トレット村のイカ騒動(1)
フォーリードの南、大人の足で2日ほど歩いた場所にある海辺の村トレットは、俺がゲームをやっていた頃から幾度となく訪れた事のある馴染み深い村だ。多くはギルドの配達クエストの目的地としてだが、広々とした風景は、当時まだ雑なポリゴンっぽかった時代から俺のお気に入りだった。海を見ると不思議と心が落ち着くのは、俺が小さい頃から海に近い所で暮らしていたからかもしれない。
だから、クロスからその依頼書を見せられた時。目的地にトレット村の字を見つけると、俺は一も二もなく頷いた。5日という期間もセーラたちを待っている間の時間潰しとして丁度良いし、またイカが大漁というのも興味深い。新鮮なイカは焼いても刺身にしても絶品で、俺の大好物なのだ。
「行こう。イカが俺たちを待っている」
「落ち着くんだ、カトー。待ってるのは依頼人だ」
そうかもしれない。
「……で、いつ出発なんだ? Dランク以上の冒険者って、そんなに簡単に集まりそうもないけど」
「いや、今は遠出していた冒険者が少しずつ街に帰って来ている。きっと直ぐに集まると思うぞ。応募するなら早い方がいい。出発自体は明日らしいな」
「よし、なら急ごう。俺の畑の管理は、ローランドに頼んでも平気かな」
「多分な。変なもの植えてないよな?」
「ミリア教会から貰った種だから大丈夫だ。強力な薬草らしい」
本当はネイから貰った種なんだが、教会所属だからそう言って構わないだろう。クロスはどういう経緯で教会から種を貰う事になったのか分からず不思議そうな顔をしたが、「ネイの件で挨拶に行った時に貰った」と説明したら納得したようだった。
「後でローランドに伝えておこう」
「管理方法はメモに書いておくよ」
こうしてローランドの仕事がまた一つ増えるのだった。すまんな、ローランド。今度お詫びにプロテイン風味のジュースでもご馳走するよ。
さて、俺たちは依頼人に会う為に街の南西部にある会社へと向かった。会社の名前は『万之魚水産社』。この世界に来て結構時間が経ったし、今更日本語をそのまま使える事に疑問を持ったりもしないが、流石に会社名で漢字を使われるとビックリするものだ。よろずのさかな、とでも読むのだろうか。街並みはベルギーのブリュッセルかアントワープかという景観なのに、一気に江戸時代にタイムスリップしたような気持ちになる。それでいながら依頼人の名前はディマッジョとどこかイタリアっぽくて、もう何が何だか分からなかった。
件の万之魚水産は俺が普段立ち寄らない南西地区にあるが、遠くからでもよくわかる特徴的な外観をした会社だった。一階建てで、みるからに食品加工工場という感じの建物。その屋根の上には大きな船のオブジェがあり、海賊らしき男のハリボテがニカッと笑って力こぶを作っている。船には大量の魚の置物が積まれており、見るからに大漁だった。
暑苦しい。だがセンスは良い。実に俺好みだ。
「カトー、ここが依頼人の会社だ。魚介類の取引や加工をしている会社で、この裏手では週一回鮮魚市を開いている」
「ほう……知らなかったな。今度覗いてみよう」
そんな会話を交わしつつ会社の前まで歩いて行くと、俺たちと同じく募集に応じたのか二人組みの冒険者の姿を見つけた。彼らのそばには長身細身の男がおり、屋根の上の海賊と同じ格好をしている。見たところ中年らしいのだが、そばにいる冒険者が霞むくらいに強烈なオーラを放っていた。……いや、これが社長って事無いよな?
