ボンゾさんちに行こう
フォーリードの街に帰る頃には、空は鮮やかな茜色に染まっていた。今日は三人でギルドへ報告に行く。ウサミーミさんにサインを貰った書類を窓口へ提出して、それでお終い。その時、俺はふと思い出して受け付けの男性職員さんに問いかけた。
「殺人蜜蜂って、倒したら報酬が出たりしますか」
ピシッと何かにヒビが入った音がしたような。なんだ?
「いや、確かに出ますけどね。害獣扱いですし、それ専門に狩りをして生活している方もいますから。けどカトーさんたちにはまだ無理だと思いますよ、危険です」
俺はアイテムボックスの中からジャラジャラと殺人蜜蜂の針を取り出す。実はクマと巣を襲撃した時に、倒したやつらの針を集めていたのだ。モンスターの身体の一部を持ち帰るのが、もう習慣になりつつある。
「ムチャ……しましたね」
「いや、それほどでもないが」
「ムチャしてますって! なんですかこの量は!!」
223本。まあ、一人じゃ厳しかったが囮……いや、頼もしい仲間がいたからな。持つべきものは信頼のおける仲間だよ、うん。
「清算します。けど明日から5日間、仕事はお預けですよ!」
「なにっ!?」
横暴だ! 何も悪い事はしてないハズだぞ!
「カトー。ギルドからムチャすんなって言われただろ。お前のやった事は、世間一般じゃムチャと言うんだ。そろそろ学習しろ」
「良いじゃないですか。これでしばらくお休みしても、生活には困らないですから」
ううむ。仕事のし過ぎで怒られるのは日本もここも変わらないのか。納得いかないが仕方ない、しばらくのんびり身体を休めるとするか。
約30分後、ギルド職員が札束を包んだ紙袋を持って来た。一体15万Yで計算しているらしい。確かにこれで生活しようと思えば出来るかもしれないが、俺はもう嫌だ。リスキーにも程がある。223体×15万で3345万Y、3割がギルドに行くから、残ったのは2340万Y。それを3人で分けて、一人あたり780万Yとなる。
普通の人間では生きて帰れない命懸けの戦いをこなし、この金額。生命保険とかも無い世界だ。高いか安いかと聞かれたら安いと答えるな、俺は。
「カトー。おめぇの言い分は分かるが、三等分は俺とセーラが貰いすぎだろ……」
「俺とセーラを合わせりゃ2:1じゃないか。いいんだよ、これで。これがこのチームのルールって事で」
ボンゾだって家庭があるんだから、貰えるものは貰っておくべきなのだ。俺がそう言ってセーラも後押しすると、ボンゾも渋々納得してくれた。まぁ男としてのプライドがそうさせるんだろうな。今度ボンゾに何か頼もうか。うん、それがいい。
もう一度ギルド職員から小言を貰ってから、俺たちはギルドを後にしてボンゾの家へと向かった。
フォーリードの街並みはどこも美しいが、やはり街の中央を貫く大通りは色とりどりの店が並ぶ上に、人通りも多く格別目を惹くものがある。そんな通りの一角に、今日は閉店している武器屋がある。ボンゾの店『グランフェルト』だ。グランフェルトとはボンゾの故郷の昔話に出てくるエルフの王の名前。非力なエルフでありながら大剣を片手に魔族を蹴散らした、別名鋼鉄神とも呼ばれた伝説の英雄だ。
そんなグランフェルトの裏手に回り、石造りの階段を上る。木製だが鉄の枠組みのある立派な戸、その中央にある鼻輪のような鉄の輪っかを、ボンゾはゴンゴンと鳴らした。中から「はぁい」という声が聞こえ、ボンゾは夫らしく「今帰ったぞ」と声をかける。
緊張する。
ただでさえ同僚の奥さんに会うような緊張がある上、婚約者の家族も同然の人たちと会うのだ。こういう経験が全く無い俺にとって今日はかなりハードルの高い試練の日である。
木戸が開かれる。現れたのは以前買い物をした時に会ったクレアさんだった。
「お帰りなさい、あなた。セーラ。カトーさんも、よくいらっしゃいました」
