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千の箱庭〜婚活連敗王子はどうしてもフラグを立てられない〜  作者: 宇野六星
第三部 第12話 マーガレット・ザ・カウンテス・オブ・クインシー
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12話⑤ 噂話は貴婦人たちと

* * *


 貴人要人でごった返すホールから、ワルツの音色が途切れることなく漏れ聞こえてくる。

 俺は、今夜は失礼になりすぎない程度に長居するつもりで来ていた。ホールで数人ばかりご令嬢やご夫人のダンスの相手を務めた後は、男性たちがたむろするサロンを少し覗いた。


 サロンは、男性貴族の社交場だ。カードやビリヤードなどのゲーム、葉巻をくゆらせながらの談笑を通じて繋がりを作る。学生の頃は入れなかった場所だ。


 葉巻の臭いは、冒険者たちが集う異世界の酒場を思い出させる。この世界ではパイプを葉巻に変えて身なりを数段上品にしただけで、やってることはあまり変わらない。南洋の法螺話は話半分で聞いてくれるが、商機と見て探検船を建造している者もいて、ボロが出ないよう控えた。

 カードを少しやったが今日はあまりついてなく、服にも煙の臭いが移りそうなのでその辺で退散した。


 ホールへ続くホワイエにもビュッフェが用意され、貴婦人たちが三々五々テーブルを囲んで談笑している。こちらは女性たちの社交場だ。

 バーテンからマティーニをもらっていると、目ざとい貴婦人たちに囲まれた。


「アーノルド殿下、今夜は楽しまれていらっしゃるようですわね」

「ええ、本日は遠方からいらっしゃる方も多いので、皆さんにもご挨拶したいと思いまして」

「まあ、どなたか印象に残る方はいらっしゃいまして?」


 おっと、その手の話題には乗らないぞ。


「そうですね、クインシー伯爵は中々印象的ですね」

「あら…殿下にとっても強烈なのですね。迫力がありますものね」


 クインシー伯爵は武骨派で社交界には滅多に姿を見せないが、今夜は出席していた。かつては国境警備でかなり荒っぽく仕事をしてたとのことで、片頬に大きな傷がある。

 ここ二十年は目立った戦争もないこの国のご婦人がたには恐ろしく思われるかも知れないが、冒険者にはあの手の風貌は一定割合いる。


「それにあの方、こう言っては何ですが大変(りん)気なご気性とか」

「ええ、ええ、奥方様をお屋敷に留めおいて、どなたにも会わせないそうですよ!」

「夫人と話した殿方は、必ず決闘を申し込まれるとか」

「まあ! 怖いこと」


 伯爵の身分で、いちいち決闘などしていられるものではない。

 先程サロンで耳にした彼の人物像とも、大分食い違う。

 女性たちは無責任なゴシップが大好きだ。


「殿下、それより南洋の冒険を何かご披露いただけません?」


 ああ、その話題にも乗りたくないな。


「いやあ、荒々しいお話ばかりなので、皆さんのご気分を害しかねません。どうかご容赦を。…おや、ヒース伯爵夫人、こちらのネックレスは赤珊瑚ですね。あなたの白い肌によく映える」

「まあ、光栄ですわ。フィニークから取り寄せましたの。心を奪われるような美しさにすっかり夢中ですわ」

「随一の審美眼をお持ちのあなたの身を飾れるなら、かの地の品も光栄でしょう。フィニークには、他にも黒真珠やカメオなど質の良い宝飾品が沢山あり、宝石にも引けを取りません。今後輸入品はもっと増えますよ」

「殿下はフィニークにも滞在されましたわね。フィニークの方は独特な風貌をされていらっしゃるとか。あちらの女性はガレンドールとは違った魅力をお持ちなのでしょうねぇ?」


