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ボンゾさんの昔話

 この世界には多種多様な『人』たちが住んでいる。人間を含む獣人、エルフやドワーフ、巨人族。ピクシーなどの妖精や魔族、果ては竜人族と実に様々である。そしてボンゾに代表されるドワーフたちは、この世界において山岳地帯を統べる山の民として知られていた。


 ドワーフは製鉄など鉱物を扱う技術に優れ、その昔、世界を支配しようとした魔族たちを、その技術で作った武器防具によって退けている。それまで疎遠だった獣人やエルフと強い絆を結んで、大戦以後は外の世界に向けて技術提供を続けてきた。今や彼らの技術は全世界へと広まり、人々の生活を潤している。


 ボンゾはそんなドワーフたちの集落の一つに生まれた。マンディール国と隣国サウスコリを隔てる大きな山脈の片隅にある、小さな集落である。鉄の鉱脈を掘り、それで金物細工を作って生計を立てる者たちによって作られた村であった。


 ボンゾはドワーフには珍しく、膨大なMPを持っていた。


 MPとはマジックパワー。身体に内包された魔力の事である。ドワーフは土の精霊の加護を受けられるものの、その身に宿せる魔力は非常に少ない。しかしボンゾは精霊に愛されるエルフでも届かないほどの膨大な魔力を宿していた。神童と呼ばれ、子供の頃から恐れられるボンゾ。ドワーフはMPを使わず生命エネルギーを使う技術を磨くが、ボンゾは彼らに理解出来ない魔力を使った新しい技術を作り上げていったのだ。周囲から理解されず、またボンゾ自身も我が道を行く姿勢を崩さない。両者の間にはいつしか深い溝が生まれていた。


 ボンゾの親は、そんなボンゾを責めなかった。彼らも同じくボンゾのように強い魔力を持っていたが、周囲の目を気にして自分の可能性に挑むような勇気を出せないでいたのだ。自分たちに出来なかった事をやるボンゾを、彼らは応援し続けた。そんな親たちは、流行り病で死ぬ間際にボンゾにある言い伝えを教える。


 かつてこの世界を救った英雄グランフェルト。偉大なるエルフの王は、実は侍女として雇っていたドワーフの女性に子供を生ませていた。その子孫は代々ドワーフでありながら膨大な魔力を身に宿すという。


 それは息子が自分自身を卑下しないようにとついた嘘だったのかもしれない。しかし当時少年だったボンゾはその話を信じ、そしてこう思った。

『俺は他の奴らとは違う。英雄の子孫なんだ』と。

 周囲の目など全く気にしなくなったボンゾは、親の死後、益々自らの技術の向上に邁進する事になった。向上心の塊のようなボンゾは、時には村を離れ遠くの国に修行へ出る事もあった。そして村に帰る頃には、以前の何倍も実力を上げているのだ。保守的な村の鍛冶屋の中では、もはやボンゾにかなう者など居なくなっていた。


 鍛冶屋としてボンゾは、いつしか剣聖と呼ばれる存在となっていた。その集落ではボンゾの作り出す剣が貴重な収入源となっていたが、代わりにボンゾを疎ましく思う者も増えて行った。かつて少年時代に散々除け者にした相手が、いつの間にかこの村の中心にいる。仕返しされるのではないかと警戒していたのかもしれない。技術を盗もうにも全く理解出来ず、このままではこの村は奴に支配されるのではないか。そんな事を考える者が出始めていた。


 ボンゾが暗殺されかかったのは、そんな人々の疑念が膨らみ続けていた、ある冬の日の事だった。


 マンディール国に武器を届け、キンロウの街で買い物をしてから帰る途中。森の中で村のドワーフたちからボンゾは襲撃を受ける。その数、総勢200あまり。村の男連中の半数近くである。彼らの手にはボンゾの作品が握られていた。自ら作った武器で命を狙われるボンゾ。馬を失い、森の中を逃げ惑う。それを救ったのは、たまたま森を散歩していたクレアさんだった。


 エルフは森の支配者である。すぐさま結界をはり、追手を森の迷宮で迷わせると、自分たちの住む村にボンゾを匿った。


 ボンゾはさすがに衝撃を受けていた。嫌われてるとは思ったが、まさか殺しにくるとは思わなかったのだ。しかし現実は現実である。もはや村に戻れなくなったボンゾは、しばらくその村の人たちの世話になる事となった。