鮮やかな紫色の髪の毛が、室内灯のオレンジがかった明かりに映える。以前会った時と変わらない美貌がそこにあった。やはり美人というのは破壊力がある。一瞬戸惑ったが、何とか気持ちを立て直した。
「お呼びいただけて光栄です」
「カトー……似合わねぇから止めろ。四の五の言ってねえでさっさと入れ」
むむぅ。紳士的な挨拶をしようと必死で考えたセリフだったんだが。
「フフッ。ちょうど料理も出来上がった所ですから、すぐ御用意しますね。セーラ、カトーさんを案内してくれる?」
「はいっ! カトーさん、こっちですよ!」
セーラに手を引かれて、俺は家の中へと入っていった。何というか、想像していたような展開ではなかったな。もっと堅苦しい空気になると思ってたのだが……。まあ、セーラが家族と慕う人たちだからこうなるのも自然な流れなのかもしれない。
ボンゾの家は三階建ての店舗の二階にある。一階には武器屋、二階と三階が生活スペース。なんと地下室まであり、そこには今では使ってないが工房があるのだそうだ。
そんな立派な店に、美人な嫁さんが三人。ボンゾは幸せ者である。
木製の大きなテーブルと、その四方を同じく木製の長椅子が囲む。その上には柔らかなクッションが敷かれていた。俺は何故か上座にセーラと二人で座らせられ、キョトンとしていると目の前に次から次へと料理が並んで行く。運んでいるのは、ボンゾの嫁さん三人だ。俺は初対面である。
一人は緑色のショートヘアが印象的な長身のエルフで、名をサラサと言った。細身だが引き締まった身体をしていて、エプロン姿の上からでも鍛えているのが分かる。歩く姿はキビキビとしていて重心も安定しており、恐らく戦士系の職についているのだろうと思わせた。スリムビューティーという言葉が相応しい、クレアさんと違った野性的な魅力を持った女性だ。
もう一人は銀色の長い髪の毛が美しい小柄なエルフで、名をフィオナと言った。前髪を眉の辺りで切り揃えており、眠そうな眼差しもあって不思議な雰囲気を醸し出している。セーラの話では、無口で静かだが黙って悪戯をするような人らしい。猫のような印象を受ける、可愛い系の女性であった。
クレアさんは身長的に二人の中間と言った感じだ。セーラ曰わく、一番しっかりしてて優しく、理想のお母さんだそうだ。しかし本人にそう言うと「お姉さんなら嬉しいけど……」と複雑な顔をするので、言わないようにしているという。
そんな、三人のエルフ。その全員がボンゾに心酔しているというのだから、世の男たちは血涙を流して羨ましがるだろう。俺? 俺は別に羨ましいとは思わない。セーラがいるというのもあるが、ボンゾやセーラの話の端々から察するに、今の幸せに至るまでに相当苦労してそうだったからだ。俺は人間的に歪かもしれないが、結果だけ見て嫉妬するような腐り方はしていない。
目の前には賑やかな光景。食事を運ぶクレアさんたちに、セーラが蜂蜜の入った一升瓶を渡していた。きゃあきゃあと喜ぶ女性陣、耳を押さえて苦笑いするボンゾ。燭台に灯る優しい明かりもあって、とても暖かな空気がこの部屋を包んでいた。
どこか、懐かしいと思った。
それは恐らく、母の生きていた頃の一家団欒を思い出したからだろう。そこには俺が恋い焦がれていた世界があった。いつしか緊張は解け、俺も気づけば彼らと同じ笑顔を浮かべていた。
目の前には、海外のアニメに出てくる七面鳥ような鳥肉やサイコロステーキ、カラフルな野菜やハムを混ぜたポテトサラダ、大量のパスタにポタージュスープが並んでいる。準備も終わりそれぞれ席につくと、空のグラスにクレアさんたちが果実酒を注いだ。そして最後に俺のグラスが満たされると同時に、ボンゾが口を開く。……そういやお祝いってボンゾのMP成長を祝うんだよな。何故俺が上座に?
「そんじゃあ、始めるか。今日は本来なら俺の鍛冶屋復帰祝いのハズだったんだがな。予定が変わった」
鍛冶屋復帰。……は?