 …なかなか逃してもらえないな。


「あらでも、フィニークは商人が寄り集まって建てた国ですわ。いかに魅力的と言っても、ガレンドールやアルクアの貴婦人たちの気品には敵いませんわ」


 …我が国の文化水準は高いと思ったが、見識はまだまだ覚束ないようだな。残念だ。

 笑みと声音を保ちつつ俺は言った。


「…私を南洋へ導いた案内人はフィニーク連邦総督のご令息です。気品など通用しない地でともに生死の境を乗り越え、背中を預けあって戦い抜いた無二の親友ですよ。彼の胆力と機転があればこそ私も帰ってこれたのです。それも商人ならではの強さではないですか? ぜひ貴人に劣らぬ敬意を持ってかの国をご理解いただきたいですね」


 失礼、と言って俺は少し空気の冷えた輪を抜けた。やれやれ、ご婦人に噛み付いてしまうとは俺も青い。

 グラスを戻してテラスへ出て、彼女たちが今の一幕を忘れてくれるまで散歩することにした。


 少し歩いていくと、植え込みの陰で誰かが話し合う声が聞こえてきた。


「やっぱりわたし、無理して来てはいけなかったんだわ。またあの方に嫌われてしまったわ」

「マギー、そんなに気を落とさないで。ハワード伯父様はきっと想定外で驚かれただけよ」

「でも、あんなにお怒りになるなんて…」

「伯父様はいつもあんな顔じゃない」


 密談か、逢い引きか。お邪魔かな?と足を止めたが、小石を踏む音が聞こえたようで声がぴたりと止んだ。

 あまり近寄らないようにしながら後ろ手で茂みをそっと覗くと、二人の少女がこちらを窺っていた。


「これは…失礼」


 首を引っ込めようとすると、少女の一人が慌てて立ち上がった。


「あの! わたしがここにいること、内緒にしていただけますか!?」

「それは勿論」


 すると、もう一人が彼女のドレスの裾を掴んだ。


「ねえマギー、やっぱりこのままじゃこじれるわ。あたし、伯父様にとりなしてくるから待ってて」

「え、いいのよブレンダ。あなたが骨を折ることないわ」

「気にしないで!」


 ブレンダと呼ばれた少女は、ぱっと立ち上がると俺の脇を抜けようとした。


「ねえあなた、戻ってくるまで彼女を見ててくれる?」

「待ってくれ、誰かにエスコートされて来ているんなら、他の男性と一緒にいるのはまずいのでは?」


 あまりマナーを気にしないようだが、地方から出てきた下級貴族の令嬢たちだろうか。


「あら、そういうものかしら? ねえあなたは紳士的な方かしら?」


 ブレンダが重ねてあっけらかんとしたことを言うので、俺は面食らった。


「それは勿論」


 俺は誰より紳士的でなきゃいけない立場だ。まあ先程はご婦人たちに対して少しばかり紳士的でなかったが。


「じゃあお願いね!」


 ブレンダがテラスの入口に早足で向かうのを見送ると、残されたマギーという少女は再びしゃがみ込んだ。

 今気づいたが、彼女たちは俺の顔を知らないようだ。やはり地方貴族だろうな。


「…ドレスが汚れますよ」

「すみません、お構いなく…。人目につきたくないので、いいんです」


 そう言うと彼女は大きなため息をついた。傍に人がいるのも気にならないくらい深く落ち込んでいる。

 黙り込むと、歳に似合わず儚げでしっとりとした雰囲気が醸し出されている。


「……」


 …ちょっと待て。

 妙に強引なシチュエーションのような気がするぞ。


 まさかと思うが、シェヘラザードの差し金じゃないだろうな?

 余計なことをするなと言ったはずだが。


 いや、確証はない。落ち着け。

 有り難くもない経験ばかり豊富なせいで、つい警戒してしまうな。

さらっと書いてしまったけど、マティーニのレシピはすでに存在する世界観でよろしくです。

***

2023/1/7 サブタイトル変更

2024/7/23 修正

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