 森の住人たちと暮らすのは、ボンゾにとって初めての体験である。鉄器に頼らず、木や植物の蔓で生活に必要なものを賄う。それは視野を広げるという意味でボンゾに著しい成長を促した。木というものに無限の可能性を見た。花に心を奮えさせる美しさを、川のせせらぎに瑞々しい躍動を感じた。そしてボンゾはその生活の中で、自らの身体に眠る力を開花させる事となった。


 それは精霊と対話する力。エルフの力である。


 ボンゾは本当に、エルフの血をひくドワーフだったのだ。



 力を開花させたボンゾは、その村へ恩返しする為に様々な物を作り上げた。水車を作り、製粉機を作った。家々の改修から細々とした日常道具の修繕。とにかく新たな力を授けてくれた森と村人たちに感謝し、全力で尽くしたのだ。そんなボンゾが村人たちに好かれないわけがなく、いつしかボンゾは村の一員として認められるようになっていた。


 そんな平和な日々を送っていたある日。村を一人のエルフが襲う。それは余所の森で追放されたエルフで、禁じられた魔法の研究をしていた男だった。いわゆる人体実験を繰り返していた犯罪者で、近隣の国で指名手配がかけられていた。そんな男が目をつけたのが、人口が少なく暴れても誰も気づかないような僻地にあるこの村だったのだ。


 一度目は、ボンゾによって撃退された。ボンゾは修行の旅を繰り返してそれなりに強くなっていたのだ。村人たちの襲撃は数が多すぎて適わなかったが、相手が一人なら話は別だ。精霊の力を借りる事もできる今、彼に負ける要素は無かった。


 しかし二度目は違った。


 男は入念にボンゾの事を調べ上げ、ボンゾが自分の村を追い出された事を突き止めた。その頃ボンゾの生家のある村では残されたボンゾの作品を奪い合い、村全体で大きな争いの真っ只中。欲にかられた彼らを魔法でいとも簡単に操ると、集団でエルフの村を襲ったのだ。


 さすがにボンゾだけではどうしようもなく、村は壊滅した。


 操られたドワーフたちは襲撃後に洗脳が解けたが、自分たちのやった事が受け入れられずに自害するか逃げ惑うのみ。そしてクレア、サラサ、フィオナというとりわけ強い魔力をもったエルフたちは、男の禁呪の贄として森の奥へと連れ去られた。


 本来であれば、これで彼女たちの運命は閉じられてしまう所である。エルフにはエルフにしか解けない結界術があり、その力で隠れてしまえば追手など簡単にまいてしまえるのだ。


 しかしボンゾはエルフの血を引くドワーフである。ボンゾは己に流れる血を信じて、男の行方を追った。身体は既にボロボロだったが、諦めるという選択肢などボンゾには無かった。そんなボンゾに、森の精霊たちは力を貸す。木は避け道を作り、草木は道標の花を咲かせる。鳥は羽ばたきボンゾを導いた。そしてボンゾの中に脈打つエルフの血が、幾重にも張られた迷いの結界を打ち破っていった。


 ボンゾは男のアジトへとたどり着く。そこで見たのは禁呪によってクレアさんたちから力を奪った男の姿。強大な魔力で身体を肥大させた悪魔の姿だった。その悪魔に、ボンゾはその身一つで立ち向かった。精霊の加護によって強化されたボンゾは、元々鍛え上げていた事もあって、その鋼の肉体で悪魔を叩きのめして行く。悪魔は予想外のボンゾの強さにおののき、何とか主導権を握ろうとこう叫んだ。


『その娘たちを救いたければ、私を殺してはいけない。今の私を動かしているのはこの娘たちの魔力だ』と。


 禁呪によってクレアさんたちは魔力を奪われていた。しかもただ奪われていただけでなく、体内で作られた魔力を永遠に奪われ続ける呪いをかけられているのだ。しかも、それは術者の命が潰えたと同時に暴走し、魔力を食らいつくしてしまう。男の死後魔力を奪い尽くされ、クレアさんたちも死んでしまう事になるのだ。


