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千の箱庭〜婚活連敗王子はどうしてもフラグを立てられない〜  作者: 宇野六星
第三部 第12話 マーガレット・ザ・カウンテス・オブ・クインシー
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12話④ 世間話は旧知の仲と

* * *


 のんびり落ち着く間もなく、仕事を探さねばならない。やっぱり政庁の下働きか?今さら騎士団もな…などと考えていると、宰相付きの秘書官に加わるよう父上に命じられた。


 宰相付秘書官は、政庁の各部門から上がってくる案件を宰相の決裁や御前会議に出す前に整理する――つまり役人から根回しを受けるのが主な仕事だ。時には、御前会議で宰相に代わって王に説明する可能性もある。国政を官僚と執政者双方の視点から見ることができるので、お得なポジションだ。今は三名で回しており、慣れるためにまずはそのうちの一人を手伝うことになった。


 ちなみに現在の宰相はハイリッジ公爵で、俺が手伝う秘書官は彼の長男グレアムだ。公爵は、子どもたちに持ち回りで秘書官を経験させる方針だと語った。つまり、そのうち次男アシュレーや末子アナスタシアも同僚になるということか。

 …もともと家族ぐるみの付き合いが長かったので、やりにくくはないだろう、多分。おそらく。そうあってほしい。


 王室付侍従になっていたウィスカーが、再び俺の従者も担当してくれることになった。仕事にはついて来ず、プライベートな時間にだけ付き添う。給料は王室の方から出るので心配はない。

 初仕事として、彼は俺を秘書官室まで送り届けた。他の同僚は出払っていて、俺は今期仕掛り中の案件に目を通しておけと言われていた。


「そう言えば子どもは生まれたか? 今何歳だ」


 皆留守なので、ちょっと引き止めて彼と世間話をしても邪魔にはなるまい。


「双子の男子で、秋には二歳になります」


 それは賑やかそうだ。性格が母親譲り――父親みたいにふてぶてしくない――であることをこっそり祈ろう。


「何か祝いがいるな。そうだ、フィニークの絵本を取り寄せようか? ひょっとしたら廃版になるかもしれないから、今手に入れとけば貴重だぞ」

「外国語の本なんて読めやしませんよ。誰もが殿下みたいにインテリじゃないんです」

「まあそう言うな、訳文を付けてやるからお前が読み聞かせたらいいだろう」

「……」


 返事がないので書類棚に伸ばした手を止めて振り返ると、ウィスカーは妙な顔をしていた。


「何だ?」

「いえ。…鷹揚になられましたな」


 以前の俺はこの程度のことで気を悪くするような子どもだったのか? それは苦労させるはずだ。

 俺は仕事を続けた。棚から書類束を掴み、机の引き出しから決裁箱を出す。立て付けが悪いので勢いよく蹴って閉め、机に尻と片足を乗せて膝の上で必要な書類を選り分け始めた。


「…粗暴にもなられましたな」

「…南洋仕込みだ。もう帰っていいぞ。手間をかけたな」


 ウィスカーは一礼すると退出していった。


 俺のへそくりを確保してくれていた、ソロン=ニケ交易ルートは無事健在だった。冒険者のように質素に暮せば秘書官の給料でも十分だが、社交も始まると思うと堅実な当てがあるに越したことはない。


 社交の時間は間断なくやって来た。


 仕事柄しょっちゅう差し込まれる要人たちとの昼食会、公営催事への王族としての臨席。そして俺個人への、晩餐会、夜会、観劇、音楽会などの山のような招待状。選別しても相当な量だった。

 人々は俺の二年間を知りたがっていたが、俺もこの国の二年間を急いで知らねばならなかった。


 流行も変化している。王都ではオペラよりもバレエが人気を博しつつあった。ショーダンスは酒場やサーカス小屋だけでなく、劇場でも披露される芸術の地位を確立しつつあるようだ。酒場のダンスが見るに耐えないほど下賤なものばかりではないと俺も知ってるから、芸術の裾野が広がるのはいいことだ。正直、ガレンドールはどの異世界よりも文化水準が進んでる。


 夜会は、出ると大変なことになるのが分かりきっているので、短時間で切り上げるようにしている。序盤の歓談の時間に遅れて現れて、ダンスが始まる頃には退散だ。ご令嬢たちは、俺がエスコート相手という防壁がないのに声をかけられなくて、さぞ残念だろう。


 ただ俺も異世界で色々見すぎたせいで、ちょっと何が正解かわからない。できれば未婚女性に囲まれるのは遠慮したい。もっと有り体に言えば怖い。俺にとって怖い女はこれ以上増えなくていい。


* * *


 日常の歯車が回りだしたら、非日常の要素は雑事として弾き飛ばされてしまう。そうなる前にシェヘラザードに会いに行った。


 二年ぶりに訪ねる店はさすがに古くなっていたが、内装はまったく変わりがなかった。ひょっとしたら、ここもオアシスのような作り物かもしれない。


 彼女はガレンドールに来た途端、また俺を殿下と呼ぶので慌ててやめさせた。異世界巡りをしていた頃は、ガレンドールで馴染みの彼女を懐かしがってたのに、帰ってきたら異世界時代の彼女も懐かしみたいとは、俺も勝手なものだ。


