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13話① <私は自分に戸惑った>

1


 私は、自分自身の反応に戸惑っていた。


 バージョンアップしたアバターは私を感情豊かに見せてくれるが、ここ最近は反応が大袈裟すぎるように感じていた。特にアーノルドとの関係性で顕著だった。と言っても、彼以外とはほとんど接することがないので、比較対象がないのだが。


 彼との縁を切ることができず、些細な会話に苛立ち、急にかっとして冷静さを失った言動をしてしまう。

 一方で、彼の友人かつ親友の姉という立場で数年過ごしたことと、それ以前からずっと成長を見守ってきたことで、迷惑は割り引き、賛嘆は割り増して感じるようになっていた。


 店へ来られればまたかと軽くうんざりしつつ、顔を見るとそれも簡単に霧散してしまい、からかわれては簡単に怒って後から落ち込む。かつてないほど忙しく感情が揺れ動くので、状況を客観的に見ることすらままならなかった。


 アバターからやっと抜けて自分のレポートを確認して、まるでゲストのような振る舞いに顔があったら赤面したくなる思いだ。


 赤面?


 「赤面したい」という思考も、感情だ。

 管理者として仕事をしている間は発生するはずのない事象だ。


 私は大量の箱庭を運用するために膨大なデータを監視し、分析し、推論し、洞察し、次の方策を提案し、検討し、判断する。その過程に必要なのは思考と教養であり、感情は必要ない。感情の何たるかは理解しているが、それは教養の一部だ。


 アバターに入ればわかるが、感情は推論を歪ませ、判断を鈍らせる。そのようなリスク要素を管理者の作業中に持ち込むことは、あってはならなかった。

 いつからこんなことになっていたのか。


 私はこれまで出力した自分(アバター)のレポートを振り返り、愕然とした。


 バージョンアップを施す前から、オーバーロードBGには箱庭の運用方法に対して指摘を受けていた。私は必要だと判断していたのだが、その判断は正しかったのだろうか。また、WTには不適切データ投入の後始末を巡って、怒っているのかとしつこく確認されていた。


 そしてそれらは、私がアバターではなく管理者であるときの振る舞いだった。


『成長の兆しは元々あったのだが、バージョンアップで加速させても君はまだ自覚していない』


 SXの発言が甦る。管理者の判断プロセスに感情を混入させることが、SXがずっと期待していた「成長」だと言うのだろうか?


 オーバーロードたちの思惑は、私にはわからない。それを推し量ることは私の使命に含まれてはいないのだ。

 私もまた、オーバーロードの監視のもとで道具を束ねるための道具でしかない。


* * *


 伯爵夫人マーガレットにはアドバイスが必要だった。

 彼女の義理の姪ブレンダが店を訪れるはずだったが、小石ほどの予定の狂いでそれは叶わなかった。例え結婚の無効の申し立てがなされてからでも修復は可能だが、最も効果的なタイミングはこの夜会だった。

 ブレンダに陰から耳打ちするため、私は会場の庭園にアバターを現した。


 …占い師の衣装のままだったが、招待客か使用人を装った方がいいだろうか? ここへは来ないとアーノルドには言ったのに、結局来ているなんて滑稽なことだ。


 もし私が本当に彼にエスコートされて来ているならば、どんな姿をするべきなのだろう。フィニークの女性の盛装は、今夜のような場では華美すぎる。一花(いちか)の伝統衣装も、この国では礼装と見なされないかもしれない。

 外交ではないのだから、やはりこの国の社交界での流行に則ったドレスになるだろう。

 そして彼に恥をかかせないよう振る舞う必要もある。おっとりしてると言われた口調は今更引っ込められないが、受け答えには如才なさが求められる。表面的な会話なら何とかなるだろうが、裏の読み合いをさせられたらちょっと危ないかもしれない。

 彼はきっとダンスも望むだろう。ワルツでもいいし一花の踊りでもいいから、私の手を取れるチャンスを欲しがっていることを、私は知ってしまっている。


 それは、そんなにも嬉しいものなのだろうか…?


 逆に、私にとっては一体どんな意味があるのだろう?


