第6話 リィナ
鉄のぶつかる音と、悲鳴。
王都の正門前は、すでに戦場だった。
「押し返せ! 隊列を崩すな!」
騎士団が必死に応戦している。
だが、押されている。
魔族の数が多すぎた。
「くそ……!」
兵士が歯を食いしばる。
その時だった。
「……あー、間に合ってる?」
場違いな声がして、全員が振り向く。
そこにいたのは――
久我泰玄だった。
「な……!」
「来たのか……!」
ざわめきが走る。
だが本人は、まるで緊張感がない。
「どこまでやればいい?」
軽く聞く。
騎士団長が叫ぶ。
「前線の維持だ!とにかく押し返せ!」
「了解。」
短く答える。
そして一歩、前に出た。
(……多いな)
軽く状況を見渡す。
魔族の動きが、また“見える”。
流れ、密度、崩れるポイント。
(あそこか)
踏み込む。
一瞬で距離を詰める。
そして、剣を振る。
――斬るというより、当てる。
それだけで、魔族の一体が吹き飛んだ。
「は……?」
周囲が息を呑む。
止まらない。
次。
次。
次。
無駄がない。
最短距離で、最小の動きで、最大の結果を出す。
まるで戦場の“答え”だけをなぞっているような動き。
「な、なんだあれ……。」
「一人で流れ変えてるぞ……。」
実際、変わっていた。
崩れかけていた前線が、持ち直す。
いや、それどころか――
「押し返してる……?」
誰かが呟く。
あり得ないことが起きていた。
その時、
「そこの人!」
後ろから声が飛んだ。
振り向くと、一人の少女がいた。
白いローブ。
回復魔法の使い手だろう。
「前出すぎです!怪我したら――」
「しないと思うけど。」
即答だった。
「いや、そういう問題じゃなくて!」
少し怒ったような声。
だが次の瞬間。
彼女は気づく。
目の前の少年、
傷一つない。息も乱れていない。
戦場の中心にいるのに。
「……え?」
思わず間の抜けた声が出る。
「ほんとに……無傷?」
「今のところは。」
軽く答える。
少女はじっと見る。
戦い方、動き、魔力の流れ。
――何もわからない。
(なに、この人……)
普通じゃない。
でも、それだけじゃない。
怖いはずなのに。
なぜか、暴走する感じがない。
むしろ、異様に安定している。
「……変な人。」
ぽつりと漏れる。
「よく言われる。」
即返し。
その軽さに、少しだけ肩の力が抜けた。
「あなた、名前は?」
「久我泰玄。」
「私はリィナ。」
短く名乗る。
そして少しだけ迷ってから言う。
「……あの、ひとつ聞いていい?」
「なに?」
「今の戦い方、」
真っ直ぐに見つめる。
「どうやってるの?」
「どうって……。」
泰玄は少し考えて、
「見えてるから、その通りに動いてるだけ。」
「……それ、説明になってないわ。」
「だよな。」
あっさり認める。
リィナはため息をついた。
「でも、」
少しだけ真剣な顔になる。
「あなた、危ないことしてる自覚ある?」
「危ない?」
「そう。普通じゃない力って、だいたい制御失敗するから。」
回復役として、何度も見てきた。
力に飲まれて壊れる人間を。
だが、
「……別に、問題ないと思うけど。」
泰玄はあっさり言う。
「むしろ、今のところ全部予想通りだし。」
「……予想?」
「うん。」
戦場を見る。
「ここも、もうすぐ崩れる。」
「え?」
指差す先では、魔族の一団が動きを変えた。
包囲の形。
「今から三秒後に、あそこから来る。」
「そんな――。」
言い終わる前に。
その通りに動いた。
「っ……!」
リィナが息を呑む。
「だから、こうする。」
泰玄が踏み込む。
一撃。
流れが断ち切られる。
完全に予測通り。
「……なにそれ。」
呆然と呟く。
理解できない。
でも、ひとつだけはっきりした。
(この人……)
危険だ。
でも同時に――
(この人がいれば、死なない)
奇妙な確信だった。
「……ねえ。」
「ん?」
「しばらく、近くにいてもいい?」
「別にいいけど。」
軽い返事。
その瞬間。
リィナは、自分でもよくわからない選択をしていた。
恐怖でも、義務でもない。
ただ――
知りたいと思った。
この理解不能な存在を。
その理由を。
そして戦場は。
ゆっくりと、だが確実に。
人間側へと傾いていった。




