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千の箱庭〜婚活連敗王子はどうしてもフラグを立てられない〜  作者: 宇野六星
第11話 リリー・オブ・ザ・ヴァレー
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11話① 道化師の絵本?

1


「姉上、たまにはおれのリクエストも聞いてくれよ」


 俺たちは砦街の冒険を終え、オアシスに戻ってきていた。

 俺は、給金の半分を違約金として返納することで傭兵を辞められた。シェヘラザードはサイードに連れられる形で楽舞団を抜けた。

 あの世界では、人間と亜人の争いが今後も続くのだろう。俺たちは客人として少し世界を体験したに過ぎず、それ以上関わるつもりはなかった。どうしたってやはり、あの世界の問題は、あの世界に根ざす者たちのものなのだ。作り出すのも解決するのも。


 俺が異世界巡りは終了だと言うと、サイードはこれで解放されるとうそぶいた。

 そして、天上の主に報酬を要求した。


「役割を務め上げたんだから、ご褒美をくれてもいいだろ」

「どうしたいの?」


 サイードは、行ってみたい異世界があると言った。

 今まで行先は大抵シェヘラザードが選んでいた。たまに俺が、厄介な設定がある世界は嫌だと言うと一応は考慮された。だがサイードが行先について口を挟むことはなかった。これは俺の課題だからだ。


「課題が終わりだってんなら、ちょっと羽根を伸ばしたってバチは当たんねえだろ? こんだけ色んな世界があるのに、アーノルドの趣味に合わせたとこしか覗かないなんて勿体ねえじゃんか」

「観光じゃないんだぞ」

「観光上等じゃねえか。寄り道しようぜ、寄り道!」


 そう言われると弱い。帰ってからの課題を先延ばしにしたい気持ちも手伝って、俺は奴の(そそのか)しに乗った。


「それで、どんな世界に行ってみたいんだ?」

「異世界って結局おとぎ話だろ? なら昔読んだおとぎ話みたいな世界もあるんじゃないかと思ってさ」

「うーん…あり得なくはない、かな?」


 昔のガレンドール語が通用する異世界があるのだから、民話そのものの異世界があってもおかしくはない。


「竜がいて、勇者がいて、姫君がいる世界だ。おれの好きな絵本じゃ、お姫様が竜にさらわれて塔に閉じ込められて、それを勇者が救いに行くんだ」

「ん? 確かにそれはありそうでなかったな。それぞれの登場人物はいたが、その関係性は初めてだ。シェヘラザード、なぜ今まで出さなかったんだ?」


 シェヘラザードは白けた目で答えた。


「課題の足しにはならないからよ」

「どういうことだ?」

「アーノルド、あなたがその箱庭に降り立った場合は、あなたが勇者に成り代わって竜と戦って、救い出したお姫様をガレンドールに連れ帰ろうなんてことになるわね。

でもあなたは本物の勇者じゃないから、まず竜に勝てる保証がないの」

「恩寵があるだろう」

「それは恩寵で勇者《《並み》》にしてあげることもできるけれど……お姫様は勇者と結ばれる設定よ。私はもうあなたをそういう形でこれ以上傷つけたくはないの」

「はっきり言うなぁ姉上!」


 サイードがげらげら笑った。


「うるさいぞ! あー、竜と戦うとかそんな大それたことをしなくてもいいんじゃないか? 俺もおとぎ話には親しんだが、勇者になったらお姫様と国の半分をもらうのが定番だ。そんなものもらわなくても、俺にはガレンドールがある。両方押し付けられても困る」

「ソロンの代わりにもらえばいいじゃねえか。異世界に飛び地を持ってるなんていかすぜ」


 この話題はやぶ蛇だ。俺は咳払いをして話を戻した。


「残りの課題はガレンドールに帰ってから考えるから、勇者のまねごとはしなくていいし姫君にも関わらない。今回は俺はサイードの気まぐれに付き合う役に徹するよ」

「よう、脇役! 気楽に行こうぜ」

「で、結局そういう世界はあるのか? シェヘラザード」

「あるにはあるわ」


 あったのかよ。


「でも最近は監視の頻度を下げている…つまり古くなって廃れかけているので、サイードの絵本のイメージとは変わっているかもしれないわ。少し待って、確認するわ……竜はいるわね。姫君をさらう文化も健在よ」

「文化!? 竜の文化ってことか? まさか竜は、マナーとして姫君をさらうのか?」

「面白え。実地で確認しようぜ」


 …何だか今回も下らない仕込みがありそうな気がする。

 シェヘラザードは、俺たちをおざなりに送り出そうとした。


「じゃあ行ってらっしゃい。サイード、危なくなったらミサンガで呼んでね」


 そうして俺たちは、物見遊山気分で異世界に放り出された。


* * *


 俺たちが降り立った地は、アスタウンド()王国という国だった。

 古色蒼然たる雰囲気の城下町が近くにあったのでそこで噂を仕入れると、最近姫君が竜にさらわれたという話で持ちきりだった。姫君を救うために勇者が旅立ったばかりという話もセットで、俺たちは馬を調達して後をたどってみることにした。


