13話② 夜露
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俺は、シェヘラザードを責めるべきか許すべきか、決められなかった。
彼女の顔を見た途端、習い性で文句を言わずにはいられなかったが、長年の付き合い――特に異世界で積み重ねた関係性を考えると、複雑だった。
シェヘラザードが必死に訴えるので、俺の思いつきはやっぱり邪推なのかもしれない。
できればそう思いたい自分がいた。
風が庭園を吹き渡り、いっとき葉擦れの音で夜会の喧騒とワルツの音色をかき消した。
俺の疲れた思考も、ばらけて飛ばされていった。
何か言って傷付け合うだけなら、いっそただ心に浮かんでくる我がままを口にした方がマシかもしれない。
「…シェヘラザード」
意気が上がらないまま、俺は彼女に声をかけた。
「せっかく来たんだ、…踊らないか」
「私は…」
テーブルに乗っている彼女の手を掴んで顔を見やると、それ以上は逃げなかった。
ワルツは遠く途切れなく続いていた。
「…人目に付きたくはないわ」
彼女は立ち上がると、俺に手を取られたままガセボを出た。
つるバラのアーチを抜けるときまた風が吹き、葉や花から散らされた夜露が俺たちの顔や手を叩いていった。
* * *
アーチの向こうには、懐かしのオアシスがあった。
異世界巡りをしていた頃の架け橋であり休息場として、シェヘラザードが用意した仮り初めの空間だ。
俺たちが使っていた椅子や寝台などの余計なものは最早なく、ただ広間の床だけがしんとして星空の中に浮かんでいた。
ワルツの音色だけが、天上の主のご都合主義で会場からここへ届けられていた。
彼女の衣装は、いつの間にか簡素な白いドレスに変わっていた。
舞踏会で令嬢たちが纏うものよりも幾分丈が短く、とても軽やかそうだった。
金茶の肌にその白はよく映えた。
髪に編み込まれた金糸と真珠が、どこからかの光を受けて煌めいていた。
夢のように美しかった。
…夢に決まってる。ここはオアシスだ。
俺は改めて彼女の手を引き寄せた。
彼女の手に直接触れたのは、数えるほどしかない。
背中に手を当てようとする。
体に触れるのは、今が初めてだ。
だが彼女は、ふいと体を回して一瞬俺の胸に背を付けると、優雅に脚を上げながらくるりと回って離れてしまった。
…この動きは、たぶんバレエだ。
確かに雑談で、バレエとワルツをミックスしたらどんなダンスになるのかと話したことはあったが、今それをやろうと言うのか。
まったく、一筋縄ではいかない女だ。
俺は体の動くまま、彼女を引き寄せ、腕の下をくぐらせ、数歩先へ送り出し、また受け止めた。
即興のステップにも関わらず、不思議と踏み違えることはなかった。こっそり恩寵がサポートしてるに違いない。
彼女が回るたびにドレスは軽やかに舞い上がり、柔らかく地に落ちた。
俺の腕から離れては星明かりを髪に集め、また吸い付くように俺の胸の中に戻ってきた。
どんなポーズをしていても俺は彼女から目が離せなかった。
彼女の目線の先も、常に俺にあった。
あの異世界での夜以来、ずっと秘かに望んでいたことがようやく叶った。
もう認めよう。
シェヘラザード、俺が心から求めているのは君なんだ。
君が人ならざる者とはとても思えない。
仕事もろくにできないくせに人みたいに拗ねたり落ち込んだりするし、こうして腕の中にも人の形でちゃんと収まるじゃないか。
シェヘラザード、俺は君の謎を解き明かしたいんだ。
君を知ったと思ってもすぐに新しい謎が生まれてくる。
そのたびに俺は惹きつけられ、翻弄され、遥か遠くまで連れ去られ、なのに一向に飽きることもない。
愛おしき器に宿りし、果てなき宇宙。それが君だ。
シェヘラザード、俺は君が好きなんだ。
どれだけ手際が悪くても、俺のために力を尽くそうとしてくれる君が好きなんだ。
誰もそこまでしなかった。
皆自分の問題にかかりきりだった。
そこに俺の入る余地なんかなかったし、俺である必要すらなかった。
誰も俺を求めてはいなかった。
シェヘラザード、君にも俺を求めてほしいんだ。
今こうして俺を見ているその瞳の中に、あの感情をもう一度映してほしい。
演技ではない本物の感情を、俺のために。
…だが、どれだけ俺が夢中になろうとも、彼女のすまし顔は変わらなかった。
舞い上がっていた気持ちは落胆に変わった。
やっぱり君にとっては、俺の世話は仕事のついでに過ぎないのか?
なかなか手離れしてくれなくて、厄介な奴に関わったと思っているのか?
俺の数年は、天上の主にとっては一瞬の気まぐれでしかないのか?
シェヘラザード……君にとってさえ、俺はお呼びじゃないのか…?
夜露が再び頬にかかった。
…オアシスでは、夜露は体温のように温かいものらしい。
2023/1/7 サブタイトル変更
2024/7/25 修正