「なんと昨日、セーラがカトーと付き合う事になりやがった! 今日なんて俺の目の前で婚約なぞしやがって、もう二人は夫婦みてえなもんだ。という事は俺たちにとっても家族みてえなもんだろう。俺はカトーを新しい家族として迎えようと思っている」
…………。
急展開だ。
「カトーは俺に新しい可能性を与えてくれたし、セーラを受け入れる度量もある。ちと変なやつだが、決して悪いやつじゃねえ。きっとカトーならセーラを幸せに出来ると俺は確信してるぜ」
ボンゾ。嬉しいが変なやつってのは余計だ。
「つー事で、これからの二人の前途が揚々である事を願って乾杯したいと思う。挨拶はこれくらいでいいだろ、グラスを持て」
ボンゾに促されるままグラスを持った。未だに俺などは呆気にとられているが、皆は当然のように笑顔のままグラスを手にとる。セーラも目尻を滲ませながらも笑顔だった。
「乾杯!」
「「「「「乾杯ーっ!」」」」」
グラスの酒を喉に流し込む。グラスをおくと、次に大きな拍手が俺たちを包んだ。
「おめでとう、二人とも」と、クレアさん。
「やったな、セーラ! カトーさん、セーラを宜しく頼むよ!」と、サラサさん。
「色々とお似合いよ、二人とも。うふふふふふ……」とフィオナさん。いや、意味わからん。
ボンゾは悪戯が成功したのを喜ぶように、俺を見て笑っていた。いや、まあ驚いたけどさ。しかし、おかしくないか?
「あのさ。昨日の今日で、何でクレアさんたちが俺とセーラの事を知ってたんだ? 明らかに俺たちの事を知ってて用意してただろ、これ」
そう。実はテーブルの上の料理には所々にハートマークがあしらわれているのだ。ポテトサラダなどは、表面の焼きチーズの上に、俺とセーラの名前までソースで書かれている。ボンゾがこの事を知ったのが今朝の事。それが仮に演技だとしても、クレアさんたちが知るすべは無かったハズなのだが……
「まあ、それは食いながら話そう。せっかくの飯が冷えちまったらもったいねえからな」
確かに。とりあえず俺はセーラがよそってくれたパスタを受け取ってから、フォーク片手にクレアさんたちから説明を聞いた。そして……聞くんじゃなかったと後悔する事になった。
事の発端は、昨日の夜。ボンゾがギルドから帰ってきてからの事であった。いつものように風呂に入り、食事をしながら今日の出来事を話すボンゾ。三人はそれを聞きながら、いつもならニコニコしているのだがその日は驚いて顔を青ざめさせた。
そりゃそうだ。変種とはいえ高レベルのバンプウッドと戦ったのだから、死ぬ危険があったという事である。森の住人たる彼女たちには、その危険性がよく分かっていた。
自分たちの夫に危険な目に合わせたという事で、その時彼女たちの間では俺への怒りが渦巻いていたという。これは仕方ない、俺が全面的に悪い。しかしボンゾとセーラがその戦いで異常な成長を遂げた事、そして俺が土下座までして謝り反省していた事を知って、なんとか怒りも治まったという。
さて、そうなると三人が次に心配したのは妹も同然のセーラである。怖い思いをしていないか、怪我をしていないか。森が怖くなったりしてないか。居ても立ってもいられず、先ずサラサさんが飛び出した。つられてクレアさんも。そしてセーラの泊まる宿へと辿り着いたが、なんと宿にはセーラの姿が無く、宿の主人の話ではキャンセルしたと言うではないか。
…………。
うん。ごめん。それ俺のせいだ。
帰って来た二人は動揺しっぱなしである。そして、家に残っていたフィオナさんにある事を頼んだのだが……
「まさか、フィオナさん!?」
そこまで聞いたセーラが、突然声を上げた。驚いてるというか、怒ってないか。顔は真っ赤に染まっていた。……酒のせいではないようだ。
セーラの問いに、フィオナさんはニンマリと口元を歪め答えた。
「水晶玉を使って『遠見』をしたわ。うふふ……もう、セーラったら初々しいったらなくて堪らなかったわよ。もう三人でじっくりたっぷり鑑賞させてもらったわ」
「きゃああああああああああっ!?」
セーラが顔を押さえてうずくまった。なんだなんだ、何がそんなに……ん? 遠見? 遠くを見る……って、もしかして宿をキャンセルした後の俺たちを覗いてたのか!?
