置いてけぼりのカトー
俺たちの所属するクランの本拠地であるクランハウスは、この街の北西、裕福層の集まる地区に居を構えている。外観は立派な洋館という感じで、冒険者が利用する場所としては高級すぎる雰囲気だ。建物の手前には広々とした庭があり、腕の良い庭師が手入れしたのか立派な花壇が並んでいる。
そんな庭の一角で、俺と白鳥君は一心不乱に土をほじくり返していた。景観台無しであり、手入れをした人間が見たら卒倒するであろう光景だ。しかしそんな事などお構いなしに、俺は白鳥君に指示を出す。
「このまま真っ直ぐ移動する。頼んだぞ、白鳥君」
『グワッ!』
作業着姿で白鳥パンツを装着した俺は、ゆっくりと前方へと歩き始める。白鳥君は凄まじい速さで地面に向かってクチバシを突き立た。
ガスガスガスガスガスガス!
見る見るうちに耕されてゆく庭。綺麗な芝生はとっくに剥ぎ取られ、むき出しの地面が良い具合にモコモコとほぐされ盛り上がっている。そして耕す作業が終わると、今度はその土に種を蒔く作業に移った。
「よし、じゃあ次は種だ。この種をちょっとずつ土の中に埋めて行ってくれ」
『パクッ……ゴクン』
「飲むな!」
プリッ
「出すな!?」
そんな白鳥君のちょいとイカした小ボケを交えながら、俺たちは農作業に没頭していた。ギルドの依頼も受けずになぜこんな事をしているかと言うと、そこにはちゃんとした理由がある。先ずはそれを説明しよう。
朝、大胸筋と上腕二頭筋による魅惑のハーモニーによってセーラを起こした俺は、珍しく朝から部屋を訪ねてきたルシアとフレイ、アメリアと共に地下食堂で朝食をとった。ネイは既に教会に泊まっているらしく、朝食はそちらでとっているようだ。クロスはかなり早くにギルドへ行っている。彼は多忙だが、自動HP回復スキルのおかげで三時間も寝れば完全回復するらしい。化け物だ。
朝食を和やかにとってからは、支度を整えてからロビーに集合、皆でクランハウスへと向かう。途中でリリーとも合流して、「パーティーやるならなんで呼んでくれなかったのよー!」と拗ねるリリーを宥めながらクランハウスに到着し、ローランドに挨拶をしてから会議室へと向かった。ちなみにボンゾは連続してクランハウスに出入りすると組合が煩いから、今日は休みにして鍛冶に専念するらしい。
会議室でローランドから渡された依頼書ファイルを捲りながら、今日の仕事を皆で選ぶ。その時、とある依頼書を目にした途端に、女性たちが色めき立った。
『リーフダンス・ヒル収穫祭で行われる料理大会に向けて、料理開発に協力してくれる方を募集しております。前回協力していただいたアメリア・ヴァンドーム様には是非ともまたお受け頂きたく御指名させて頂きました。また、料理スタッフも重ねて募集しております。宜しくお願いいたします。
※職場環境上、女性限定とさせていただきます。金銭的な条件面などは別紙参照。
依頼人 リーフダンス・ヒル女子修道学校教員キャンディ・ギャレット』
女子修道学校。聞き慣れない響きだが、なんとなく宗教系の教育施設なのだろう。料理のお手伝いのようなクエストもあるのか、と少し驚いたんだが、女性陣の驚きポイントは違っていた。特に食いつきが良かったのはフレイとリリーであり、二人はアメリアにすがりついて言った。
「お姉さま、連れてって! これ美味しいデザートで勝負するやつでしょ、食べたい、めっちゃ食べたい!!」
「わ、私も行きたい! 女学校とか一度行ってみたかったんです、ウチ貧乏で初等教育までしか受けられなかったから」
リリーの理由はともかく、フレイは欲望丸出しだった。よだれ垂れまくりである。アメリアはため息をつきながら、二人を引き剥がす。
「分かった、分かった。連れて行ってもいいが、二人は料理出来るのか? ある程度戦力になると考えていいんだな?」
その問いに虚ろな笑みを浮かべながら答える二人。目は泳いでいた。
「し、試食ならプロ級かなぁ」
「私はお母さんの手伝いしてたから料理には自信ありますよ! ……ただ、最近力加減出来なくて調理器具壊しちゃうと思うけど」
問題外だった。しかしアメリアは最初から期待していなかったようで、少し落胆したものの直ぐにルシアとセーラの方に視線を向ける。
「ルシアは少し前までこの学校に通っていたし、料理も出来るだろう。セーラは……カトー、彼女の腕前はどうなんだ?」
「弁当を作ってもらった事があるが、基本に忠実で味付けもしっかりしてたと思う。とにかく美味くて食べるのを止められない止まらない」
「カ、カトーさんっ、私そんな上手じゃないですよ!」
「決まりだな。悪いがカトー、セーラを借りるぞ。今回のクエストは私以外にも戦力となる料理人が必要になる」
セーラの抗議は無視された。しかしルシアとセーラの二人を連れて行くとなると……あれ?
