第43章 合唱はひとりでは歌えません
料理は、引き分け。
即興演劇は、未明の勝ち。
交流戦、第三種目は、合唱。
ここまで、レテは、ずっと、天才だった。
でも、合唱は、ちがった。
第三種目が発表されたとき、明石コトハ(あかし・ことは)の背すじが、すっと、伸びた。
「合唱」
進行役の白金歌音が、読み上げる。
「課題曲は、両校、共通です。同じ一曲を、それぞれの学校が、合唱します。同じ歌を、どう歌うか。音程、ハーモニー、まとまり。それを、審査します」
コトハの目に、めずらしく、自信の光が、ともった。
「歌詞は、頭にあります。楽譜も、全部。音程の、ずれも、わかります」
凡田一が、横で、ちょっと、驚いた。
「お前、今回、強気だな」
「はい」
コトハは、うなずいた。
「覚えること。ずれないこと。合わせること。──これは、わたしの、得意分野です」
たしかに、そうだった。
料理も、即興も、コトハは、苦戦した。
「その場で」が、できなかったから。
でも、合唱は、ちがう。
決まった歌を、決まったとおりに、正確に。
それは、記録してきた彼女の、いちばんの、得意技だった。
二年三組の練習が、始まった。
コトハは、各パートの音を、すべて、頭から、取り出した。
ソプラノ、アルト、テノール、バス。
誰がどこで、どの音を出すか。
一音の、狂いもなく。
「白金さんは、そこ、半音、高いです」
「あ、ほんとだ」
「不死川さんは、走っています。半拍、待ってください」
不死川勇気が、声を張る。
「俺は、いつでも、全力だ!」
「全力で、ずれないでください」
コトハの指示は、的確だった。
二年三組の歌が、みるみる、まとまっていく。
桜庭レイコ(さくらば・れいこ)先生も、めずらしく、感心していた。
「明石さん、指揮、向いてますね」
「記録の、応用です」
──
一方。
その日、未明学園は、合同練習のために、青蘭へ来ていた。
体育館の、反対側で、彼らも、合唱の練習をしていた。
していた、と言うか。
「うおおお! 俺の声を、聞けェ!」
宵島カケル(よいじま・かける)が、一人で、絶叫していた。
声は、でかい。
でも、他の誰とも、合っていない。
未明の合唱は、全員が、好きなように、歌っていた。
それぞれが、それぞれの、テンポで。
それぞれの、音程で。
ばらばらだった。
白河ナギ(しらかわ・なぎ)が、頭を抱えていた。
「だから、合わせてって、言ってるでしょう……!」
「合わせると、つまんねえだろ!」
「合唱は、合わせるものなの!」
未明学園は、即興には、強い。
その場の風に、乗れるから。
でも、合唱は、逆だった。
決められたとおりに、全員で、合わせる。
予定を立てない学校に、それは、いちばん、苦手なことだった。
そして。
その、ばらばらの中に。
忘川レテ(わすれがわ・れて)も、いた。
レテは、歌いたそうだった。
口を、開けて。
何かを、歌おうとして。
でも、すぐ、止まった。
「……次の歌詞、なんだっけ」
一行歌うと、次の一行を、忘れる。
メロディを覚えると、歌詞が、抜ける。
歌詞を思い出すと、今度は、自分が、ソプラノなのか、アルトなのか、忘れる。
レテは、何度も、何度も、止まった。
そのたびに、不思議そうな顔を、した。
「あれ。さっき、歌ってたのに」
レテにとって、それは、初めての、感覚だった。
料理は、手が、覚えていた。
即興は、その場で、よかった。
どっちも、忘れても、できた。
でも、合唱は、ちがった。
合唱は、「ずっと、覚えていること」を、要求する。
最初から、最後まで、歌詞を、メロディを、自分のパートを。
ぜんぶ、覚えていないと、歌えない。
それは。
忘れることが得意なレテにとって、世界で、いちばん、難しいことだった。
「……歌えない」
レテが、ぽつりと、言った。
いつもの、にこにこが、消えていた。
「私、歌、歌えないや」
カケルが、振り返る。
「おう、忘川、どうした!」
「次の歌詞、忘れた。さっきも、忘れた。ずっと、忘れる」
「まあ、お前は、そうだよな!」
カケルは、けらけら、笑った。
悪気は、なかった。
でも、レテは、笑わなかった。
うつむいた、まま。
「……みんなと、いっしょに、歌いたいのに」
その声は、小さかった。
体育館の、反対側で。
コトハは、その様子を、見ていた。
歌詞を忘れて、立ち尽くす、レテを。
いつも、なんでも、できていた子が。
初めて、できなくて、うつむいている。
コトハの胸の奥が、ぎゅっと、なった。
それは、勝負の、相手だった。
放っておけば、未明は、合唱で、自滅する。
青蘭が、勝つ。
そのほうが、いいに、決まっていた。
でも。
コトハの足は。
なぜか、体育館を、横切って。
レテの、ほうへ、向かっていた。
今回は、向きを、反対にしました。
これまで、レテは、ずっと、天才側でした。
料理も、即興も、忘れても、できた。
でも、合唱だけは、ちがいます。
合唱は、「ずっと覚えていること」を求める。
忘れるのが得意なレテには、世界でいちばん、難しい。
そして、コトハ。
覚えること、合わせること。
今回は、最初から、彼女が、得意な側です。
勝負の相手なのに、コトハの足は、レテのほうへ向かいました。
次回、コトハは、ある決意をします。




