12話① <私は辻褄を合わせた>
1
アーノルドとサイードは、消えた時と同じように忽然と海から現れた。
二人は、私のオアシスを出た後フィニーク近海の諸島に降り立ち、そこからフィニークへ帰港する商船に拾われた。彼らは、長らく南洋を航海していた探検船とこの諸島で別れてきたのだと語った。
二年前、ガレンドールの王太子とフィニーク連邦総督の子息が、フィニーク到着を目前にして気まぐれに探検船へ移ったことは知られていたが、その後の詳しい消息は途絶えていた。彼らがようやく無事に姿を現したことは、大きなニュースになった。
* * *
「だからシェヘラザード、その話は本当に辻褄が合うのか!?」
オアシスで、帰国についての最後の打ち合わせをしている時、アーノルドは私のこの説明を聞いて頭を抱えた。
「ああ、どこの異世界だっけ? 海賊と一緒にどっかの島に秘宝を取りに行くクエストがあっただろ。あのネタを使えってことだよな?」
サイードはすぐに察しをつけたが、それでもアーノルドは渋い顔だった。
「二年の間何をしてたかは、異世界巡りを秘境巡りに置き換えればごまかせなくはないが…しかし。あの時船から消えた理由は何とかついたが、俺は単身で外交もまともにできないボンクラだと間違いなく思われているよな? 父上は呆れて俺を廃嫡したりしてないよな…?」
「安心して。あなたたちが最初の箱庭に行ってすぐに、ヴィンセントには少し事情を話しておいたわ。時々手紙も届けているから、期待して待っててくれているわ」
「…手回しがいいな」
アーノルドは呆れて頭を振ると、「そもそも当時から針の筵は覚悟していたことだから、俺が厚顔になればいいだけだ」と諦めたようにため息をついた。
彼は拾われた船の中で無精ひげを落とし、やっと元の端正な、かつ精悍になった顔つきを露わにした。よその箱庭で調達した服と剣と、魔法要素のないいくつかのアイテムが南洋土産となった。
フィニーク連邦総督オミード・ユーシェッドはまだ任期中で、その立場で不肖の息子とその友人に会うことができた。
「私の気まぐれでご迷惑をおかけしましたが、稀有な体験をすることができました。ご子息サイード殿と二人ながら無事に生還できたのは偏に天上の主の思し召しに尽きます」
アーノルドの言うところの厚顔な挨拶を、他の箱庭なら魅了効果を発揮しただろう爽やかな笑顔とともに押し切ると、総督ももう大したことは言わなかった。迷惑料は二年前に受け取っていたが、扱いに困るのでさっさとガレンドールへ帰ってほしいのが本音のようだった。
アーノルドも退散したいのはやまやまだったが、ガレンドール国王へ消息を伝え、その返信を受け取るまでの約三週間はフィニークに留まらざるを得なかった。その間何度かユーシェッド家を訪問していたが、サイードや他の家族には会えても、屋敷の奥に隠されているはずの私に会うことは叶わなかった。
私は、彼らが船を降りたときに別れてフィニークへ戻ったことになっている。私の二人の兄は、面識がないことになっているアーノルドは当然ながら、私の付添役を完遂しなかったサイードにも私を会わせなかった。
サイードは、いい加減兄たちの事業を手伝えと文字通り耳を引っ張られていった。しばらくは大人しくしているだろうが、そのうちうまい理由を見つけてどこかへ飛び出そうと考えていることは明らかだった。
アーノルドがやっとガレンドール行きの船に乗り込む日、サイードは見送りに来た。
「…なあ、アーノルド」
改まった別れの場でわざわざ何かを言うような仲ではないが、彼は伝えそびれていることが一つあると言った。
「おれは好きなように生きるが、お前はおれのようには生きられない。おれはお前の生き方は羨ましくないし、お前もおれの在り方をを羨んじゃいけないぜ」
もちろんお前は本当に大した奴だと思うけどよ、と付け足しはしたが、いきなり柄でもないことを言った照れ隠しにはあまりなっていなかった。
親友をどう思っていたかを見透かされてしまったアーノルドもまた照れ笑いするしかなく、餞として有り難く受け取った。
二人は、拳を二度打ち合わせてから互いの背を叩く「冒険者の挨拶」をして別れた。
* * *
私は、アバターをガレンドールの「占い師シェヘラザード」の店に戻すことにした。
新規ゲストの予定はしばらくないが、以前からのゲストで監視が必要な者はまだわずかに残っていた。
私は今もユーシェッド家の屋敷の奥に留まっていることになっているので、今回はサイードの付添は必要ない。天上の主は遍在なのだ。
「シェヘラザードお疲れ。名残惜しいけど、あの住人のレポートはもういいよ」
オーバーロードWTは宣言した。
「ありがとうございます、WT」
私は素直に礼を言った。アーノルドのレポートを出力するのはそろそろ耐え難かった。これ以上彼の胸中を知りたくなかったし、住人の価値観から言えば私のしていることはあまりにも恥知らずな行為だ。
「それでは、判断できたのでしょうか」
続けて私はWTに問うた。そもそもゲストでない住人のレポートを出しているのは、この箱庭の管理に負荷をかけてでも、ゲスト並みの結末をその住人に与える価値があるかをオーバーロードが判断するためだった。
ゲストの結末を見守る役割のWTは、このことで逆にゲストの方が疎かにされないか懸念していた。
「うん、よっくわかった。シェヘラザードがそんなに入れ込んでるなら、好きにすればいいわさ」
「ありがとうございます」
「ていうか、すでに散々好きにしてるじゃん。この上どんなイベントを用意する気?」
「これまで支援した成果により、直接アバターとして関与する必要性はなくなったと考えています。今後は環境を微調整すれば、住人自身がイベントを引き寄せることができるでしょう」
「へ〜〜〜…」
WTはどこか不満そうだった。
「ちょっと口を挟んでいいかな?」
「何でしょう、SX」
「シェヘラザードのアバターのレポートは引き続き出してほしい。この箱庭での当面の活動はまだ続くのだろう? せっかくアバターをバージョンアップしてるんだ。どこまで成長するか見届けたい。WT、構わないかな」
「ははーん、なるほどねえ。保険にはなりそうだし、いいよ」
いつもながら、オーバーロードたちの思惑は私にはわからない。
SXは、半ば独り言のように言った。
「成長の兆しは元々あったのだが、バージョンアップで加速させても君はまだ自覚していない。そこが少々もどかしいな」
「面白いからもうちょっともだもださせてればいいんじゃない〜?」
WTの意味不明な相槌を最後に、オーバーロードとのコンタクトは終わった。
しかし、アバターとして関与する必要性はなくなった、という私の推測は外れていた。
2023/1/7 サブタイトル変更
2023/2/1 サブタイトル変更
2024/7/21 修正