「ちょっと待ってくれ。そのクエストに連れて行くメンバーはセーラとルシアと……」
チラッとフレイたちを見る。二人はしつこくアメリアのスカートにしがみついていた。脱げるぞ、そんな引っ張ってたら。
「仕方ない、フレイとリリーも連れて行く。私、ルシア、セーラ、フレイ、リリーの5人だな」
………。
Bチーム、残ったの俺だけじゃないか。ぼっちか。ぼっちなのか。ちょっと寂しいんだが。
「急に色々と決めてしまってすまないが、この依頼はなるべく断りたくないんだ。私もこの学校の出でね、後輩達の期待には応えたい。リーフダンス・ヒルは少し遠いし依頼内容からして時間がかかりそうだから、きっと一週間近くメンバーを借りる事になる。その間、カトーはクロスと仕事をしていてくれないか」
「そうか……分かった」
アメリアがどうしてもと言うなら仕方ないか。しかしセーラは大丈夫だろうか。今でこそ人当たりが良くなっているが、元々セーラは人見知りする性格だったはずだ。
「セーラ、俺と離れて過ごす事になるけど大丈夫か?」
「……はい、皆さん良い人ですから。カトーさんと離れるのは確かに寂しいですけど、きっと大丈夫です。アメリアさんの力になれるか分かりませんけど、精一杯頑張って来ます」
セーラ……。
やばい、涙が出てきた。セーラは何て頑張り屋さんなんだ。これはもう応援せざるを得ないじゃないか。俺はアメリアの前まで行くと、深々と頭を下げた。
「セーラを宜しくお願いします」
「カトー、お前はセーラの親か何かか」
今の気分はそんな感じだ。というか我が子を公園デビューさせる母親の心境かもしれない。いや、知らんけどな。
「安心しろ、この依頼は大会に出す料理を依頼人と一緒に考えて、試作品を作るだけだ。学生たちに料理指導をする事もあるが、基本は私が全て指示を出す。セーラやルシアは私の指示通りに動けば良いだけだ。もしかしたら食材を集める際に山に入るかもしれないが、その時の戦闘ではフレイやリリーが主力になるだろう」
「了解っスお姉さま!」
「それくらいは、役に立たせて下さい」
なるほど。それならセーラも活躍出来るだろう。泊まりがけで長期、というのが気にかかる所だが。
「分かった。出発はいつになるんだ?」
「4日分の着替えと、移動中の食料を用意すれば良いだけだから直ぐにすむだろう。正午出発でギルドに手配しておこう」
こうして、女性陣のクエストが決まった。仕事の無い俺はセーラの支度の手伝いをする事に。こうして、なんともバタバタとした1日が幕を開けた。
リーフダンス・ヒルという場所は、この国最大の都市であるキンロウから西、ボンゾの住んでいた山脈地帯に近い所にある町らしい。ルシアの話では、ミリア教のシスターになるなら絶対に通わないといけない学校があり、町は学生で溢れる学園都市みたいなもののようだ。リーフダンス・ヒルという名前は、この地域に勾配が多く風が複雑に入り乱れて、落ち葉が舞い上がる光景が一年中見られる事に由来するらしい。フォーリードからは馬車なら一週間かかるが、今回はグリフォン便というやつを使うと言う。それなら1日でつくのだそうだ。
グリフォン便。いきなりその単語を聞いた時には思わず吹き出してしまった。グリフォンってゲームじゃボスとして出てくるモンスターなんだけどな。この世界じゃ人懐っこくて扱い易いペットみたいになってるようだ。……ちょっと乗ってみたいな。いや、白鳥君を呼んで一緒に空を飛んでみたい。きっと楽しいぞ。
さてその移動中の食料等の準備では、意外な所で俺の能力が活躍する事になった。飲み水である。それはホテルでセーラの荷物をまとめる際に、部屋を訪ねて来た女性陣の水筒にウォーターヒールのジュースを入れてる時の話だ。
