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10話⑨ 地の果てにも、星の海にも

* * *


 俺は、早朝の砦の内壁をランニングしていた。練兵場は避難民がまだ泊まり込んでおり、外壁では歩哨の邪魔になる。それにゴブリンの死体の後始末も終わりきってないだろう。体を動かしたいなら早めに夜番と交代すればいいのだろうが、俺がただ人に会いたくないだけだった。

 内壁を降りて、水場で顔を洗った。走る前にも洗ったが、おかしな顔つきじゃないかとまた洗ってしまう。


 屈んだ襟元から、コインが滑り出た。俺とシェヘラザードとの契約のコインだ。越境を始めた頃に紐をつけ、肌身離さないようにしている。

 俺は紐を首から外し、コインを手に乗せてしげしげと眺めた。これが全ての発端だった。俺が十六歳の頃に彼女と交わしたこの契約が果たされない限り、俺たちの腐れ縁は終わらない。


 俺は、契約書の内容を表示する呪文を唱えた。コインの上に光が広がり、文字が投映される。契約条項の詳細は割愛するが、大意は以下のようなものだ。


 『ガレンドール王国王太子アーノルド・レグルス・ガレンドールは、十八歳の誕生日までにお互いに心から求める相手と婚姻の約束を取り交わさなくてはならない。

 この目的のため、占い師シェヘラザードは、その相手候補者を探し出し所在その他の情報をアーノルドに提供することにより、目的の達成を最大限支援しなければならない。

 この契約は、アーノルドの父即ち国王ヴィンセント・ユージーン・ガレンドールによる婚姻の承諾をもって果たされるものとする。

 なお、契約が果たされない限り、アーノルドは王太子の所領ソロンの統治権を受領することができない。』


 俺にはかつて、お仕着せの婚約者がいた。彼女、ハイリッジ公爵家令嬢アナスタシアとの婚約を、両者合意の上で解消したことが父上の怒りを買った。父上は俺に、自力で気に入った婚約者を見つけて来いという課題を出した。

 それがこのとんでも契約と異世界巡りを俺にもたらしているのだから、出来心は恐ろしい。


 期限の十八歳はとっくに過ぎている。課題が終わらないことに焦ったシェヘラザードは、達成のためには新しい経験が必要だと主張して父上を丸め込んだ。そんなわけで、新しい経験とやらを積むためにこうして異世界を巡っている。

 確かに王子の身分では経験できないことばかりだったし、王子の立場を忘れないからこそ学べたことも多かった。


 そういう意味では、異世界巡りは父上の後継者としての俺にとっては、十分な成果があった。元々の課題に役立つかは知らないが、もう帰りどきだ。

 だがガレンドールに帰ったら、終わってない方の課題に手を付けないといけないのか…。


 気が重いな。


 俺は文字が消えたコインを紐で持ち、目の前で揺らした。

 シェヘラザードの言葉を思い起こす。


『地の果てまでは探し尽くしたのです。だから次は星の海から求めましょう』


 なあシェヘラザード。

 俺は、君の占い師としての腕前はもうこれっぽっちも信じちゃいないよ。

 君の正体は全能のはずの天上の主だというのに、それでも解決できてなかったじゃないか。


 地の果てだろうと、星の海だろうと、そんなところを探しても俺の求めるものは見つからない気がするよ。


 だから、どこに行ったって同じだ。

 ガレンドールへ帰ろう。

2023/1/7 サブタイトル変更

2024/7/17 誤字修正

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