「俺ぁ見てねえからな。だがコイツらが真っ赤な顔して『セーラなら大丈夫だから』とか言ってきたのを見て、なんとなく察してはいた。今朝は、俺の予想が当たって自分でも驚いてたんだよ」
なんてこった。そりゃ叫びたくなるわ。初々しいって、コイツら……
その後、三人の中で俺の株は鰻登りに上がっていったらしい。あれだけセーラを大切に扱えるなら、信じて大丈夫だろう、と。一体何をどう評価してるのか分からないし分かりたくもないが、とにかく俺はセーラの恋人として認められたらしい。その事については喜んで良いだろう、複雑ではあるけど。
……そして今に至るわけだ。なんというか、もう脱力の極みだった。
ニヤニヤとしながら、サラサさんは言った。
「確かに一度は頭に来て『ぶっ飛ばしてやる』なんて言ってたんだけどさ。なんかもうあれだけ見せつけられたら本気で好きなんだって認めるしかないじゃない。それに警戒心の強いセーラがあれだけ心を許して色々さらけ出しちゃう相手が悪人のわけないしね。いやー、凄かったわ……おかげで私たちも燃え上がっちゃって大変だったんだから」
「サラサ、凄かったもんね。ボンゾ困ってたじゃない」と、フィオナさん。
どうでもいいが、際どい会話はやめてほしい。そしてボンゾ、すまん。何やら大変な目にあってたようだ。それで今日あれだけ働けてたんだから、まだまだ若いぞ。自慢していい。
それからしばらく、酒の勢いもあってサラサさんとフィオナさんを中心とした猥談が繰り広げられる事となり。飲んで恥ずかしさを忘れようとしたセーラが酔っ払って眠るまで、俺は何とも言えない空気の中黙々と料理を食べ続ける事となった。
夜もだいぶ更けて来た。
通りの喧騒も落ち着き、遠くからフクロウの鳴く声が聞こえて来た。エルフには酒に弱い人が多いらしく、サラサさんもフィオナさんも眠ってしまっている。セーラは随分前から俺の腕にしがみついてお休み中だ。唯一クレアさんはピンピンとしているが、彼女が飲んだのは最初の一杯だけで、後はずっとお茶である。今普通に飲み続けているのは俺とボンゾだけだった。
「カトーさんはお酒がお強いんですね。主人以外でここまで飲める方は初めて見ました」
「そうかな。確かに俺は強い方かもしれない。このくらいの酒なら、1日飲み続けても酔わないと思うよ。まぁ、そんなもったいない飲み方はしないけど」
日本にいた頃も、休日前はウィスキーを常温でグイグイ飲んでいた。瓶一本空けるのが当たり前だったから、強い方だったのだろう。生まれてこの方二日酔いを経験した事もない。赤ワインだけは若干気持ち悪くなったが、あれはアルコールというより単に味が嫌いだっただけだ。
「俺としちゃあ貴重な飲み仲間が増えて嬉しい限りだ。この辺りじゃ酒造が盛んでな、酒が安く手に入る。これからもたまにこうして飲まないか」
「それは俺からお願いしたいくらいだ。今日飲んだ酒はかなり美味しかった。雰囲気が良かったというのもあるんだろうけどな」
そう、今日は珍しく酔っている。ここまで気持ちがほぐれるのも久しぶりだ。だからこそ、俺は普段よりも踏み込んだ事をボンゾに聞いていた。
「なあ、前から聞きたかったんだが。何故、ボンゾは鍛冶屋をやめてたんだ?」
「……そういや、おめぇは付き合いが長い割には聞いて来なかったな。他人の事を気にしねえって言ってたが、その割にゃ気にしてたのか」
「まぁな。ただ踏み込んでいいのか分からずに、何となく聞けないでいた。家族として迎えてくれると言ってたから、もう聞いてもいいかなと思ったんだが」
ボンゾはクレアさんの顔を見る。クレアさんは微笑んで、静かに頷いた。
「分かった。なら、これからその経緯を話そう。ただ長え上に楽しい話でもねえから、寝ちまっても知らねえぞ」
ボンゾはそう言って、グラスの酒を飲み干す。テーブルに置かれた空のグラスがボンゾの顔を歪ませた。クレアさんが新たな酒を注ぐのを見つめながら、俺はボンゾの話に耳を傾ける。
ホーホーとフクロウがまたどこかで鳴いた。