「話が早くていいが、後を追ったら結局関わるんじゃないか? サイード、お前が勇者に成り代わるのか?」

「まさか。おれは端から脇役専門だ。絵本じゃ勇者には仲間がいる。この世界の勇者にも、仲間の空き枠があったら滑り込もうって魂胆さ」

「竜と戦う巻き添えにならなきゃいいが」

「そんときゃ恩寵さ」


 やっぱり話に乗るんじゃなかった。勇者以外は竜に勝てないってシェヘラザードが言ってただろ。万が一、俺たちが茶々を入れたせいで勇者が失敗したら後味が悪い。


「まあ何とかなるだろ。それよりアーノルド、お前はそのなりでいいのかよ」

「別にいいだろ。むしろ勇者より目立つ心配がなくていい」


 俺は、前回の傭兵当時のぼさぼさの髪と無精ひげをそのままにしていた。髪をまとめるのすら面倒になり、下ろしたままだった。国に帰る前の一種の悪あがきだ。

 サイードは楽舞団風の身なりを仕込まれたようで、髪は三つ編みになりひげも多少整えられていたので、俺より小綺麗なくらいだった。


「で、どういう仲間がいるんだ?」

「勇者の従者に魔法使い、剛力の剣士、道化師だ。おれはこの道化師をやってみたいんだよ」

「それがお前のルーツか! よっぽど面白い絵本だったんだな」

「きひひ。一見とんちんかんなことをやってるようで、それが功を奏してヒントになったりどんでん返しになったりするんだ。道化師がいなきゃ話が進まないくらいだ、もう痛快さ」


 俺は、こいつのおかげで助かったことより迷惑をかけられたことの方が多い気がするが、客観的には違う評価になるんだろうか。


 こいつが口を滑らせなけりゃフィオナとジルに同時に踏み込まれたりしなかったし、こいつが失言しなければ婚活狙いの女たちに囲まれたりしなかったし、こいつがシェヘラザードと一緒の舞台に上がらなければ…


 俺は頭を振るとサイードに尋ねた。


「そうすると俺はどういう役どころになるのかな」

「どれでもいいぜ? お前は剣士も魔法使いもやれそうなスペックだしな」

「魔法使いはなしだな。ガレンドールじゃ使えないんだから、もう卒業だ」

「いっそ従者をやるってのはどうだよ? それこそ国じゃ絶対体験できないぜ」

「それもありだな」


 言ってるうちに、前方から誰かの慌てた声と馬の(いなな)きが聞こえた。


「待って! 待って! 停まって、パールムーン! 誰か!」


 鞍をつけた白馬が現れ、従者らしい少年が追いかけていた。

 俺たちは乗っていた馬を巡らせ、白馬に追いついて手綱を取った。


「ああ…ありがとうございます。さあ戻ろう、パールムーン」


 従者は、髪は短いがよく見ると少女のようだ。手綱を渡しているとまた別の少年が現れた。こちらは騎士風だ。


「ミント! 追いつけたか!?」

「ヴィス様! はい、この方たちが」

「ヴィス様〜…ハァ、ハァ。もう、だから焦っちゃダメって言ったのに…」


 また来た。今度は明らかに魔法使いっぽい少女だ。ひょっとしてこの子らがあれなのか?


「剣士で決まりだな」


 サイードがぼそりと言った。


「…話が早くて結構だ」


 俺たちは馬を降りた。今回の交渉役はサイードだ。


「よう、あんたらひょっとして勇者一行か?」

「なぜそれを!?」

「城下町で持ちきりだぜ。いかにも勇者らしい雰囲気じゃねえか。誰が見てもわかる」

「わたしは…まだ勇者じゃない。勇者なんてとんでもない」

「まあいいさ。おれはサイード、こいつはアーノルド。あんたらがこの先竜に挑もうってんなら、おれたちが手助けしてやろうか?」


 直球だな。

 少年は迷う素振りを見せたが、魔法使いが彼の腕を引っ張った。


「ちょっとヴィス様! こんな得体の知れない連中を仲間に入れちゃダメですよ」

「しかし、見たとこ腕が立ちそうだ」

「おうよ、数多の冒険を乗り越えた猛者だぜおれたちは。こいつなんか、猛獣だろうが鬼だろうがなぎ倒し、あと挑戦してないのは竜ってくらいなもんだ」

「お、おい、俺は竜はやらないぞ。勇者の仕事だって話だったろ」


 油断してるとすぐにこっちに話が転がってくる。黙って脇役をやらせてくれ。


 少年が、意を決して顔を上げた。


「竜の相手はわたしがする。もしよければ、あなたがたには道中を助けてくれたらありがたい」

「ヴィス様!」

「わたしはヴィス――ヴィスタリス、だ。彼女は魔法使いのチェリー、そしてわたしの従者のミントだ。よろしく頼む」

「ヴィス様ぁ…」


 ヴィスタリスは華奢な少年だった。顔立ちは中性的で美しく、淡い青紫色の真っ直ぐな長い髪を後ろで一つにまとめて垂らしている。胴鎧を着けているがあまり馴染んでいない様子で、握手した手も、剣を握ったことなどないのではと思うほど柔らかかった。提げている剣は細身で、竜と戦うには頼りなさそうだ。


「ヴィスタリス、君は騎士になったばかりか?」

「わたしは騎士ですらないよ。ただ、姫がさらわれたのはわたしの責任だから、こうして追っているんだ」


 勇者にしては随分意気のない答えだ。

 どうやら彼が持っているものは、美貌だけのようだ。


「…絵本でもこんな話なのか?」

「そういういきさつを全部はしょるのが絵本てもんさ。とはいえ、ここはあんまり絵本準拠の世界じゃなさそうだな。面白い」


 やっぱり着地点はそこか。サイードは筋金入りの道化師だ。

2023/1/7 サブタイトル変更

2024/7/18 修正

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