「待っていたぞ、クロス君っっ! 君なら指名せずとも私の依頼を受けてくれると信じていた!!」
思いっきり社長だった。
しかもクロスの知り合いらしい。
「すまん、カトー。こういう人なんだ、暑苦しいが我慢してくれ」
小声でクロスはそう言うが、キスクワードという凄まじい前例を知っているだけに俺は何とも思わなかった。あれよりアクの強い人間なんているわけないからな。俺が平気な顔をしていると、クロスもホッとしたのか社長に向かって声をかける。
「ギルドに依頼が入ってすぐに駆けつけましたよ! トレット村の件は聞きましたが、景気の良さそうな話ですね!!」
「ワハハハハ! 浜辺一面イカだらけというくらいに大漁らしいからな、こんなチャンスを私が逃すはずがない!!」
うるさいうるさい、まだ近づいてないのに耳が痛いぞ。どんだけ声デカいんだ、このオッサンは。前言撤回、キスクワードに近いものを持ってそうだ。
集合場所に到着してからしばらく、クロスと社長の雑談は続いた。爆音に次ぐ爆音で鼓膜が大ダメージを受けたが、それは一緒にいた二人の冒険者も同じらしい。うんざりした顔で耳を塞いでいる。まだ名前も知らない間柄だが、俺と彼らの心はその時間違いなく一つだった。いいから黙れ、と。
……ちなみにその後、何人か他の冒険者が来るかなと思っていたのだが、全くその気配も無く結局この4人しか集まらなかった。Dランクが少ないのか、はたまたこの社長が避けられているのか。前者だと思いたい。
「さて諸君に集まって貰ったのは他でもない。トレット村から、近年稀に見る大漁であるとの報告を受けた。それに伴い我が社が加工作業員を派遣する事となったのだが、君たちにはその護衛を頼みたい!」
やけに威厳のある声でそう話す社長。こうして見るとやけに引き締まった身体をしているし、その身体もキズだらけである。ハリボテの海賊よりもよっぽど海賊らしい雰囲気を醸し出していた。
「護衛はこの規模であれば原則として5人集めなければならない。が、しかし! 今回はその護衛に私自ら加わり、尚且つ凄腕の憲兵も一人随行する事となった!」
やっぱり武闘派か。そうじゃないかと思ったよ、堅気の目をしてないもの。クロスと知り合いって所も、物騒な方向で繋がってそうで怖い。
「私の呼びかけに即座に応じてくれた諸君らは、この私と共に戦うに相応しい男たちだ! よって今ここにいる全員は文句無しに合格、明日朝7時にまたこの場所に集まってくれたまえ! 無論戦闘の可能性は大いにアリだ、しっかりと準備を整えておくように!! ダークダゴンが諸君らを待っているぞ!!」
………。
依頼内容、変わってきてないか?
横目でクロスを見ると、苦笑いを浮かべるばかりである。他の二人も引きつった笑いを浮かべていた。仕方ない、俺もニッコリしてみよう。すると社長は俺を見て目を輝かせた。
「おおっ! さっそく殺る気満々となるとは流石クロス君の連れてきた男だ!! しかし気持ちを抑えきれずに、勢い余ってそこらのゴロツキを殺してしまっては駄目だぞ、君と私との約束だ!」
どんな猛獣だよ。そして微妙にちびっ子向けのセリフを言うんじゃない、どこでそんなネタ仕入れてんだ……
その後ハイテンションで語る社長をクロスがなんとか宥めて、この日はお開きとなった。なんというか、この街の経営者ってのはこんなキワモノばかりなのだろうか。こいつらに比べたら俺のノリなんて可愛いものだろうな。白鳥君だって多分負けるぞ。
帰りしな、俺は疑問に思っていた事を訪ねた。この会社の名前の読み方だ。万之魚ってなんて読むんだ、と聞いた所、社長はニヤリと笑ってこう叫んだ。