「フレイとリリーは炭酸で、味はフレイがバナナでリリーがイチゴだったな」
「そうそう。シュワシュワ」
「とにかく甘いのが良い。カトさんのつくる水って太らないから良いよね」
ご満悦の二人。一緒に来ていたアメリアとルシアは、著しい進化を遂げていた俺のウォーターヒールに驚きを隠せないようだった。そんな中、先に水筒を満たしていたセーラが、水筒を上下させながら不思議な顔をしていた。なんだ?
「どうしたんだ、セーラ。振っても美味しくなるわけじゃないぞ?」
「いえ、今気づいたんですけど、この水って重さが無いんですね。チャプチャプって音はするんですけど、空っぽの時と同じ重さだからちょっと気になって」
その言葉に、アメリアの目がギラリと光った。
「カトー、重さも劣化も気にしなくて良い飲み水なんてちょっとした革命だぞ。これはもう別の魔法なんじゃないか?」
「そうだな。水って本来、結構重いもんなんだよなぁ」
日頃から使いまくってるから不思議とも思わなくなっていたが、よくよく考えればこれって凄いスキルなのだ。リリーも言っていたが、どれだけ甘くしてもカロリーゼロだし、本当に夢のような水だ。一体どういう絡繰りになってるんだろうな?
「何にせよ、旅をするには有り難いスキルだ。これからはA班もB班も、クエスト前にカトーから飲み水を作って貰うようにするか」
「構わないぞ。それで少しでも旅が楽になるなら、いくらでも作ろう」
そう言ってアメリアとルシアの水筒にも、ウォーターヒール水を注いで行く。アメリアはブランデー、ルシアはプリンの味をリクエストした。二人とも、喉が乾いた時にそんな味の水なんて飲みたいか? よくわからん感覚だ。
俺のウォーターヒール水を水筒に詰め込み、衣服をアイテムボックスに入れた女性陣は、その後街の西門の外へと向かった。この周辺は広々とした野原が広がっており、グリフォン便の待機場所になっているようだった。大小様々なグリフォンが大人しく待機しており、もしこれがゲームで敵として遭遇していたら絶望的な光景が広がっている。その中で、体長約10メートルと最も大きな体躯をした立派なグリフォンの手綱を引いて、こちらにやってくる獣人がいた。猫耳なので猫人族らしい。ギルド職員の制服を着ており、アメリアの姿を確認するとホッとしたような顔をする。
「お待ちしておりました、アメリア様。本日からクエストに同行させていただきます、メイ・クーンと申します。参加者はそちらで全員でしょうか」
「ああ。彼は見送りだ」
見送りです。ついて行きたいけど我慢してます。
俺がにこやかに笑いかけると、笑みを返しながらも耳を伏せた。これはアレだな、猫が怖がってるサインだ。ごめん。無理に笑わなくていいんだ。この笑顔を向けて怖がらないのは、セーラくらいしかいないから……。
「で、では皆さん準備が宜しかったらグリフォンの背中に乗って下さい。結界石で落ちないようになってますから、初めての方も安心して下さいね」
女性が案内すると、グリフォンはその場で『伏せ』の体勢をとる。馬で言う所の鞍に足をかけて、アメリアはスムーズにグリフォンの背中に乗ってみせる。見よう見真似でリリーが続き、次にフレイが元気に飛び乗った。
「大丈夫なのか、これ。本当に落ちたりしないのか」
俺がつぶやくと、ルシアがにこやかに答える。
「大丈夫ですよ。この子、この街のグリフォンの中でも一番温厚で落ち着いてますから」
「なら良いんだが、充分に気をつけて行ってきてくれ」
「はい、行ってきます」
こっちが心配してるというのに、やけに上機嫌じゃないかルシアは。そんなに元気よく登って大丈夫か、ローブの裾が翻って中が見えそうだぞ。
