長を見るクロスの目が、そう語っていた。







 さて。


 毎度お馴染みとなったウォーターヒール水タイムであるが、あの社長のノリに付き合っていたらいつウォーターヒールがマッスルウォーターになるか分からないので、俺はトイレタイムと偽ってその場を離れ、停めてある馬車の物陰に隠れた。想像してほしい、マッスルウォーターヒール水を。明らかに肉汁だろうそれは。


 俺は久し振りに甘いものでも飲もうかと、手元の水筒の中身をリリー仕様のシュワシュワ苺ジュースで満たす。そして、それを飲もうとした時……


 何やら視線が。


 見ると、それは馬車をひく馬たちの視線だった。どうも俺の手元に興味があるらしく、ジッと水筒を見つめている。……いや、飲みたいのか?


 俺は試しに水筒を馬の鼻先に近づけてみた。するとクンクンと匂いをかいだ後、いかにも飲みたそうに水筒を舐め始める。おやおや、馬って甘い匂いも好きなのだろうか。青汁に熱狂する馬は知ってるが、苺ジュースに反応する馬なんて初めてだぞ。そんなに飲みたいなら……飲ませてみるか? 俺は少し離れた所で片付けを始めていたあの魔法使いの女性に声をかける。


「あの、片付け中に邪魔するようで悪いんだが……」


「はい? どうかしましたか?」


 やはり一般人より若干逞しい感じの女性。ポニーテールの健康的な魅力に溢れた彼女は、作業の手を止めてこちらへと歩いてくる。


「馬たちに水をやりたいんだが、桶のような物はないかな」


「水ですか……後であげようと思ってたんですが」


「いや、どうも俺が作る魔法の水が飲みたいらしくてね。水筒を近づけたらベロベロ舐められてしまった。そんなに気に入ったのなら、いっそ桶に作って腹一杯飲んでもらおうかと思ったんだ」


「ま、魔法の水ですか。完全物質化するくらいレベルが高いんですか、凄いですね……」

 ビックリしたような顔でそう言うと、少し考えてから彼女は後方へと振り返った。

「マキナァアアーーー! 馬用の桶持ってきてーーーーーー!!」


 デカいな、声! そうか、この子もここの社員だ、パワフルに決まっている。健康的というか野性的なのだ。そんな彼女の声に反応したのは、あの巨人族の女性。ちょっとボサボサした頭を掻きつつ、片手にデカい桶を持って歩いて来た。


「はいエリナ、持ってきたよ。あ、マッチョさんじゃないか。こんな所で軟派かい? いや、身体からして硬派?」


「なーに言ってんのマキナ、これからカトーさんが魔法で水を作って馬にやるんだってさ。面白そうだから、あんたも見れば?」


「へぇ……そりゃ興味深いね」


 ……。


 いや、見世物じゃないんだが。しかし馬たちも待ってるし、さっさと作業に移るとするか。俺は彼女から桶を受け取ると、四頭の馬たちの真ん中に置いた。そしてリリー仕様の苺ジュースから炭酸を抜いた物……つまりは強烈に甘いだけの苺ジュースをイメージして、魔法を唱えた。


『ウォーターヒール!』


 ドバドバと苺ジュースが桶を満たして行く。その甘ったるい香りは、馬たちだけでなく彼女たちをも刺激したらしい。


「美味しそう……」


「マッチョさん、アタシたちも飲んでいいか?」


 ええい、仕方ない。俺は持っていた水筒を彼女に渡した。馬のツバだらけで良いなら好きなだけ飲むがいい。


 一方、馬たちのリアクションは凄まじかった。四頭一斉に鼻先を桶に突っ込み、飲むわ飲むわガブ飲み状態。ガブ飲みとはこういうものを言うのだ、と言わんばかりのガブ飲み具合だった。目を血走らせる馬。どういう目かわかるだろうか。馬と言えば黒目ばかりが印象に残るが、目をクワッと見開くと、ちゃんと白目もあるのだ。そこが真っ赤に血走っていて、軽くホラー状態。そんな目で一心不乱に苺ジュースを飲むのだからシュールである。馬は野菜よりも苺ジュースの方がお好みらしい。


 そして俺の後ろでは。


「ゲフッ! ゲホッ、ゲホ……なにこれ、甘いけど痛い!」


「汚いな、吐かないでよ! 私も貰おうと思ってたのに!!」


 炭酸で咽せていた。










 昼食が終わり。俺たちは再びトレット村への移動を開始する。社長の雄叫びと共に出発するのはもはやお馴染みの光景ではあるが……


「ブヒヒィーン!!」

「ブルルルルッ!」

「ヒヒャイアイアアア!!」

「ぶるるるるるるぅあああああっ!!」



「な、何事だ! のわあぁぁぁぁぁぁっ!?」



 俺のウォーターヒール水を飲み過剰回復した馬たちの暴走によって、予定の時間を大幅に短縮してトレット村へと到着する事になった。




……いやぁ、まさかね。


 逃げ惑うモンスターたちを踏み潰して駆け抜けて行くとは思わなかったよ。


 うん。






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