12話② <私は訪問者に苛立った>
* * *
アーノルドは、帰国すると間をおかずに私の店へ足を運んだ。
ガレンドールで占い師を再開することは告げていたので、さっそく確認に来たらしい。
王宮で二年分の埃をすべて洗い落とし、側仕えの者が気合を入れて磨き直した彼は、以前にも増して輝くばかりの気品と威厳を放っていた。どうやってお忍びを可能にしているのか、この私でも不思議に思うくらいだ。
彼は冒険で伸び放題だった髪を理髪師に整えさせ、肩口に落ちかかる程度の長さに留めていた。鬢回りを後ろに回して束ね、耳は出して爽やかな佇まいにしている。最適な角度で切り出された頬骨と眉に囲まれた陰には、知性に煌めく緑の星がある。
身長は二年前からまた少し伸び、細くしなやかそうだった体は筋肉でいくらか厚みが付いた。
次代の王として申し分のないオーラを纏っている。
連れている従者も久しぶりの顔だった。ウィスカーが私用の時に付き添うことになったらしい。
アーノルドは半信半疑な風で店の扉を叩いたが、私が出迎えると苦笑しつつ大袈裟に驚いてみせた。
「シェヘラザード! 一体どうやってユーシェッドの屋敷を抜け出したんだ!? また謎が増えたぞ」
「天上の主の思し召しです」
「ははっ、それで何でも片付けるつもりか? ガレンドールでは信仰が薄いんだから、あまり濫用すると怪しまれるぞ」
「留意しておきます、殿下」
彼は私の返答を聞いて、少し不満げな顔をした。
「シェヘラザード、君は俺の友人だろう? 今さら殿下と呼ぶ必要はないんだ」
「いいえ、それはこの国を離れていたから可能だったことです。戻ってきた今、言動は慎ませていただきます」
「俺が許すんだ」
「……」
私は困ってウィスカーを見た。ウィスカーは黙って目礼した。
「じゃあ、この店の中でだけでいい。俺を殿下と呼ばない友人はもう君だけなんだ」
「…わかったわ」
「……」
「…わかったわ、アーノルド」
「ありがとう、シェヘラザード!」
渋々名を呼ぶと、やっと彼は顔を明るくした。
だが、この店を訪問された以上は再び顔を曇らせる質問を私はしなければいけない。
「それで、契約は継続しますか?」
「そうだな、契約は…保留だ。落ち着くまでしばらく依頼をする気はない」
「そうですか」
お前が引き伸ばしたんだろう、などと嫌味を言われるかと思ったが、それ以上のコメントはなかった。
以後、アーノルドは依頼人ではなく友人として私の店に顔を出すようになった。依頼が宙ぶらりんのままでは、もう来るなとは言えなかった。
彼は本格的に仕事に就いたため長居はしないものの、ウィスカーがキッチンの茶器と茶葉の位置を覚えてしまう程度の頻度でやってきた。
そして仕事の愚痴や二年の間に変化した流行への驚きを語ったり、この世界には特有の設定はないのかと探りを入れてきたりした。ウィスカーが聞いているので天上の主扱いは控えてほしいのだが、彼にわからない話をするのが楽しいようだ。
この箱庭には冒険者システムは一切導入していないのだが、勝手に『厚顔』というスキルでも身に着けてしまったのだろうか。
* * *
「シェヘラザード、今度の夜会に君も出ないか?」
帰国から三カ月は過ぎた頃、また店に現れたアーノルドは少しの雑談のあと何気ない風を装ってそう切り出した。
「俺がエスコートしてやろう」
「私は住人たちとそういう関わりをするつもりはないわ。前にも言ったでしょう」
「俺も前に言ったけど、君と話をしたら夢中になる男は沢山いるだろうに、勿体ないことだな」
アーノルドは動じず、砦街ウィルドの箱庭での会話を再現した。
「そもそも、今の私はそんな夜会に参加するような身分じゃないわ」
「フィニーク連邦総督のご令嬢でも?」
「『フィニーク連邦総督のご令嬢』は、今こんなところにはいません」
「それぐらいの辻褄は合わせたらどうなんだ」
「馬鹿なことを言わないで」
「そうか。この夜会には、俺もエスコートする相手がいた方が良かったんだが」
彼はカーペットに置かれた盆の上の、空になった茶器を指先で弾いた。まったく本気ではなく、私をからかって会話を楽しもうとしているのだと察した。いたずらに何度も弾かれる安物の茶器が立てる音も、私を苛立たせた。
「やめて。それならなおのこと、私を連れて行くのはあなたのためにならないわ」
彼は指を止め、私を見た。
「なぜだ」
「そもそも、エスコート相手が欲しかったなら、ちゃんと依頼をしてたらよかったじゃないの」
「君の情報は当てにならない」
「それは私があなたをちゃんと理解できていなくて、あなたも未熟だったからよ。今のあなたなら、相手を逃すことはないわ」
そうとも、私に頼らずとも今の彼なら勝手に情報は転がり込んでくるし選別し放題だ。どうして牛のように動かずこんなところで暇をつぶしているのか。
それでも契約の手前、依頼の手順を踏みたいなら候補はいつでも探してやれる。ゲストであってもなくても。今でも私の脳裏には候補者たちのデータが浮かび上がっている。終わった幻の中の私を、夢の名残りのように惜しむ必要はないはずだ。
「その気があるなら今からでも紹介するわ」
「やめろ! 君にはいつも振り回されるんだ。頼んでもいないのに余計なことをしないでくれ!」
アーノルドは語気を強めた。
少し気まずい沈黙が流れ、彼は立ち上がった。控えていたウィスカーが扉に手をかけた。
「…邪魔したな」
素っ気ない一言を残して、彼は帰っていった。
2023/1/7 サブタイトル変更
2023/2/1 サブタイトル変更
2024/7/22 修正