「マン(男)のウオォォ(戦争)、だっっっ!!」
もはや何も言うまい。
いつものホテルの地下食堂にて。俺とクロス、そして一緒に仕事を受ける二人は現在仲良く食事中。今日は鶏肉料理がオススメとかで、テーブルの上には焼き鳥やら唐揚げやら何処の居酒屋か、というメニューが並ぶ。それをバクバク食いながら、俺たちは果実酒やら蒸留酒を煽っていた。
「しかしクロス、あの社長も同行するとか言ってるが大丈夫なのか。どの程度戦えるのか分からないんだが」
もしゃもしゃと唐揚げを頬張っているクロスに訪ねると、クロスは酒でそれを流し込んでから笑う。
「カトーは知らないのか、あの社長は元海賊だぞ。海賊時代に馬鹿デカい銛でダークダゴンやシルバーホエールなんかを倒した話は、伝説として語り継がれてるくらいだ」
そこに続けるのは冒険者の一人、四角い顔をした少しゴツい尖り耳の青年。ハーフエルフの戦士だという男、ジョニー・ランザムである。細い目が印象的なタフガイといった感じで、一般的なエルフの印象からだいぶかけ離れている。彼もグビグビと麦酒のような物を飲んでいた。
「ディマッジョは若い頃、南のシャカタックや南東のクオリタじゃ有名な海賊のボスだった。しかしマンディールの海で暴れてキンロウの砲撃艦隊とグリフォンナイツ隊を敵に回してやられちまったのさ。今じゃ心を入れ替えて社長なんてやってるが、腕はまだ衰えてないらしいぞ」
「……なんというか、見たまんまの豪快な人生だな」
日本育ちの俺からしたら、そんな人生疲れないかと思ってしまうんだが、まぁあの性格なら疲れないんだろうな。
呆れる俺に、次に話しかけて来たのはもう一人の冒険者。背が低く、撫でつけた髪とちょび髭が印象的な中年男のロニー・ルーテックだ。彼は吟遊詩人を名乗っているが、二年前までは王国の剣術学校で師範をしていたらしい。一体彼の人生に何があったんだろうな。
「出来る男ってのは何やらせても出来るもんでね。あの男は服役後、先ず海運業を始めた。その際昔のコネを使って各地の海賊団を力でねじ伏せ、そのまま社員に組み込んだんだ。結果どうなったかと言うと、この近海じゃ右に並ぶものの無い海運会社にのし上がった。モンスターにゃ負けないし、他の海賊から狙われる事もないから仕事もスムーズに行くのさ。国とドンパチやって良い戦いをしたってのも、当時荒くれの多かったこの街のモンにゃウケが良かったしな。それに比べたら今やってる水産会社なんて、あの男にとってはちょっとしたお遊びでしかないんだよ。それでもかなりデカい会社になったし成功している方だ」
そして果実酒を飲み干し、こう付け加えた。
「加えて嫁さんは、綺麗所が8人だとさ。凡人にゃ真似出来んよ」
8人……身体は一つしか無いだろうに、どうやって付き合ってるのやら。スケールが違いすぎる。話に呑まれて俺などは呆気にとられるばかりだが、クロスたちにとっては今更の話のようで、話題はそれぞれの嫁さんの話に移って行く。俺はやけに辛く味付けされた鳥ササミのピカタを頬張りながら、その話を聞いていた。ここに集まった中では俺だけが未婚者のようで、なんというか少し肩身が狭い。
「クロス・ヴァンドームと言えば奥さんも冒険者だったり学校の教師だったり働き者として有名だが……今日はどちらも留守なのかな?」
「ああ、今日はクエストで修道女学校に行ってるよ。久しぶりの姉妹再会だからな、水を差さないように俺は残ったんだ」
「竜巻使いに雷獣使いか。その学校、吹っ飛んでなきゃいいがな」
ん?