そしてついにセーラの番が来た。俺はセーラに近寄ると、アイテムボックスから取り出した一振りの剣をセーラに手渡す。それは俺がいつも愛用しているディメオーラだった。
「カトーさん、これは?」
「俺はついて行けないから、代わりにコイツを持って行って欲しい。寂しい時には、コイツを振り回して俺を思い出してくれ」
「いえ、振り回すのはどうかと思います」
そうだね。
「……でも、嬉しいです。大事にしますね。そして、カトーさんの分もしっかり頑張ってきたいと思います」
「ああ。気をつけてな」
名残惜しい気持ちを抑えて、俺は笑顔でセーラを見送る。セーラも元気一杯の笑顔で、グリフォンの鞍に足をかけた。スルスルと登り瞬く間にグリフォンの背中に乗ると、フレイやルシアたちと一緒にこちらへ向かって手を振った。
「いってきます」という皆の声に、俺も「頑張ってこいよ」と返す。そんなやり取りが終わった後、グリフォンは巨大な翼をバサバサと羽ばたかせて爆風と共に大空へ飛び立った。その姿は見る見るうちに小さくなって行き、手を振るセーラたちの姿も点のようになってしまう。俺はセーラたちが見えるように、有らん限りの力で大きく手を振った。グリフォンの姿が山の向こうに消えるまで、俺はただひたすら手を振り続けていた。
セーラたちを見送った後。何だか妙に寂しいような心細いような気持ちになった俺は、ローランドでもからかおうと思いクランハウスへと戻る事にした。こうして一人になると思い知らされるのだが、セーラが寂しくないか気遣っておきながら、その実俺の方が寂しがっている。どうにも感情のコントロールが出来ずに戸惑っていた。
で、クランハウスについたのだが。到着と同時に門でローランドと鉢合わせとなった。何でも、キスクワードに呼び出されたのだそうだ。
「今日の分の依頼リストはギルドへ戻しましたよ。指名の依頼はあれ一件だけでしたし、もし今から仕事を受けるならギルドへ行って探して下さい」
「ああ……ローランドは忙しそうだな」
「はい。キスクワード様と共に、昨日のゴールデンフォックスの競売を見に行く事になってます。あと、カトーさん用の装備も出来上がる頃だと思いますから、そちらも見に行く予定ですね」
何かと予定が詰まっているようだ。これはからかう雰囲気じゃないなと判断し、俺は素直に引き下がる事にした。
「頑張ってな。色々苦労かけるが、何か力になれる事があったら遠慮なく言ってくれ」
「分かりました。けどカトーさんのおかげで動くのが楽になりましたし、これ以上望む事は無いですよ」
そう言って、ローランドは何やら重そうなカバンを持って歩いて行く。確かに逞しくはなっているようだった。
……。
ぼっちだ。
ううむ、どうしたもんかな。
こういう時、普通の人なら気楽に遊んでみたり、自由な時間を満喫するのだろう。しかし俺はそういう事が苦手で、とにかく予定を入れたくて仕方がなくなる。それならローランドの言う通りギルドに行って仕事を探せばいいのだが、ただでさえ討伐モンスターが多くてギルドからの支払いが滞っている中、これ以上仕事をしてギルドを困らせるのもどうかと思う。大体クロスが捕まらない状況で勝手に動くのもどうなんだろう、などと門の前で延々と考える俺。その時、自分でも驚くくらい大きな音が腹から聞こえて来た。
グゥウゥ~~~~
「そう言えば正午過ぎてたんだよな」
とりあえず午後の予定は置いておいて、俺は適当な店で昼食をとる事にした。