 契約をどうするかは保留にした。

 契約に基づいた依頼なんか二度とする気はないが、何かのはずみでどれかの話がいつかまとまるかもしれないし、その時こじつけでも成功報酬を払える余地を残しておきたい。

 何だかんだ言っても世話にはなったのだ。父上に礼をさせることはないが、俺は何かした方がいいだろう。


 ともかく、気兼ねのないことを何でも言えて、それを真に受けずにいなしてくれる友人を俺は欲していた。つまりサイードのような人物だ。


 彼女はサイードの代わりにはなれないが、逆にサイードに代えがたい面白さも持っている。天上の主として超然とした態度でいながら、ごくたまに普通の女性のように呆れたり機嫌を損ねたりする。そのギャップが可笑しいし、何がスイッチになるのか掴めないのでつい探したくなる。


 言わば、地雷のありかをわざわざ見つけようとしているようなものだ。最近はそのためだけに通ってると言っても過言ではない。


「シェヘラザード、今度の夜会に君も出ないか?」


 帰国から三カ月は過ぎた頃、俺は気まぐれに彼女を誘ってみた。

 今度の夜会は、シーズンオフにも関わらず地方貴族も参加する、やや規模の大きな催しだ。一人で出ると少しばかり肩身が狭いものの、気にするほどでもない。


「俺がエスコートしてやろう」

「私は住人たちとそういう関わりをするつもりはないわ。前にも言ったでしょう」


 どうせそう言うと思った。俺も本気で期待してるわけじゃない。


「俺も前に言ったけど、君と話をしたら夢中になる男は沢山いるだろうに、勿体ないことだな」


 本当に、彼女の面白さを誰も知らないのは勿体ない。


 どうして面白いのかを明かせないのがもどかしいが、でも彼女を連れ歩いてその天然ぶりで話し相手を戸惑わせ、こんなに美しいのにと見直したところでその手が俺の腕に絡まってるのを確認させて、ちょっと悦に入ってみたいんだ。


 ここにサイードがいない以上は、その役割は俺のものだ。


「そもそも、今の私はそんな夜会に参加するような身分じゃないわ」

「フィニーク連邦総督のご令嬢でも?」

「『フィニーク連邦総督のご令嬢』は、今こんなところにはいません」


 ちょっとツンとしたな?

 いいぞ。この話の地雷はこの辺か。


「それぐらいの辻褄は合わせたらどうなんだ」

「馬鹿なことを言わないで」

「そうか。この夜会には俺もエスコートする相手がいた方が良かったんだが」


 調子に乗ってもう少しいじりを続けると、シェヘラザードの声音が変わった。


「やめて。それならなおのこと私を連れて行くのはあなたのためにならないわ」

「なぜだ」

「そもそも、エスコート相手が欲しかったなら、ちゃんと依頼をしてたらよかったじゃないの」


 俺が彼女の目を見返すと、彼女は急に友人から占い師に戻った。

 逆に俺の地雷を踏み抜く気か?


「君の情報は当てにならない」

「それは私があなたをちゃんと理解できていなくて、あなたも未熟だったからよ」


 容赦がないな。

 そして占い師ですらなくなり、天上の主の瞳になった。


「今のあなたなら相手を逃すことはないわ。…その気があるなら今からでも紹介するわ」


 人間など相手にしないと言わんばかりの冷たい瞳で、俺ではなくどこかを見通している。さっきまで話していたシェヘラザードという女性は実在しないのでは、と急に不安にさせる。

 遥か高みから人の世を見下ろす人ならざる者、そんな者がなぜ俺に執着し、俺を翻弄しようとするんだ。


「やめろ! 君にはいつも振り回されるんだ。頼んでもいないのに余計なことをしないでくれ!」


 俺の知るシェヘラザードに戻ってくれ。


「…邪魔したな」


 気まずい沈黙の後、俺は立ち上がり店を出た。


 日暮れの早くなった路地を、ウィスカーを伴って歩く。路地の出口には目立たないよう擬装した馬車が待っている。俺はくさくさした気分でそれに乗り込んだ。


「何だ、ウィスカー」

「…いえ」


 大人になった俺に説教めいたことは一切言わなくなった彼だが、今は何か言いたげな顔をしていた。


「お前が言いそうなことはわかってる。依頼もしないのにいつまで通う気か、とかだろう」

「まあそんなところです」

「ああいう毛色の変わった友人の一人くらい持っていたっていいだろう? あいつには、国を離れている間も世話になりっぱなしだった。もはや腐れ縁だな。契約はそのうちカタを付けるから、心配するな」


 我ながら言い訳がましいな。

 ウィスカーは一瞬眉を上げると、淡々と答えた。


「ならば何も申し上げることはございません。まあ、なるようになるでしょう」

「ふん」


 シェヘラザードの目を思い出す。

 思えば、出会った当初はあんな目つきばかりだった気がする。だから俺も苛立った。偉そうなくせに何も解決できないと。


 変わったのは、サイードと共にガレンドールを出たときからだ。感情の起伏が前よりはっきりし、話しやすくなった。冒険を終えてオアシスに戻ると、俺たちを嬉しそうに出迎えた。俺が死なないように注意深く見守り、俺が成長できるよう真剣に考えてくれていると思っていた。


 砦街の夜に見せた目を思い出す。

 一瞬俺を射抜いていったその目は、あの時すでに演技だった。その目に込められた感情なんか存在しなかった。地の果てにも、星の海にも、存在しない幻だ。


 もし今探しものがあるとするなら、俺は君のその感情を探しに行きたい。本物を見つけ出したい。その感情がどこに向かうのか知りたい。


 俺は――、俺は別にそれを…心から求めてるわけじゃない。冷たい瞳はもう御免なだけだ。

2023/1/7 サブタイトル変更

2024/7/23 修正

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