「ジョニー、その雷獣使いってのは何なんだ? クロスの話じゃ姉妹らしいが」
「……聞いてないのか?」
不思議そうな顔をしてクロスを見るジョニー。そういや言ってなかったかな、とクロスは頬をポリポリと掻きながら言った。
「あー……、俺はな、ヴァンドーム家の三姉妹全員と結婚してるんだ。というか、させられたってのが正解かもしらんが」
なんと。
驚く俺を面白がるように、ロニーが付け加える。
「長女のジーナは王国屈指の魔法使いで雷獣を使役して雷獣使いなんて呼ばれてるな。次女のアメリアは言わずと知れたフォーリード最強の魔法剣士、三女のジュリアはグリフォンナイツ隊の期待の新人……とにかく三人とも才女として有名だよ。それを独り占めしたのが、目の前のこの悪い男というわけだ」
「勘弁してくれ」
クロスの顔が赤いのは、多分酒だけじゃない。しかしそうか、ボンゾだけじゃなくクロスも奥さんが複数いたのか。大変だな。
「カトー、お前も義父に会ったなら分かるだろう。コレと決めた相手には有無を言わさず食らいついて、外堀から何から埋め尽くして身動きをとれなくするんだ。気づいた時には婚姻届に捺印する以外、式場の予約や披露宴の日程まで全てが決まっていた」
「アメリアたちの意志は?」
「三姉妹全員が率先して計画に協力していたんだ」
よく分かった。父娘って似るんだな、本当に。そしてクロスはモテたというより狙われて狩られたと言った方が正しいのかもしれない。
「まぁ俺の話はいいじゃないか。……二人はどうなんだ? 今回の仕事は5日と少し長いが、前日の夜にこんな所で飲んでいて良いのか?」
クロスは逃げるように強引に話題を変えた。二人は苦笑いしながらも、クロスの問いに答える。ロニーはちょび髭についたソースを舐め取ってからため息をついた。
「うちにゃ嫁が二人いるが、二人とも旅行に行くらしくてその準備に大忙しだよ。こっちが命がけで仕事をしてるってのにお構いなしでねえ……今日の夕飯は外で食べてきてね、と来たもんだ。飲まなきゃやってられんよ、ほんと」
可哀想に。続くジョニーは少し疲れたような顔をしている。
「俺の家じゃ嫁と妹が冷戦状態で、婚約してる恋人とお袋も始終喧嘩状態だ。正直、家に近づくだけで鬱になる。少しでも帰る時間を遅くしたいんだ、分かってくれ」
……。
なんてこった。
「カトー。お前はまだ独り身だし、恋人も一人だけだから分からないだろうけどな。色々と大変なんだよ、結婚すると」
いつの間にか葬式のような湿っぽい空気が漂っていた。しみじみと頷きあう三人、メニューリストを手にして、酒の欄を探す。そしてそばを通ったウェイトレスを呼び止めると次々に強そうな酒を注文した。
「今日は飲もう。明日に響かない程度に」
クロスが言うと、二人も頷く。
「飲みましょう、ほどほどに」
「ああ、ほどほどに」
いや、きっとコイツらは口だけだ、ガンガン飲むに違いない。今夜は長丁場になるぞ、と俺は覚悟を決めた。そして予想通り、男たちの飲み会は日付が変わるまで続く事となった。
まぁ人生色々あるわな、色々。
深夜。
酔いつぶれたジョニーを背負ってロニーが地下食堂を去ると、クロスも野暮用があるからとクランハウスへ向かった。一人残った俺は、何となく飲み足りなくて食堂に残っていた。ちなみに支払いは割り勘だったが、意識を失っていたジョニーの分は俺が立て替えておいた。
深夜1時。24時間営業の地下食堂だが、この時間帯は人もまばらになってくる。俺は4人掛けのテーブルから食堂隅の小さなテーブルへと移り、そこで芋焼酎を飲んでいた。あまポテから作られた焼酎で、なかなか辛くて美味い。
飲みながら、俺はぼんやりと考え事をしていた。結婚やら仕事やら、様々な事をとりとめもなく。そして何となく、セーラの顔を思い浮かべる。今頃何をしてるだろうか。寝てるかな。寝てるよな、もうだいぶ遅い時間だし。ちゃんと眠れてるといいんだけど、大丈夫かな。もし寂しくて眠れなかったら……そう考えると、堪らない気持ちになってくる。
これが恋愛感情というやつなのだろうか。良くわからないが、なんて遅い思春期なんだと俺は自嘲気味に笑った。女の子に怖がられ続けて、早々に色恋沙汰を諦めて学生時代を丸々レスリングに費やした。そのツケが、今になってやってきているのだ。中学生が悩むような事に、大の大人が捕らわれているのだから情けない。
(寂しくて眠れないのは、俺の方なのかもしれない)
また一口、焼酎を口に含んで飲み干した。一瞬咽せそうなくらいの熱が喉を焼いたが、それも直ぐに冷めて行く。中々酔えない体質が、今日は恨めしかった。