 絶命寸前のクレアさんたちは死を願った。しかし、ボンゾは諦めなかった。


 ボンゾはクレアさんたちを護りながら戦い、男を見事撃破する。そして苦しむクレアさんたちにこう言った。


「お前たちにかけられた呪いは、俺が貰おう」


 ボンゾには男が仕掛けた『呪いを司る悪しき精霊』の姿が見えていた。クレアさんたちにまとわりつくその悪しき精霊たちにボンゾは語りかける。俺の身に宿る魔力を食らえ、と。そんな小娘たちよりもずっと美味いぞ、と。悪しき精霊たちはボンゾの言葉に反応し、思惑通りにボンゾの魔力を食らいつくして行った。


 結果、三人は命を救われた。かなりの魔力を消耗したが、それは一時的なもので済んだのだ。一方ボンゾもその身に三人分の呪いを受けながらも生き延びる事が出来た。精霊も食らいつくせない程の魔力を持っていたのだ。しかしエルフとしての力は失われ、膨大だったMPも一般的なドワーフ程も残らなかった。


 ボンゾは、ただのドワーフとなったのだ。





 それからの人生は大変だった。何せ、魔力を使う事を前提に鍛え上げて来た技術である。それを使えないとなると、ボンゾは鍛冶屋として一からやり直すしかないのだ。森に残された自分の作品を集め、それを少しずつ売って食いつなぐ日々。身よりのなくなった三人を連れて、ボンゾは様々な街を転々としながら生きて行く。かつて馬鹿にしていた「普通のドワーフの鍛冶屋」に頭を下げて弟子入りし、陰口を叩かれながらも必死に働いた。そうして少しずつ鍛冶屋としての技術を磨き続けていったが、結局以前のような素晴らしい作品を作り上げる事は出来なくなっていた。


 そんな彼らが最終的に骨を埋めようと決めた街が、フォーリードだった。当時のフォーリードにはまだまだ人も物も少なく、鍛冶屋など一軒も無かったのだ。情けない腕でも食っていけるだろうと、借金をしてそこに店を構えた。仕事自体は溢れるほどあったが、包丁の修理などの細々とした物も多く、およそ武器とはかけ離れた物も作らなければならない事もあった。が、ボンゾは三人を養うために文句も言わず作り続ける。エルフの村での経験もあって、様々な要求にも柔軟に対応していった。その結果、いつしかボンゾの店は街を代表する優良店となっていた。そして必死に働き借金を返し終えた頃、武器屋としても街一番の腕前となり、フォーリードにこの人ありとうたわれるまでになったのだ。


 ボンゾは借金返済を機に三人と結婚する。その時の結婚式には、彼の作品を愛した王国騎士団の面々が集まったというからボンゾの偉大さがよく分かるというものだ。


 現在彼は己の限界を感じ、鍛冶屋をやめている。店に並べられた武器の多くは魔力を失ってからの作品だと言うが、俺には素晴らしい作品としか思えなかった。ボンゾの理想がどれだけ高いのか、その話を聞いてよくわかった。全く、全盛期のボンゾがどんな武器を作っていたのか……見てみたいが、少し怖い気もするな。






「ボンゾさん。俺と会った時は木こりをしていたが、なぜ木こりを?」


 俺が問うと、懐かしそうに目を細めた。


「行き詰まっていた時に、嫁たちに一旦鍛冶から離れてみたらどうかと言われてな。何となく、森の中で働いてみたくなったんだ。もしかしたら、また森の精霊たちに会えるかもしれねえ……なんて、夢を見ちまったのかもな」


 そう言ってから、乾いた唇を酒で濡らした。


「しかしそれも良い経験だったし、何より面白い奴にも会えた。こうしてまた魔力が成長するようにもなった。何もかもが前へと動き始めたような気がするぜ。カトー、だからよ、嫁たちは勿論おめぇにも感謝してるのさ。照れくせえから二度は言わんぞ



……ありがとう、カトー。おめぇのおかげで、俺はまた高みを目指せそうだ」




 そう言ったボンゾは、煽るようにグラスを傾けて残った酒を流し込んだ。


 俺もそれにあわせて、自分のグラスを空にした。どうも変な酔い方をしちまったな、とボンゾが鼻を掻いたが、俺はこんな日もあっていいじゃないかと笑った。





 そう、こんな日もあっていい。




 俺はボンゾと彼に寄り添い微笑むクレアさんを見ながら、そう思った。







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