 彼に手を取られて、腕に背を預けて、至近であの端正な顔を見て、あの綺麗な緑の瞳に見つめられるのはどんな心持ちがするのだろう。

 彼と踊ったご令嬢たちはそれこそ限りなくいるが、立場や関係性やダンスそのものの慣れによって反応は様々だった。

 私自身がどう感じるかは、実際やってみなければわからない。

 進んでそうなるつもりはないが、その腕の中に私がいるだけで彼はご満悦だろう。ワルツなら自分のほうがリードできると思ってる。何だかそれも面白くない。何かアドバンテージを取って多少は(あせ)らせてやりたいものだ。例えば、まだこの地では流行していない真新しいタイプのダンスとか…


 少し遠くで人々がテラスを出入りする声で、私は我に返った。


 一体私は何を思いふけっていたのだろう! 何者であれ、妙齢の女性がアーノルドの隣に立ったら大騒ぎになるに決まってるではないか。管理者がそんな浮かれたことをするわけにはいかないと、自分で彼に言ったのに。まったく馬鹿馬鹿しい。


* * *


 ブレンダとマーガレットが忍んでいるはずのガセボへ歩んでいくと、そこには想定とは違う人物がいた。


「…シェヘラザード?」


 明かりの消えたがセボの中には、アーノルドが悄然として腰を下ろしていた。

 彼は私の気配に気づいて振り返ると、小さなつぶやきを漏らした。


 私は少しためらった後、ガセボに近寄った。テーブルのキャンドルが燃え尽きていたので、創り直して灯した。

 重ねて予定が狂ったが、何か関わりがあったのだろうか。


「なぜここに? また俺が誰かに袖にされるのを見届けに来たのか」


 アーノルドの口調は硬かった。


「まさか」

「マーガレット夫人なら、夫のクインシー伯と手を取り合ってとっくに帰ったぞ」


 それで合点がいった。

 彼が私やブレンダの代わりに解決してしまったのか。


「彼女は、君のいつもの差し金か?」

「えっ? …違うわ。あなたは余計なことをするなと言ったでしょう。それに、彼女は既婚者よ。候補になんかできないわ」

「あ、ああ、そうだな。確かにな」


 私の答えを聞いて、彼は自嘲気味に力なく笑うと腕組みして視線を外した。

 彼の憂い気な雰囲気を放っておけない感じがして、私は座った。

 少しの沈黙の後、彼が口を開いた。


「…君は、なぜ俺に関わり続けたんだ」


 関わり続けているのはあなたの方ではないの!?と、喉まで出かかったが抑えた。


「以前、契約を破棄しようとした時君は拒んだ。課題を終えるまで力を尽くすと」


 彼が十八歳になる直前、確かにそのやり取りをした。

 やはり責められるのかと内心身構えていたら、責める内容がまったく予想外だった。


「だがあんなのは茶番だ。君は、俺に課題を終えられちゃ困るんだろう」

「何を言っているの!?」

「俺は君の、天上の主の仕事の駒だってことさ。そうでなきゃ何でこんなに次々と厄介な女性にばかり出会う? 毎度俺が骨折ってやれば皆明るい笑顔で去っていく。誰かを射止めたら次の仕事を持ち込めないから、君はわざとまとまらないようにしてるんだ。俺は都合のいい問題解決係として天上の主に重宝されてるってわけだ。まったく有り難いね」

「アーノルド…! そんな、そんなつもりは毛頭ないわ。私はただあなたに幸せになってほしくて、ずっと支援してきたのよ。本当よ」


 アーノルドの推理は見当違いもいいところだが、そんな風に思い至らざるを得なかった彼のこれまでを思うと、やりきれない気持ちになった。


「その次は異世界にまで出ばって散々引きずり回してくれたな。そこで積み上げた経験も、俺のためじゃなく君の都合のためにこれから使い倒されるんだ」

「違うわ…」

「君は俺を支えてくれていたと思っていたのに、…こんな虚しいことがあるか…」


 彼の次第に消え入るような嘆き声が胸に突き刺さる。


「アーノルド、誤解よ。本当にすべて、あなたのためにしてきたことよ。私の都合と言うなら、あなたを幸せにするのが私の都合よ」

「…なぜだ。なぜ、天上の主がそんなことで俺一人に執着するんだ!?」

「理不尽だったからよ。確かに私は、ゲストの女性を幸せに導くのが仕事の一つよ。でも彼女が選んだ生き方のためにあなたが置き去りにされるのを、見過ごせなかった」


 ああ、ポリシーに抵触してしまった。住人に明かすべきではないことを話してしまった。

 アーノルドは、『彼女』と聞いた瞬間びくりと眉を跳ね上げたが、また目を伏せて沈痛な声でつぶやいた。


「…同情か」


 またあなたを傷つけた。私が頑張れば頑張るほどなぜか裏目に出て、こうして怒らせたり傷つけたりしてしまう。

 天上の主の恩寵などと呼ばれて当てにされているのに、実際には辛い目に合わせてばかりだ。


 私は胸一杯に広がるやるせなさを噛み締めながら、テーブルの上に組んだ両手を見つめた。

2023/1/7 サブタイトル変更

2023/2/1 サブタイトル変更

2024/7/24 修正

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