せっかく一人なんだから、今日は新しい店を開拓しよう。寂しさを紛らわせる為にそんな事を考えた俺は、普段余り立ち寄らない南東地区へと足を運んだ。本来食事をするならホテル周辺が一番良いのだが、あそこは人通りが多い分、時間帯によっては満席で入れない店が出てきたりする。だから俺は職業斡旋所そばのパン屋で前もって昼食を買っておく習慣が出来たのだが、そろそろ新しく店を開拓したいと思っていたのだ。そこで南東地区を選んだのだが、この周辺は治安が余り良いとは言えない場所だ。いわゆる貧民地区、移民も多く住んでおり、かつて俺が泊まった『やめ亭』とかいうふざけた名前の宿屋もこの周辺にあったりする。
こういう所なら、よその食文化も混じって掘り出し物的な店が見つかるのではないか。そんな期待を胸にうろついてみたのだが、残念ながらめぼしい店は見当たらなかった。とにかく店が少なく、食材を売る店はあっても料理を出すような雰囲気の店が無いのだ。道行く人たちもどことなく元気が無く、疲れているように見える。この街の抱えてる問題が、そのまま空気にあらわれているような……そんな気がする光景が広がっていた。
そんなどんよりとした空気の中、何となく東へ向かって歩いて行くと、ちょっとボロいが大きい建物が視界に入ってくる。三角錐の真っ赤な屋根が特徴的なその建物の入り口には、ルシアのローブにあった発電所のマークみたいな模様が大きく描かれていた。恐らく、ここがネイの住む事になった教会なのだろう。この街にミリア教会は一軒しかないと聞いている。間違いなくここだと確信して、俺は挨拶をしに行く事を決めた。昼食は後回しでも良い。最悪、ストックしてあるパンを食べればいいのだ。
宗教的な建物に入るのは何となく勇気がいるものだが、俺は覚悟を決めて木造の扉を開く。白塗りのレンガを使って建てられた教会の中に入ると、まだ暑い季節にありながらひんやりとした空気が辺りを漂っていた。何というか、神聖というか厳かな雰囲気だ。建物の中はキリスト教の教会のようなステンドグラスも無いし立派な絵も飾られていないが、横長の机が並び、中央に祭壇らしきものがあり、そこにミリア神らしき美しい女性像が鎮座している。そしてその像に真剣に祈りを捧げるシスターの姿が、この場所を神聖な雰囲気へと変えていた。シスターは俺の気配に気づくと、静かに立ち上がりこちらへと振り向く。淡い紫のローブに身を包んだそのシスターの顔は、ローブ同様どこからどう見ても紫色であった。
「ネイ……か。こんにちは、ネイ。余りにシスター然としていて、ちょっと気づくのが遅れたよ」
『こんにちは、カトーさん。神父に会いに来たのなら、午後は孤児院に居てここには居ないわよ』
「いや、そういうわけじゃないんだ」
俺は今までの経緯をネイに話す。思いがけず一人となってしまい、散歩していたら偶然ここを見つけた、と。その説明を聞いて、ネイは納得したような呆れたような、複雑な顔をする。
『それならホテルで休んでいればいいのに。この付近はあまり治安が良くないみたいだし、お店も少ないから見て楽しめるものは無いみたいよ。神父はそう言ってたわ』
「ティモシー・ポコ……だったかな? その神父はどんな人なんだろう。ネイは上手くやっていけそうか?」
俺が聞くと、ネイは少し考えてから口を開いた。
『気弱そうな人だけど、とても真面目で良い人よ。私の事を怖がらずに受け入れてくれたし。ただ要領が悪いのかお人好しなのか、一度に沢山のものを抱え込んで身動きがとれなくなってるって感じのする人ね。そもそもお金が無いのに孤児院まで作って人助けなんてしてるし、ちょっと大変な人かもしれないわ』
ふむ。ルシアの叔父さんらしいからな、根がお人好しで苦労人という点で似ているのは血筋なんだろう。しかしそんな状況でネイまで抱え込んで、大丈夫なのだろうか。お金が無いのに食い扶持が増えたりしたら……
ん?
ちょっと待てよ。
「ネイ。この教会は寄付を受け付けてるのかな」
『それは受け付けてるでしょ、教会なんだから。詳しい話は私もよく聞いてないけど、常識的に考えて寄付を募らない教会は存在しないわ』
なら大丈夫か。俺はアイテムボックスの中を確認する。そして現金が変わらず180億以上ある事を確認すると、その中から2億を取り出してネイに手渡した。初めは何の事か分からなかったネイも、そのお金をマジマジと見つめてから慌てふためく。
『ちょ、ちょっと待って! 何よこの大金は!!』
「寄付だ。ああ、それとは別に当面の生活資金も渡しておこうか」
追加で500万ほど手渡す。顔色が変わったようには見えないが、今にも気絶しそうなくらいショックを受けているのは俺にでもわかった。
『……し、信じらんない。軽い気持ちで渡せる額じゃないでしょう?』
「ノリは軽く見えたかもしれないが、至って真剣で真面目だよ」
話を聞きながら考えていたんだが、もしかしたらこの教会は今後この街にとって重要な存在になるかもしれない、そんな可能性がある。貧困層や増え行く移民の受け皿となっているこの南東地区において、心の支えとなる宗教の持つ意味は大きい。彼らの拠り所となる事で、ゆくゆくは街の治安回復に繋がるのではないか。また孤児院経営したり学校を作ったりと教育面に力を入れているようだが、リリーのように勉強したくても出来なかった人間をこれ以上増やさない為にも、教会に活動力をつけてもらうのは必要な事だと思えたのだ。
「投資ととらえてくれても構わないが、これからこの教会はどんどん忙しくなりそうだからな。それに貴重な働き手であるルシアを借りっぱなしにしていて申し訳ない気持ちもある」
そこで俺はある言葉を思い出した。それはルシアと出会った日に聞いた言葉だ。
「あと、ルシアが言うには俺は優しい人らしい。優しい人なら、寄付の一つもして構わないだろう?」
『……ふふっ、なにそれ』
少し芝居がかった俺の台詞にネイが笑って言った。
『分かったわ、多分私が何を言ってもあなたは意志を変えそうにないしね。私も昨日ここに寝泊まりして、この教会がお金に困ってるのは気づいてたし……あなたの申し出は有り難く受け取らせてもらうわね』
「ああ、ありがとう」
『お礼を言うのはこっちの方でしょ。
ありがとうございます、カトーさん。あなたにミリア様の御加護があらん事を』
ネイはそう言って丁寧にお辞儀をする。本当にシスター然とした姿だった。俺……下手したらこの人を殺してたかもしれないんだよな。そう考えると、昨日の自分の判断を誉めたくなった。救えて良かったよ、本当に。
その後ネイと少しばかり雑談をしてから、俺は教会を後にする事にした。というか腹が減りすぎていたのだ。もう混雑する時間帯は過ぎたし、観念してホテル周辺の店に入る事に決めた。帰りしな、何やらネイが『ちょっと待ってて』と言って奥の部屋へと駆けてゆく。何だろうと思って待っていると、ネイは小さな袋を持ってパタパタと駆け寄って来た。
『沢山寄付してくれたのと、生活費のお礼よ。私が吸収した薬草の中でも、一番強い効果を持つ物の種。何かの機会に役に立つと思うから、良かったら持って行って』
「ああ、それは本当にありがたい。冒険者なんてやってたらいつどんな怪我をするか分からないからな。大事に育てさせてもらおう」
『芽がでる前は1日1回朝に水をやって。芽が出てからは朝夕の2回に増やすの。この付近の土なら、よく育つはずよ』
「分かった。早速今日クランハウスに戻ったら蒔いてみるよ」
こうして、俺は不思議な種をゲットしてクランハウスへと戻る事になったのである。結局昼食は以前セーラと一緒に利用した喫茶店で済ませ、俺は足早にクランハウスへと帰還する。そして誰も居ない事を良い事に、庭の一画を勝手気ままにほじくり返し始めた。そうした経緯を経て、冒頭のやりとりに至るというわけだ。白鳥君の活躍によって……というか殆ど白鳥君任せになってしまったが、庭仕事はパーフェクトの出来。今ここに、カトー農園が完成した。
「白鳥君ありがとう。今俺は猛烈に感動しているよ」
『グワァ~……』
カトー農園は小さいながらも耕運機を使ったように綺麗に耕されていた。周囲に芝生が散乱しているのは後で片付けるとして、さあて看板の一つでも作ろうかと考えた、その時。
「お前、何をやってるんだ?」
門が開いて黒い鎧に身を包んだ男が入ってくる。こちらを不思議そうな顔で見ながら、声をかけてきた。
「クロスか。何と言われてもな……畑仕事?」
「ああ、多分そうなんじゃないかとは思った。格好が格好だけにちょっと戸惑ったけどな」
ん? ああ、クロスは白鳥君と初対面だったか。よし白鳥君、挨拶をしよう。
『グワァグワァワァ~』
ぐるんぐるんと首を回してアピールする白鳥君。いやちょっと激しいな、俺の腰までグラインドしちゃうじゃないか。
「カ、カトー、何してるんだ! この行動に何か意味があるのか!?」
「どうも、初めまして宜しくネ、と言いたいらしい」
おおぅ今度は前後運動か。テンション上がりすぎだ白鳥君。
「分かった、分かったから止めてくれ! こんな所誰かに見られたら近所で妙な噂が立ちかねない!」
それもそうだな。
「白鳥君、申し訳ないがちょっとお休みしてくれ。ドキドキノーパンライフ!」
『ギャワワワワッ!?』
バシュウゥゥ、という音と共に白鳥君は光の粒となって消える。うーん、もしかしたら機嫌を損ねたかもしれないな。後でしっかり餌をあげよう。
「カトー……多分使い魔なんだろうけど、その帰還魔法のキーワードはどうかと思うぞ」
「ドキドキしないか?」
「無駄にな。お前にセーラさんという恋人がいてノーマルだと証明されてなければ、俺は逃げ出す所だった」
そんなにか。また俺はセーラに救われたようだ。愛してるぞ、セーラ……。
「ところで、クロスは今までどこに行ってたんだ? アメリアたちの出発の時も見送りに来なかったし、そんなに忙しかったのか?」
「ん? ああ、それなんだがな……」
キョロキョロと周囲を見渡して誰も居ない事を確認するクロス。そして少し小声になって言った。
「諜報員としての仕事で、ギルドに行ってたんだ。ギルドマスターもこっちの事情を知って協力してくれてる一人でな。今日は今までずっとギルドマスターの部屋で仕事をしていた。アメリアも知ってるよ」
なるほど。アメリアも知ってるなら別に良いか。いや、それでも見送りには来て欲しかったけどな。
「それよりカトー。さっきギルドに入った依頼なんだが、予定が入ってないならこの仕事を受けてみないか」
そう言ってクロスが手渡して来た依頼書を受け取って見てみると、そこには馴染みのある村の名前が書かれていた。トレット村。クロスたちと初めて会った時に訪れた村だ。そしてその仕事の依頼内容は……
『護衛の募集 護衛対象:作業員20名
トレット村で大量に打ち上げられたイカの加工作業で20名の作業員を募集しました。つきましてはフォーリードからトレット村までの移動、そして作業中の護衛をお願いします。護衛はランクD以上の方を募集しており、期間は5日間となっております。1日2万Y、戦闘報酬は討伐したモンスターによりますので、部位の確保を必ずお願いします。募集人数は4名です。
依頼人:万之魚水産社社長ジョー・ディマッジョ
※近海にてダークダゴンの出没報告が増加中。戦闘の可能性アリ。討伐ボーナス一体200万Y
※護衛期間中の食事はトレット村食堂のイカ料理全般が非常に安くなっておりオススメです』
なんともイカだらけな依頼書だった。




